第13話
ひとまず解放された美咲だったが、面倒は続く。まず両親が呼び出され、三者面談。それから数日後。例の動画が大事となり警察に根掘り葉掘りと聞かれたのだった。
最も厄介だったのがマスコミである。若者文化の恥部は格好の餌食となり、ルサルカこと高良 隆の境遇も合わせて庶民にとっての丁度いい娯楽として消費されたのである。もはやエンターテインメントと化した事件について人々は興味を持ち、しばし、その好奇心を満たすためにプライバシーの侵害ともいえる取材活動が行われた。低俗ここに極まれりである。
隆は当初こそ容疑を否定したものの、カラオケ屋にてドリンクに異物を混入する姿が防犯カメラに映っており、また美咲の様子が明らかにおかしかったと店員の証言もあって自らの過ちを認めた。もっとも、自白の決め手となったのは彼の部屋にあった睡眠導入剤やHDDに保存された未成年との淫行映像であるが。
こうして流されるニュースによりルサルカの正体を知った美咲は思わず呟いた。「哀れな人」と。
さて。こう書いてしまえば実に簡単であるのだが、事件の渦中にいる人物達にとってはそう容易く済む問題ではない。まず、美咲の次に指導教師に呼び出された本宮。なぜ彼が、あの現場の動画を撮っていたことが露呈したのか。話はそこからである。
「本宮。ここに呼ばれた理由はわかるな」
ヤクザの様な風貌の男が、ヤクザの様な声を出し本宮を尋問する。彼は教育指導教員であり、同時に野球部の顧問であった。
先程まで美咲に詰め寄っていたのはこの男であり、先の動画を見た後、本宮を別の部屋へ呼び出したのだ。
「皆目検討もつきません」
飄々と受け流す本宮の言葉を聞いた瞬間。ヤクザの様な教師から地が裂けるほどの怒号が発生した。何を言っているのかは聞き取れぬが、おおよその意味は推測できる。「ふざけるな馬鹿者」と、いったところであろう。
動画には二つ。それを撮影した人間が特定できる要素があった。一つは、美咲が殴られた後に本宮が発した声。途中で途切れてはいたが、彼を知る者が聞けば分かるものであった。
そしてもう一つは手の怪我。あの日本宮が部活動を休んでいたのは、左手の爪が割れ練習ができなかったためである。大会も近く、正選手である彼は療養を兼ねて休暇を言い渡されていたのだが、その怪我をした左手がカメラに映りこんでいて、割れた爪をしっかりと見ることができたのだ。
その指摘を受け観念したのか、本宮はだいたいの事情を白状すると、またもや怒号を浴びた。
一方美咲がいる部屋には呼び出された母親が学校へ到着し、指導教師と入れ違いで来た担任に深々と頭を下げていた。
「お騒がせいたしまして大変申し訳ございません」
楓は重く静かに謝罪の言葉を述べた。隣に座る娘には一瞥もくれず、気の毒なくらいに自らの責だと詫び続け、教員が「まぁまぁ」と下手ななだめ方をしても一向に面を上げず粛々と頭を下げる。そうしてようやく椅子に座り説明を受けたのだが、相槌を打つたびに「申し訳有りません」と徹頭徹尾、面倒を持ち込んだという姿勢を崩さなかった。
「ともかく今日は娘さんとお帰りになられては」
話が一段落ついたところで美咲の担任がそう言うとようやく背を伸ばし「そうさせて頂きます」と娘を連れて学校を後にした。
タクシーを呼び待つ母子。無言。それは二人が帰宅するまで続く。美咲は終始何か言いたそうな顔であったが、母に気圧され声が出なくなっていた。
「お父様が帰るまで、部屋にいなさい」
言われるがまま、美咲は自室に篭りベッドに入った。すると携帯電話に着信が一つ。出てみれば聞こる友人の声。夏美である。
「美咲さん。大丈夫ですの?」
「えぇ。疲れはしましたが、問題はありません」
「申し訳ありません。私だけ、関係ないような素振りをしてしまい」
夏美がそう言うと、「くだらない事を言うな」と本宮の声が電話越しに聞こえた。美咲は「ちょっと、本宮さんと変わってくださらないかしら」と頼む。
「何だ座敷童子」
「……動画の件。一応お礼を申し上げさせて頂きます」
「気にするな。貴様のゲロシーンを全国的に晒してやろうと思っただけだ」
「何であなたはそうなんですの!」
しばらく口論をした後、再び夏美と通話をして電話は終わった。
昼下がり。暇を持て余し、眼を閉じる。そうして起き上がったのは夕暮れ。父は未だ帰らない。無為な時間を過ごすのは、彼女にとって久しぶりであったが、その顔は憑き物が取れたようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます