第4話

商業都市ソルド。

長らく貿易の要として重要視されてきたこの街は、大陸の主要な川に隣接していた為に栄えたとされている。

私が元々いた世界でも、インダス文明やメソポタミア文明の様な例があることだから、こういった川の近くは異世界だろうと栄えているのだった。


そして、私はギルド直轄の酒場に来ていた。


何故?それはこういった経緯があったからだ。


クロウが言い出しっぺなのだが、私達にはバックアップをしてくれる後ろ盾。まぁ、ただ単にぶらぶら旅をするのが目的であるわけなので、そんなに必要って訳ではないのだが、色々権限を持っていたら普通は見れない本や施設を見に行ける可能性もあるし、何より面倒がないから後ろ盾を作りませんかとクロウに言われた。


とは言っても、誰か知り合いがいる訳でもないし、どうするんだと聞いてみたところ、ギルドに入れば良いと言われた。


ギルド。堅苦しそうなイメージがあるが余り規律は厳しくなく、制限も無い。

ギルドで受けた仕事をこなして、ランクを上げられれば、身分や種族の分け隔てなくギルドが率先して保護してくれたり権限をくれる。

つまり、ツテが無いゼロからのスタートでも後ろ盾を作ることができるという事だ。

まぁ、組織にとって有用か否かで決まるのだろうが、手っ取り早いっちゃあ手っ取り早い。


成る程と納得した私はクロウに連れられて、ギルドへの登録を終わらせた。

ちなみに、ギルドに使う名前は偽名の方が良いらしい。

特に何も無い冒険者なら問題は無いが、私達は亡国の騎士と異世界転生者である。

もしも疑われたりした時、実名だと今までの痕跡を辿られたりするし、宿屋の名義などもバレる。

ならば如何するのか。

冒険者の顔と旅人の顔を二つ持てば良いのだ。


と、いう訳で私は「シロ」。クロウは「ノワール」で登録したのだ。


そして、ギルドの機能の一つとして「アイテム取引」「退治報酬」と言うものがある。

通常、ギルドは依頼の仲介者の様な立場で、依頼者と冒険者を引合せてあげる代わりに手間賃をもらうといったような仕組みが主体である。


しかし、それ以外にもアイテムを冒険者から買取り、それを武具屋、魔術士達に降ろしたりする仕組みや、依頼では無くても大型モンスターや害獣などを倒し、倒したモンスターの指定部位を剥ぎ取って持ち帰る事で、その冒険者がモンスターを倒したと認定し、冒険者のランクを上げる仕組みもある。


