第6話 さすがに信用できません
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宰相さんがこの店に訪れてから、早いもので6ヶ月が経とうとしています。
あの日の事を思い出そうとすると、なぜだか頭がズキズキと痛むので、あまり思い出せませんが、お兄ちゃんはまだ宰相さんに色々抗議しているそうです。何を抗議しているのかはよく分かりませんが、周りの人達が特に抗議もせず納得している所を見ると、何かお兄ちゃんにしか感じれない何かが引っかかっているのでしょうか?
でも正直、そんなことに時間を使うくらいならお嫁さん探しに時間を使って欲しいなと思います。お兄ちゃんと同じ歳位の近所の人は皆結婚しちゃいましたからね。
いや……まさか抗議という名のプロポーズで宰相さんと結婚して逆玉の輿……は無いですね。あー、私もイケメンで玉の輿になれる彼氏が欲しいなー、なんて考えます。
「えーっと……すみませーん」
「あ、はーい」
と来客してきた方に対応するため、休憩室から出ていきます。ここ最近この時間には誰も来ないので、完全に休憩モードに入っていました。
「あのー、ちょっとすみません。道に迷ったんですが、道を教えて頂けないでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよー」
見た事の無い顔ですし、道に迷ったという事は、エルドラドに転居しにくる能力者の方でしょうか?
能力者。変な現象を発症する人々を私達はそう呼ぶ事にしました。命名者はどこぞのマッドサイエンティストと名乗っていた人物らしいです。どうやら彼は仕事をしているみたいですね。余談ですが、ここでは無い他の世界の事を『異世界』と命名したのはお兄ちゃんです。お兄ちゃんの知り合い以外だと、『外の世界』『別の世界』と言ったりしますね。
「えーっと、パコールってどちらでしょうか? 道に迷っちゃって……」
パコール? 聞いた事が無いですね。壁の中の施設でしょうか?
壁の中。私達は能力者の街の事を壁の中と呼んでいます。なぜなら能力者の街は壁で囲われているからです。壁で囲った理由は、能力者が無闇に外に出ないようにする為、逆に私達一般人が無闇にその街に入らないようにする意味合いがあるらしいです。それにしても、たった6ヶ月で山を整地して壁で囲み人が住める環境にまで整えたのは本当に凄いと思います。工事はほぼ能力者で行ったようですが、能力者では無ければ、この短期間で出来なかったでしょう。本当に能力者って凄いです。
「すみません。パコールは聞いた事が無いです……。壁の中の施設でしょうか?」
「えぇ!? 全国展開しているパコールを知らないんですか!?」
全国展開している? うーん、言葉の意味がよく分かりませんが、要するにパコールという建物がこの国中に建設されているという認識でいいのでしょうか……。公園か何かですかね? でも私はそんな建物を聞いた事が無いわけで……。
「ちなみにパコールって一体どういう建物なのか教えて頂いでもよろしいですか?」
「コンビニですね。コンビニのチェーン店です」
ちょっと待って下さい。何か今、呪文のようなものを唱えられたせいで頭の理解が追いつきませんよ。
「えーっと……。誠に申し訳ないのですが、コンビニってなんですか?」
という質問に対し、かなり驚いた表情をしていますが、彼の中ではコンビニという物が極当たり前の物だったのでしょうか。……というより、ここまでくれば私でも分かります。えぇ、恐らく彼は他の世界から来た人です。……恐らく。
「えぇ!? コンビニを知らない!? 本当にここ日本かよ……」
凄く私に失望しているような目を向けてこられ、本当に申し訳ない気持ちになります。
「……コンビニっていうのは24時間いつでも開いてるお店の事です。この辺りにそのようなお店はありませんか?」
えっ!? 24時間お店を開けてるんですか!? 夜中の灯りとかどうしてるんでしょうか? そのお金だけでも馬鹿にならないんじゃあ……。
