第十一話 最強の勇者と、勇者の幼馴染みの再会


 ――アデル視点――


 私は今、本気で鬱陶しく感じている。

 このカヨコという雌が、私の左手を掴んだまま離さないのだ。

 彼女が何を言っているかもわからないし、何か怖いのだ。

 

 アタルさんは、もう視線がユウコという雌の顔を見たり胸を見たりと、大層視線を移動させるのに忙しいようだ。

 ……アタルさんはもう少し欲求を抑えられる人だと思っていたのになぁ。

 仕方ない、もうこうなったらアレをやろう。


「アタルさん、この雌達に私の眼を見るように伝えてください」


「うっ、えっ? わ、わかった」


 アタルさんがニホンゴで私の言葉を伝えてくれたようで、食い入るように私を見つめてくる雌二人。

 うん、何か怖いな。

 まぁ、都合がいいな。


「魔王アデルが命じる。元の席に戻り、私達が去るまで大人しく食事せよ」


 私の魔力を眼に集中させ、雌二人に命じた。

 これは私が得意とする魔術で、《闇の誘惑》と名付けた。

 私の眼を見させる事で魔術的抵抗をなくし、その隙に暗示をかけるものだ。


 どうやら上手くいったようで、二人は目が虚ろになって小さく「はい」と返事をした後、元の席に戻っていった。


 ……ふぅ、これでようやく食事にありつけるぞ。

 でも、アタルさんがちょっと――どころじゃない、結構残念そうな顔をしている。

 そんなにあの無駄に大きい胸が気に入ったのか?

 よく人間の雄は雌に対して視線を向ける時、胸や尻に視線が行っていたな。

 つまり、その箇所に性的魅力が凝縮されている、という事なのか。

 人間とは、面白いな。


「アタルさん、雌の胸とはそんなにいいものなのですか?」


「うん。夢と希望とおっぱいが詰まってるね!」


 アタルさんが拳を作って力説した。

 しかも拳を作った瞬間に衝撃波が発生し、店内を揺るがす程だ。

 雌達の「きゃっ」という小さな悲鳴があちこちから聞こえた。

 ……夢と希望とおっぱいって、最後のは胸と同意語じゃないか。

 ……そんなにいいの?


「まぁとりあえず、邪魔者はいなくなったので、早く食事しましょう!!」


「そうだね、せっかくの料理がちょっと冷めちゃってるし」


 その後、私とアタルさんは食事を楽しんだ。

 《リューンハルト》では味わえなかった旨味が口の中を襲い、感動してしまった程美味しかった。

 こういう風に味を楽しみながら談笑するのも、いいものだ。

 食事を楽しんだ後、私とアタルさんは会計を済ませる為に席を立った。







 ――由加理視点――


 さて、もうちょっとでアタシが入店できる番だ。

 さっきからいい香りが漂っていて、私のお腹は小さく空腹を知らせる音を鳴らす。

 ……嘘、小さくじゃない。結構大きな「ぐぅぅぅっ」という音です。

 入店してもしあっくんに会ったら、心配させた罰として奢らせてやる!


「ねぇ彼女、今一人なの?」


 奢らせて何を食べようか考えていると、ふと声を掛けられた。

 見てみると、三人の何かチャラそうな男達だった。

 ホスト風と言えば聞こえはいいけど、耳に複数のピアスを着けてたり、首元はシルバーアクセでじゃらじゃらしてる。

 髪は染めた金髪だ。

 ここまで三人共一緒だと、もはや没個性だし、鬱陶しさしか感じない。

 そもそもアタシの好みは黒髪で、優しそうな顔で頼りないけど心の芯が強い男の子……って、まんまあっくんじゃん!

 そうだよ、アタシはあっくんが大好きなの!

 こんなチャラ男はお呼びじゃない!


「一人ですけど、間に合ってます」


 こういう輩はばっさりと斬るべし。

 まぁ、でも引いてくれないんだよねぇ。


「えぇ、でも一人でしょ? 俺達といた方が絶対楽しいって!」


 何かチャラい話し方で、内心いらっとしてくる。

 こういう男とは、話すのも御免被りたいわ。


「時間の無駄です。他を当たってください」


「あ~無理無理。他の子は皆彼氏とか友達と一緒にいるからさぁ。暇そうなのは君だけなんだもん」


「それでもアタシに構わないでください。こうしてあんたらと話しているだけでも時間の無駄なんです」


 アタシは早くあっくんに会いたいだけなんだ。

 こんなアホ達に構ってる時間すら惜しいの。


「てめぇ、こっちが下手に出てやってるのにいい気になりやがって」


「声を勝手に掛けてきただけでしょ。不愉快よ」


「……ちょっと強引にでも楽しませてもらうしかねぇな、こりゃ」


 他の男達も何だかニヤニヤし始める。

 何か、アタシの身体を下から上へ舐めるように見ている気がする。

 背中に悪寒が走ると同時に、嫌な予感がした。


 その予感は的中し、男の一人がアタシの手首を強く掴んできた。


「いたっ……!」


「まぁとりあえず、こっちに来てはなそうよ」


「ちょっ、いや!!」


 周囲を見て助けてもらおうとしたが、無理だと悟った。

 皆、視線を剃らして見て見ぬ振りをしていたから。

 あぁ、これは何処かに連れられてレイプされちゃうのかなぁ、アタシ。


 ――嫌だ、あっくん以外に身体を好きにされたくない!


「嫌、離して! あっくんっ!!」


「ほら、大人しくしてろって」


 男の掌で口を塞がれ、どんなに大きい声を出してもあまり効果がない。

 もう、ダメなのかな……。


「ここの路地の先に、複数人数で入ってオッケーなラブホがあるから、そこ行こうぜ」


「いいねぇ、時間一杯まで楽しもうぜ♪」


「スマホで撮影もしよう!」


 和気藹々と話すこのチャラ男達に殺意を込めるが、そんなのはお構いなしで強引にアタシを連れていく。

 もう、諦めるしかないのかな。


 ――助けて、あっくん。











 ――アタル視点――


 僕とアデルさんは、美味しい料理に大満足して、今レジで会計を済ませていた。


「何ですか、この箱は! お金を溜め込んでいるのですか!!」


 アデルさんが、レジを見て大興奮している。

 ちょっと煩い。

 僕が何か頬が赤くなっている店員さんにお金を渡した時、頭の中に声が響いた。


 ――助けて、あっくん。


「えっ?」


 何だ、さっきの声。

 あっくん……って、由加理ちゃん!?

 そしてちょっと店外が騒がしいのも気になる。

 もしかして、由加理ちゃんがここに来て、何かあった?


「ごめん、アデルさん。店員さんからお釣りもらっておいて!」


「えっ、アタルさん?」


 僕は急いで店の外に出ると、女の子を強引に引っ張って小さな路地に入る男三人組を見つけた。

 路地に入る直後だったので女の子の容姿は確認出来なかったけど、あれが由加理ちゃん?


 僕は何も考えずに走り出して、その路地入り口まで着いた。

 もし女の子が由加理ちゃんじゃなかったら?

 そんな事も一瞬考えたけど、どう見ても無理矢理連れていっている様子は放っておけない。

 ……ああ、何とも悲しい勇者の性。


「そこの人達、無理矢理女の子を引っ張っていくなんて、ちょっと同じ男として放っておけないなぁ」


「ああっ? 何だてめぇ!」


 おおっ、見るからにチャラそうで、女遊び大好きそうな顔してるなぁ。


「そこの女の子、大丈夫?」


 僕は女の子に声を掛けた。

 彼女は男達の間から姿を見せてくれた。

 そこで僕の脳天に、雷が落ちた。

 だって、すっごく可愛いんだもん。


 艶がある肩に掛かるくらいの黒髪、ちょっと垂れ目だけど大きくて強い意思を感じる瞳。

 多分口紅を塗っているんだろうけど、濡れたような桜色の唇がとっても魅力的だ。

 身長は僕の肩位だから、恐らく百五十センチ代かな?

