第二十六話 最強の勇者と、日本政府のエージェント


 ――アタル視点――


 今由加理ちゃん家のリビングで、由利恵さんを交えて談笑をしていた。

 由加理ちゃんが結構な数の告白を受けていると知り、僕がやきもきしたり、由利恵さんの前彼の愚痴を聞いたり。

 僕は僕で、あの無能な愚王に対して愚痴を言ったり。

 楽しい時間は過ぎていった。

 

 やばい、帰りたくない!


 それにね、たまに席を立つ由加理ちゃんの格好が、僕にとっては刺激的だった。

 薄いTシャツだからか、由加理ちゃんの身体のラインがわかっちゃうんだ。

 それにショートパンツだから、綺麗な太ももも見えているし……。

 何これ、僕は誘惑されているの!?

 ただでさえ可愛いのに、さらに誘惑してくる!

 もうね、勇者としての力を使ってでも、襲いたくなる感情がふつふつと沸いてくる。

 ちょっと由利恵さんが邪魔です、マジで!

 そんな気持ちを由利恵さんに悟られたのか、小さな声で話しかけてきた。


「早く由加理といちゃいちゃしたいから、私が邪魔だと思ったでしょ」


 にやにやしながら言ってくる由利恵さんには、見透かされていたようだ。

 僕は必死に否定するが、「へぇ~」と返されてしまう。

 くっ、由利恵さんには口で勝てる気がしない。


 すると、家の外から何やら視線を感じた。

 さっきまで話に夢中だったから気付かなかったけど、じっとこちらを伺っているような視線だ。

 何となく学校の時から女性以外で変な視線は感じていたけど、同一人物か?

 

(何だ? 監視されている?)


「あっくん、どうしたの? 難しい顔してるわよ?」


 そりゃそうだ、誰かに見られている訳だし。

 僕は由加理ちゃんと由利恵さんに《念話》で話し掛ける。


『ねぇ、最近誰かから見られているような感覚に襲われた事ない?』


『えっ、う~ん……。まぁアタシの場合だと、帰り道にちょっと変な目で見られているような寒気は感じたかな?』


『私はないわねぇ』


 となると、由加理ちゃんがマークされている?

 ふ~ん、ちょっと穏やかじゃないな。


『二人共、ちょっとだけこの家に、招かれざる客をご招待するけどいいかな?』


『えっ、どういう事?』


『まぁまぁ、それは見てのお楽しみ!』


 僕はリビングから庭へ移動する為のスライドドアを開け、足に気を集中させる。

 そして《ブーストダッシュ》を使って、瞬間的に垣根の上へ移動。さらにその視線を放っている人物の背後に移動した。


「ハロー、そこの監視している人。どなたかな?」


 肩をぽんっと叩くと、その人物はびくっと身体を震わせて振り向いた。

 ……うっわ。超怪しい格好をしている男性だな。

 全身黒一色のスーツに、黒のサングラスをしている。

 もうね、怪しいの一言だよ。


 さて、ここで対処してもいいんだけど、他の人に見られるのは不味い。

 僕はこの怪しい男の顔面を掴み、そのまま垣根を越えて由加理ちゃん家のリビングに戻ってきた。


「ちょっと、何事!?」


 由利恵さんが悲鳴に近い声を上げる。


「あっくん、この人は?」


 由加理ちゃんはちょっと驚いている程度だ。

 うん、僕の恋人はやっぱ肝が座っているね。

 可愛い。


「こいつ、さっきからずっと監視しているんだよね。どういう事かな?」


 僕は男を、床を壊さない程度に叩きつけた。

 男の口から「かはっ」と声が漏れる。

 それでも男は、懐からなにかを出そうとしている。

 まぁ、分かりきっているだけどね。

 僕はその動作を足で蹴飛ばして事前に防ぐと、腕の自由を奪うために両腕を足で踏みつけた。


「ぐぅあぁっ!」


「さて、キリキリ吐いた方が身のためだよ?」


 僕はライトブリンガーを生成し、男の首元に切っ先を向けた。


「あっくん!?」


「こいつ、懐に銃なんて物騒なものを持ってるんだ。どっかの裏稼業な人っぽいよ?」


「「えっ?」」


 しかし男は無表情。

 ふむ、なかなか仕事熱心な人だなぁ。

 でもさぁ……。


「な~んで現実世界でもまぁ、こんな事しなきゃあかんのかなぁ」


 せっかく由加理ちゃんからファーストキスもらう為に、後アデルさんと旅行をする為に来ているのに、こいつのせいで気分が急下降ですよ全く!


「それで、吐く気になった?」


 男はそっぽを向く。

 あっそう……。


「あのねぇ、僕は色々疲れて平和に過ごしたいの。わかる?」


「……」


「無言ですか! いい? 僕はね、早く由加理ちゃんとイチャイチャしたいし、キスを貰う予定なの!」


「ちょっ、あっくん!?」

 

「そんな素敵な予定なのに、な~んで怪しい男に剣を突きつけて拷問をせにゃあかんの!」


 やべっ、すっごくイライラしてきてる。

 僕がこんなに怒っているのに、男の顔は「知らんがな」って表情だしさ。

 知らんがなじゃない、あんたのせいで台無しになっているだって!


