第九話 最強の二人、イタリアン料理店に入る


 ――アデル視点――


 私とアタルさんは、今シブヤという街の食事処へ向かっている。

 その中、私はアタルさんに説教をしていた。


「アタルさん、さっき電話していたのはご家族なんじゃないですか? ニホンゴはわかりませんでしたが、扱いが雑じゃなかったですか?」


「家族じゃないよ、幼馴染みの女の子に飯処聞いただけだって」


「それじゃ尚更でしょ! きっとかなり心配されたんじゃないですか? それを何か適当にあしらっているような……!」


「まぁまぁ、それは後で僕がフォローするから、アデルさんがそんなに怒らない」


「人間の雌は大事に扱わないといけないと書物で読んだ事があります。いつか適当に付き合っていると、手痛いしっぺ返しが返ってきますよ?」


「わかったわかった! ……アデルさんは意外とフェミニスト?」


 アタルさんは私から逃げるように、早歩きにになり始めた。

 いや、これは逃げているな。

 私は軽く溜め息をついて、アタルさんの後を追った。


 しかし、ニホンの衣服は面白い。

 向こうでは基本的におしゃれは貴族だけしかしないという。衣服に使う金は最小限に抑えたいからだそうだ。

 魔族は体毛があるから、そもそも衣服を必要としない種族が多い。

 私は人間に近い種族なので、衣服はどうしても必要にはなるという例外はあるが。

 意外と動きやすいし、ただ服を着ただけで私の印象ががらりと変わった。

 何というか、私の王としての威厳が取り払われ、ニホンの民と全く一緒になれたような気がする。

 それに私がとても格好良く見える。


 アタルさんも向こうの服よりも自然体に見えており、身体が細く引き締まったように感じる。

 そのせいか、人間の雌がアタルさんと私が注目を集めている。

 きっと、人間の雌から恋慕を寄せられているのであろう。

 ふむ、種族は違うものの悪い気はしないな。


 本当にこの国は見ていて飽きない。

 鉄の箱が高速で動いているし、楽しそうに話しているし、向こうの世界での都市とは違ってこんなに隙間なく人間が歩いている場面なんて見た事なかった。

 何より建物や風景だ。

 木々が少なくて殺伐としているが、所々に光る線や《もにたぁ》と言われる映像を写すカラクリによって、華やか且つ賑やかな街を演出している。

 それに建物全てがとにかく高い。

 私が居を構えている魔王城の大きさに匹敵するものだってたくさんある。この国の建築レベルが、我が国を軽く凌駕しているのが見て伺える。

 私はずっと魅了されまくりだった。

 王としてはまさに理想の国であり、目指したい形であった。

 私が目指していたのは、まさにこれだ!


 ふむ、これで定期的にこの国へ来る事が出来るようになったし、度々視察しては文化を少し拝借しよう。

 文化があれば、きっと基本的野蛮な魔族の心も穏やかになる……はずだと……思う。


 おっと、考えに耽っていたら、アタルさんと距離が離れ始めてしまった。

 流石に迷子にはなりたくないから、しっかりついていこうじゃないか。

 まだまだ時間はたっぷりある、楽しんでみよう!









