第5話白狐と娘

「おぅぅぅら!! 」


瓦屋の頑固者瓦戦兵衛』の槍が大鬼の背後を取り、突き刺す構えを取るが、大鬼は振り返ると同時に棍棒をタオの横に打ち付ける。


「ぐあっ! 」


その衝撃で吹き飛ばされ岩に激突するタオ。


そこに鬼たちがタオを襲うが、


「タオ兄には近づけさせません! 」


不思議の国のいたずら猫チャシャ猫』の矢をシェインは鬼たちに向けて放ち、背中を次々に撃ち抜いていき、鬼たちは力なく倒れていく。


「このっ! 」


タオが倒れている代わりに今度は『小さなジェントルマン長靴を履いた猫』が大鬼の相手をする、エクスは『小さなジェントルマン長靴を履いた猫』の機動力と剣捌きで大鬼を翻弄していくが、


「ちっ、チョロチョロしやがって!! 鬱陶しいぞ!! 」


「うっうわ!? 」


大鬼は手に持った棍棒を勢いよく地面に叩きつけ、その衝撃波によってエクスは吹き飛ばされる。


「エクス! タオ! 大丈夫!? 」


幸せ掴めし団子の娘倉餅餡子』に接続コネクトしたレイナは負傷した二人の元へ行き魔導書を開き手をかざす。


すると、二人の傷はみるみるうちに消えてなくなっていった。


「助かったよレイナ、タオ……立てる? 」


「心配すんな、それより……あいつ思ったよりやりやがぜ……。」


エクスは立ち上がり、起き上がろうとするタオの手を引く。


「あの鬼……相当強いわ、もし『カオステラー』間違い無しの強さだけど……。」


「えっ!? レイナ、あの鬼はカオステラーじゃないの!? 」


レイナの一言にエクスは聞き返す、


「おいおい、あいつがカオステラーじゃなかったら、他のどこにカオステラーがいるんだよ!! 」


「分からないのよ、この鬼ヶ島に来てからカオステラーの気配が強くなっているのはわかってたんだけど……少なくともあの鬼からはカオステラーの気配を感じ取れないのよ! 」


レイナすら予想外の出来事に一同は困惑する、


「今度はおめぇが相手か、ちょこまかしやがって!! 」


「オーニさんこちら♪手の鳴る方へ〜♪」


シェインと『不思議の国のいたずら猫チャシャ猫』のいたずらな心が合わさっているのか、大鬼の棍棒を次々に回避していく。


「シェインのやつ、上手く引きつけてやがる……俺たちもいくぞ! 」


タオたち急いでシェインと大鬼の方へと向かっていく。


例え強敵とはいえ彼らには負けられない理由がある。


カオステラーを倒しこの世界を『調律』するためにーー



「でぇや!! 」


「おぅら!! 」


蒼桐の薙刀、夜叉の刀を小刀一振りで受ける鬼姫、一見推しているようにも見えるものの力の差は桁外れであった。


鬼姫は小刀で二人の攻撃をあしらい、そこから強烈な蹴りを繰り出す、


「ぐっ! 」


「ぬわっ! 」


蹴られた衝撃で大きく吹き飛ばされる蒼桐と夜叉の二人、追い打ちとばかりにヴィランたちが魔法弾を放つが、そこに二枚の札が夜叉と蒼桐を守るように開き、そこから光が現れヴィランの攻撃を中和させていく。


「お二人とも、しっかり! 」


そう言ってやってきたのは綾央、先ほどの守りの札は彼女が持つ術の一つであり、彼女の札が怪我をした二人を守っていたのである。


綾央はすぐさま二人の方に手をかざし、魔導書から光が満ち、夜叉と蒼桐の傷を治していく。


「ぬああああああああああ!! 」


そこから桜耶は桜花を振り、鬼姫の首を討ち取ろうとするが、紙一重のところでその攻撃をかわされる。


「どうしました? もう終わりですか? 」


鬼姫の顔からは余裕の表情が見える、桜耶はその顔を凝視する。


「くっ……まだ、まだやれる……父上の形見を、取り戻すまで……人々から鬼を守るために!! 」


そう言って再び鬼姫の方へと突っ込んでいくが、鬼姫の小刀で次々と桜耶の一太刀をかわしていく。


「そろそろ、お終いにしましょうかッ! 」


ガキィッ!


と鈍い音が響き、桜耶の大刀は天へと打ち上げられる、


「しまった! 」


「さようなら、鬼斬りの紅桜さん。」


そういって鬼姫は小刀を両手に持ち、一気に踏み込み桜耶の心臓目掛けて飛び込んでいく、


「くっ! 」


桜耶は咄嗟に腕で防御の姿勢を取ると同時に覚悟を決めた。


刺されると同時に彼女の動きを止め、そこから一斉攻撃すれば鬼姫を葬れる。


だがそれは自分の命まで危機を晒すという共倒れも良しとする覚悟であった。


彼女は強く目を瞑ったーー


ズバッ!!!