「嘘……ですよね」
「こんな所で嘘ついてどうするんですか?」
確かに……でも、24時間お店を開けるというのはさすがに信用できません。
***
ミ;,,゚Д゚彡「本当に知らないんですか? パコールですよ? ローソンを吸収して全国展開した」
(;*゚A゚)「知らないものは知りません! 大体24時間開店するって夜はどうするんですか? 灯りの燃料代だって馬鹿にならないでしょう?」
ミ;,,゚Д゚彡「いや、灯りって電気使えばいいでしょう。電気使えば。京都には電気の概念も無いんですか!?」
(;*゚A゚)「電気ってなんですか!? そんな言葉初めて聞きましたよ!?」
ミ#,,゚Д゚彡「電気を知らないってふざけるのも大概にしてくださいよ! 外の電柱の上を通ってる電線は何の為にあると思ってるんですか!? ほら、そこの……」
ミ;,,゚Д゚彡「って……あれ?」
ガラガラ
ジャラジャラジャラジャラ
(;*゚A゚)(うわぁ……腰にいっぱい工具がついとるせいで走りにくそうやわぁ……)
ジャラジャラジャラジャラ
ピシャン
ミ;,,゚Д゚彡「あの……ここ、何処ですか?」
(;*゚A゚)「エルドラドですけど……。レストっていう国の……」
ミ;,,゚Д゚彡「京都……では無い」
(;*゚A゚)「はい、京都では無いです」
ミ;,,゚Д゚彡「ドッキリとか……」
(;*゚A゚)「してません」
ミ;,,゚Д゚彡「京都に戻る方法は……」
(;*゚A゚)「多分……無いです……」
ミ;,,゚Д゚彡「時間がかかってもいいので……」
(;*゚A゚)「戻れた事例は聞いた事が無いです……」
ミ;,,゚Д゚彡「……」
(;*゚A゚)「……」
ミ;,,゚Д゚彡「……」
(;*゚A゚)「……」
ミ,,;Д;彡「……」
ガラガラ
('A`)「ただいまー。ってなんだお客さん来てるのか……」ピシャン
(;*゚A゚)「あ、お兄ちゃんおかえりー。帰ってきたばっかりで悪いんやけど、異世界から来たっぽい人がおるんよ……お願い出来る?」
('A`)「はぁ……。正直、詰め所が壁の中に行ってから報告すんのが面倒臭くなったんだよな……。それにさっき門番と一悶着起こして来たばっかだから、今日はもうあの門番と顔を合わせたくねぇ」
(;*゚A゚)「そんな事言わんといて……」
('A`)「それにそいつおとなしそうだから、ある程度落ち着いたら乃々が連れて行けばいいじゃねーか。俺はやらなきゃいけねー事があるんでな」
(;*゚A゚)「やらなきゃいけないことって只の穴掘りやん……どうしてそれが必要なん……?」
(#'A`)「あの口うるさい門番と顔を合わせなくて済むようになるだけでも必要なんだよ! あぁ! 思い出すとまた腹立ってきた……」
(;*゚A゚)「お兄ちゃん……その……なんて言うんやろ……。変わったよね……宰相さんと会ってから……」
('A`)「変わっちゃ悪ぃかよ……。でも、このままだと俺達一般人は能力者の奴隷になっちまうんだ……だから俺が何とかしないと……」
(#*゚A゚)「宰相さんはそんな事せぇへん!」
(#*゚A゚)「宰相さんはウチら一般人の事をいつも考えてくれとるんや! そんな宰相さんがウチらを能力者の奴隷にするなんてありえへん!」
(;'A`)「あ、あぁそうだな……。そうだな……」
(;'ヘ`)「ごめんな……兄ちゃんが悪かったって……」
(; A )「じゃあ俺……作業に入るから……」
(;*゚A゚)「待って!」
(;*゚A゚)「ウチもちょっと言い過ぎた……。ゴメンな。やけど……前の優しかったお兄ちゃんに戻って欲しいだけなんや……」
( A )「変わったのは……いや、なんでもない。努力するよ……」
(;*゚A゚)「……」
(;*゚A゚)「あぁ、すみません! 色々お見苦しい物を見せてしまって……」
ミ;,,゚Д゚彡「いえいえ、私も急に泣いてしまって……」
( *゚A゚)「で……その、京都? って所でなにをされる予定だったんですか?」
