第十二話 最強の勇者の、ご両親


 ――由加理視点――


 何だか、夢みたい。

 あんなに探していたあっくんに、やっと会えたんだ。

 しかも色々変わって帰ってきた。

 まずは性格。前は弱々しい笑みを浮かべる優しい性格だったんだけど、今は飛び抜けて明るくて、自信にみなぎっている感じ。

 ワイルドになったのかなぁ?

 それに前は風が吹けば飛ばされそうなもやしっ子だったのに、背筋が真っ直ぐなってて、全身が引き締まっている。

 特に鎖骨!

 この鎖骨が超エッチ過ぎて、直視できません!!

 そんなのを晒け出してるなんて、もう公然猥褻だよ!

 もうずっと、アタシはあっくんにドキドキしっぱなしで、心臓が破裂しそう……。

 しかもさ、周囲の女の子もやっぱりあっくんを注目してるし……。

 少し……ううん、かなり格好良い男の子になって帰ってきた。


 一応私もモテてるけど、こんなに格好良いとアタシなんかじゃ相手にされないんじゃないかな……。


 あっ、どうしよう。

 不安になってきた。


 ――って、気が付いたらアタシ、ずっとあっくんと手を繋いでる!?

 うそ、いつから!?

 でも、あっくんの手はゴツゴツしてるけど男らしくて、暖かいな。

 あぁ、今日は何て幸せな日なんだろう。


 あっ、そういえば。

 アデルさんっていう何処の海外スターだろうって思う位の美人さんが、ずっと一緒なんだよね。

 しかも英語とはまた違う、聞き慣れない言葉で二人は話しているし。

 ……この人、どちらかといったら女性に見えるのよね。

 まさか、二人はもう付き合ってたり!?

 いやいやいや、多分この人男の人だから大丈夫!

 ……大丈夫、よね?

 まさかそんな「アッー!」的な趣味を持ってる訳ないもんね!


 ……でも、妙に距離が近いんだよね、この二人。

 ま、でも大丈夫!

 今あっくんは何だかんだでアタシの手を繋いでくれている。

 つまり、女の子が好きって事だよ!

 きっと大丈夫!

 あっ、でも逆にもうあっくんには彼女がいるとか……。


 それ、とっても嫌だなぁ……。

 

 やばいやばい、涙が出てきちゃった!

 それはない、彼女がいたらアタシの手なんて繋ごうと思わないからきっと大丈夫!


 でも本当に大丈夫なのかなぁ……。


 ああっ!

 不安が抑えられないよぉ!!


 とにかく、今アタシ達はあっくんが何をしていたのかを聞く為に、最近オープンしたカフェ、《ラヴクラフト》に向かっている。

 その名前を聞いたあっくんは、「渋谷はいつからTRPGプレイヤーが集まるようになったんだよ!」と叫んでいた。

 きっと、この名前も何かしらの由来があるのかもしれない。


 まぁ、いいわ!

 思う存分訳を聞かせてもらいましょう!!









 カフェ、《ラヴクラフト》に着いたアタシ達は、コーヒーを飲みながら事情を聞かせてもらった。


「はぁ。異世界に飛ばされて勇者をやっていた、と。そしてそこのアデルさんは魔王、と」


「うん、そうなんだ。信用してくれた?」


「信用も何も、全く信用できる要素はないわ!!」


 アタシは思わず机を叩いてしまう。


「ですよねぇ」


 あっくんはけらけらと笑いながら言う。

 あぁ、愛しいけど殴りたい、その笑顔。


「アタルさん、この世界は一切魔術が存在しないのです。それこそ信じてもらえませんよ?」


「そうですよアデルさん、もっと言ってやってください!」


 ……ん?

 

 ちょっと待って。

 何でアタシ、日本語話せないはずのアデルさんと話せたの?

 あっくんも目玉飛び出そうな位驚いているわ。

 あっくんも知らなかったんだ。


「ははは、まだ日本語はマスター出来ていないので、音声変換の魔術を使いました」


 わざわざ通訳を挟むのが煩わしかったので、と付け足して笑いながら言うアデルさん。


 この人、しれっと魔術なんて非科学的なものを今実証しちゃったよ。

 えっ、じゃああっくんが異世界に言ったって本当なの?


「ね、魔術があるんだし、本当の事言ってるってわかってもらえた?」


「い、いやいやいやいや、その程度じゃ証明にならないわよ! 実は日本語喋れましたってオチがあるかもしれないしぃ?」


「全く、疑り深いなぁ」


 何でアタシ、あっくんにため息付かれているんだろう。

 逆にアタシがため息付きたいわ!


「そうだ、あっくん。今日おじさんとおばさんに絶対顔を見せなさいよ」


「えっ、何で?」


「あの二人、あっくんがいなくなってから、ずっと探偵雇ってあっくんを探してるんだよ? 日に日に痩せていってるし、安心させてあげてほしいの」


「そんなに……う~ん、でもなぁ」


 そこで、あっくんはちらりとアデルさんを見た。

 何でそこでアデルさんを見る、愛しの幼馴染み。

 

 するとアデルさんは、にっこり笑って答えた。


「本当は観光目的で私達は日本に来たんですが、そこまでご両親が心配されているのならば最優先事項になりますよ。私の事は気にせず、行きましょう」


「……ありがとう、アデルさん」


 何だよ、この空気!

 この二人、できてるんじゃないかな、やっぱり!

 所謂BLよね、BL!!