ーー斬られた、確実に、何かが斬られる音がした、だが桜耶は痛みを感じなかった。


それだけではない……体に刺されてもなければ斬られてもいなかった。


彼女が目を開く、その目の前にはーー


一人の白狐が立っていた。


彼女の背中からは鋭い小刀の剣先が突き出ており、そこから大量の血が滲み出て、元々紅い着物が赤黒く染めていた。


「な、なにっ!? 」


まさかの事態に初めて動揺する鬼姫、桜耶の命を絶ったかと思いきや、別の人物が桜耶の代わりに身を挺して守ったのだからーー


「ごふっ! 」


刺された白狐は口から勢いよく血を吐きだす、


「初芽!? 」


「初芽殿!! 」


「ババァ!? 」


「初芽様!? 」


初芽を除いた鬼祓士の者たちは驚きを隠せない。


「あ、あなたは……自分の命が惜しくないのですか!? 」


「ふ、ふん……儂はもう……長生きしたわい、

十分、過ぎる、程に……の……。」


息絶え絶えながらも彼女は鬼姫の目を見る。


死の淵から蘇った鬼の姫を哀れむかのようなその目で、彼女を見続ける。


「じゃが、これでおぬしも……終わりじゃ! 」


「ッ!!! 」


初芽が勝利宣言をした瞬間、彼女は刺した刀を引き抜こうとするが、引き抜くことができなかった。


よく見ると鬼姫の腕を掴んで初芽の腕がしっかり掴み、離さないようにしていた。


「なっ!? は、離せ!! 」


鬼姫は小刀を動かし、初芽から腕を離させようとするが、


「ぐうぅっ!! む、無駄じゃ……腕に術式を仕込んでおる……この腕、二度と離さまいよ……!! 」


激痛に耐えながらしっかり鬼姫の腕を掴む初芽、そして……


「今じゃ夜叉! 蒼桐! やれぃ!! 」


「うおおおおおおおおおおおおお!! 」


「でえやぁぁぁぁぁぁぁああああ!! 」


ズバッ!!

ズバッ!!


蒼桐の薙刀と夜叉の刀、二本の武器はそれぞれ肩へ突き刺し、腰を斬り裂いた。


そこから大量の血が溢れ、鬼姫は大きく蹌踉めく。


「桜耶……止めは……ぬしがやれ……。」


よろめき倒れる直前に初芽は桜耶にそう告げ、


「……ッ! うわああああああああああ!!! 」


彼女は涙を拭い桜花を構え、蹌踉めく鬼姫目掛けて突っ込んでいくそしてーー


ズバァッ!!


彼女の大刀は鬼の姫を一刀両断し、鬼の姫は倒れるのであった……



「ぐわっははははは!! どうした、その程度か!! 」


その頃エクスたちは大鬼を倒すことに苦戦していた、敵は以前戦った相手とはいえ中身が違うだけでこれほど力の差が出るのかと思うほど、エクスたちは押されていた。


「野郎……どんだけタフなんだよ!? 」


「くっ…鬼の中の鬼と言われることだけはあるわね!! 」


ボロボロになっているタオとレイナは蹌踉めく体を起き上がらせ、立ち上がる。


「でも、諦めない……桜耶さんたちが、鬼祓士のみんなが頑張っているんだ!! だから、僕らは負けるわけにはいかないんだ!! 」


エクスは、折れたレイピアを持ちながら膝から立ち上がっていく。


「新入りさんの言う通りです、それに……

準備は整いましたからね! 」


シェインのアイコンタクトに、エクスたちはそれぞれ頷く。


「はっはっはっは!! そんなボロボロで何ができる? 貴様ら人間じゃオレには勝てねぇんだよ!! 」


「だったら、その高笑いを恐怖のどん底に落としてやりますよ! 」


そういってシェインは右手をあげ指ぱっちんをする。


ガシャッ!


……と、何かが作動する音が聞こえ、

大鬼を取り囲むように置かれた『不思議の国のいたずら猫チャシャ猫』の罠が作動し、そこから無数の矢が飛び出す。四方八方から飛んでくる矢の嵐に大鬼の体に次々と矢が刺さっていく。


「ぐおおおお!! て、てめぇ……今までちょこまか動き回ってたのはこの罠を仕掛けるためだったのか!! なめた真似しやがってぇぇぇ!! 」


「ふっ、挑発に引っかかる方がが悪いんですよ、あんな軽い挑発に乗るなんて、鬼の頂点の名が廃れますね! 」


「て、てめぇぇぇ!! 」


いつものように敵をおちょくるシェインに怒りが爆発する豪鬼、


「おら豪鬼! さっきのお返しだ! これでもくらいな!! 」


そう言ってタオは豪鬼の方へ高く飛び、雷撃をまとった槍を豪鬼の胸へと突き刺す。


「ぐわぁぁぁぁあ!! 」


その衝撃で後ろに倒れる豪鬼、すぐに起き上がろうとするが膝をついたまま立つことが出来ないでいた。


「ば、馬鹿な……体が……ッ! 」


「エクス! いくわよ! 」


「わかった!! 」


動けない豪鬼の目の前に『不思議の国の冒険者アリス』へと接続コネクトしたレイナと豪鬼の後ろにもう一人、


黒い衣を纏い、自分自身の醜い顔を隠す仮面をつけた男……

オペラ座の怪人ファントム』が立ち尽くしていた。


エクスは先ほどの『小さなジェントルマン長靴を履いた猫』の栞を抜き取り、新たに

力を温存させていた『オペラ座の怪人ファントム』の栞を『空白の書』に挟み、姿を変えたのであった。


これは先ほどのレイナも同じことをして、『不思議の国の冒険者アリス』へと接続コネクトしなおし、姿を変えていたのである。


「さぁ、『最期の円舞曲ラストワルツよ!! ここで永遠に……! 」


「踊れッ!! 」


レイナとエクスは息を合わせ、豪鬼の体を次々に切り裂いていく。


前から後ろから、頭から足から、容赦なく踊るようにエクスとレイナは剣を振るう。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」


「でぇぇぇぇぇぇぇい!!! 」


二人のスピードは徐々に上がっていき、斬撃の手を緩めず、豪鬼は手足も動かせずにいた。


「ぬおおおおおおお!! 馬鹿なッ!! オレが……このオレがッ!!貴様ら人間なぞにぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 」


