第3話

 バブシュカライブ放送。通称生放送バブライブ

 ライブ放送という名の通りリアルタイムで配信をする、バブシュカ動画内にあるサービスの一つである。このバブライブを発信する者を生主カローリといい、受信する側を視聴者ナロートといった。


 美咲はこのバブライブを嫌悪していた。普通の人間が不特定多数に自己をさらけ出すなど虫酸が走ると否定し、過剰な自己顕示欲とナルシシズムに駆られた哀れな俗物が利用するものだと決めつけ蔑んでいたのである。

 当然その感情は夏美にも向けられた。表情に変化こそないものの極めて冷淡に彼女に拒絶の意思を伝えたのだった。


「申し訳ありませんが、興味がないですわ」


 端的かつ明確な固辞を受け夏美はたじろいだが、意外にも食い下がり言葉を続け懇願した。


「そこを何とかお願いいたします。こんな事を頼めるのは美咲さんしかいないのですから。私、ライブ中に友達がいるなどとうそぶいてしまいまして、ナロートの皆様に紹介すると言ってしまいましたの。えぇ自業自得だというのは重々承知の上でございます。その上で、どうか、どうか私を助けて頂けないでしょうか!」


 夏美は頭や掌をテーブルに打ち付け悲痛な叫びを上げた。集まる視線。嘲笑と警戒。悪目立ちに慣れていない美咲にとってそれは堪え難き屈辱であった。

 ともかく夏美を鎮めようと必死になだめるも更にキレのよくなる嘆きのリズムに混乱。どうしていいのか分からずまごついていると露骨に咳払いを鳴らす人々。顔が赤くなり発作的に頭を掻きむしり錯乱。重なる恥。それが時が経てば経つほど蓄積される。彼女はとうとう「分かりましたからどうかお静かに!」と承諾の言を吐き出したのであった。


「まことでございますか!」


 夏美は顔を上げ、先ほどまで喚いていたのが嘘だったかのような、満面の笑みを浮かべた。


「まことでございますから、ともかくここを出ましょう」


「それもそうですわね」と周りの視線に気付いた夏美は美咲の意見に同意し、「ご迷惑をおかけしましたから」といってコーヒー代を持った。

 美咲は形式上一度は断ったが、夏美が自分から目を離した途端に当然だと言わんばかりに不遜な面となる。被った迷惑を考えれば致し方ないといえるが……ともかく二人は冷ややかな目線に送られ喫茶店を後にしたのであった。そうして……






ハァイズダローヴァ! ナロートの皆様御機嫌よう! リェータの 一夏の蜃気楼ミラーシ・リェータム! 始まりますわ!」


 人によっては引きつり笑いさえ起こらないような流儀でPCに向かってまくし立てる夏美。[リェータ]とはバブライブ上における彼女の名前である。

 


 喫茶店を出て、美咲は一駅戻った所にある夏美の自宅へと連れ去られた。「早速本日出演していただきますわ!」と強く手を引かれ。逃げる事ができなかったのだ。


『リェータ殿!』


『待ち焦がれておりました!』


『やや! 隣におわす女人はもしや……』


 バブライブはライブ配信と並行してチャットトークか行える仕様となっている。これに伴いリアルタイムでカローリとナロート。もしくはナロート同士でコミュニケーションが取られる。


「然り! 彼女が以前にご紹介すると言ったご学友でございますわ! さぁさ。ご挨拶をば」


 ただでさえ呆気にとられ動けなかった美咲は突然話を振られ返答に詰まった。「さぁ」と急かす夏美と『焦らしますなぁ』と囃し立てるナロートに青筋を立てながらも、何か話そうと周りを見渡す。

 夏美の部屋は広く気品があった。PCが置いてある机はダークブラウンで作りはシンプル。重厚感のある引き出しの取っ手は少々色あせていたが、返ってそれが趣深いものとなっていた。

 奥には本棚。美咲に読書の趣味はなかったが、いずれも名前だけは知っているという書物が並んでいる。その中から適当に目で選び、しっくりくるタイトルを拝借してそれを叫んだ。


「ペ、ペレストロイカです! 以後お見知り置きを!」


 上ずった声の、間抜けな発音であった。美咲の顔は熟した林檎の様に真っ赤に染まり、無自覚に少女の可憐さを匂わせる。

 それが琴線に触れたのか、ナロートの反応は上々であった。


『可憐! この一言に尽きる!』


素晴らしいハラショー!』


『おぉ……その純心無垢なる処女の雫を我に与えたまえ!』


 連なる称賛。経験のない賛辞。美咲の顔は自然と綻び弛んで、堰を切ったようかのように喋りを続けた。


 美咲は溜め込んでいた鬱憤を晴らすように絶えず言葉を発した。夏美はそれを聞きながら笑顔で彼女を肯定し、ナロートもそれに従う。そうして三十分の規定時間を終え配信は終了。無音の中でしばしの沈黙。そして、ため息。


「ね? いいものではございませんか?」


 夏美の問いかけに、照れ臭そうに頷く美咲。そうして再び訪れる静寂。自然に始まる会話。年頃の少女であればそれは当たり前の行いであるが、美咲にとっては初めての経験であった。

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