第3話(完)

 ある日突然異世界に飛ばされ、近くにあった村で暮らす事になった明堂準は、この世界の生き物"ファンモス"を狩りながら生活していた。

 一週間近くが過ぎた頃、いつものように仕留めたファンモスを持って帰ると、今は準の家ともなっている酒場に沢山の客が来ていた。の、だが――


「おやっさん。デカイの仕留めて来たぜー」

 ファンモスを乗せた台車を酒場の前で止め、準が中に入りながらロベントに声を掛ける。

 すると、この一週間近く全く客の来なかった酒場に珍しく沢山の客が来ていた。

 図体のデカイ男や細身の男、皆頭に赤いバンダナを巻いており、腰には武器を下げている。

「なんだなんだ、通りがかった団体さんか?」

 準の言葉に、その団体が一斉に準へと視線を向けた。

「ああ、ジュンくん……! ちょっと!」

 ロベントに呼ばれカウンターへ向かうと、声を小さくしてこの団体の事を教えてくれる。

「彼らは"ヴォムドー一味"って言って、この辺を縄張りにしてる連中なんだ。客ではあるんだけど、ガラが悪いから、あんまり相手にしない方がいい」

「なんスかそれ」

 この世界に来てから、また聞き慣れない単語が出て来た。

 そんな、こそこそと話し合っている準とロベントを見て一人の大男が席を立ち、向かってくる。

「おい坊主。お前、この辺じゃ見ねぇ顔だな」

 ロベントが「まずい」というような顔をした。

 準はその顔から声を掛けてきた男へと視線を移す。そこにはロベントよりも大きな図体の男が立っていた。

 腰には棍棒を携え、ニヤニヤと身長が下の準に視線を向けている。準はなんとなく、見下されているようで気に食わなかった。

「アンタらこそ、初めて見るね」

 その男に向き直り、カウンターに両肘を乗せて相手を睨み付ける。そんな準の行動に、ロベントは頭を抱えてしまった。

「ハッ! 威勢のいいガキだ。俺らヴォムドー一味を知らないって事は、おめぇ新入りか何かか」

「ああ、最近この村に来たばっかだ。だけどそんな変な名前の一味、聞いたことも無いね」

「ガキが!」

 啖呵を切り合うと、頭に血が昇った一味の男が腰に携えた棍棒を準へと振りかざす。

 ロベントが心配して声を張り準の名前を呼んだが、こんなモタモタとした攻撃、避けることは容易かった。しかし避けてしまうと店のカウンターが壊れてしまう。

「お客さん」

 なので、準はあっさりとその棍棒を受け止め、男を睨みながら言う。

「店に被害を出すつもりですかぁ? ぁあ?」

 男はすぐに棍棒を離そうとしたが、動かなかった。棍棒の先を準がしっかりと掴んでおり、力負けしていたのだ。

「喧嘩なら買ってやるから、表出ろ。ここじゃあ店の迷惑だ」

 準が棍棒を離すと、男は怯むように後退った。

 それを見ていた一味の連中――酒場の客全員が立ち上がり、腰の武器を構える。しかし準に仕掛けた男がそれを静止し、言う。

「てめぇら! 外だ……! 外でやるぞ……」

「お利口さん」

 準は一味と共に外へ出ようとするが、ロベントに肩を掴まれ心配そうに声を掛けられた。

「だ、大丈夫なのかい?」

「大丈夫ッスよ。ここで暴れちゃうと、オレの寝床がボロボロになるんで」

 準はこの酒場で寝泊まりしている。だからロベントの店というよりも、自分の家を守る為に外に追い出したのだ。

「じゃ、ゴミ捨てて来ます」

 肩に掛けられたロベントの手をそっと離し、準は店の外へ出る。

 外ではざっと二十人近くだろうか、一味の連中が武器を構えて戦闘態勢に入っていた。

 囲まれつつも先ほどの男の前に歩いて行き、準は希少種との一件の後、自分用に作ったガントレットを装着しつつ言う。

「あー、最初に言っとくぞ」

 手を開いたり閉じたりと、ガントレットがしっかり装着されている事を確かめながら自分を囲む一味をゆっくり見回し、準は続けた。

「全員で掛かって来てもいいが、一対一よりも加減は効かねぇから。やるなら最悪命亡くす覚悟で来いよ」

 ドスを効かせて言ったその言葉に一味は少し怯んだが、先ほど準に仕掛けた男以外がハッタリだと笑い始める。

 その言葉は本気だと理解出来たのは、準に仕掛けた男だけだった。

 一人、準の後ろから不意打ちを仕掛けようとしている男がおり、その男の動きが開戦の合図となった。

 不意打ちがあっさりバレて男が殴り飛ばされると、間髪入れずに一味が次々と襲い掛かる。

 男共の剣やレイピアをガントレットで受け止め、弾き返すと同時に鼻っ柱へ拳を叩き込む。このガントレットは希少種の角を素材として作った物だ。なまくらでは傷一つ付かない。

 殴り飛ばされた一味の男共は一撃で気絶し、中には致命傷を追う者も居た。

 準の強さに恐れをなして逃げ出す者も居たが、準が気絶した一人を逃げ出す者に投げ飛ばしてそれを阻止する。

 そうして、言葉通り一瞬で。準は一味を蹴散らした。しかし、まだ一人残っている。

「流石、お利口さんだな」

 仲間が次々と蹴散らされていくのを足を震わせながら見ていた一人。最初に準に仕掛けたあの男だ。

「ヒッ! か、勘弁してくれ! 悪かった! 俺が悪かった!!」

 男は武器を捨て、その場で準に向かって土下座した。

「おいおい、一味のボスがそんな情けない真似すんなよ」

 準はその男に近づくと、土下座して下げている男の頭を蹴飛ばした。

「ぐぁっ!」

「ボスならボスらしく。ケジメ付けるべきじゃあねぇのか?」

「ヒィィッ! た、助けてー!」

「さぁて、どう痛め付けたもんか――痛ッ!!」

 男に悪い顔をしながら迫る準の後頭部に、突然杖が振り下ろされた。かなりの重量であり、準はその箇所を抑えてうずくまる。

「何してるんですか、ジュンさん!」

「し、シエル!? なんでお前なんだよ! こういう時はマリアナだろ!?」

「良いから謝る! ほら!」

「う……ぐっ……」

 流石姉妹というべきか、シエルの気迫はマリアナに迫るものがあった。

 その気迫に負け、準は男に頭を下げた。渋々だが。

「もう、どうするんですかこれ」

 シエルは辺りに蹴散らされた一味の男達を見て溜め息をつく。準は一応、後で全員村の外に放り出して"ゴミ掃除"を終えるつもりだった。

「言っとくけど、喧嘩売ってきたのはこいつらだぞ。オレはそれを買っただけだ」

「なんで買っちゃったんですか……」

 二人が言い合っているうちに、生き残った男が逃げようとしていた。しかし当然準は気付く。

「何逃げようとしてんだヴォムドー!」

「ヒィィ!」

「ヴォムドー?」

 シエルが首を傾げながら男を見る。

「ああ、こいつがこのヴォムドー一味ってヤツのボスだろ」

「違いますよ?」

「そう、違……え?」

 準は驚いた顔でシエルを見る。

「この人はヴォムドーじゃありません。一味の一人ではありますけど」

 シエルの言葉に、男はブンブンと首を縦に振った。

「なんだよそりゃ。通りでどいつもこいつも弱すぎると思ったぜ……」

「全く反省してませんね?」

 呆れながらシエルは準を見る。準はシエルを見ていなかった為気付かなかったが、シエルの表情は呆れつつも微笑んでいた。

「とにかく! この人達を起こしてあげて下さい」

「どうやって?」

「店の裏にバケツと蛇口があるから。それ使えば良いんじゃないかな?」

 ひょっこりと顔を出していたロベントが言うと、店前の光景を見て続ける。

「いやー、派手にやったね。これは確かに、店の中でやられてたら困っちゃうね」

 ははは、と笑うロベントに自慢気な顔を向ける準だが、シエルが笑顔で怒っており、これ以上怒らせると後が怖い為すぐにバケツに水を入れに行った。

 準がその場から離れると、シエルは生き残った男に声を掛ける。

「この事、ヴォムドーに伝えるんですか?」

 下っ端の一味連中とはいえそれを一瞬で蹴散らした準を叱りつけ、言うことを聞かせたシエルを見て男は怯えながら答える。

「お、俺達から伝えなくても、こいつらの怪我の理由を聞かれたら答えちまうよ……」

「そうですか……」

 シエルは困ったような表情で、後の事を考える。

「まぁ、これに懲りたら、ウチの店で好き放題やるのは勘弁してくれるとありがたいね」

 店から顔を出しているロベントが優しい表情でそう言うと、男は二人に土下座した。

「あ、ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」

「どっちが悪党なんだか……」

 呆れながら肩を落とすシエル。そこへやっと、準がバケツに水を入れ持ってきた。

「おら、起きろ雑魚共」

 気絶している男達に水をぶちまけるが、起きる気配はない。

「おいこら! 寝た振りしてんじゃねぇぞ!」

 気絶した男の一人の胸ぐらを掴んで激しく揺らす。そんな準の後ろにシエルが立ち、「ジュンさん?」と声を掛けると、また準は水を入れに走って行った。

「あはは、すっかり世話係だね。そういえば、マリアナはどうしたの?」

「お姉ちゃんなら、森を調べに行ってます」

 あれからオニは姿を表した事は無いが、姿を消したオニの行方はわかっていない。マリアナはその行方を探る為に、調査に行っているようだった。

「そっか。じゃあ、戻ってきたら皆にご馳走してあげよう」

「え、良いんですか?」

「ああ。それにね」

 ちょいちょい、と。ロベントは手招いてシエルを呼び、一味の男には聞こえないよう耳打ちする。

「ジュンくんがこいつらを懲らしめてくれて、胸がスカッとしたから」

 店で好き放題やる一味にロベントは困っていた。だが、こんな目に遭えばもう悪さはしに来ないだろう。

 ロベントの言葉を聞き、シエルは困り笑顔で返す。

「何も起こらないと良いんですけどね」

 ヴォムドー一味に手を出してしまった。それは一味のボス、ヴォムドーに対して喧嘩を売ったという事に等しい。

 シエルは、嫌な予感がしていた。


 それから、準がなんとか全員を起こし終えると、一味連中はずらりと準の前に並んで一斉に土下座し、準もまた後ろに立つシエルの気迫に押されて土下座し返すという、なんとも奇妙な光景が酒場の前に広がった。

 一味が帰った後、マリアナがなかなか戻って来ない為、準とシエルは先にご馳走を頂いた。

 ロベントが自宅へ帰った後、夜になり、準が酒場の客席に一人座って椅子を揺らしていた所へシエルが訪ねて来た。

「どうした?」

「ジュンさん。お姉ちゃん来てませんか?」

「マリアナ? いや、来てねぇな……まだ帰ってねぇのか?」

「はい……」

 不安そうな表情でマリアナを心配しているシエル。

 ジェイリー姉妹は仲が良い。それは初めて会った時から思う程だった。

 準は席を立つと、シエルの頭にそっと手を乗せて言う。

「探してくるよ。あの森だったよな」

 準の言葉に、シエルは声を張って返した。

「私も行きます!」

「危ねぇぞ?」

「わかってます! でも、お姉ちゃんがそこに居るなら……」

 嫌な事は考えたくないが、戻って来ないとなると何かがあった事は確かだろう。

 ランタンを持って、二人は初めて出会った森へ向かう。

 辺りは暗く、まだ土地勘の無い準は今どの方向へ歩いて居るのかがわからなくなってしまった。その為、途中からシエルが先導するように前を歩き、準はそれに付いて行く。

 探してくると言ったのは自分なのだが、結局シエルに先導されている事に少し情けなくなってしまった。しかしそんなシエルの背中を見ながら、その背中に強さを感じ、準は微笑む。