最早動くことも許されない豪鬼、エクスとレイナは豪鬼から距離を取り最後の仕上げに取り掛かる。


「これでッ!! 」


「終わりよ!! 」


ーースババッ!!ーー


最後の一撃は互いに交差していき、豪鬼の腹と背中を切り裂いた。


「ば、馬鹿な……この、オレが……!! 」


地響きを立てながら膝から落ち、倒れこむ鬼の頂点はこの鬼ヶ島の地に倒れる。


昔、一人の剣豪によって倒されるあの時のように……



ーー鬼姫との戦いを終えた桜耶たち、鬼やヴィランたちは辺りから消え、鬼祓士は勝利を収めるのであった……一人の命が犠牲となって……


「ババァ! おいしっかりしろ!! 」


「夜叉! 少しは落ち着かないか!! 」


「ババァてめぇ、せっかく鬼たちを倒したってのにいつまでも寝てんじゃねぇよ!! 」


「ちょっと、 少し黙っててよ! 治療に集中出来ないわよ! それにしても、なんで傷が治らないの……」


夜叉は目を覚まさない初芽に苛立ちと同時に、その目から涙が滲み出ていた。


蒼桐は夜叉をなんとか落ち着かせるが綾央は一喝する。


綾央は傷が治らないことに少々困惑していた。


昨日鬼姫に倒されたとは、いえあの時の傷はとっくに治っていたはずだが今回は違った。


鬼姫の刺した部分の傷は大きく、それが原因かと思いきやなかなか塞がらず治療は困難を極めていた。


「…………。」


桜耶は正座して目を覚まさない初芽をただじっと見ていた。


「おーい! 夜叉ー! そっちは大丈夫かー!? 」

向こうからやってきたのは先ほど鬼の頂点に立つ最強の鬼、豪鬼を倒したタオたちが手を振りながらこちらの方へ走ってくる。


「タオ殿! それに他の皆様もよくぞご無事で! 」


「なっ、初芽さん!? 一体何が!? 」


「じ、実は……」


エクスが驚く中、蒼桐はこの状況について説明した。


鬼姫との決着はついたが初芽が自分の身を挺して攻撃の隙を作ってくれたのだと……


事情を聞いたレイナはすぐに英雄ヒーロー

に姿を変え、綾央の治療を手伝う。


「そ、そんな……、初芽さんが……」


「だが、私たちは鬼たちを倒すことが出来たのだ……初芽殿が目を覚ましてくれれば……」


蒼桐からの説明に、エクスはこの戦いに犠牲が出てしまったことに悲しい顔をする。


だがそれはこの場にいる誰もが同じ気持ちになっていた。


「……でも、まだ戦いは終わってないわ。」


そんな雰囲気の中、レイナは治療を終え顔を上げる。


「まだ……? レイナさん、まだ他に倒すべき者がいると? 」


レイナの言葉に桜耶が反応する。


「えぇ、まだ『カオステラー』が出てきていないのよ! 」


「でもよ、もしかしたら最初からいなかったっつうオチとかじゃねぇのか? 」


タオの言い分にレイナは首を横に振る、


「違うわタオ、まだ……いいえ、この鬼ヶ島に来てから今まで感じ取れなかったカオステラーの気配が大きくなったのよ、それが未だに感じ取れるということは……。」


「まだこの戦いは終わってないってこと!? 」


レイナはただならぬ空気を感じ取っていた、島全体を覆うかのように流れ出てるその気配を……


ーーフ、フハハハハハ!! ーー


何処からか不気味な声が島全体から聞こえだし、それに気づいたエクスたちは辺りを警戒する。


「こ、この声は!? さっきの!? 」


「豪鬼の野郎か!? あいつ、くたばったんじゃねぇのか!? 」


声の主に気づき驚きの声を上げるエクスと夜叉に、


「み、皆さん! あれを!! 」


シェインはある方向へと指をさす。


そこにはエクスたちが倒したはずの双頭の大鬼がボロボロになりながらエクスたちの方に歩いて来たのだ。


「野郎……化け物かよ!! 今度こそ息の根止めて……」


「待って夜叉! そいつ、なんかおかしいわ!! 」


綾央は飛び込んでいきそうな夜叉を静止させる。


「フ、フハハハ……オマエタチノオカゲダ……

レイヲイウゾ……。」


不気味な声はその大鬼の口から聞こえてきたが、既に顔は生命が宿っていないかのようにぐったりしている。


「おい、ありゃあ本当に豪鬼か? なんか訳わかんねぇこと言ってるみてぇだが……。」


「いいえ、あれはカオステラー、命が尽きかけた豪鬼にカオステラーの力が宿ったんだわ……」


「なに!? それじゃあ今のあいつは……。」


夜叉の質問に頷くレイナ、彼女はカオステラーの出現によってある一つの答えが出た。


「これで確信したわ、カオステラーの正体……それはこの『島』自体が、カオステラーだったのよ!! 」


「「「「!? 」」」」


レイナの答えに、一同は驚きを隠せないでいた。


「おいおい、幾ら何でも『島』が相手とか無茶苦茶だろ……どうやって倒すんだよ? 」


「とりあえず地面をぶっ刺せばいいんですかね? 」


タオやシェインも対処法が分からず、酷く混乱する。


「ソノヒツヨウハナイ」


大鬼となったカオステラーは口を開く、

とてつもなく不気味なその声にエクスたちに緊張が走る。


「どういうことだ!? 」


エクスの聞き出しに、


「スデニ、ジュンビハトトノッタ……」


そう答えるカオステラーは両手をあげ、それぞれの方向に向けて手を広げる。


右手の方向には鬼姫の亡骸が、左手の方向には特に何もない地面へと向けられる。


「い、いったい何をする気ですか!? 」


桜耶がそう言った瞬間、小さな地響きと共に地面から何かが飛び出し、カオステラーの方へと飛んでいく。


「あれは!? 父上の大刀!? 」


一方、鬼姫の亡骸からは白い光の球が現れ、その光の球はカオステラーの右手に収まった。


「まさか、『黄泉転生』!? 」


綾央はカオステラーの目的が分かったのか驚いた表情をする。


「ソノ通リ、コノチカラ……最大ニスルニハ、『鬼ノ頂点ニ立ツ者ノ魂』『鬼ノ姫ノ魂』ソシテ、『数多ノ鬼ヲ斬リ捨テシ剣豪ノ魂』

コノ三ツヲ揃エ、『黄泉転生』ヲシテ……我ハ世界ヲ支配スルチカラヲエルッ!! 」


「数多の鬼を切り捨てし剣豪……それはもしかして、父上のこと!? 」


「なんだって!? 頭領の形見をそんなもんに使いやがって、ぶった切ってやる!! 」


そういって夜叉はカオステラーの方にヤイバを向け、突っ込んでいく。


「モウ遅イ!! 時ハ来タレリ!! 今コソ絶対的チカラヲ持ッテ、コノ世界に『混沌』ヲッ!!! 」


突如カオステラーの頭上から轟音と共に雷が降り注ぎ、その衝撃で夜叉は大きく吹き飛ばされる。


「ぐわぁぁぁ!! 」


「夜叉!! 」


蒼桐は何とか飛ばされていた夜叉を手で掴むが、余りの衝撃波で青桐も飛ばされそうになる。


「くっ……まずいわ……みんな! 何かに捕まって!! 吹き飛ばされるわ!! 」


「あぁんもう! 防護術式、最大ー!! 」


レイナの指示に一同は岩などにしがみつき、綾央はなるべく被害を抑えようと札を展開していき、壁を作っていく。


ーーフハハハハハ!! 最早誰ニモ、止メルコトハデキナイ!! フハハハハハハ……ーーーーー


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! 」


強い閃光がカオステラーを包み込む中、エクスたちもその光の中へと包まれていく。







ーー暫くして辺りは静かになる、空は未だに曇天であり雷鳴がより一層激しさを増していた。


「う、うぅ……はっ! ど、どうなったの!?