 私はアタルさんに連れられてきた場所は、《パラノイア》という飯処のようだ。

 意味は全くわからないが、中は人で混雑していた。

 というか、空いている席がなく、店の外まで行列が出来る程の盛況っぷりだ。

 こんな光景、《グエン大陸》の王都の有名店ですら見た事がなく、私はとても驚かされている。

 かといって並んでいる人間は怒りもせず、アタルさんと同じ《すまほ》という機械をいじっている人間もいれば、一緒に来た人間と歓談している。

 どうやら並んで待つ事に苦はなく、当たり前のように立ち振る舞っている。


「アタルさん、ここの料理はどういうものなんですか?」


 私はアタルさんに質問した。

 何故なら、店の名前では一切想像出来ないのだ。

 そしてアタルさんも、私の質問に眉間にシワをつくって困っていた。


「ん~、アデルさんに説明するのムズいなぁ……。まぁこの世界の国の一つにイタリアっていう所があるんだけど、そこの料理を出すお店なんだ」


「何と! ニホンは他国の料理を出すのですか! ……ニホンはイタリアという国の属国なのですか?」


 《リューンハルト》の常識として、自分達の国や地域の料理はそこから外に漏れる事はない。といっても、向こうは二つしか国はない。

 百以上も国があるこの世界と比較する事自体間違っているのだろうが。


「あはは、違うよ。この世界はある意味まとまっていてね、様々な料理や文化が自由に行き来しているんだ。日本は特に顕著で、他国の良い文化は積極的に取り入れててね。他国の料理であったとしても美味しかったら、こんな風に並んで待つんだよ」


「なるほど、自国の文化は失われる危険もありますが、様々な選択肢が生活にあるのは民にとっては有り難いのでしょうな」


「まぁね。色々大変な分、娯楽の部分がすごく発展している国だよ」


「ふむ、為政者としては参考になりますな」


「アデルさんは何処に行っても王様だね」


「もう、平民の気持ちでは楽しめませんからね」


 そう、民の為に施政するのを常に考えていたら、どんな事でも純粋に楽しめなくなってしまっている。

 そこに関しては案内してくれているアタルさんには、大変申し訳ないなとは感じている。

 でも、私なりにこの観光は楽しんでいるつもりだ。

 その事をアタルさんに伝えたら、彼は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。


「ならよかった! 日頃苦労しているアデルさんをリフレッシュさせる為の日本観光なんだし、いっぱい楽しんでよ!」


「ええ、ありがとうございます」


 私は、本当にいい友人を持った。

 本当に彼とは生涯仲良くしていきたいものだ。

 寿命で考えると、私が彼の死に直面するのは間違いないのだけれども。


 さて、私達が色々話している間についに入店する番となった。

 店員が私達に「いらっしゃいませ、本日は何名様でしょうか?」とニホン語で尋ねて来ている。

 アタルさんが答えようとすると、私が尽かさず間に入って話してみた。

 さぁ、これが魔王として君臨している力の一端だ!!


「ワタシ、アタル、two human(二つの人間)。ココ、タベル」


 私がカタコトながらニホン語を披露した事にアタルさんはかなり驚いている様子で、目玉が飛び出そうな位に見開いていた。

 店員は少し考えながら「二名様ですね? 当店は全席禁煙でございますのでご了承下さい」と言ってきた。

 うむ、難しいニホン語はまだよくわからないな。

 いずれは流暢に話したいものだ。そうなるまでに大体一週間は必要だろうな。


 私達は店員に席を案内されて、着座する。

 そしてアタルさんが私に食って掛かるように質問してきた。

 もちろん、リューンハルト語だ。


「アデルさん、片言だけどいつの間に話せるようになったのさ!」


 うん、この驚き様を見たかったのだ!

 私は恐らく魔族の中では珍しく頭の回転が早い個体だ。

 どんな国の言葉でも、意味は結局同じなのである。

 だからその単語の時に人間はどういう体の動きをしているか、声色を込めているかという状況から様々な憶測を立てて、その単語の意味を知る。

 私はそのように言語を覚えてきたし、意外と外れないのだ。

 それをアタルさんに伝えた。


「僕、時々あんたの頭の中がおかしいって思う事が多々あるんだが」


「それ、褒めてます?」


「若干呆れてるよ! 後、一部別の国の言葉が混じっていたよ。要勉強だね」


「えっ、違うのですか! そんな、私が単語の意味を間違えるなんて……」


「でも微妙に合ってるのがすごいというかなんというか……。帰りに本屋に寄る?」


「是非、寄ります!!」


 すると、店員が薄い本を持ってきた。

 店員はにこやかな笑顔で「こちらがメニューでございます」と言った。

 ふむ、意味は全く不明だが、この薄い本に料理の内容が書いているのだろう。

 私は手にとって開いてみると、目玉が飛び出そうな位驚いた。


「な!! 料理が絵になって載っている!? しかもかなり鮮明……だと?」


 そう、あまりにも鮮明な絵がその本に載っていた。

 だからどの料理がどうなのかというのが分かりやすい!

