第3話

私は、自分には神様なんて付いていないと言える自信があった。


「商業都市ソルド」 の商店街を歩きながら、どこか懐かしい記憶に手を伸ばした。あぁ、もちろん。今日の夕飯となる缶詰にも手を出した。


心臓の病気で、高校を卒業する頃には…と言われたときは、病弱な自分をひたすら呪ったものだ。そもそも、神は人がそれぞれ平等であるなどと謳っているが、私の体は無理に動かせないし、他の子供達のように遊ぶ事もできない。


神様がいるなら聞いてやろう。


こ れ の ど こ が 平 等 だ ?


…だなんて、もう考える事すら飽きた。


最後の数年は気持ちの整理も付いたし、いくら家が金持ちだからって、あと1年生き延びるために数億も使ってたらダメだろう。しかも、痛いときた。

延命治療はドギツイもので、副作用もかなりあった。

まず、髪の色素が全て抜ける。

髪の色素を作り出す部分。毛根の一つ一つに備わっているらしいが、延命治療を行った際のショックで、その細胞が死んでしまったらしい。

よく、アニメとかで心を痛めすぎて髪が白く…とか何とか言う設定のキャラクターがいるが、正しく私の髪も、同じ目にあっているそうなのだ。

まぁ、ストレスで禿げるなら、延命治療中に幾らかの時間心臓が止まってたらしいから、そりゃあ髪くらい白くなるだろう。

幸いに、それ以外は髪に異常はなく、髪がなくなったりする事はなかった。


髪の話はこの辺にしよう。

では、私がいま何故。日本ではお目にかかれないような「商業都市」何て街にいるのか。

そもそもお前は死んだんじゃないのか、何て思う人がいるだろう。いや、いて当然だ。順を追って説明していこう。


私は確かに死んだ。

でも、気がつくと森にいた。

死んだと一言に言っても、私はかなりの覚悟をして臨んだ。そのあとに目を開けると見た事もない森に転がっていたのだから、堪ったもんじゃない。

その時の私の頭の中ときたら、大変なものだった。が、敢えて簡単に表わそう。


「これなんて夢?」


である。

もしかして奇跡的に生きてて、今は夢を見てるだけかと思ってきにあたまをぶつけたり、自分を殴ってみたりしたものの、一向に帰れる気配がない。

しかも、自分を取り囲む森や、葉と葉の間から見える青空は、まがいものに見えなかった。

何で私ここにいるんだろう。

前に読んだりした事のある話だと、この世界に転生したとかいう状態なのかもしれないが、私は多分違うと思う。

読んだ話の主人公は魔王を倒したり女の子に囲まれて過ごしたり、そんな奴が大抵だったが、どうにも私ができなかった事をして見ろと言われ出るような気がするのだ。

私がしてみたかったこと。

自由気ままに、自分の足で世界を旅すること。

いうなれば、延長戦やロスタイムだ。

無理やり引き伸ばされたしわ寄せが来るかもしれないし、もしかしたら本当に輪廻転生って奴かもしれない。


じゃあ、楽しまなきゃ損じゃないかな。


そこで、よくよく自分の体を見てみると、病院のベットで寝込んでいた病弱な体ではなく、鎖の軌跡内で使用していた私のアバターだった。

鏡なんて無いから確信するのは無理だが、それでも視界に入る自分の装備と触ってみた顔の形はゲーム内での私と全く同じだった。


これは、まだ生きろって言うことかな。

何処かの誰かに感謝しながら、楽しく暮らしていけたら良いなと思ったのだった。


そのあとの動向はかなり長くなるので掻い摘んで話すとしよう。

まず、私はその森で、馬鹿でかい恐竜モドキに襲撃された。

いやもう。本当にビックリした。いくらゲーム内でレベルとステータスがカンストしてても、それがこの世界でも通用するのかなんて保証が無いし、取り敢えず逃げた。


しかし恐竜モドキも見た目にそぐわず俊敏な動きで追いかけてくる。

これはどうした物かなぁ。

何て間抜けなことを考えていたら、後ろからくぐもった悲鳴が聞こえた。

それに気がついて振り返ると、恐竜モドキの首がゆっくりとズレて血が噴き出している真っ最中だった。

その血飛沫を浴びながら歩いてきたのは全身を覆う黒い鎧に身を包んだ黒騎士だった。

的かと思って思わず腰元の刀を抜こうとすると、黒騎士の方が慌てて先頭の意が無いことを示すように掌を見せながら上にあげ、ホールドアップしたまま首を振った。


「敵ではありません。私の名前はクロウ。貴女に害をなすものではありません」


何でも、彼は亡国の騎士なのだそうで、もう何をしたら良いのかわからないそうだ。鎧越しでも疲れている事が分かるくらいだったので、恐らくは私が想像もつかないような何かを経験したのだろう。