みんなは!? 」


一番に目を覚ましたのは桜耶だった、桜耶は辺りを見回し、全員がいることを確認したあと、初芽の姿を見る。


彼女はまだ目を閉じたままであるものの、外傷は見当たらなかった。


鬼姫が刺した部分はレイナと綾央の協力でなんとか塞がっている状態だった。


「良かった……初芽」


彼女が無事だったことに安堵するが、異様な空気を感じ、桜耶はその方向へと振り向く。


「う……うーん……何がどうなったの……はっ! この感じ!? 」


「うーん……」


「イテテ、何だったんだあの光は……?」


レイナに続いて他の人たちも目を覚ますが、レイナはある気配を感じ取り、起きていた桜耶に目を向ける。


「レイナさん、あれは……」


「えぇ、いよいよお出ましのようね……カオステラーが!! 」


二人が見るその場所は、カオステラーとなった豪鬼が三つの魂を集めた場所は光に覆われていた。


天高く、まるで滝のような光がそこに流れていた。


ザッザッザッザッ……


その光の向こう側から、誰かが歩いてくる足音がする。まだ見ぬカオステラーにレイナたちは身構える。


「なんだ……誰が、蘇った? 」


「三つもの魂を使ったからとんでもない化け物だったりしてね、それにしてもなんであのカオステラーってやつは頭領の父親の刀を使ったのかしら……? 」


蒼桐は盾を構え、近づく恐怖に武者震いをする。


綾央は光から出で来るものの復活に何故、桜耶の父親の刀を奪ったのか考える。


やがて、その足音は大きくなり光の表面からつま先が姿を現す。


「そ、そんな……こんなことが……! 」


光の中から現れたのは鬼の姿でも、増してや人ならざる姿をしていなかった。


『一人の男』が現れたのである。


桜耶は、手に持った刀を落とし、その男の顔を見て狐に化かされたかのような顔と涙を浮かべる。


「桜耶さん!? どうしたんですか? 」


「おい頭領! あいつを知ってんのか!? 」


エクスと夜叉の質問に震える口で、桜耶は小さく答える。




「あれは……私の……『父上』だ……。」


「「「!? 」」」


一同は驚愕した、今自分たちの前に現れた男は、かつて鬼との戦いで亡くなった父親だったのだから、


「『白夜』……そうか、奴め……とんでもないやつを蘇らせたようじゃのぉ……」


一同が男を凝視する中、下の方から誰かの声がする。


「狐のおばあさん! 」


「初芽!? 目を覚ましたのね!? 」


シェインと桜耶、初芽の方に駆け寄る。


「おぉ……心配かけたの、もう大丈夫じゃ……綾央とそこの白髪のお嬢ちゃんも世話かけたのぉ……」


シェインの頭を撫で、桜耶に肩を貸してもらいながら立ち上がる初芽、その際治療した綾央とレイナに礼を述べる。


「初芽様、良かったです……一人ではどうしようも出来なかったので……。」


「それより、どういうこと? あの男はいったい何者なの? 」


レイナからの質問に初芽は少しずつ語っていった。


「あやつの名は『白夜』……剣豪として多くの鬼を斬り捨てた、桜耶の実の父親じゃ……、

やつに敵う相手なぞ人間にも鬼にも居らんかった、あの『豪鬼』を倒すほどにの……。」


「そ、そんなすげぇやつなのか!? 頭領の親父は!? 」


夜叉は桜耶の父親の武勇伝を聞き、驚きを隠せないでいた。


「じゃが奴らめ、まだ幼い桜耶を人質に取り、父親は自分の命と引き換えにしたんじゃが、当然やつは父親を騙し討ち、村を焼き払い、村人共を皆殺しにしたんじゃ……」


「な、なんてひどい……。」


「それで鬼は父親の遺体を回収して、この日が来るまで待っていたのね……『刀』の在り処が分かるまで……。」


レイナの分析に初芽は、そうじゃと小さく頷く。


「何はともあれ、カオステラーの正体は分かったわ……問題はアレをどうするかね……。」


レイナはカオステラーの方に顔を向ける。


袴を着込み、懐に左手を入れて、右手には父親の大刀『月光』が握られていた。


風で長く伸びている灰色の髪がたなびき、その男は閉じていた目を……


ーーゆっくりと開くーー


「「「!! 」」」


エクスたちは感じてしまった、あの男から放たれている、気高くもドス黒い瘴気を……


桜耶以外の人たちが身の毛がよだつ何かに、

一同は武器を構える。


「父上! 」


「…………。」


桜耶の声に微塵も反応しない父親、


「うおおおおあああああああ!!! 」


雄叫びと共に桜耶たちの間を抜け、物凄いスピードと共に父親の方へ突っ込んでいく夜叉の姿があった。


「夜叉!? なにを!? 」


「頭領!! こいつはお前の知ってる親父じゃねぇ!! こいつは、こいつは……ただの『化け物』だ!! 」


夜叉の眼は恐怖していた。


目の前にいる者を決してこの世に存在させてはならないという衝動に動かされ、夜叉は剣を振るい父親に斬りかかる。


「なにっ!? 」