 そうして到着したのは、以前オニと戦った場所。辺りは暗くてわからなかったが、何処と無く懐かしさを感じる。

「お姉ちゃーん!」

 声を張ってシエルが呼び掛けるが返事はない。

「あんまり大きい声出すと、余計なのまで寄って来ちまうぞ」

 夜は辺りに生息している生き物が静かに眠っている。それを起こしてしまえば、暗闇の中ランタンを持っている事もあり、絶好のターゲットとなってしまうだろう。

「わかってますけど……」

「ああ、こっちも気持ちはわかる。けど、今は静かに探そう」

 辺りを照らしながら、二人はマリアナを探す。森の奥にも度々視線を向けてみるが、光は全く見えなかった。

 段々とシエルの目に涙が浮かんでくる。

「おい、大丈夫か?」

「はい……それより、探しましょう」

 涙を拭って探し続けるシエルの背中は、先ほどとは違って、か弱く見えた。

「ん? これは……」

 地面を照らしながら形跡は無いかと探していると、準が何かを発見する。

「ジュンさん、どうしました?」

「ああ、いや。なんでもない、ただのゴミだった」

 その"ゴミ"を、準はこっそりと後ろのポケットに入れた。

「それにしても、今探すのはやっぱり危険かもな。心配なのはわかるが、一旦明るくなるのを待った方が良いんじゃねぇか?」

「でも……」

 シエルが再び探し始めようとしたが、準はその肩を掴んで止めた。

「何かあっても、あいつなら何処かに隠れてる筈だ。安全だとわかったら……明るくなって俺達が探しに来たら、ひょっこり現れるさ」

「……はい」

 渋々とシエルは頷き、二人は一旦村に戻る事にする。

 準はポケットに入れた"ゴミ"の事を考えながら、落ち込んでいるシエルの背中に付いて行った。


「じゃあ、とにかくゆっくり休めよ?」

「はい。ジュンさんも、ありがとうございました」

 酒場の前で準に頭を下げ、シエルは自分の家へ帰っていく。

 そういえば、と、準は思い出した。ジェイリー姉妹には今、親はおらず、二人で暮らしていると聞かされた事があった。

 いつもマリアナと一緒に過ごしていた家で、たった一人で一夜を過ごさなければいけない。それはとても寂しいものだろう。

 酷な事を言ってしまったと、準は軽く後悔しながら酒場の中に入っていく。

 客席に腰掛け、キョロキョロと当たりを見回して店に誰も居ない事を確認すると、準はポケットから"ゴミ"を取り出しテーブルの上に置いた。

 それは、初めてファンモス狩りに行った時に渡されたマリアナの小刀だった。渡されたものの突っ返した為、マリアナが持っている筈だった物。これが、あの時森で見つけた"ゴミ"だった。

 これがあの場所に落ちていたという事はすなわち、あの場所でマリアナがこれを取り出すような何かがあったという事。

 泥の付いた小刀を見つめながら、準はいつの間にか眠りに付いていた――


 朝。というには少し遅い時間だろうか。

 準が目を覚ますと、あくびをしながら昨日の事をぼんやりと思い出していく。

 一味を追い払った事。マリアナが戻ってこなかった事。森でマリアナの小刀を見つけてしまった事。そして、シエルの悲しそうな顔。

 そこまで思い出し、昨日からテーブルの上に置きっぱなしだった小刀に視線を向けようとした。しかし、

「あれ?」

 確かに目の前に置いていた筈の小刀が無くなっていた。

 テーブルの下や、一人で勝手に歩いて行くわけは無いがカウンターまで行って探していると、ロベントが酒場にやってくる。

「やぁ、おはよう。どうしたんだい? 探し物かい?」

「ああ、おやっさん、おはよう。小刀知らないか? 鞘に入った、ちょっと汚れてるやつ」

「小刀? いや、知らないな」

 ロベントはたった今来たばかりだ。知っている筈は無いだろう。

「でも早朝に、それらしい物を抱えて村を出るシエルは見かけたよ」

「なっ!?」

 ロベントの言葉を聞き、嫌な考えが浮かんだ。

 あのまま寝てしまった事で置きっぱなしになっていた小刀を、早朝に尋ねてきたシエルが見つけてしまい。シエルはそれを持って森に行ってしまったのだ。

 だとすれば、マリアナにすら何かがあったあの森で、シエルまで危険な目に合ってしまうかもしれない。

「おやっさん、すまねぇけどちょっと出てくる!」

「あ、ああ! 気を付けてね!」

 眠っていた客席からグレーのパーカーとガントレットを取ると、準は酒場を飛び出した。しかし、途端に足を止める。

 村の入り口から、昨日の一味の男が気まずそうに、三人の強面の男達に連れられてこちらに向かって来ていた。

 その男達が目の前まで来ると、昨日の男が怯えながら言う。

「わ、我々のボス。ヴォムドー様から……言伝がある」

「あ?」

 準が男を睨むと、男は怯え、言葉を詰まらせる。しかし他の男達に背中を蹴られ、なんとか続けようとしていた。

「お、お前の知り合いの女を二人。預かってる……。無事に返して欲しければ、一人でアジトまで来い……」

 準はまたも男共を睨み付ける。その視線に怯えているのは昨日の男一人だった。

 男も気が進まないのだろう。ただ言わされているだけだという事はすぐにわかった。しかし、準が気に食わないのはその内容だ。

 準の知り合いの女二人、この世界ではマリアナとシエル以外に居ない。昨日マリアナが帰って来なかったのは、既に捕まっていたという事だろう。そしてマリアナの小刀をテーブルに置きっぱなしだったせいで、それを見つけて飛び出したシエルも捕まってしまった。