ミ;,,゚Д゚彡「京都の清水寺……って分からないですよね。有名なお寺なんですけど、台風……ちょっと強力な風で木が倒れた影響でそのお寺が壊れたんで、その修理に……」
( *゚A゚)「ということは、えーっと、あ、そういえばお名前をお聞きしてませんでしたね。教えて頂いても……」
ミ,,゚Д゚彡「あ、布佐と申します。よろしくお願いします」
( *゚A゚)「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、私は鬱田乃々と申します。先程の兄が毒男と申します」
( *゚A゚)「ということは布佐さんは大工をしていらっしゃったんですね」
ミ;,,゚Д゚彡「そうですね……。一応今日から修理開始だったんですが、なぜだか朝早く目が覚めてしまったので、コンビニ弁当を買って、一番に現地入りしようとしたばっかりに……」
ミ,,;Д:彡「あーーー! 親方にどやされるーー!!」
(;*゚A゚)「まぁまぁ、落ち着いて下さい。ここには親方さんはいませんから」
ミ,,;Д;彡「……はい」
ミ;,,゚Д゚彡「で……改めて聞きますが、ここは一体何処なんですか? そして私は何でここにいるんですか?」
(;*゚A゚)「その質問には答えにくいですが……貴方の住んでいた世界とは違うエルドラドという街です。どうしてここにいるかと聞かれると……」
( *-A-)「うーん……」
ミ;,,゚Д゚彡「……」
(;*゚A゚)「正直な所分からないです」
ミ;,,゚Д゚彡「えー……」
(;*゚A゚)「ですが、布佐さんのように、他の世界から来ている人はいっぱいいますが、みなさん結構何とかなってるので多分大丈夫かと……」
ミ;,,゚Д゚彡「そうなんですか……結構俺みたいな人いるんですか……」
(;*゚A゚)「そうですね……もともとここはそういう土地柄らしいです」
ミ;,,゚Д゚彡「ちなみにどう頑張っても元の世界には戻れないのでしょうか?」
(;*゚A゚)「はい……今のところは戻れないです……が、もしかするとこの先、この謎が解明されて戻れるようになるかもしれないですけど……」
ミ;,,゚Д゚彡「期待はしない方がいい……という事ですか……」
ミ;,,゚Д゚彡「……」
(;*゚A゚)「あの……どうしました?」
ミ#,,゚Д゚彡「だーー!!! もううだうだ考えるのは止めだ! 止め! 戻れないんなら戻れないなりの生き方を見つけてやろうじゃねーか!」
(;*゚A゚)「……」
ミ;,,゚Д゚彡「あ……。いきなり騒いですみません……」
(;*゚A゚)「いえ……お気になさらず……」
( *゚A゚)「で、えーっと、これからなんですけど、私達の街では、一応他の世界から来られた方は一旦、詰め所に行かなければならないんですけど、ついてきて頂けますか?」
ミ;,,゚Д゚彡「詰め所? なんか俺、悪いことしましたっけ?」
(;*゚A゚)「いえいえいえ、別に悪いことをしたとかそういう問題では無くてですね。この世界の常識とか知識とかが分からないと思うので、そういう知識を身に付けて頂く為に行くようにしてもらってるんです」
ミ;,,゚Д゚彡「はぁ……それは強制なのでしょうか?」
(;*゚A゚)「そうですね……。確か強制――」
('A`)「別に強制じゃないぜ」
(;*゚A゚)「お兄ちゃん!? いつから?」
(;'A`)「さっきコイツが叫んだ時からだよ。何事かと思ってちょっと来てみた」
ミ;,,゚Д゚彡「あ……すみません」
(;*゚A゚)「でも、連れて行かんと宰相さんに迷惑がかかるんじゃあ……」
('A`)「何で宰相に迷惑がかかるんだ? 言ってみろ」
(;*゚A゚)「えっ……それは……。壁の中に詰め所があるから?」
(;'A`)「なんでそうなるんだよ……」
(;*゚A゚)「なんでって……あれ? なんでやろ……」
('A`)「いいか、まず、異世界から来た人を詰め所に連れて行かないといけない。というのは決まりではあるが、強制ではない。そもそもこの決まりは、宰相ではなく、俺らよりずっと前にここに住んでいる人達が作った決まりなんだ。故に宰相は関係していないので、迷惑がかかるはずがない。ここまではいいか?」
