黒騎士と銀髪
@Kaiwaredaikon
第1話
ザァーーザァーー。
ブラウン管テレビの砂嵐のような音を立て、吹き荒れる雨。びちゃびちゃとぬかるんだ大地は、泥と化していた。
時折落ちる雷の光に照らし出されるのは死体、死体、死体、死体、死体。
ある者は戦士。ある者は修道士。ある者は傭兵。ある者は農民。
多種多様な人種がゴミ屑のように……いや、ゴミ屑として泥にまみれていた。
彼らの血が雨に混じり、泥に沿って流れとなっている。
最早、口を利かなくなったそれらは、最初は人だった者。
集まり、生活を営み。各々の暮らしを送ってきた人間だった。
貧富の差はあれど、多少なりとも文化的な生活を送ってきた民であり働き手だった筈だ。
国に住み。幸せな家庭や仲間を持って暮らし、王をたたえながら酒をあおるのが日常だった。
だが、次に彼らは異形となった。
良く良く死体を見てみると、ある者は手が三本あり、またある者は首が二つある。化け物だ。怪物だ。
皆、死んでいて。
皆、イかれていた。
これらは全て「闇」の所為である。
闇を恐れなかった愚かな国の結末がこの異形達だ。
今や亡国となったその国の所業を忘れてはならぬ。
闇に畏怖しろ。闇に魅入られるな。
この異形たちを絶命させ、介錯してやったのは、たった一人だけこの場に立っている黒い騎士だ。他には誰も生きてなどいない。
彼は騎士であった。
闇が発生した時。騎士団の長であった彼は団員のほとんどを国の防衛にあて、彼は数人で闇の中に乗り込んでいった。
仲間は犠牲になってしまった。
飲み込まれ、狂い、彼に襲いかかるものがいれば、それを否として発狂する前に僅かな自我を持って自害する者もいた。
そんな犠牲の元に、彼は闇を討伐する為にひたすら戦い続けた。
刀を振り、魔術を使い。
何日か、何時間か、何年戦ったのか分からなくなるほどに消耗した頃。
彼は闇の発生源を潰した。
……いや、正直に言うとしよう。
彼は闇に取り込まれかけた。
その時に彼は逆に闇を取り込んだのだ。
闇とは悪意の塊。欲望の具現である。
神にも等しいその力を、彼は何と自分の血肉としたのだ。
…だが、当然代償も大きかった。
急激に彼は狂い、常軌を逸した化け物になった。
殺人狂となって闇の遺物である魔物達を切り刻み、笑い、燃やし尽くして、笑う。血飛沫の中で、彼の黒かった鎧は朱に染まり、白かった心は動脈の血に黒く染まった。
無邪気に、血を見るのが楽しくて仕方がないといった風に。
狂い、正しく悪魔になった彼を正常に戻したのは、彼の友人だった。
友人は彼を止めるべく、叶う筈もないというのに単身切り込んだ。
終始押されていたものの、友人は奮戦した。今までの人生で一番の力を発揮したまでに。
だが、無情にもその腹に彼の刀が押し込まれる。
鎧を貫通し、体すら突き抜けて反対側の鎧から付き出すほど深く刺された。
それでも友人は彼に語りかけた。
今までの感謝。尊敬の意。懐かしき記憶。
ぽつぽつと血混じりに放たれた言葉は、彼を正常に戻した。
その姿を見届けた後、友人は静かに眠った。
が、正常になったあと。彼にはさらなる地獄が待っていた。
親友を殺した。自らの手で。
ぱっと後ろを振り返ると、魔物の臓物がぶちまけられ、血が城塞を濡らしていた。
手を見る。朱色が体を埋め尽くし、頭に自分が話しかける。
「オマエノセイダ」
また崩壊しかけた理性。
しかし、友に助けられたのだ。
なるべく多くの人を救わなければ。
ズタズタになった精神を引きずりながら、彼は幽鬼のような足取りで国を歩いた。
救う。などと大見得を切ったくせに。
誰一人として、人間はいなかった。
国が闇に飲まれ、家族、主、友人、隣人が唯一の例外無く異形となっているのを、彼は見てしまった。
刀を突き立て。魔術で灰にし。
降りかかった血が涙と混じって地面に落ちていく。
まだ自我のある者もいた。
だが、そういった者達は口を揃えてこう言うのだ。
「「「「「殺して」」」」」
その者達の最後は笑顔であったが。
男の顔はフルフェイスの中でグシャグシャになってしまった。
中には、子供もいた。
異形となった子供は、人間を逸脱する前に体力を使い果たしてしまい、あの世との境で、正常と狂気の間で苦しんでいた。
そんな子達はかつて、彼に遊んでとせがんで来たような者達ばかりだった。
ある者は、完全に狂気に憑かれていた。
まだ異形になっていない家族を父が殺し、狂気に耐え切れず首を吊った老人が絶命した先で異形となり、ぶら下がったままケタケタと嗤うのだ。
狂気の宴。
正しくそうだ。
彼はたった一人で王国の介錯をしなければいけなかったのだ。
彼をそばに置き、共に戦さ場に出た王が、まだ狂気になった王妃を短剣で殺していた。
王は憂い顔で言った。
「気にするな」と。
「私の責任だ」と。
「面倒を押し付けてすまなかった」と。
「君だけでも、私たちが生きていたと覚えていてくれ」
王は、王妃を殺した短剣を、自らの心臓に突き刺した。
彼は。尊敬する王すら守れなかった。
彼の父は、正常だった。
紙一重で…だが。
父は、彼に介錯を頼んだ。
母も、夫と共に死ぬと言った。
妹は、兄の手を煩わせはしないと、自分から彼の刀を喉元に押し当てた。
家族すら、守れない。
そしてなお、異形からの解放を続けた彼は、一体どれだけの時間をそうしていたのであろう。
先ほど、最後の人たちを切った。
吹き荒れる雨の中。彼は王国を後にする。
すり減った精神では、前に足を進める事くらいしか、考えられなかった。
雨の中に。黒騎士は体を埋めていった。
『オマエノセイダ』
『モットハヤクタドリツケバ』
『コロシタノハオマエダ』
『『『オマエノセイダ』』』
「…………分かってますよ」
吐き捨てた言葉は、確かに私がいった言葉だった。
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