 その二人を助けるには、確実に罠であろうアジトに乗り込むしか無い。しかし迷う事は無かった。

「わかった。だがオレはてめぇらのアジトを知らねぇ。だから案内しろ」

 言うと、強面の一人が静かに頷く。

「ジュ、ジュンくん……!」

 店の中から話を聞いていたロベントが心配そうに声を掛けるが、準は親指を立てて答える。

「ちょっとゴミ捨て場いってきます」

 準は確かに強い。しかし、向かう場所がヴォムドーのアジトとなると、ヴォムドーとの戦いは避けられないだろう。

 ロベントは連れて行かれる準の背中を、ただ祈るように見守るしかなかった。

 そして離れた場所からもう一人――村長も、一味の男共に連れて行かれる準を見ていた。


 アジトへ向かっている最中、準は一つの疑問が浮かんでいた。

 準への仕返しの為に何故、先にマリアナを捕まえていたのか。

 先に捕まっていたという確証は無いが、帰って来なかったマリアナ、森に落ちていた小刀。状況的に、間違いなく先に捕まっていた筈だ。

 昨日一味の連中とやりあった時、あの場にマリアナは居なかった。その時の一味連中から聞き出したにしても、誰が準とマリアナは知り合いだと答えたのか。

 捕まえたシエルに聞いたにしても、それだと先にマリアナを捕まえていた理由が不明だ。その時点では無関係な筈の人間を捕まえる程に見境のない連中、という可能性も無くはないが。