 服装は白のワンピースの上に、丈が腰位の短めのジーンズジャケットを来ているのがお洒落だ。

 もう僕の好みドストライクな、清楚な子でした。


 多分この子は由加理ちゃんじゃない。

 だって、僕の知っている由加理ちゃんは、ちょっとふくよかな体型だったから。

 この子みたいに細くはない。


 人違いだったから、さくっと助けて由加理ちゃんを助けに行こう。

 そう思ったら、女の子が僕に話しかけてきた。


「もしかして……あっくん?」


 はい、由加理ちゃんでした。

 マジで!?

 何でそんなに痩せちゃってるのさ!

 とにかく、すっごい不安そうな顔をしているから、安心させておくかな。


「うん、そうだよ。久しぶり、由加理ちゃん」


 にかっと笑って見せると、彼女の目に涙が溜まり、頬を伝って流れた。


「二年間何してたのよ、このバカ! アタシ、本当に死ぬ程心配したんだから!!」


 やべ、泣き始めちゃった!

 ……そんなに心配させちゃったんだ。

 こんなに可愛くなった幼馴染みに心配されると、何か不謹慎だけど嬉しいな。


「あぁっと、とにかくごめんね。事情はこの男達を何とかしてから話すよ」


「ああ? 俺達をどうするんだよ!!」


 おうおう、僕を睨み付けてくる睨み付けてくる。

 でも全くもって怖くないねぇ。

 だって、殺気とか一切出さずに凄んで来るだけだもん。

 僕には一切びくともしないよ、その程度の威嚇。


「あっくん逃げて! きっとたくさん殴られちゃうよ!!」


「大丈夫大丈夫。安心して見ててよ」


 僕がへらへらしながら言うと、男達は腹が立ったのか額に青筋が浮かんでいる。

 おうおう、怒ってらっしゃる。


「とりあえず、ちょっと懲らしめてあげないとね」


 僕の可愛い幼馴染みに、手を出したからね!


「はっ! 相当痛い目にあいたいらしいな!!」


「てめぇみたいな優男、ボコボコにしてやるぜ!!」


「その後、この子を俺達三人で楽しんじゃうんだよ」


 ほう、あんたらは由加理ちゃんを無理矢理犯そうとしている訳か。

 こりゃ、ちょっと懲らしめるだけじゃすまなそうだね。


 僕と男達の距離は約三十メートル程。

 まっ、そんなのは一瞬で詰められるな。

 僕は足に気を集中させ、《ブーストダッシュ》という技で一瞬で距離を詰め、男達の目の前に立った。


「えっ、えっ??」


 男達がびびってる。

 そりゃそうだ。そういう技を使ったんだから。

 通常の人間じゃ使えない技をね。


「あんたら、由加理ちゃんを無理矢理犯そうとしてたんだよね」


 僕は男の一人の顔面を右手で掴み、思いっきり力を入れた。


「ぎっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛い痛い痛い痛い!!」

 

 男が僕の腕を必死に叩いてくるけど、そんな程度じゃ僕には痛みは伝わらない。


「てめぇ、その手を離しやがれ!!」


「嫌だ」


 殴りかかってくるもう一人の男の拳を左手受け止め、その拳を握り潰そうと力を入れる。


「うあっ、あがあああぁぁぁぁぁぁあっ!! 手が、手が潰されるぅ!!」


 そりゃそうだ、潰す気なんだから。


「お、おいっ! その手を離さないと、この子がどうにかなっちまうぞ!」


 最後の男が由加理ちゃんの背後に回り、喉元にナイフを突きつけている。

 それはどうでもいいのだが、この野郎……。

 何ドサクサに紛れて清楚で可憐な由加理ちゃんの胸を掴んでいやがる!!