その刹那、彼が振るった剣が動きを止める、微動だにしていなかったその男は『人差し指と中指』の二本で白刃取りをしたのだ。


そして二本の指を使って剣を握りつづける夜叉を引き寄せ、


ガッ!!


右脚で夜叉の腹にひざ蹴りを食らわせた。


「が……はぁッ!!! 」


強烈な蹴りで大きく吹き飛ばされる夜叉、一回、二回と宙返りしながら岩盤に叩きつけられるように激突していった。


「夜叉ーッ!! 」


タオは友の名を叫ぶ、


「おのれ……化け物が!! 」


夜叉に続いて蒼桐が薙刀を構え男の方へと向かう、


「ま、まって蒼桐……! 」


桜耶の声は、


「でぇぇぇぇぇぇい!! 」


「あ、蒼桐さん! 」


蒼桐には届かなかった、エクスは青桐を止めるために駆けつける。


その男は地面に落ちた大刀を拾い上げ、蒼桐の方を向き、その大きな刀を蒼桐の方へと振り切った。


ブウンッ!


彼が振った大刀からが飛び出す。


「ッ!危ない!! 」


「なにっ!? 」


まだ距離がある状態でのあの構えに危険を感じたエクスは、蒼桐に飛びかかり彼女の進行を止める。


そこから地面に大きな亀裂が真っ直ぐ走り、まるで地面を斬りながら何かが通って行った。


「おい、なんかやべぇぞ! みんな避けろ!! 」


タオの一喝で一同はそれぞれ散り散りになる。

タオたちが離れた場所にも大きな亀裂が走り、やがて大きな岩に何かが衝突し爆発する。


煙が晴れ、先ほどの岩が姿を現わすが……


綺麗に真っ二つになっていた。


「な、なんだありゃ……正真正銘の化け物かよ……。」


余りの強さに腰を抜かしそうになるタオ、


「鬼の頂点の魂と、鬼姫の魂に桜耶の父親の魂、そこにカオステラーの力まで入ってると思うと……とてつもない強さね……。」


冷静に、しかし内心では焦る綾央は男の姿を見続ける。


「あやつを葬るには……もう『あの手』しかないやもしれんな……。」


初芽は小声で懐にある『札』を握りしめる。


「えっ? おばあちゃん何か言いましたか? 」


「む? わしゃなんも言っとらんぞ? それよりも……やるべきことが目の前にあるぞよ」


「は、はい! 」


シェインは反応するものの、初芽はいつも通り指示していく。


「皆の者、構えい!! やつはこれまでやりあったやつと比較にならん強さじゃ!! 気を引き締めい!! 」


エクスたちは立ち上がり、手に『空白の書』をかざし、英雄ヒーローへと姿を変える。


オペラ座の怪人ファントム』、『幸せ掴めし団子の娘倉餅餡子』、『瓦屋の頑固者瓦戦兵衛』、『不思議の国のいたずら猫チャシャ猫』、青桐、初芽の六人はそれぞれの武器を構える。


「おいババァ! 桜耶はどうすんだ!? 」


先ほど吹き飛ばされた夜叉が起き上がり、初芽に向かって叫ぶ。


その夜叉の隣には綾央が立っており、夜叉の治療していたようだ。


桜耶の方に目を向ける初芽……


彼女は立ち尽くしており、死んだ父親を前に呆然としていた。


「……放っておけい、今のあやつには受け入れがたいかも知れぬが、ワシらにはやるべきことがあるぞよ!! 」


初芽は強く夜叉に返事を返す。


「いよいよ、最終決戦ってやつだな……。」


「ここまで来たからにはシェインたちは負けるわけにはいきません!! 」


「こんなカオステラー……絶対にここで食い止めてみせるわ!! 」


「行こう、みんな……この戦いを終わらせるために!! 」


エクスたちは駆け出す、全ての元凶であるカオステラーを打ち倒すために、この世界を元に戻すために……



「くそっ、このっ!! 」


タオは、がむしゃらに槍を振り回すものの、最小限の動きでカオステラー『白夜』は次々とかわしていく、


「でぇぇぇぇぇえい!! 」


背後から白夜に目掛けて突進する蒼桐、

だがその攻撃すら既に見切っていたのか、空中へと飛んで回避する。


白夜が地面に着地すると同時に、周りを魔法陣のようなものが取り囲み、取り付いてきた。


「………? 」


その影響なのか、彼は僅かながらも体制を崩した。


「今よ、二人とも!! 」


幸せ掴めし団子の娘倉餅餡子』の姿をしたレイナは魔導書を広げて術式を唱え、白夜の動きを一時的に鈍くし、


「放てぃ!! 」


「合点です!! 」


レイナの合図と同時に初芽は天に向かって矢を放ち、シェインは指ぱっちんをする。


白夜の頭上からは一矢の閃光。


下からは矢の嵐が一斉に襲いかかるが、白夜は一本一本の矢がまるでスローモーションで見えてるかのように次々とかわしていき、持っている大刀を一振りして初芽の攻撃すら弾いて見せた。


「なっ!? あれだけの矢をかわした!? 」


レイナは超人的な力に驚く、


「はぁぁぁああああ!! 」


「でぇぇぇえええや!! 」


避けた後に、エクスと夜叉の二人が追撃にかかるが、大刀によって二人の攻撃を見事にあしらっていき、


ブウンッ!!