私たちはまず手始めに、橋を一本渡った先にある砂漠で、とりあえず遭遇したモンスターを全体倒してランクを上げることに専念する事にしたというわけだ。



「魔法使うと暑く無いわね」


「ですね」


らんらんと歩きながらシロフードを被った叢雲…もとい、シロは、鞘から抜いて刀身を露わにした太刀を次々現れるモンスターに押し込んでいく。

1メートル以上はある大きな太刀は、とても華奢な女性に持てるような代物では無いのだが、シロは平然と振り回す。

片手で。


実力で目の前の少女に僅かとはいえ劣っていると言うのは、騎士団を率いていた者…いや、男として微妙な気分だ。

しかし、彼女は自分を馬鹿にするような態度でも下に見る感じでも無く、対等な友人として扱ってくれている。

クロウとしては主従関係はきっぱり付けているので、死の危険が迫っていれば迷い無く身を挺して守る覚悟くらいはある。


さて、こんな雑用くらいであれば、主人の手伝いをしなければ。

ゆかりと並ぶと掠れがちだが、この世界の人間は一生かけても300レベルくらいの力までしか達せられない。

大型モンスターの長で700レベルくらいだ。

そう考えると、この2人が如何にトチ狂った化け物であるかがわかる。

実際に人間で無いし、2人とも。


「クロー」


「はいはい何ですか?ゆかり様」


「…退屈なんだけど」


「…私もです」


最早さっきまでの意気込みはモンスターたちに無く、狩る側から完全に狩られる側に立ってしまっていた。

彼らも、中々強く集団戦法によってチクチクダメージを与える、ゲームでは初心者キラーといったポジションにいそうなモンスターである。


【デザートコボルト】


それが彼らの名前だった。

鋭い爪とスピードで翻弄しながら戦う彼らは、例え上級冒険者といえども苦戦するほどの強敵……であったのだが。


敵が悪すぎた。

後ろから飛びかかれば、まるで背中に目でもあるかのように対処され、近寄れば撫でるように真っ二つにされる。

生まれついてのハンターであるコボルト達には分かる。

奴らは違う。何かが違うのだ。

まるで気だるくて仕方がないというように最低限の力で、コボルトの移動先に刀を置くように使って切るのだ。


しかし、手を抜いている訳ではない。

クロウとゆかりの戦闘スタイルは似通っている。

移動を早くするために踏み込みやサイドステップを使い、スタミナ消費を抑えるために通常移動は不気味な程ゆっくりと歩くのが特徴で、それで持って相手に近づくか、相手が攻撃してくるかすると一気に踏み込み、袈裟切りや突きを繰り出すのだ。


ちなみに、逃げた相手には……


ヒュッ、と音がなったかと思うと、先頭を走って逃げていたコボルトの首が飛んでいた。しかし、ゆかりとの距離は何メートルも開いており、この距離を詰めてきたことをにわかには信じられなかった。その時、コボルト達の運命は決まったのだった。


「あぁー。終わった」


「やっぱり慣れてないんですか?」


刀を振って血払いするクロウが訪ねてくる。


「殺生してるってことは、忘れちゃいけないと思うけどね」


「ごもっとも」


「帰ろっか」


「はい」


コボルトの死体を砂漠に埋葬し、討伐の証である素材を幾つか持って街へと帰る

はずだった……。


「た、誰かぁ!!」


何処からか聞こえてきた声。

面倒な匂いしかしなかったが、聞いておいて知らんぷりできるほど図太い人間では私は無かったので、クロウの方を見る。

彼も同じことを思っていたようで、目配せで行こうと言ってきた。私は当然だと返すように少し口角を上げると、声の方向に向けて駆け出した。


商売をしていると、稀に大成功することがある。その時、次の仕入れと需要を考えられたものが、成り上がることが出来るのだ。

私、"レーヴェルク シュナイダー"は、何とか成功を掴むことが出来て、帝国の貿易を任される商業ギルドの長にまで若くして上り詰めることができた。

貧しい農民の私は藁を編んで履物にして売るところから始め、今は軍に使う鎧や武器の売り買いや兵士に渡す新兵器の採用にまで影響するようになった。

王国では成り上がりと馬鹿にされたが、それは王国が血筋を重要視する社会だからだ。

実力を見る帝国にとって、私は有用だったのだろう。今の皇帝と年が同じだということも大きかった。よき友人として楽しませてもらっている。


今回、私は帝国の皇帝にお渡しする宝物の担当となったので、自ら現地に足を運んで取引をし、無事に成功させることができたので、あとは帝都へと帰還するだけだと思っていたのだが………。


"そいつ"は突然やって来た。

砂漠の中からいきなり飛び出してきた巨大な質量。それは砂漠の覇者だった。


【イエロードラゴンロード】


複数存在するドラゴン種の中でも最上級のドラゴンロード。その力は大地を砕き、国を単体で滅ぼすことが出来るほどだという。

しかし、兵士は果敢にドラゴンロードと戦おうとしていた。

帝国を守護する兵士の中でも選りすぐられた"討伐隊"。エリート中のエリートである彼らだったが、皆足が震えていた。

当たり前だ。討伐隊といえども、ドラゴンロードを相手にできるわけがない。ドラゴンロードは通常。全世界の国々が精鋭を出し合い、ようやく倒すことが出来る存在だ。

そんな化け物を討伐隊だけで倒せるわけがない。

ドラゴンロードが眼前を飛ぶ虫ケラを薙ぎ払うために口元へブレスを貯めようとした時…もうダメだ!と考えてしまい、ブレスの前では無駄だというのに身を守ってしまったその時。