 結局答えはわからぬまま村から離れた岩場に連れて来られ、強面の男二人が岩を押してアジトへの入り口を開けた。

「お前らみたいな奴らのアジトってのぁ、なんでこうもわかりやすい所にあるんだろうな」

「なんだと――ぐぅっ!」

 準はその言葉を発すると同時、強面の男の一人に不意打ちを仕掛けた。

 振り向く前に首元に手刀を打ち込み、気絶したその男を盾にもう二人に迫る。

 あと一人、昨日の男が残っているが、下手に仕掛けては来ないだろう。昨日の準の戦いを一番良く見ていたのだから。

 残り二人の強面が二方向に別れると、準は気絶した男を強面の一人に向かって蹴り飛ばし、反対側の強面へ距離を詰める。

 気絶した男を跳ね飛ばして、強面が仲間の援護に行こうと一歩踏み出したが、もう遅い。

 反対側に居た強面を一撃で無力化し、その襟首を掴んでいた準がニヤリと笑っていた。

「チェックメイト、かねぇ?」

 襟首から手を離すと、気を失った強面が地面に倒れる。準はジワリジワリと、残った強面に近付いていった。

「お前、何してる! 加勢しろ!」

 残った強面が昨日の男に叫ぶが、準はその男には目もくれず強面に迫る。

「おい! おい……!! ぐぁぁっ!!」

 為す術もなく、準の拳の一撃で残った強面も気絶した。

「さて……」

 パンパンと手で手を叩いて払い、準が昨日の男に視線を向ける。

「ヒッ!」

「お前、相変わらず運良いよな。まぁそれはいいや。中、案内してくれ」

 準はガントレットを装着しながら言うと、男は「へ、へい!」と答え、先導した。

「安全ルートで頼むぜ。変な罠に掛かっても、オレはお前を見捨てちまうかもしれねぇからなぁ?」

「わ、わかってます! こっちです!」

 完全に準に服従しているその男は、狭い岩場のルートを先導し、抜けていく。

 それに付いて行くと、洞窟内の広がった場所へ出た。

「いかにもだな」

 準が呟くと、男は準に向かって土下座する。

「も、申し訳ありやせん! ボスから、ここには絶対に誘い込むよう言われてまして……!」

 土下座する男を睨みつけていると、その広場が突然明るく照らされる。急な光に、目を慣らしながら辺りを見回すと、小さなライトが岩場の上の方に複数付けられていた。

 そしてその更に上、こんな洞窟の中で、ガラス張りになった一つの部屋のような場所を発見する。

「あ?」

 その部屋から、一人の大男が準を見下していた。

「おい」

「へ、へい!」

 準は土下座していた男を起こし、ガラス張りの部屋を指して問う。

「あいつはなんだ」

「ヴォ、ヴォムドー様……!」

 男が顔を青くして言った。

「あいつがヴォムドーか」

 見下しているようなヴォムドーを、準は睨み返し、叫んだ。

「おい! 約束通り一人で来てやったぞ! シエルとマリアナは無事なのか!?」

 準の言葉が聞こえているのか居ないのか、ガラス張りの部屋の中にいるヴォムドーはパチンと指を鳴らした。

 それを合図に、辺りの岩場の影から一味の下っ端がワラワラと現れる。数は昨日の比ではない。

「ケッ、自分じゃ戦えねぇ臆病なボスも居たもんだな!」

 準は一味連中を睨み付けながら構える。

「お、俺は戦うつもりは……!」

 昨日の男は勝ち目が無いのがわかっているからか、戦意は無いようだった。

「だったら邪魔だから隠れてろ!」

 男を軽く蹴り飛ばし、広場に入ってきた岩場の影に押し入れる。

 そんな準の隙を付いて一人が仕掛けると、準はすかさずその一人を殴り飛ばし、一味の群れの中に突っ込んでいった。

「チマチマやるのは性に合わないんでね! さぁ、命亡くす覚悟で来いよ!」

 仕掛けられる前に準が向かっていき、目の前の一人を全力で殴り飛ばすと、その後ろに居た連中も吹き飛ぶ。

 後ろから剣やレイピアを突き刺そうとしてくる連中には、武器をガントレットで弾き返し、アッパーを顎に叩き込んで空中へと吹っ飛ばす。

 既に準の強さに怯み始めている連中が出始め、準はそのまま次々と蹴散らす事で戦意を削っていった。

 現れた下っ端連中の半数以上を蹴散らした所で、辺りにドスの効いた低い声が響き渡る。

「もういい」

「ヒッ!? ヴォ、ヴォムドー様!?」

 どうやらヴォムドーの声らしく、下っ端連中は怯え始めた。

「ヴォムドー! こんな雑魚共じゃあウォーミングアップにもならねぇ! 隠れて震えてないで出てきやがれ臆病モン!」

 準がその場で叫んで挑発すると、大きな岩場の一つが真っ二つに割れ、その奥に階段が現れた。

「そ、その奥です! ヴォムドー様が居るのは!」

 そう言ったのは昨日の男。岩場に隠れながら、準にそう伝えてくれる。

「どうも」

 軽く片手を上げると、準は岩場の中に入り、薄暗い階段を登っていく。

 そうして登った先に居たのは、

「シエル! マリアナ!」

 鉄格子に入れられ、手を縛り上げられたジェイリー姉妹だった。

 鉄格子に駆け寄った準の後ろから、重い足音が響いてくる。

 振り向くと、目の前には今まで見た誰よりも大柄な、巨人とも言える程巨体な男が立っていた。

「てめぇがヴォムドーか」

「会いたかったぜぇ、ミョウドウ・ジュン」

「あ? なんでオレの名前――ッッ!」

 問おうとした瞬間、ヴォムドーの拳が飛んで来た。ガードは間に合ったが、あまりの力の強さに準は吹き飛ばされ、身体が壁に叩きつけられた。

「ぐ、ぁ……くっ、そ……」

 いきなりの不意打ちに油断したのもある。しかし、ただの不意打ちだったならば準は反撃出来た。それでも反撃出来なかったのは、予想以上の拳の重さだったからだ。

 今のはなんとか防いだものの、その拳を受けたからわかる。ヴォムドーは、明らかに準よりも強かった。

 目の前で始まった準とヴォムドーの戦いの衝撃で、マリアナがようやく目を覚ます。

「……! ヴォムドー!?」

「お姫様がお目覚めか」

「ッ!」

 準にとっては嫌なタイミングで起きてしまった。ヴォムドーに殴り飛ばされ、壁に叩きつけられた所。口の中を噛んでしまい、血が垂れてしまっている。これでは負けている状態そのものだ。

「ジュン!」

「うるせぇ! 心配すんな、お前も、シエルも。すぐに助けてやる!」

 フラリと身体を揺らしながら立ち上がり、準は地面を蹴るとヴォムドーに向かっていく。

 向かってくる準に、ヴォムドーはニヤリと口角を上げ、拳を構えた。

 準は地面を蹴った勢いに乗せ、拳を振るう。そしてヴォムドーは、"準の拳目掛けて"拳を振るった。

 二人の拳がぶつかり合い、軽い衝撃波が鉄格子を揺らす。

「うぁっ!」

 力負けしたのは、準だった。

 ガントレット越しとはいえ、ヴォムドーの拳の重さを直に感じ、拳ごと殴り飛ばされる。

 受け身を上手く取れず、身体が地面に叩きつけられ、倒れた準に次はヴォムドーが迫る。

「ジュン! 立って!」

 なんとか身体を起こしたものの、既に目の前にヴォムドーが迫っており、その足が準の顔へと振るわれていた。

「ぐぁぁっ!」

 またも準の身体は飛び、今度は背中から地面の衝撃を受ける。

「くっ……」

 無理矢理身体中に力を入れ、準はなんとか上半身を起こす。

「いいぞ。これくらいで倒れられては、復讐の意味が無いからな」

 ニヤリと笑い、ヴォムドーが言った。

 痛みがある箇所を押さえながら立ち上がり、準は言葉を返す。

「ハッ、仲間思いなこったな。その為に二人を攫ったのか」

「仲間? 何の事だ」

「あ?」

「俺は、ミョウドウ・ジュン。お前に復讐する為にここに居る」

 準を指し、ヴォムドーが言う。本当にただ、準だけに向けられた復讐心。仲間の事でないのなら、いつヴォムドーに憎まれるような事をしたのか、見当がつかなかった。

「オレとお前、何処かで会った事あったか」

「忘れたとは言わせんぞ、あの森での事を!」

 叫ぶと、ヴォムドーは準に向かって突進してくる。準は力を振り絞り、迎え撃つ。

 ヴォムドーの重い拳を受け流し、その拳の横っ腹に自分の拳を打ち込んだ。しかし効いている様子がなく、その腕を振るわれ、またも吹き飛ばされる。

「がはぁっ!」

 力はヴォムドーの方が強く、弱っている準の拳は下手に振るえば反撃を食らう。しかしそんな状況でも、準は諦めずに勝ち筋を考えていた。

 勝ち筋と共にもう一つ、ヴォムドーの復讐心についても気になった。

 この世界に来てから一週間程、森に行ったのは最初にこの世界に連れて来られた時と、昨日マリアナを探しに行った時だけだ。そこではヴォムドーには会っていない。

「まさか……」

 答えが出ない準の変わりに、答えを出してくれたのはマリアナだった。

「貴方……"オニ"ね!」

「オニ?」

「くっくっく、ご明察。あの時の俺はファンモスに宿っていたがね」

 ファンモスに宿っていたオニ。

「なるほど、ようやく合点がいったぜ。確かオニってのは、傷口から逃げるとか言ってたな」

「そう、ファンモスに取り憑いていたオニは何処かに出来た傷から逃げ出して、ヴォムドーに宿ったんだわ!」

「見事見事、そこまで辿り着いたなら教えてやる。俺は確かにファンモスの身体でミョウドウ・ジュンにやられ、逃げ出せる傷口も無く死にそうだった。しかし助けてくれたんだよ、こいつがな」