先ほど見せた見えない真空波がエクスたちに向けて横に一閃する。


あまりの衝撃波に後ろでは溶岩が激しく噴き出ていた。


「くっそ! これで……どうだ!! 」


夜叉は刀を後ろに構え、大きく振り切り衝撃波を繰り出す。


見えない真空波と夜叉の放つ衝撃波が激突し、煙をあげ大きく爆発する。


「どぅわ!! 野郎……強すぎだろ……!? 」


「この人数でやって勝てないなんて……なんで強さだ……。」


「二人とも、しっかりしてください! 」


吹き飛ばされた二人に駆け寄る綾央、手をかざして二人に治癒の魔法をかける。


エクスたちは苦戦を強いられていた。


たった一人のカオステラーに多人数でかかっても全く歯が立たない……


そんな状況に彼は唇を噛みしめる。


「でも、諦めるわけにはいかない! チャンスはきっとあるはずなんだ!! 」


「よく言った坊主! 諦めのわりぃのがオレたちタオ・ファミリーだもんな!! どんどん行くぜぇ!! 」


そう言ってタオはエクスを激励し、再び白夜の元へと駆け出していった……



ーーどうしたら、どうしたらいいの……あの人は……父上なのにーー


彼女は悩んでいた、あの惨劇で亡くした父親が今自分の目に写り込んでいることに……


優しくもあり、厳しくもあった父の顔がそこにある、だが違うところといえば……


桜耶の目に写っている父親が、エクスたちを、鬼祓士たちのみんなを、そして初芽に刃を振るっているということを……


「ぐはぁっ! 」


誰かが桜耶の足元に落ちる。


人だ……いや、白狐だ……全身がボロボロで、それでも尚立ち続けようとしている。そんな彼女は桜耶に向けて、笑顔を向けた。


周りのみんなも父親にやられて、どんどん傷ついて、それでも立ち続ける。


「いいんじゃよ、桜耶……おぬしはそのままで良い、娘と父親が命をかけて互いを斬り合う必要はない……。」


そう白狐は告げ、また父親のところへと向かっていった。


ーー嫌だ、行かないで……行かないで……ーー

彼女は手を伸ばす、白狐の背に届くように腕を伸ばしていく。


「いか……ないで……行かないで……行かないで!!! 」


彼女は叫ぶ、力の限り、喉が潰れんばかりに力強く、その『言葉』を叫ぶ。



ーーーー母上!! ーーーー


ーーパシッ!

彼女は手にした……自らの魂を、大刀『桜花』を掴み取り、彼女は走り出す。



「桜耶!? おぬし、今なんとーー」


今まで母親と言われたことがない初芽は心底驚き、桜耶の方へ振り向くが、


「はぁぁぁぁぁあああああああああ!!! 」


カキィィィンッ!!


刃と刃が鍔迫り合う音が辺りに響き渡る。


彼女は目にも止まらない速さで白夜の方へと一気に踏み込んでいた。


彼女は大刀を振り続ける、何度も、何度も、刃毀れを気にせず彼女は大刀を振り続け、白夜を、自分の父親を圧倒していた。


「あなたは、父上だ……見間違うはずがない。

でも……大事な『家族』を!! 『仲間』をこれ以上奪われたくない!! だから父上、お覚悟を!! 」


カァァァンッ!!


そう言って、彼女は薙ぎ払い、後ろに距離をとり、大刀を構える。


それに合わせて白夜もまた、型をつくる。


二人の間には異様な空気が流れる……


間に入ればまず命はないだろうと、エクスたちはただただ見守るしか出来なかった。


「桜耶……推して参ります!! 」

「白夜……推して参る!! 」


二人は、ほぼ同時に踏み込んで行きそしてーー


「剛姫一閃……」

「剣剛一閃……」


ーー散り桜!!! ーー

ーー舞い桜!!! ーー


「……ぐふぉ!! 」


先に声をあげたのは白夜の方だった、彼は腹を大きく斬り裂かれ、膝をつける。


「見事だ……桜耶よ……。」


「父上!? 意識が!? 」


倒れた白夜の方に駆け寄る桜耶、父親はゆっくりと小さく桜耶に語りかけていった。


「今まで済まなかった……悲しい思いをさせてしまって……本当にすまない……。」


「ごめんなさい……ごめんなさい父上……

私はあなたを……。」


「カオステラーに取り付いてたのに意識が!? 」


今までに例がなかった事態に困惑するエクス、


「多分、黄泉転生って力によるものね、でもあのままにしておいたら……」


「ぐ、ぐあぁぁぁぁあ!! 」


レイナが解説するなか、白夜は急に苦しみ出し始める。


「父上!? 父上どうされてーー」


「来るなぁ!! 」


「きゃっ! 」


白夜は自分の娘を強く突き飛ばし、頭を抱え苦しそうにもがく。


「グ、グガァ……グガァァアアアア!!! 」


「まずいわ、カオステラーの暴走が始まっているわ!! 早く動きを止めないと……! 」


レイナは焦る、尋常ではない力が白夜の体から溢れ出し、そこからヴィランが湧き出ていく。


「くそっ! あいつヴィランを生み出しやがったぞ!? 」


「ッ! 」


タオが槍を構えてる中、桜耶は暴走した白夜の方へと走り出す。


「桜耶殿!? 何をする気ですか!? 」


「父上を止めるには……もう、この手しか!! 」

蒼桐の説得を振り切り、彼女は父親に終止符を討つために走り続ける。


「まさか、一緒に心中するつもり!? 」


「桜耶さん、ダメだ!! そんなことをしちゃいけない!! 」


エクスは止めるよう説得するが、最早彼女の足は止まらないでいた、誰もが最悪の事態を覚悟するその刹那……


ーーその役目は、儂が果たそうぞーー


ガッ!