「まだ居たのかトカゲ」


冷酷に…しかし鈴のなるような凜とした声が聞こえたかと思うと、イエロードラゴンロードはブレスを吐き出す口を急に私たちのいる方向にではなく、声のした反対側に吐き出した。

まるで見てはいけない物を見たかのように慌しく。…その姿は王者のそれではなく、完全に怯えきった生き物の姿だった。


だが、城の壁すら一瞬で溶かし切るイエロードラゴンのブレスを受けて生きていられる者はいない。

誰かは知らないが可哀想に…と皆が思った時、爆炎の中から何かが見えた。


それは……黒騎士と銀髪の少女の姿だった。黒騎士が結界が何かを貼ったのか、少女の前でイエロードラゴンロードに立ちはだかる様にして対峙している。

そして、少女は身の丈に合わない巨大な太刀を右肩に構え、身を屈めて何やら見たことのない体制を作る。

しかし、それが余りにも大きな殺気を纏っていることから、剣術の構えだと分かる。歴戦の討伐隊の面々はそれがよくわかった様で、少女を固唾を飲んで見ていた。


「人がいるから、被害が出せない。四の五の言ってられなくてね」


少女の口から言われた言葉は、私たちの耳をゆっくりと切り刻んでいるかの様に聞こえた。


「"ヒガンバナ"」


そう唱えるのを最後に、彼女の姿は消えた。


ビュッと突風がなる様にして。


我々はすぐにその風が飛んでいった方向を見やると、彼女の太刀には血が付着していた。彼女が刀を払い、血を地面に着けたあと、くるっくるっと刀を手首から回転させて腰元の鞘に収めた。


しかし、イエロードラゴンロードはそのままだ。

一体何をしたのだ彼女は!ドラゴンロードを切っていないのか!?ドラゴンロードに焼き殺されるぞ!!しかし、ドラゴンロードは微動だにしない。何故だ。

何故動かない。


ドラゴンロードは口を開けたまま、まるで時が止まったかの様に動かない。

が、ついに変化がやってくる。


ドラゴンロードの口から、液体が一滴溢れた。ピトッと、小さく砂漠に吸い込まれた。が、また一滴、さっきよりも間隔を短くして一滴、また一滴、また一滴。

ピトッから始まった液体の流れは加速する。


そこで、我々は初めて気がついた。


液体の色が、緋であることに。


《グオオオオォォォォォアアアアアアアア!!!!!!!》


鼓膜をほどの音でイエロードラゴンロードが叫び声をあげる。だが、叫び声をあげるその凶悪な牙が付いている大口から、川の洪水の様に血が噴き出しているのだ!。

そして、体を仰け反らして苦しんだイエロードラゴンロードは、そのまま両眼の光を失って後ろに倒れ込み、絶命した。


なん…という……。


皆言葉を失った。世界レベルの敵を、単体で……。銀髪の彼女を見ようと視線を先ほどの遠い場所に向けると彼女はいない。

何処に行った!?と驚き、視線を前に戻すと。


「あ、大丈夫でしょうか?被害は?」


私、レーヴエの眼前に銀髪と、その傍らに少女を守護する様に立つ黒騎士が、2人並んでいたのを見て、絶句してしまった。


(ねぇ、クロウ)


そのあまりの驚き様にゆかりは困り顔でクロウの方を見て魔術で話しかける。


(なんですか?ゆかり様)


魔術で話す技術は、術者間でしか聞こえないため、2人以外に聞く者はいない。


(なんか……ヤバいことしたかな?私)


(寧ろヤバいことだと確信を持てない貴女にビックリですよ)


やれやれといった風に黒騎士は自分の主人に対してフルプレートの下で呆れた。



砂漠の中で、ただ馬車馬の呑気な鼻息だけが、あっけに取られた討伐隊とレーヴエね耳に聞こえて通り過ぎて行った。

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黒騎士と銀髪 @Kaiwaredaikon

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