「じゃあ善は急げ! 早速行くわよ!」


「わかったよ。由加理ちゃんはそういう猪突猛進な所は変わってないね」


「何よ、他が変わってるように聞こえるわね」


「変わったよ。…………可愛くなってて、びっくりした」


「っ!」


 あっくんが視線を剃らして言った。

 アタシの事、可愛いって……。

 

 他の人からも散々言われてたけど、全然何も思わなかった。

 でもあっくんに言われるとこんなに嬉しいなんて……。

 アタシ、どんだけあっくんの事好きなんだよ!


「あっ、ありが……と……」


 一応、お礼は言っておこう。


「ほらほら、私を除け者にしないで、さっさと向かいましょう。アタルさんの実家へ」


「いや、アデルさん。除け者にしてないよ!」


「そ、そうよアデルさん! 確かに久々にあっくんに会えて嬉しいけど……」


「ふふ、わかっていますよ。私より長く一緒にいたのでしょう、それだけ通じ合っているという事です。まぁアウェー感を感じますけどね」


 そして立ち上がろうとしたら、アデルさんに止められた。


「そうだ。二人の内どちらかでいいので、アタルさんの実家を地図で見せてもらえますか? 出来れば現在地も示してもらった状態で」


「じゃあ僕が出すよ」


 するとあっくんが、スマホを操作して現在地と目的地であるあっくんの実家を表示した。

 そしてアデルさんがそれをじっと見つめる。


「わかりました。これなら《テレポーテーション》出来ますね」


 へ?

 今何ておっしゃったのかしらん?


「おおっ、流石魔王! もう魔術の王様って名乗ってもいいんじゃない?」


「ふふふっ、もっと褒めてもいいんですよ?」


 えっ、あっくんも当たり前のように受け入れてるし!?

 これが普通なの?

 この二人にとって普通なの!?


「んじゃ、会計済ませたらひとっ飛びして、僕の実家に行こうか!」












 本当にひとっ飛びでした。

 目を閉じた一秒後には、あっくんの家の前にいました。アタシ達。

 えっ、何。

 本当なの?

 魔術って本当にあるの?

 アタシの頭は大混乱中。

 到底受け入れられる訳がないわ、こんな非常識!

 渋谷から電車で三十分距離があるのよ!?

 それをたった一秒って……。


「ねぇ、あっくんもこういうの出来るの?」


「あぁ、魔術は魔族しか使えないから無理無理」


 ちょっと安心した。

 そこまであっくんは人外じゃなかった。


「空は飛べるけど」


 立派な人外さんでした!!

 愛しの幼馴染みは人外さんにアップグレードして帰ってきました。

 ナニコレ、本当にナニコレ?


 とりあえず、あっくんの表情を見てみると、心なしか表情が固い。

 やっぱり少し緊張しているのかな?

 いや、そういう表情じゃない。

 何だろう、後ろめたさがあるような……?


 すると、あっくんが何かを喋り出した。

 最初にあっくんとアデルさんが話していた、何処の国の言葉かわからない言語だ。

 そして、それに対してアデルさんは答えた。


「大丈夫です、きっとアタルさんのご両親は、今のアタルさんも受け入れてくれますよ」


「……そうだと、いいな」


 あっくんは顔を上げて、自分の実家のインターホンを鳴らした。


『……はい、どちら様でしょうか?』


 弱々しい女性の声。

 あっくんのお母さんだ。

 相当精神をすり減らしていて、あの明るかったおばさんは今や見る影がなかった。


 あっくんは一度深呼吸をして、インターホンのマイクに話しかけた。


「えっと、その……ただいま、母さん。アタルだよ。帰ってきたよ」


『っ!!』


 マイク越しでもおばさんが息を飲んだのがわかった。

 すると、玄関の扉の向こうからドタドタと、音が大きくなってくる。

 そして、まるで扉を壊しかねない勢いで開かれて、おばさんの後ろにはあっくんのお父さんもいた。

 二人は口を押さえて、信じられないような様子だった。

 一応、アタシからも言っておこうかな。


「おじさんにおばさん、正真正銘のあっくんです!」


 アタシはあっくんの腕を抱き締めながら引っ張り、玄関前まで連れてきた。

 何かあっくんが困ったような表情を浮かべていたけど、多分気まずいだけなんだとアタシは思った。


「さあ、あっくん。ちゃんと謝って!」


「あっ、うん」


 あっくんは後頭部を数回手で掻いた後、重々しく口を開いた。


「えとっ、その……。心配かけてごめんなさい」


 するとおじさんが前へぐっと出て、あっくんを睨んだ後、思いっきりあっくんの頬を叩いた。

 うわっ、痛そう……。

 かなり勢いが乗ってたから、相当よね。

 って、あれ?

 何でおじさんがうずくまってるの?


「な、何故ぶった僕の方が痛がってて、アタルはけろっとしているんだ」


「えっ? あっ、そっか。僕今ぶたれたのか。ははは」


 あっくんが全然痛がってない。

 何で?

 本当人外さんになっちゃってるよぉ。


「痛くないけど、何かさ、心にじんわり響いたよ……」


 あっくんの目尻に涙が浮かんでくる。


「僕、やっと帰ってきたんだなぁ」


 すると、後ろからアデルさんがあっくんに話しかけた。


「アタルさん、家に帰ってくる時の挨拶。言わないといけませんよ?」


「……そうだね。父さん、母さん。……ただいま」


「「おかえりなさい、アタル」」


 あっくんは二人に抱き締められ、ついに涙を流した。

 アタシも釣られて泣いちゃった。

 アデルさんも少し泣いてるみたい。


 アタシも心の中で言っておこうかしら。


 おかえりなさい、あっくん。

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