「まぁ怒っててもラチあかんし、キリキリ吐いて貰いましょうかね」


 僕はポケットから指輪を出し、それを男の指にはめる。

 左手の薬指ではない、断じて違うから!

 それは由加理ちゃんにする予定だから!

 適当に右手の人差し指にしました。


 これは何かって?

 これはね、アデルさんから貰った《アーティファクト》なんですよねぇ。


「さてこの指輪はただの指輪ではありません。《アーティファクト》という魔術が込められた装飾品です」


「なっ!」


「おっ、やっと動揺してくれたね、怪しい男さん。そしてその効果は、僕の問いに必ず答えるという自白効果があります」


「な、なんだと!?」


「まぁ僕さ、一身上の都合で戦いの場に出る事が多くてさ。捕虜を拷問するとか趣味じゃないから、とある人から貰った訳。とりあえず、僕は由加理ちゃんとイチャイチャしたい時間を作りたいからさっさと自白して?」


 男の顔が青ざめていく。

 もがいて指輪を取ろうとしているけど、無駄なんだよね。

 それは僕以外は外せないように細工してあるから。


 さてさて、どんな話が聞けるかな?








 ――日本政府管轄特務室、異世界調査課 奥野 孝(三十五歳独身)視点――


 不味い、非常に不味いぞ!

 俺は今、謎の魔法器具を付けられた。

 しかもそれは自白効果があるというものだ。

 くそ、これは抗えるのか?


「じゃあまず、あんた誰?」


「俺は日本政府管轄特務室、異世界調査課所属の奥野 孝だ」


 うあぁぁぁぁぁぁ!

 一切抗えないぞこれ!

 自白剤なら、訓練していたから多少は抗える。

 でも、これは聞かれたらすんなり答えてしまう。

 これが魔法器具……!

 恐るべし!


「は? そんなのあるの?」


「ある。五十年前に《アルフィード》という異世界を確認してから、日本に危害を及ぼさないかを調査する為にこの部署が設立されている」


「えっ……他に異世界があるの?」


「ある。今回立花 アタルが行った《リューンハルト》が確認された二つ目の異世界だ」


 もうこれはダメだ。

 ぺらぺらと得意気に話しているぞ、俺……。


「つまり、あなた方は僕がこの世界で何かしようとしているって思っている訳?」


「その通りだ。お前が勇者でその相方が魔王との情報が入っている。一般的に勇者と魔王は『水と油』、相容れない存在だ。それが行動を共にしているという事は何かしら思惑が合致して共謀している恐れがある、それが当部署の見解だ」


「あぁ、そういう事……」


「故に、日本に害する場合は両名を抹殺するようにも指示が来ている」


 抹殺という言葉を聞いて、そばで聞いていた安藤 由加理とその姉である由利恵の表情が強張った。

 そりゃそうだ、全く以て穏やかじゃない言葉だからな。

 しかし、この勇者である立花 アタルだけは、「ふーん」とだけ反応していた。

 流石勇者だけあって、命のやりとりに慣れているという事か。


「じゃあ誤解がないように行っておくよ。まず、僕と魔王は日本をどうこうするつもりは全くない!」


「……ではわざわざ何故日本に来た?」


「うん、親友である魔王さんがね、日本を観光したいって言うんで来たんだよ」


「……は?」


 観光?

 何で日本へ?

 そもそも魔王という存在は、一般的な認識だと破壊する存在のはず。

 どういう事だ?


「まぁ一般的な魔王って言うと支配する人だったりとか、人間を殺しまくる奴って思うけど、うちの魔王さんは全く違うんだ。ね、由加理ちゃん?」


「そうだね、アデルさんは読書が好きで、ピザとか食べて大喜びしている程だからね」


「何それ! 超可愛い魔王なんですけど!」


 立花 アタルが一度接触した事ある安藤 由加理に話を振り、彼女がそれに答える。その感想を安藤 由利恵が笑いながら言った。

 ……本当に魔王なのか?


「それは、本当なのか?」


「本当だよ。今回は一週間滞在する予定で、初日はお互い自由行動。僕は由加理ちゃんとイチャイチャしに来たんだ」


 この男、あっけらかんと恋人とイチャイチャしに来たと言い放つ。

 安藤 由加理は顔を真っ赤にしながらも少し嬉しそうだ。

 くそっ、独身の俺には結構クるものがある。


「で、僕から最後の質問なんだけど、いいかな?」


「何だ?」


「実は僕と魔王は旅行に行くんだ。何処がお勧め?」


 は?

 何故俺に聞く?

 別に俺でなくても答えられるのではないか?