 こちとらさっき大きな胸の谷間を見せられて、悶々としてるっていうのに!!

 くそ、裏山けしからん!!


「あががががががが、さらに力入ってきてる!! 頭が割れるぅ!!!」


「手が手が瞑れる!! いたたたたたたた!!」


「いい加減離せよ、その手! じゃないとこの子の肌に傷がつくぞ!」


 確かに、彼女に傷が付くのは許せない。

 でも、こいつらを離す気はさらさらない。

 だって、僕は一人じゃないから。


「もう一人は頼んだよ、アデルさん」


「全く、何があったのかと付いてきたら、早速騒動ですか。手加減しないとこの雄達が本当に血を撒き散らしちゃいますよ」


 アデルさんは《テレポーテーション》の魔術を使って、最後の男の背後に回ってくれていた。

 アデルさんはナイフをひょいっと奪い、男の後頭部を掴んで顔面を路地の壁に叩きつけた。

 おうおう、容赦ないねぇアデルさんも。


「アタルさんの幼馴染みに手を出すとは、万死に値するぞ」


 よくわかったなぁ、僕の幼馴染みだって……。

 あぁそっか、電話の時に名前言ってたから、さっきの会話で気付いたのかな?

 まっ、リューンハルト語で言ったからこいつらには通じてないと思うけど。

 なら代わりに僕が脅しておくか。


「もう僕達の目の前に現れなければ、手を離してやるよ。どうする?」


「わかったわかった!! だからもう許してください!!」


「でもあんたさ、さっき由加理ちゃんのおっぱいを触ったよね? おっぱい触ったよね!?」


「何で二度も言った!?」


「……この裏山けしからん手だけでも、潰しちゃおうかな?」


「ひぃぃっ!? 許してください!! 本当もうしませんから、許してください!!」


 三人が泣き始めた。

 リューンハルトじゃ、この程度で誰も泣かないのに情けないなぁ。

 僕は手を離してあげて、散れ! と叫んだ。

 男達はえぐえぐ言いながら、逃げていった。

 本当に情けない……。


 さて――


「由加理ちゃん、もう安心して。大丈夫だよ」


 そう言った瞬間、由加理ちゃんが僕の胸に飛び込んできた。

 まるで映画のワンシーンみたいだなぁ。


「本当心配したんだから!! 死んじゃったんじゃないかって、もう会えないんじゃないかって!!」


「い、生きてるよ、僕」


「うん……うん! 生きてる、あっくんが生きてたよぉ……」


 僕を抱き締める腕の力が強くなった。

 そっか、そりゃ突然消えたら心配させちゃうよね。

 由加理ちゃんは前から、僕の事をよく気遣ってくれてたからなぁ。


「それと……助けてくれて、ありがとう。すっごく嬉しかった!」


 由加理ちゃんは泣きながら、僕の方を見て笑みを見せてくれた。

 ああっ、何か僕の心が鷲掴みされたよ。

 昔から由加理ちゃんを好意的には見てたけど、綺麗になってもうがっちり捕まれたよ、心。

 それと、日本に帰ってきたんだなって実感が沸いてきて、急に嬉しくなった。

 向こうで受けた数々の仕打ちは、身体に痕が残っている。

 苦しくて、耐え抜いたら今度は僕が相手を傷付ける側に回って……。

 アデルさんと友達になったお陰で心の磨耗はなくなったけど、最近日本に帰りたいとホームシック気味になっていたんだよね。


 僕は包み込むように、由加理ちゃんを抱き締めた。

 すごい柔らかくて、細い身体だった。

 そしてアデルさんに僕は視線を移した。


「アデルさん」


「何でしょう?」


「一緒に日本に連れてきてくれて、ありがとう」


「ふっ、親友の為ですから」


 アデルさんの優しい笑みに、僕も思わず笑みがこぼれた。

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