第12話

 週の頭。美咲のクラスはざわめきたっていた。よく聞いてみれば「ペレストロイカ」やら「グラスノスチ」という単語が聞こえる。


 ガラリと扉を引いたのは美咲である。生徒たちはそれを見て声を潜ませるものの、先ほどよりいっそう話が弾んでいるように見えた。


「美咲さん、ちょっと……」


 そう言って声を掛けたのは夏美であった。彼女は教室から出て小さく手招きをしている。不審な顔をしながらも美咲はその誘いにのり、夏美について行くと、屋上の続く階段に踊り場へと辿り着いた。屋上は進入禁止の為普段この辺りに人はいない。密談をするならばおあつらえ向きな場所である。


 そこで夏美は「これを」と言って携帯電話を差し出した。表示されているのはとある掲示板。その内容は……



『この女。学童の身でありながら常軌を逸した好き者也。我、出会いて即淫猥なる行為に励み候。嘆かわしや」


『候? 早漏の間違いでは?』


『嘆かわしきは汝なり。羨しけり』


『某。某所にてルサルカと名乗り活動している身であるが、かの女と会いて淫行の誘い激し、恐ろしくなり逃げ出した次第』


『蘇維埃に帰られよ』(バブシュカ動画ユーザーは他のweb文化圏では蘇維埃の民。アカなどと呼ばれ蔑まれている)



 この様な書き込みがズラリと並び、美咲の通う学校名や写真。過去に果ては放送したバブライブまで白日の下に晒されていた。


「何……これ………」


 絶句する美咲。か弱い肢体は震え崩れる。それを支える夏美の腕もまた細く、頼りない。


「本日は早退なされた方が……」


 夏美はそう伝えるのがやっとであった。しかし美咲は動けない。ただ跪き、頭を抱え嗚咽のような声を漏らす。どうしようもなく時が過ぎ、響く予鈴。


「……行きましょう」


 美咲が立ち上がり、呟く。「大丈夫なんですか?」と心配する夏美に笑顔を見せたが、それが返って痛々しく見えた。


 二人が教室に戻ると、皆の目線は美咲へ向けられる。本鈴が鳴りホームルーム。担任は話の終わりに美咲を呼び、一緒に職員室の方へ歩いて行った。


「あの売女! 許せぬ!」


「我らのルサルカ様を! まったく破廉恥極まりない!」


「粛清! 粛清!」


 騒ぎ立てるのは例の女三人組である。それに便乗するかの様に、クラスメイトは一様に美咲の話をし始めた。


「大人しそうな顔して……」


「恥さらしよね」


「俺もやらしてくれないかな」


「ペスニャ手じゃないと駄目なんじゃないか?」


「目指すか。ペスニャ手」



 夏美は黙り、本宮は携帯電話を弄っている。真実を知る二人ではあるが、拡散した噂は人々の心をくすぐるばかり。虚実など二の次で、ただ話のネタになればなんでもいい。世は俗物で溢れているのである。


「ねぇ……これ……」


 ふと誰かが不思議な声を上げた。何やら掲示板に進展があったらしく、皆がこぞって携帯電話を覗き込む。すると、本文はなくただURLだけが貼られていた。それを踏むと……








「では、これは事実無根だと?」


 生徒指導室。そこで指導教員が美咲に詰め寄っていた。美咲は「その通りです」と答える。


「しかしだね。火のないところに煙は立たないのだよ?」


「確かにルサルカと呼ばれるお人と会いはしました。しかし、かの掲示板に書かれているような事実はございません」


 淡々と受け答えする美咲であるが、小刻みに肩は震え手は強く握られている。教員の目は厳しく、まるで罪人を見るような色をしていた。


「本当はどうなんだ?」


「私はそんな事、していません」



 続く問答。繰り返される同じやり取り。膠着。



「先生。ちょっと」


 そんな中、別の教師が指導教師を呼び寄せた。そして彼にPCを見せると「うぅん」と唸り、再び美咲の下へとやってきてこう告げた。



「君の言葉は、事実のようだ」




 教員のPCに映し出されるのは件の掲示板。

 先に貼られたURLを踏むと、バブシュカ動画の動画再生ページに飛ぶようになっていた。動画タイトルは[ルサルカの正体]。響く当時の音声。



「黙ってろよ美咲ちゃん」


「やめ……て……」


 それはルサルカが美咲を襲おうとする瞬間であった。掲示板は一斉に盛り上がる。




『これは誠か?』


『動画の男。ルサルカと呼ばれる御仁の特徴とほぼ一致。罪人よ。覚悟せよ』


『むぅ……この女子高生。利用されただけでは……』


『トラ。トラ。トラ。ID出り。ID出り。スレ立て人とルサルカと名乗る者とのIDが一致。自作自演とは、愚かな』(この掲示板は特定の書き込みに対し違反通報ができるようになっており、一定数を超えるとそのユーザーが書き込んだ全てのレスに識別番号が振られる様になっている)




「何があったんですか?」


 首をかしげる美咲に、教員は黙ってPCを見せ「すまなかったね」と謝罪した。


「しかし、この動画を撮った者にも話を聞かねばならぬな」


 指導教師はそう言って部屋を出て行った。美咲は何も言わず、ただ涙を堪えている。


 感謝。

 気に食わぬ相手ではあるが、抱かずにはいられないであろう。彼女は、そういう性格をしているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る