「がっ……初……め……」


彼女の後頭部に強い衝撃が走り、彼女は足から体制を崩す、彼女が最後に見たのは父親に向かって走っていく、初芽の後ろ姿であった……


「は、初芽様!? 」

「おばあちゃん!! 」


綾央とシェインが叫ぶその先には初芽の姿があった、彼女は苦しむ白夜に飛びかかった。


彼らの後ろにはドロドロの溶岩が溜まっており、近づくことは死を意味するほどの熱さが彼らを待ち受ける。


「鬼族禁術の一つ、まさか使うときが来るとはの!! 」


そう言って彼女は懐から一枚の札を取り出し、白夜の胸に貼り付け印を結び、


「秘儀!! 『黄泉還り』!!! 儂と一緒に地獄へと落ちるがよいわぁぁぁぁ!!! 」


札は激しく輝き、その光と共に二人は溶岩の火口へと落ちていった。


「初芽ぇぇぇぇぇぇえ!! 」

「初芽殿ぉぉぉぉぉお!! 」

「師匠ぉぉぉぉぉぉお!! 」


夜叉、蒼桐の二人は涙し、綾央は手拭いで泣いているのを隠すかのように顔を隠してすすり泣いた。


ーー火口へと落下していく白夜と初芽、初芽は悲しい顔で魂が抜けた白夜の顔を見つめていた。


「まさか……おぬしとともに、地獄に行くとはの……これもまた運命……いや、わしの勝手な我儘、自業自得かの……。」


そう小さく呟く初芽は目を閉じる。


目の裏には桜耶と共に過ごしてきた日々が走馬灯のように流れていき、彼女の目からは涙が溢れる。


ーーこれでいい、これでいいんじゃよ……あとは任せたぞよ、旅の娘よーー


彼女は白夜の亡骸を腕に抱き、火口の方へと

落ちていくのであった……



ーー桜耶……桜耶よ……ーー


何処かで誰かが呼んでいる、彼女は眠い目を擦り、起き上がる。


彼女は辺りを見回すが、そこは真っ白な世界が広がっており、エクスたちや鬼祓士のメンバーたちの姿はなかった。


「みんな……いったいどこへ……? 」


「桜耶……」


彼女は声のする方へ振り向く、そこには桜耶の父、白夜と共に身を投げた初芽が立っていた。


「初芽……」


「今まですまなかったのぉ、あのような化け物が生まれたのは……全部儂に責任があったんじゃ」


「えっ? それってどういうことなの……!? 」


桜耶の質問に初芽はゆっくりと語り出した。


「桜耶、実はおぬしは……本来『鬼祓士』の一員になることはなかったんじゃ、『運命の書』にも書いておらん、偽りの運命を……おぬしは歩んでしまったんじゃ……。」


「儂は豪鬼を倒したという噂の剣豪の名を聞いて、その者がどういうやつか、確かめに行ったんじゃ、そうしたら会ってしまったんじゃよ……白夜にのぅ……」


白狐は目を閉じる、あの頃を思い出すかのように、彼女の顔は柔らかな表情をしていた。


「初芽は……父上と昔から知り合い……だったんだ。」


桜耶は少し顔が緩む、


「儂はあの男の強さに惹かれたのか、あやつを鬼祓士の一員として招いたのじゃ」


「……父上も鬼祓士の、一員だったんですね……。」


「うむ、あやつが鬼祓士の一員となってからは、鬼たちの悪事は次々と無くなっていってのぉ……じゃが、それも長くは持たなかった……。」


「あの日、おぬしが父君を無くした日……

鬼が村を襲っていると聞き、急ぎ駆けつけたのじゃが、鬼たちは皆何者かに斬られておっての……そこに一人、泣きじゃくる若い娘が立っておった、その娘は白夜の大刀を持っていたのじゃ」


桜耶は黙って初芽の話を聞いていた、父親と初芽との出会いを、そして今までの真相を……


「ある日、あやつはこう言っておった。

『自分には娘がいる、もし自分の身に何かあったときは初芽、娘を頼む』とな……。」


桜耶の目から涙が溢れる、


「あの場に赴いた時、それはそれは酷い有り様じゃった、まさに『地獄絵図』のような光景の中……一人生き残ってしもうたおぬしが余りにも可哀想で……儂はおぬしを鬼祓士のある本部まで、おぬしを連れて行ったんじゃ……」


そう初芽が言った後に、桜耶もおもむろに口を開く。


「それで私は初芽の元で修行をして、鬼祓士の頭領の座についた……。」


初芽は桜耶の言い分に小さく頷く、


「本来ならば体調が回復次第、おぬしの父君の知り合いである叔父叔母のところに連れていくつもりじゃったが……おぬしはあの時はべったり儂にくっつきおって離さなかったんじゃ、それがとても愛おしくてのぉ……それでおぬしをこのまま一人前の剣士として育てることにしたんじゃ。」