 何なのだ、この技術は!!


「まぁ、《リューンハルト》の人からしたら驚くよねぇ」


 ケラケラと笑っているアタルさん。

 この国ではどうやら常識らしい。

 ……恐るべし、ニホン。


 さて、驚いてばかりだと先に進まないから、早速選ぼう。

 う~~~~~む、どれも旨そうだから悩む。

 何と言えばいいのだろう、全ての料理が見た目も素晴らしいのだ。

 これを芸術と言われても私は信じる。むしろ食すのが勿体ない位に綺麗な盛り付けなのだ。

 とりあえず、この気になる真ん丸な食べ物にしよう。


「アタルさん、私、これ食べたいです!」


「どれどれ……ああ、マルゲリータピザだね? 丁度僕も食べたかったら一緒に食べよう」


「はい! 後は、これとこれと……これかな?」


「おぅ……たくさん食べるね。じゃあ店員さん呼ぶね」


 アタルさんは手を挙げて店員を呼び、メニューを伝えた。

 ……気のせいだろう、店員が立ち去る直前にうっとりした表情で私とアタルさんを見たような。

 自意識過剰だったか?

 というより、店内にいる人間が、私達を結構見ている。

 ふむ、やはり選んだ服が良かったのであろう、良い意味で注目を浴びているようだ。

 どうやらアタルさんも周囲の視線に気がついたのであろう、苦笑いしている。


「あははは、ここまで注目を浴びるとは思わなかったよ。《リューンハルト》ではもう慣れたけど、まさか日本でもこんなに視線を集めるなんてね」


「それだけアタルさんが魅力的という事ですぞ?」


「いやいや、アデルさんこそ格好いいよ?」


「いやいやいや、アタルさんには負けますよぉ」


「いやいやいやいや、アデルさんには負けるよ!」


「「いやいやいやいやいや……」」


 なんていうやりとりを少し繰り返した。

 何処かから「美男同士の絡みはやっぱ最高」というニホン語が聞こえてきた。

 はて、どういう意味だろうか?

 でも知ってはいけない気がしている。

 ここは本能に従って、アタルさんに意味を聞かないでおこう。







 ――とある一般客(20代女子 彼氏あり)の視点――


 この《パラノイア》ってお店、名前が変だけど超美味しくて最近のお気に入り!

 今日は女友達と一緒にパスタを食べていたんだけど、超イケメン二人が入ってきたの!

 一人は日本人で、優しそうな感じなんだけどシャツのネックラインから見える鎖骨が超エロくてたまらないの♪

 もう一人の人は外国人で、私より髪がサラサラな金髪。しかも中性的な顔立ちだから女って言われても違和感ない!


 やっば、彼氏には悪いけどすっごくID交換したくなっちゃうわ。


 えっ、何?

 ヨダレが出てるって?


 やっちゃったわ、いい男見るとヨダレ出ちゃうのよね。

 でも女友達もその二人にすっごくうっとりしてる位凝視してる。旦那いるのに(笑)


 彼氏出来てから落ち着いていたのに、また男漁りしたくなっちゃうよぉ。

 あぁ、疼くわぁ!


 よし、隙を見て声掛けよう!

 ごめんね、彼氏♪











 ――アタル視点――


 何だ、変な視線を感じるぞ……。

 黄色い視線なら大歓迎だけど、何というか、ねっとりしてて品定めされているような?

 

 ……ちょっと気持ち悪い視線だ。


 まぁ何かあったら適当にあしらえばいいか!


 しっかし、僕にもモテ期来たね、うん。

 でもとりあえずお腹空いたから早くご飯来ないかな?

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