(;*゚A゚)「確かに……言われてみればそうやなぁ……」
('A`)「次になんでこんな決まりが出来たかだ。それは過去にこの世界に迷い込んできた殺人鬼が街の人を何人も殺害した事から、二度とこんな被害を出さないために生まれたのが始まりだ。今ではそれと異世界者の社会定着なども兼ねているがな。……話を戻そう。じゃあ聞くが、布佐さん……とか言ったっけ? お前は殺人鬼か?」
ミ;,,゚Д゚彡「いや……普通に只の大工です」
('A`)「ほぉ……やっぱりな……。まぁ以上の点から、彼を詰め所に連れて行く理由は無くなった。……まぁこの世界の事について学びたいとかなら行くのは止めはしないが……な。どうする?」
ミ;,,゚Д゚彡「そうですねぇ……そこの詰め所に行ったら、その学んでる期間は外に出歩いたりは出来ないんでしょうか?」
('A`)「基本的には出歩けないな。そこの詰め所に拘束されると思った方がいい」
ミ;,,゚Д゚彡「そうですか……。自分座学とか苦手で体を動かしながら学ぶほうが性にあってるので、あんまりそこには行きたく無いですね……。でも一般常識とかは必須だし……」
('A`)「そこで提案だ。俺に住み込みで雇われないか?」
(;*゚A゚)「ちょっとお兄ちゃん!?」
('A`)「この世界に住むにあたって金と常識は必要だ。だが、布佐さんは詰め所にはなるべく行きたく無いと言う。だが、俺に雇われる事によってこの2つが解決出来るのでいいと思うんだが?」
ミ;,,゚Д゚彡「雇うって……何を作るんですか……」
('A`)「簡単に言うと地下通路だ。布佐さんにはそれを作って貰いたい」
ミ,,゚Д゚彡「地下通路ですかぁ……。過去に地下室なら作ったことはありますが、通路は初めてだなぁ……」
ミ,,゚Д゚彡「でもちょっと待って下さい。作ろうにも材料や工具が無いんですけど、その辺りはどうするつもりですか?」
('A`)「材料は必要な物はこちらで準備する。足りない工具はこの通路を作って欲しいとお願いしてきた出資者に作って貰える。布佐さんが前の世界でどういう工具を使っていたのかは分からないから、その工具の図面を書くなり説明をするば恐らく作ってくれると思うぜ」
ミ,,゚Д゚彡「あと、お金ですけど、こちらの世界の相場が分からないので、俺を騙すって事もできますよね。その辺の対策は?」
('A`)「その辺は俺が一般常識として教えていく。心配だったら俺以外の奴に聞いても構わない。まぁ……今すぐ金額を提示するのはちょっと無理だ。俺も相場を学ばなくちゃいけねぇからな」
ミ,,-Д-彡「うーん……」
ミ,,゚Д゚彡「分かりました。その話、乗りましょう。」
('∀`)「交渉成立……だな」
ミ,,^Д^彡「いやぁ……私も正直、親方の言いなりでは無くて自分で考えて、建物を作って見たかったのでちょうどよかったです。ただ――」
ミ,,-Д-彡「清水寺を直せなかったのは残念ですね。いい経験になると思ったのですが……」
(;'A`)「あ? ちょっと待ってくれ。寺を直したかった?」
ミ;,,゚Д゚彡「はい、そうですが……何か問題でも?」
(;'A`)「と云うことはお前宮大工か?」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、そういう事ですか。確かに私の師匠は宮大工ですが、師匠曰く視野を広く持てとの事で、普通の家の設計とか製作もやらされてたんで大丈夫ですよ」
('A`)「そうか……それなら安心……なのかな?」
ミ,,゚Д゚彡「じゃあ、今から作業にとりかかりましょうか? とりあえず地質調査からでしょうか?」
('A`)「いや、そういうものは明日からでいい。むしろ、今からはご近所の挨拶回りだ」
ミ,,゚Д゚彡「挨拶回り? 工事するので散らかしてすみません? とかですか」
