第2話

VRMMO。


もとは軍事用として開発されたVR技術を民間用としてローカライズ。またはアップグレードし、五感をフル活用したゲーム。

人類の長年の夢であった異世界や、ヒーロー願望は、全てバーチャルで体験できる様になっていた。


そんなVRMMOの中でも一大タイトルとして長く君臨していたソフト。


「鎖の軌跡」


昨今のゲームではあまり無かった英語が混じっていない純日本語タイトルのゲームは、日本らしいよく練られたストーリーと、リアルよりリアルとキャッチコピーで謳われるほど繊細なグラフィックで一躍人気となった。

更には特徴的なダークファンタジーな世界観も評価を受けた。


栄える街がある一方で、崩れ去る城塞があり、救われる命があれば、失われる命もある。

よく考えれば当然の事だが、物語においては綺麗事が述べられることが多い。

しかし、世の中に絶対悪などは存在せず、何処かで悪を作った悪が存在するという、現実世界では当然だというのにゲームでは軽視されがちな要素が、鎖の軌跡では力を入れて描かれている。


グラフィックだけではない。

世界観すらリアルなのだ。


他にも、闇と光が争う世界だという設定なので、光と闇の勢力の何れかに属して戦う勢力争いに参加するも良し。

種族間の利権争いや紛争に加担するも良し。戦争を利用して喉を潤す死の商人になるも良し。市民を先導して革命を起こすも良し。一匹狼で渡り歩くのも良し。


飢餓や睡眠不足などのリアルと連動したパラメーターや、宿屋や自宅などのセーフティーゾーンを除いてプレイヤーキルが全面OKな厳しいシステム。


そして、他には無い特徴。

それは…現実世界の姿がゲームに反映されるという事だ。

顔、体つき、表情に至るまで、全く現実世界と同じ。

無駄に頑張ったとさえ思えるこのシステムは、ゲームに熱中しすぎるあまり現実を忘れるという近年のユーザーにありがちな悪癖を除くために付けられた機能だった。


いろいろ言ったが、そんなVRMMOは、これまでになく。

鎖の軌跡は大人気だった。


しかし、それは少し前のこと。


鎖の軌跡は、取り返しのつかない事をしてしまう。

ゲームのシステムエラーによるプレイヤーの昏睡。

システムにバクが生じでしまい、ログアウトができない状態になってしまった。

何千万人…下手をすれば何億人という人々がゲーム世界に幽閉された。


結局。原因はゲーム本体の欠損と、鎖の軌跡に付けられたデータが相互作用してバクになったということだったのだが、これを境にVR業界は非難の的になった。

標的はゲーム機を作る会社だけではなく、ソフト会社にも及んだ。

一時代を築き上げた鎖の軌跡は、制作会社が販売を自粛するといったことで終わりとなった。それでもサービスは少しだけ続く事になり、ヤケクソとばかりに規格外アイテムや装備がばら撒かれ、チートにもほどがあるアイテムが数多く最後まで残ったユーザーの手に入り、中でも最後に配布されたアイテム「運営からの手紙」は、こんな事になってしまった事への謝罪と、今まで鎖の軌跡を愛してくれたユーザーへの感謝が綴られたアイテムで、手にしたユーザーの涙腺を破壊して回った。


とあるユーザー曰く「死に際の彼女に言われた愛の言葉の様だった」と。

そう言った、そのユーザーはインタビュー後、去り際に涙を残していった。

あまりの切なさに、インタビューした歴戦の若い記者も、思わず涙をこぼしてしまったとかなんとか。

そんなこんなで、皆に惜しまれた鎖の軌跡。


そして、そのサービス停止の日。


「叢雲 ゆかり 」として現実世界にいる私は、病院のベットの上で、心拍数が下がっていく音を聞いていた。

生まれつき心臓が悪かった私は、高校を卒業してすぐ辺りに死ぬのだと伝えられていた。

まあ、一応。卒業は終え、高校生活も満喫した私は、両親より早く死ぬこと以外に心残りは無い。

…いや、あと一つだけある。

鎖の軌跡…だ。

病院のベットにいる事が大半だった私は、四肢が自由に動かせるVRMMOにどハマりした。

鎖の軌跡ではレベルはカンスト、装備もチートレベル。限定職や、数量限定の能力や一個しか無い種族にも付いていた。


まぁ、人生の大半を病院で過ごしていたら、人生の大半をゲームに使うなんてことも出来るわけで、私は鎖の軌跡の中でもトップクラスの力を持っていた。


そんなゲームの終わりに立ち会えないなんて、情けない様な気がする。


でも、今はそれどころじゃ無いか。


周りには誰もいない。

「入らないで」と言ったから。

死ぬのなら、未練なく死にたい。

幽霊になって止まるなんて、それこそ反吐が出る。


あぁ。心拍数が減っていく。

体の力が抜けていく。

頭にロックがかけられた様に、思考が薄れていく。


あれ、意外と怖いな。

……これが……死ぬって……?


ブラックアウトした視界には、誰一人いなかった。

一人ぼっちの世界は、意外に居心地が悪かった。


海に沈む様に、孤独が、身を包む。

それは、まるで。

自分が、自分じゃ、無くなる様だった。

何故か、無性に。


…寂しかった。

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