「わ、私はそんなに甘えん坊ではありません! 」


初芽の言っていることに顔を真っ赤にして怒る桜耶、


それを初芽はケタケタと軽く笑う。


「ほっほっほ、まぁまだ未熟な頃じゃったからな、覚えておらんのも無理はないかの。」


「……コホンッ! でも、初芽が居なければ

生きていなかったかも知れません……ありがとう、初芽……いいえ、『母上』」


初芽はハッとする、彼女から発せられたのは

『母上』と……桜耶の顔は穏やかな顔をしていた。


その顔を見て、 初芽は桜耶に背を向ける。

目から流れる涙を隠すように、


「……儂は、おぬしを産んだ覚えはないぞよ……それに儂は由緒正しき白狐の一族じゃぞ……? 」


嬉しさ反面に、桜耶に敢えて突き返すように言い放つ。


「確かに、あなたは産みの親ではありません……でも、自分の娘のように大事に育ててくれた。私にとってあなたは、大事な……大事な……『家族』です。」


桜耶は再び涙を流す、だがもっと涙を流していたのは初芽その人だった。


彼女は肩を震わせ右腕で流れ出る涙を拭った。


「……そうか……『家族』か……儂のことを『母親』と呼んでくれるのかの……? 」


初芽からの願いに、


「はい、母上」


桜耶は顔を見せない白狐に笑顔で答える。


「そうか……ありがとうのぉ……桜耶」


彼女は嬉しさで心が満ち溢れていた。


涙を止めることが出来ないほどに……



「さて、そろそろ迎えが来るの……」


そうポツリと初芽が話した瞬間、光が初芽の足から包み込んでいく、


「初芽! 」


桜耶は白狐の名を呼ぶ、


「儂はもう十分長生きした、それに、おぬしの運命すら捻じ曲げてしまった大罪人じゃ、大人しく地獄に落とされようて……」


「初芽ぇ!! 」


桜耶は涙を流しながらもう一度名を呼ぶ、


「桜耶、おぬしはこの世界が元に戻ったら町を守るための従者となって町の者たちを守っていくのじゃ、鬼祓士とは関係なくの……じゃからーー」


光が胸の位置まで達したとき、彼女は桜耶の方へ振り向きーー


「『強く、生きるのじゃ』」


笑顔で、桜耶に告げた。


やがて、彼女を覆う光は初芽を包み込み……

彼女は姿を消した。


……一つの鈴を残してーー



「う、うん……。」


「おっ!? 頭領!! 目を覚ましたのか!? 」


「桜耶殿!! 気がつきましたか!? 」


「やっと起きましたね、桜耶様! 」


長く気絶していたのか、彼女は目を覚ます。


彼女の周りには夜叉と蒼桐、綾央の顔が彼女の心配をしていた。


「良かった、桜耶さん無事で……」


エクスは彼女が無事なことに安堵する。


「でも……狐のおばあちゃんが……」

「シェイン……。」


落ち込むシェインの肩をポンッと手を置くタオ、


「でも、私たちには最後の仕上げが残っているわ……。」


レイナはそう言うと桜耶たちのところへと向かう。


桜耶は三人に囲まれている中、レイナの存在を見つけ、彼女の方に顔を向ける。


「レイナさん、この世界を……元に戻すのですね。」


「えぇ、カオステラーがいなくなった今、この世界を『調律』して元の在るべき姿へと戻すわ……。」


桜耶の言い分にレイナは頷き、荷物入れから『空白の書』よりも大きな本を取り出す。


「ちょっと待てよ! 元に戻すって、初芽のババァはどうなるんだよ!! もしかして、復活すんのか!? 」


夜叉が荒々しくレイナに突っかかる。


「確かに、初芽のばあちゃんは蘇る……けどよ」

タオは浮かない顔でそう答え、


「この世界で亡くなった人たちは、例え蘇ったとしても、それが同じ人とは限らないんです。」


シェインもタオと同じように答える。


「私たちの知っている初芽殿とはまた違う初芽殿が私たちと共に行動すると? 」


蒼桐の質問にレイナは小さく頷く。


「『調律』をすればカオステラーが現れない、元の世界に戻すことが出来るわ、その際私たちと出会った記憶や今まで見てきた記憶も消えてしまうけど……それでもいいわね? 」


レイナは彼女たちに念を押した、調律をするということはこれが最後の別れだということを……


「……けっ、なんだよ……ここでお前らとお別れかよ」


夜叉は開き直るかのように手を頭の後ろに回し、心底残念な顔をする。


「そう言うなって夜叉、今度また会うことがあったら勝負と行こうじゃねぇか! 」

「いいぜ、負けて吠え面かくんじゃねぇぞ? 」


タオは夜叉の方に拳を向け、夜叉もタオの拳に打ち付け、男同士の友情と約束を誓い合う。


「皆さんには大変お世話になりました、この青桐、感謝の言葉では足りません……」


「あ、蒼桐さん! そんな頭を下げなくても!! こちらこそ、助かりました。」


蒼桐は膝をつけて頭を下げ、エクスたちに感謝の意を表す。


エクスは動揺して自分自身も頭を下げる。


「もう会えないのね……でも、色々あったけど例え世界が変わっても、生き抜いてみせるわ、師匠の分も! 」


「綾央さん……」


綾央もまた、新たな決意を胸に、真っ直ぐな目をシェインに向け、シェインはそんな彼女の心の強さに胸を打たれる。


最後に、桜耶が立ち上がり、締めの言葉に入る。


「みんなのおかげで、鬼たちと世界を混乱させんとする化け物共を見事討ちとることが出来た、改めてお礼を言わせてください……ありがとう!! 」


エクスたち一同、鬼祓士の面々は桜耶の方に顔を向ける。


「例え世界が変わって記憶がなくなり、運命の書の通りの生活を送っていても私たちは

『仲間』だ!! よって、本日鬼祓士はこれを持って解散する……

次会うときは皆、笑顔で会えることを祈る! 」


桜耶の演説に、鬼祓士一同は全員覚悟を決めた。


例えこの日々が記憶から消されようとも、また会えることをここに誓ったのだから……


「もう、言い残すことはないわね? 」


レイナが桜耶にそう告げる。


「えぇ、お願いするわ……」


桜耶は手元にあったある物を見る。


それは初芽が身につけていた大きな鈴、

彼女はそれを両手に持ち、

静かに答える。


レイナはその返事に対して頷き、手に持った大きな本開きそして……


ーー混沌の渦に呑まれし語り部よ……我の言の葉によりて、ここに調律を開始せしーー


レイナの本から突如光が溢れ出す。その光は優しくもあり、暖かくもあり、本は光の輝きと共に宙へと浮かぶ。


そこから無数の光の蝶が、次々と飛び出していき、鬼ヶ島……村や町、そして屋敷を行き交い……やがてその光はこの世界全体を白く包み込んで行ったーー









































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る