 ヴォムドー、いや、オニは。自分の胸を手の平で叩いた。

「こいつがあのファンモスに切り傷を入れてくれたおかげで、俺はその身体から逃げ出すことが出来た、そして」

「そいつの身体を奪った。って事か、なるほど、厄介なもんだなオニってのは」

 フラリと立ち上がりながら、準はオニを睨む。

 マリアナもオニを睨み付けながら、唇を噛みつつ言った。

「あの時放っておいたせいで、ヴォムドーがそれを見つけてファンモスの肉を取ろうとしたのね。完全に私の失態だわ」

「なぁに、おかげでミョウドウ・ジュンに復讐出来るんだ。むしろ感謝してるんだぜ」

 オニの言葉に、マリアナは鼻で笑う。

「ふん。ジュンに復讐? 貴方が? それは無理ね」

「あぁん?」

「貴方じゃジュンには勝てない。ジュンは強いもの、そうでしょ!」

 マリアナは準に視線を向けて叫んだ。

 準にとって、ヴォムドーの身体に憑いたこのオニは、確実に自分よりも強い。とてもじゃないが、今の自分では勝てそうに無いとわかっていた。

 それでも、期待されてしまっている。

「ならよ」

 期待されているのならば、

「それには答えねぇとな!」

 準は地面を強く踏み、オニに向き直った。

「ふん。強いのなら自分でもわかっているだろうに、お前では俺には勝てないという事が!」

 オニは叫ぶと、準に向かって駆け出す。

 マリアナは、ああは言ったものの、その戦いを不安そうに見ていた。

(自分で言っといて、何不安そうな顔してやがんだよ)

 準は向かってくるオニの後ろに見えるマリアナの表情を見て溜め息を吐く。そういえばこの世界に来てからの、何度目の溜め息だろうか。

 そうして冷静になってオニを見据え、拳の一発一発をガードしていく。

 今の準の実力では、下手に反撃するよりも受け身で居た方がいい。冷静に相手の拳を受け止め、隙を見定める事。それが今の準に必要な事だった。

「どうした! どうした!! あれだけ凄んでいたのに何もしてこないのか!」

 オニの右の拳、左の拳が次々と襲い掛かってくる。防戦一方になっているが、準は尚も冷静にオニの拳の動きをしっかりと見据える。

 右の拳は左から、左の拳は右から。当たり前の事だ。そうだ、次の右の拳は当然左から飛んで来る、その動きを予測出来ていれば。

 このオニと対峙してから、準は初めて、オニの拳をかわした。

「なに……?」

 続いて右から振るわれる左の拳もするりとかわす。オニは尚も拳を振るい続けるが、振るう度にかわされる頻度が上がっていた。

 オニは一旦攻撃を止め、準はその隙を突いて、オニの腹に拳を打ち込む。

「……! ふんっ!」

 オニが腹に力を入れ、準の拳を跳ね除けた。しかし準は焦った様子が無い。

「こいつ……!」

 言うと、またオニは拳を大きく振るうが、それをひらりとかわしてオニの腹に拳を打ち込む。

「くっ……!」

 この拳も効いてはいない。だが、攻撃は入る。

 段々と準が攻撃を当て始め、それを見ていたマリアナは準のやっている事に気付く。

 しかしそれは、あまりにも超人的な行動であり、本当にそれをしているのか確信が持てなかった。

「ぐぁっ!」

 だが遂に準がオニを殴り飛ばしたのを見て、マリアナは確信した。

 ――戦いの中で強くなっている。

 そう。準は、先ほどまでの自分だとこのオニに勝てない事がわかっていた。ならばどうすれば勝てるか、その答えの一つを、今実践したのだ。

 相手よりも強くなればいい。

 生きるか死ぬかの戦いの中で冷静に物事を見据え、準は急激な速度で成長し、強くなった。

「待たせたなオニ野郎。さぁ、覚悟しろよ」

 準はオニと距離を詰め、オニの反撃をかわしながら拳を叩き込む。

 その拳も的確にオニの急所を捕らえ、効かなかった攻撃よりも重くなっていた。

「くっ! ぐふっ! き、貴様……!」

 準の拳を受け、オニは後退る。その様子を見て、ようやく準はいつもの笑みを零した。

 命を亡くすかもしれない戦いの中で見せる笑み。マリアナはその笑みを見て、いつもゾクリとしていたが、今回ばかりは安心出来た。

 それは、準が余裕である事を表わす。癖のようなものだったのだ。


 逆に余裕の無くなったオニは準の拳によって呆気無く気を失い。準は改めて鉄格子に近寄った。

「大丈夫?」

「ああ、飯食えば治る。それより、どうやって開けんだこれ」

「近くに鍵か何か――って何してるの!?」

 準が鉄格子の扉を塞いでいた錠前を殴ると、壊れた錠前が地面に落ちた。

「開いた」

「開けた。の間違いでしょ……まぁいいわ、早く解いて」

「ああ」

 縛られたマリアナのロープを解くと、次にシエルのロープも解く。

 あの戦いの最中、シエルは目を覚まさなかった。だが気絶しているわけではない、単純に眠っているのだ。

「余程疲れてたのかしら……」

「はは、そりゃあな」

 恐らく昨日の夜は全く眠れなかったのだろう。そう思い、準はシエルの頭を優しく撫でた。

「人の妹に何してるのよ」

「あ、悪ぃ」

「ふふっ、冗談よ。別にいいわ、助けてくれたし。変な所触ったりしないならね」

「しねぇよ」

 準はシエルを背中に抱える。しかし足元がフラついていた。

「ちょっと、大丈夫!?」

 思った以上に準は消耗している。それに気付いて慌てて支え、マリアナが心配そうに問いかけたが、準は返事を返すこと無く地面に倒れた。シエルの身体が地面にぶつからないように守ったまま。