 だがこの魔法器具のせいで、最近出張で訪れて楽しんだ所を教えてしまう。


「長野県の松本がいいだろう。松本城もあるし、温泉もある。空気が澄んでて俺は気に入っている」


「へぇ、あまり知らないなぁ。でも温泉と城があるんだ! 観光としてもいいかもね」


「うむ。魔王も喜ぶのではないか?」


「ありがとう、そこに行ってみるよ」


「ただし、やはり異世界の住人が何を起こすかわからない。故に監視の目が付く。それだけは容認してもらう」


「あぁ、はいはい。それはいいよ。実は、あなたを由加理ちゃんのストーカーかもって思っちゃってて……ごめんね?」


「……いつから俺に気が付いていた?」


「学校で待っている時から」


 随分前に気付かれていたんだな……。

 これでも俺は備考や気配を消す事には定評があったのだが。

 目の前の少年は、遥かに凌駕している事になるな。

 

 しかも今持っている剣。

 よく見ると刀身が光っている。

 何かしらの伝説の武具なのだろうな、勇者なんだし。

 まぁとりあえず監視は了承を貰えた、それだけでも御の字だろう。


「……とにかくだ、君達が今後日本で悪さをしないのであれば、監視だけで留めておく。そして、前回の『偽装行為』も、俺を解放してくれればチャラにする」


「はい、解放しますデス!!」


 偽装行為とは、前回日本に来た時に金品を売る為に年齢詐称を行った事だ。

 彼は俺の言葉でびくっとして、指輪を外して束縛から解放してくれた。


「すまなかったな、安藤 由加理さん。そういう理由でずっと監視を続けていた。もし不快に思ったら申し訳ない」


「い、いえ! 気にしないでください!」


「今後はもう君を監視しないから、安心してくれ。それと立花 アタルは今後日本に来る時はここに来て申請をする事」


 俺は自分の名刺を渡し、彼にしっかり申請するように伝えた。

 とてつもなく面倒臭そうな顔をしていたが、渋々了承してくれた。


「では、俺はここで失礼する。お騒がせしてすまなかったね」


「本当だよ。監視するならもう少し気配を消してやるんだね」


「……これでも十分消したつもりだったんだが」


「じゃあまだ精進が足りないね!」


「ふっ……」


 俺は玄関からこの場を去った。

 さて、これは素直に報告した方が良さそうだ。

 まだ魔王と接触していないから、勇者の発言を鵜呑みにしてはいけない。

 旅行に行くという言葉が本当であれば、誰かが監視する必要がある。

 上司に早速判断をしてもらわなくてはな。


 俺は足早に事務所へ戻るのだった。









 ――アタル視点――


 ……途中で政府の野郎が介入してきたせいで、イチャイチャする時間がなくなってしまった。

 そもそも、由利恵さんが色々質問してきたせいで、二人きりになる時間はないのだけれども。

 現在夜の七時だ。

 そろそろ僕の実家に、アデルさんも来るはず。

 帰らなくてはいけないなぁ。


(あぁ、由加理ちゃんからキスもらってないのに……)


 今、僕は由加理ちゃん家の玄関を出て、外で彼女に見送って貰っている。

 いつの間にか雨も止んでいる。

 空気はちょっと冷えてる感じ。


「今日は会いに来てくれてありがとう、あっくん」


「ううん、突然来ちゃってごめんね?」


「大丈夫だよ、すっごく嬉しかったから」


 あぁ、とても優しい笑顔だ。

 この笑顔、本当好きだな。

 なーんて思っていたら、僕はいつの間にか由加理ちゃんを抱き締めていた。

 彼女も少しびっくりしてたみたいだけど、僕の背中に腕を回し、受け入れてくれた。


「また、会いに来てくれる?」


「当たり前だよ。由加理ちゃんに会いに来る」


「……死んじゃ嫌よ?」


「僕は最強の勇者だよ、死なないよ。絶対に」


「……うん、信じてる」


 そう言うと僕から少し離れて、背伸びして唇にキスをしてくれた。


 キスをしてくれた。


 …………。


 キスしてくれた!!


 うおおおおおおおおっ!!!

 マジで!?

 マジですか!?

 僕、本当にファーストキス貰っちゃったよ!?

 何かね、柔らかかった!

 ふわってしてた!

 しかもさ、恥ずかしいのかすっごい由加理ちゃんの顔が真っ赤なんだよね。

 僕の彼女、最強に可愛い!


 やばい、全身の気が充ち溢れて来てる!

 外に漏れていて、気を纏う際のオーラが超肥大化してる!!

 多分僕の嬉しい気持ちに反応して、気が大量生産されているんだろうなぁ!


「あっくん、何か金色のオーラがすっごいよ!?」


「うん、すっごく嬉しくて気が抑えられない!」


「抑えて! アタシ近づけない!!」


 はい、抑えました。

 由加理ちゃんが近づけないなら、死ぬ気で抑えます。


「あっくん、大好きだよ」


「……僕もだよ」


 そう言って見つめ合っていると、何も言わないで、自然とまたキスをしていた。

 今度は一瞬じゃなく、長く、離れたくないという気持ちを表しているかのように、抱き締めながらキスをした。

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