('A`)「それは少し前にやった……というか土を運び出してる所を見られて説明したので問題ない」
ミ,,゚Д゚彡「じゃあ何の挨拶回りを……」
('A`)「いや、まぁ。この土地の都合上、知らない人が歩いてたらすぐに詰め所に通報されるんだよな。なので、通報されないように挨拶回りをする。正直、詰め所が壁の中にあるから今は誰も通報しに行かないとは思うが、まぁ念の為だ」
ミ,,-Д-彡「なるほど……そうなんですね……」
('A`)「そゆこと。じゃあ行くぞ」
***
布佐さんが住み込みで働き初めてから1ヶ月が経過しました。工事は順調に進んでいるそうです。そんなこんなで、私の家は……、
「糞がああああああ!!!」
「あああああああ!! 勝ち組人生があああああ……」
なぜだか、昼間から退職宴会で盛り上がっています。
退職に追い込まれたのは若さんと舞凛惇さん。どうやら、これからの憲兵の方針として能力者だけで編成して行くことになり、一般人である2人は退職を余儀なくされたそうです。
「あらあら、無職が何やら騒いでおりますことよ。ねぇ、布佐ちゃん」
とお兄ちゃんは先程から2人をかなり煽ります。よっぽどクビになったのが嬉しいみたいです。布佐さんは自分の立ち位置に困っており、苦笑いを返す事しか出来ないようです。
「でもよぉ……。本当にこうなっちまうとはなぁ……。まさか毒男の言う通りになるとは世も末だわ……」
若さんはかなり酔っているようです。口調が変わっています。
「だーかーら、言ったじゃんかよ! このままじゃ能力者が優遇されていく社会になるって」
「全くですよぉ……毒男さんは子供がいないかもしれませんけど、私には娘が。手枡さんには息子がいるんですよ……。これからどうやって生計を立てていけばいいんですか……」
舞凛惇さんは半分泣きそうです。確かにこちらの世界に来ただけでもかなりの負担だっただろうに、約1年でクビだなんて……。
「なぁ毒男、知ってるか? コイツ、最後までこの解雇は不当だとか、能力者と一般人を平等に扱えって上に文句言ってたんだぜ」
「だってそうでしょ? 能力者じゃ無いからって、200人近くが一斉解雇っておかしいと思いませんか?」
と舞凛惇さんは泣きながら、ここには居ない役職が上の人に向かって文句を言い始めます。
「だー! 分かった分かった。その正義感は別の所に使え使え!」
と若さんが舞凛惇さんの演説を遮り、お酒をぐいっと一煽りします。
「ったく……。これも全部あの女……。宰相って奴が悪いんだ……」
「宰相さんは悪く無い!」
気がついたら勝手に言葉が出ていました。どうして悪く無いと思っているのかは分かりませんが、本当に自然に……。
「あぁ!? 悪くないなら何で俺ら一般人がこんな扱いを受けなくちゃいけねーんだよ!!」
「分かりませんけど、何かきっと考えがあっての事なのだと……」
よく分かりませんが、反論の言葉がポンポンと出てきます。
「おい、こら若! 乃々に突っかかるな!」
と、お兄ちゃんが台所に立っている私に襲いかかろうとする若さんを静止させようとしますが、ヒョロガリのお兄ちゃんでは止まらなく、布佐さんも応援に入ります。でもきっと、宰相さんは何か考えがあっての行動だと思うのです。根拠は無いですけど……。
「っち!」
若さんに舌打ちされました。私、そこまで悪いことを言ったでしょうか……。
「まぁ……若……察してくれ。マリーもだ。別に乃々が悪い訳じゃないんだ。でもまぁ……、今更だけど、俺の忠告を聞いてくれてありがとな」
私が悪い訳じゃ無い……。お兄ちゃんのその発言が少し気になります。
「いや……まぁ、俺も少し不信感があったからだし……」
と若さんが不器用に照れながら言葉を返します。
「まぁ、毒男さんのいう事ですから、何か考えがあるのかなーと思っただけですから」
と舞凛惇さん。
「なぁ……何とかして乃々ちゃんは元に戻らねーのか? 可哀想で仕方がねーよ」
と若さんが言っていますが、私を元に戻すと言われても、元々正常だと思うのですが、どこかおかしい所でもあるのでしょうか?