「ちょっと、ジュン! ……ジュン。――ねぇ」

 マリアナの声が遠くなっていく。

 薄れる意識の中。背中で眠るシエルの息遣いを感じ、準は目を閉じた。


 次に準が目を開けた時、そこは見たことのない、藁の家の天井だった。

 身体の節々が痛むが動けない程ではなく。準は包帯の巻かれた身体を起こした。

「ジュンさん!? 良かった……!」

 起き上がった準に、近くに居たシエルが飛びついてきた。

「痛てぇ! 痛てぇ!!」

「あっ! ごめんなさい!」

 慌てて準から離れると、シエルは準の隣に正座する。

「大丈夫ですか?」

「身体の節々が痛いけど、大丈……あ、ダメだ」

「ダメなんですか!?」

「腹減った」

 準がそう言うと、大きなお腹の音が響く。

 その音にシエルがクスリと笑い、ファンモスの肉や美味しい果実を乗せた皿を差し出してくれた。

「どうぞ。ジュンさん、これ好きですよね」

「サンキュー! いただきます!」

 ファンモスの肉にがっつき、果実を割って汁をすすりながら準は問う。

「で、ここ何処?」

「私とお姉ちゃんの家です。そういえば、ジュンさんは来たことありませんでしたね」

 言われてみると確かに、見たことのあるローブや杖。レイピアなどが飾られるように置かれていた。

 ファンモスの肉を噛み千切りながら、続いて質問する。

「あれからどうなった?」

「えっと、ヴォムドーのアジトでの事ですか?」

 準は頷くと、シエルもあの時は眠っていた為覚えていないのだが、マリアナから聞いた事を話し始める。

「あの後、気を失ったジュンさんと眠っていた私。あと、オニに取り憑かれたヴォムドーも、一味の人達が村まで運んでくれたそうです」

「一味の人達? あの連中がか?」

「はい。オニに取り憑かれたヴォムドーの暴走を止めてくれたから、と」

 果実の汁を喉を鳴らしながら飲むと、準は更に質問を続ける。

「オニはどうなった?」

「村長が祓ってくれました。多分もう、大丈夫だと思います」

 質問に答えると、シエルは準が零した果実の汁をそっと拭き取る。

「一味の人達も今回の一件で、悪さをするのはやめるそうです。こんなに迷惑を掛けたのにまだ迷惑を掛けるなんて、一味の恥になる。だとかで」

 どうやらオニを倒したことで、色々な事が片付いたようだった。

 準は料理を食べ終えると、再び横になる。そんな準を見て微笑みながらシエルが言う。

「ふふっ、食べてすぐ横になるとファンモスになっちゃいますよ」

「それを言うなら牛だろ……あ」

 そこで気付く。片付いたのはこの村の周りの件だけで、自分の件――元の世界へ帰る為の手がかりは何一つ掴めていない事に。

 いや、手がかりに近いものは既に掴めている。ただ行動に移していないだけだった。

「どうしたんですか、ジュンさん?」

「あー、いや……」

 何かを思い出した様子の準にシエルが声を掛けたが、準ははぐらかす。

 首を傾げているシエルの顔を見ていると、家の中にマリアナが駆け込んできた。

「ジュン! 起きた!?」

「声でけぇよ」

「お姉ちゃん。ジュンさんなら、たった今起きたよ」

「良かったー! ねぇ、村長が呼んでるわよ」

「あ? あいつが?」

 準は嫌そうな顔をするが、一応村に住まわせてもらっている身。村長の言葉は無視するわけにいかない。

 邪魔な包帯を解こうとしたが、姉妹からダメだと怒られ、渋々そのままグレーのパーカーを着て村長の家に向かう。

 村長の家に入って階段を登り二階へ上がると、最初に会った時と同じように、村長が床に座っていた。

「ほっほ、お目覚めですかな」

「ああ」

 答えると、準はその場にあぐらをかいて座る。

 姉妹もまた、村長に頭を下げてから座った。

「さて、この度はオニの退治。ヴォムドー一味の更生。素晴らしい活躍をして頂き、ありがとうございました」

「どうも」

 準は素っ気なく返し、早く会話を切り上げたかった。

 というのも、嫌な予感。に、値する事がこれから起こるのではないかと思っていたからだ。

「まさかこちらの目的以上の事を成し遂げて下さるとは、恐れ入りましたぞ」

「目的?」

「……」

 首を傾げる姉妹に、村長は真実を告げる。

「ジュン殿は、ワシがこの世界に呼んだのじゃ。オニを退治してくれるようにの」

「え!?」

「それは聞いてなかったがな」

 村長の話した事に、準は淡々と返した。

 最初に村長と会った時。その声。「ほっほ」という特徴的な笑い方を聞いた瞬間すぐに気付いた。村長こそが、準を霧に包み、この世界に連れてきた張本人だと。

「あの霧の中、ジュン殿は話を聞いて下さらなかったではありませんか」

「得体の知れない奴の話なんか聞かねぇだろ普通」

 村長と準だけがわかる会話に、姉妹は付いて行けていない。

 だが霧と聞いて、マリアナが問う。

「そういえば、村長がよく使う霧の力をはぐらかしたのって……」

「そのままの意味じゃ、ただはぐらかしただけじゃよ」

「無駄な事だったけどな」

 溜め息を吐くと、準は続ける。

「で、用事が終わったわけだ。これからどうするつもりだ」

「勿論。ジュン殿は成すべき事を成し遂げてくれた、すぐにでも元の世界へ帰して差し上げますぞ」

 村長のその言葉に立ち上がったのは、シエルだった。