そこで、彼がこちらに質問してきた。

貴方は違う世界の方なのですか?と。

いきなり核心に手を触れられた私は、必死に隠そうと隠そうとするが、無駄に終わる。

彼は知っていたらしい。私がこの世界にいたものでは無いと。

彼は明確な説明は避けたが、自分は闇を喰ったのだという。


そのせいで力が飛躍的に上がり、他人の力を視ることもできるらしい。そこで、私の力を見たところ、この世界ではありえないくらいの魔力とか闇とか聖の力とか何だを見たらしい。

闇と聖が一つの体に同居することはありえないらしく、私を異世界人では無いかと推測したらしい。


この世界には何千年に1人とかいう間隔で流れ着く者が居るらしく、その漂流者が私では無いかと推測したのだという。


で、彼は私にこう聞いてきた。


「行き先とか、この世界についての知識とかあるんですか?」


「いや…ないわね」


「……私は今、仕える主人がいません」


「ん?。…あぁ、そうだったわね」


目の前で死なれてしまったんだっけ、中々酷な話だ。


「そして、貴女は知識がありません」


「まぁ、そうね」


「………私を従者にする気はありませんか?」


なるほど、確かにどちらの利益にもなる。先ほど黒騎士のステータスを確認してみたが、レベルは同じだが、私の方が少し装備とかの補正で強い。

いざとなれば勝つことができるとは思うが、結構厳しそうだ。しかし、相手が害をなすような人間には見えない。


「それに、貴女の格好は貴族のそれか、修道女に見えますから、私のような騎士が近くにいれば、妙な真似をする連中も近寄ってこないかと思います」


今の所、メリットしかないな。

では、断る理由もない。でも、重要な項目が一つ抜けている。


「…鎧を脱いでもらっても良い?」


「分かりました」


すると、彼の身を包んでいた鎧は霧のようにボやけ、代わりに黒いコートとズボン、編み上げのブーツを着た黒髪の少年が現れた。


……よかった。中身40のオジサンだったりしたら目も当てられない。

ま、懸念は何一つなくなった。


「それじゃ、これから宜しく。私の名前は叢雲。叢雲 ゆかりよ。クロウ」


「宜しくお願いします。叢雲様」


「ゆかりで良いわよ」


「……それでは、ゆかり様で」


「様つけなくて良い」


「嫌です」


「…あんた従者でしょう?」


「嫌です」


「…もう良いわよ」


ーーーとまぁ。こんな事があって今にいたる。


「……ゆかり様?」


「ん?。何、クロウ」


商店街で缶詰をつかんだ私の背後から、クロウが話しかけてくる。


「……トマトスープ…ですよね。それ」


黒いコートのクロウは、顔をゴキブリでも見たような歪ませ方をして、私の手に握られた缶詰…もとい、トマトスープを見て言う。


私は口元をニタリと笑わせて。


「好き嫌いはダメでしょー。ねぇ?」


「…………明日はお菓子禁止です」


「バーカ。私がその程度で引き下がるか戯け」


「戯けもバカも同じ意味ですよ。それに、何でそんなトマトスープ好きなんですか」


「な!?この安っぽいジャンクな味が良いんでしょうが」


「…理解できませんね」


「言ったな」


バコォン!

ゆかりの拳がクロウの頭にぶち当たる。


まぁ、神様なんかいない。だったら皆んな平等で、貧民も死者も出ない。


でもいたとしたら。貧民も死者も出すけれど、そんな無能な神がいたとしたら。昔は消え去ればいいと、感謝などしなかっただろう。しかし、…今は、今は……。





少しくらい感謝しても、良いかな。

なんて、柄にもなく思うのだった。


その後。宿屋にて。


「ウゲェ。……やっぱ無理です」


「食べ物を粗末にするんじゃありません」


「人の嫌いなモノを選んで買う人に言われたくないです」


トマトスープの空き缶が、暖炉の日を反射して、黒騎士と銀髪を照らしていた。

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