「まぁ、今は耐えるしか無いな。いずれ俺が頑張るさ」
「あー!! そんな事言ったって、どうやったら戻るとか全く見当とかついてないんだろ? 何でそうお前は1人で抱え込もうとするんだよ! あーあったま来た! 俺が今すぐなんとかしてやるからな! 見てろよ! おい! 乃々!」
「は、はいっ!」
いきなり若さんが私の目の前に立ちはだかった為、思わず体が硬直します。
「毒男と宰相、どっちが尊敬出来る?」
「え……それは……」
尊敬という点では……、
「お兄ちゃん……です」
「よし、じゃあ次だ。毒男と宰相、どちらが好きだ?」
それは迷うこと無く……、
「お兄ちゃんです」
「くっそ、このお兄ちゃん大好き人間が!! じゃあ次! 毒男が宰相の悪口を言っていた。どっちが悪い!?」
どちらが悪いって言われても……
「えーっと……。宰相さんの悪口を言うってことは……お兄ちゃんが宰相さんの意見を理解していない事だから……でも……お兄ちゃんに限って宰相さんの言葉を理解できないって事は無いし……」
「ああああ!! ゴチャゴチャうるせぇ! 男ならぱっと答えろ!」
若さん以外の人が「女だけどな」と突っ込みますが、その突っ込みをうるせぇ! と若さんは一蹴します。でもどっちかって言われても……。
「えーっと……」
私は助けを求めるようにお兄ちゃんを見ます。正直、どちらが悪いとかそんなの決められっこありません。
「乃々、自分に正直になれ」
と一言。
この一言で目が覚めました。私は今まで、『なんとなく』や『きっと何か考えが』という根拠の無い理由で宰相さんを庇って来ました。今でもなんで庇っていたのかは分かりませんが、国の偉い人と云うことで、期待、いや盲信していただけなのかもしれません。恐らく今でも心のどこかでそう思っているのです。だから、口に出すのが怖い。本当は正しい答えは分かっているはずなのに……。何か、理性を外してくれる物があれば素直になれる気がするのですが……。でもそんな物なんて……。あ、ありました!
私はお兄ちゃん座っていた場所の近くに置いてある一升瓶目掛けて歩き出します。いきなり歩きだしたので、若さんが少し怯みますが、そんなことは知ったこっちゃありません。
そして一升瓶を手に取り、中身をぐいっと煽ります。
正直不味いです。なんでみなさんこんな物が飲めるのでしょうか? 正直こんなもの、もう吐き出してしまいたいです。ですが喉をゴクゴクと鳴らして一気に飲み込みます。自分に正直になるために。
気がついたら、一升瓶は空になっていました。残りの量がどれだけあったのかは覚えてませんが、これだけ飲めば充分でしょう。
「若さん!」
「はい!」
「いい返事! 質問! なんでしたっけ!」
「毒男と宰相! どちらが正しいか! です!」
そんなの決まってるじゃないですか。お兄ちゃんとは16年付き合いがあるんです。それに比べて宰相なんてほんの数ヶ月前に会っただけ。会ったのなんて一度きり。答えはもう! 出ています!
「お兄ちゃんに決まってるやろ! どあほーー!!」
と叫んだまでは覚えているのですが、その後の記憶は全くありません。
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