「ま、待って下さい村長! え……元の世界へ帰るって、どういう……」

 シエル達にとって、ジュンは"遠い場所から来た"というだけの人間だった。しかし話を聞いていると、その"世界"とは、単純に遠いだけでは無いように聞こえる。

「それも、そのままの意味じゃよ。ジュン殿は別の、言葉通り"世界"が違う場所からワシが連れてきた」

「誘拐されたに等しいがな」

「人聞きの悪い」

「事実だろ」

 村長に言葉を返しながら、準はショックを受けているシエルの顔を横目で見る。

 やはり、嫌な予感は的中した。準が元の世界に帰れるという話を聞いて、シエルが悲しい顔をしている。シエルのこんな顔、見たくなかった。

「世界が違うって、つまり、ジュンが元の世界に帰っちゃえば、もう会えなくなるっていう事ですか!?」

「勿論そうなる。世界が違うのじゃから」

 マリアナの質問に、村長はあっさりと言い放った。

 準はあの時――霧に包まれた中でも思ったことだが、本当にこいつは性格が悪いと改めて思う。

「ジュン殿も、元の世界に戻らないわけにはいきますまい?」

 村長にそう言われ、ジェイリー姉妹が、シエルが、悲しそうな目を向けてくる。

「オレは……」

 準の答えを聞かないまま、シエルは村長の家から出て行った。

「シエル!」

 準が叫ぶが遅く、声は届かない。

「さて、元の世界に戻る方法なのですが」

 こんな状況になっても、村長は話を続ける。流石に、準の怒りも限界に近かった。

「てめ――」

「ほれ」

「おわっ、なんだよ」

 準が村長に向き直った瞬間、村長は準に一つのペンダントを投げ渡した。

「これって! 村の宝物じゃないですか!?」

 マリアナが準に渡されたペンダントを見て驚くように言った。

 村長はそのペンダントを見ながら、元の世界に戻る方法を続ける。

「それに願うだけです。そのペンダントに、元の世界に戻りたいと強く願えば、それに宿したワシの力が元の世界に戻してくれるでしょう」

「あ? どういう事だよ」

「はて? どういう事も何も、今言った事が全てです」

 村長は若干腹が立つくらいわざとらしく首を傾げた。

「なんかこう、儀式とか必要だったりしないのか?」

「いいえ」

「面倒な手順が必要だったり」

「いいえ、ただ強く願うだけです」

「……」

 という事は、戻ろうと思えばすぐに元の世界に戻れる。それは逆に言えば、

「これ、いつまでに使えとかそういうのは?」

「ありません。お好きな時にお使いください」

 逆に言えば、戻りたいと願うまでは、この世界に居てもいいという事だ。

「マリアナ! シエルの行き先、わかるか!?」

「多分だけど、村には目立つ風車があって、そこかも! そこ、シエルの好きな場所だから!」

 頷くと、準はすぐに村長の家を出た。

「あまり、この世界に入れ込みすぎるのも危険なんじゃがな」

「どういう事ですか?」

 残されたマリアナが村長に問う。

「この世界で大切な者が出来てしまうと、帰るに帰れなくなる」

 村長は少し悲しそうに言った。そして独り言のように、言葉を続ける。

「じゃから、期待以上の事をしてくれたお礼を兼ねて、どちらの世界に残るか委ねたんじゃが。どうなるかのう」


 村長の家から出た後、準は風車の回る建物に目を向け、すぐにそこへと走った。

 シエルは、回る風車を眺めながら目に涙を浮かべてそこに居た。

「シエル」

「えっ!?」

 準が声を掛けると、驚いた表情でシエルが振り向いた。

「ジュ、ジュンさん……どうして……」

 弱々しく問いながら下を向くシエルに、準は言う。

「オレは、この世界の人間じゃない」

「……」

「でも、元の世界では出来なかった事。出来なかった人が、この世界で出来た」

「え……?」

 シエルが顔を上げた。そんなシエルの頭に軽く手を乗せ、準は続ける。

「村長が言うには、元の世界に帰るタイミングはオレに任せるそうだ。だからな」

 シエルの目元の涙を拭いながら、準は優しく言った。

「オレは、お前と居たい。お前と一緒に、この世界で過ごしたい。だから、こんなオレだけど、これからも一緒に居てくれないか」

 準がその言葉を言い終えた瞬間。小さな風が吹き、風車がカラリ、と音を鳴らして回った。

「い、良いんですか……? ジュンさんには、元の世界が……」

「元の世界の事もちゃんと考える。でも、今俺に必要なのはお前なんだよ。こんな気持ちで、お前をそんな悲しい顔にさせたままで、帰れねぇ」

 準はシエルの事をしっかりと考えて言ってくれている。

 それ程想ってくれている準の気持ちに、シエルは自然と笑顔になった。

「わかりました」

 微笑みながら、しかし目には涙を浮かべたまま、シエルは言った。

「ジュンさんがちゃんと元の世界に帰れるように。私も、快く送り出せるように……これからも、よろしくお願いします」

「……ああ」


 別れを覚悟しながらも、準はこの世界で暮らしていく。

 笑って別れる事が出来る、その日まで――

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オレの拳の異世界譚 ユウキ @yuukiP

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