第5話 聖夜に送る、希望のプレゼント

深呼吸をひとつ。

4人はドアの前に辿り着いた。今は親の代わりに住んでいるという、少年の親戚の家の前だ。気がつくと時刻は23時14分。もうすぐ1日が終わろうとしていた。


「ここなのね?」

「......」

「サンタクロース?」


レイナの問いかけに、サンタクロースは俯いたまま気付かない。不思議に思ったレイナが再度問いかけたところで、サンタクロースはハッと気がついた。


「へっ? ああ、ここっスここっス!」

「......何か、考え事ですか?」

「い、いや、なんでもないっスよ!」


ロキ達と出会ってから、サンタの様子がおかしい。それに最初に気が付いたのは、シェインだった。初めに会って話をした時からあった「違和感」、それがいよいよ明確になりつつある事を、シェインは感じていた。


「よし、んじゃあ殴り込みと行こうぜ!」

タオは気合いを入れる。その言葉をトリガーに、タオはドアノブを回す。


ガチャ、と、扉が開いた。


「鍵が、空いてるね」

「誘っているみたいで嫌な感じです」


5人は奥へ進んで行く。玄関を抜けると、電気の点いてないリビングへと向かう。


「誰か居ますかー?」


シェインが問いかける。


ううううううう......


呻き声。低い獣のような、高い子供のような、そんな声が部屋に響く。


「あっちから声がしますよ」

「......」


ずっと黙り込んでいるサンタに、レイナは優しく声をかける。


「サンタ、辛かったら無理しなくていいのよ?」


ふるふる、と黙ったままサンタは首を横に振った。それを見たタオは、再度気合いを入れるように頬を叩くと、


「よし、じゃあ行くぜ!」


その言葉を合図に、声のする部屋へ突入した。それに皆続く。その部屋で見たものは......


「消えろ......! きえろ......! 消えろ消えろ消えろきえろきえろきえろキエロキエロキエロキエロ!」

「アレは!」

「メガヴィラン!」


体が肥大化し、一つ目の巨人、メガ・ゴーレムへと変わりゆく、少年の姿だった。カオステラーに染まりきっていないのか、まだメガ・ヴィランのままで済んでいる。


「チッ! やっぱりあの小僧!」

「倒さなきゃいけないんだね......」

「待って欲しいっス! このバケモノはあの子なんスよね!? だったら説得して......」


戦闘体制の4人に、サンタは食いさがる。やはりサンタはまだ諦めていなかった。


「無理だよ! こうなったら、もう倒すしかない......!」


エクスが悔しそうに告げる。それを聞き終わったレイナは、


「みんな......」


一呼吸。そして、迷いをかき消すように叫んだ。


「やるわよっ!!」


「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「コネクト!」


みたびコネクトされるアラジン、エイプリル、ドン・キホーテ、ジム。たった1体で、しかも少年から産まれたばかりの不安定なメガ・ゴーレムを相手に、4人が負けるはずもなかった。


ほんの数撃。それだけで、メガ・ゴーレムはあっさりと倒れ、少年の姿に戻っていった。


メガ・ヴィランを倒した。この騒動の根源を排除した今、残すはレイナの調律だけだ。



だが、



「終わったわね......」

「これで、この想区も......!?」



まだ、



「どうした坊主?」

「サ、サンタを見て!」



終わりではなかった。



「う、うぅ......」


サンタから、ドス黒いオーラが発せられる。


「どうしたのサンタ!?」


狼狽えるレイナと対照的に、シェインは冷静に呟く。


「やっぱりですかね」

「えっ......?」


状況が読み込めない3人に、シェインは説明する。


「恐らく、カオステラーはこの人を標的にしてたんでしょう」


シェインは実際に今起こった事で、確証が持てたらしい。順番に説明していった。


「最初から違和感はありました。姉御が、サンタは『おじいちゃん』と言いましたよね?」

「え、ええ......」

「恐らくこの人は本来、サンタになる運命ではありません。歪んだ運命の中で、サンタとしての運命を手に入れてしまった人物。そして......」


シェインは唇をぐっと噛む。手遅れの狂った運命を見に刻むように......。

そして、残酷な結果を述べる。


「この想区の、カオステラー......」


「グアアアアアアアアアアアアア!!」


それと同時にサンタは雄叫びを上げる。放たれたドス黒いオーラを身に纏い、無念を、声に出しながら暴れだした。


「やはり、この子を救えなかったっス.....」


彼女の運命を狂わせる感情、それはとてもサンタらしいものだった。運命によって苦しむ少年。彼を運命から救いたい。それが、彼女を壊すきっかけだった。


「どうして......この子はこんな運命なんスか!?」


「辛いだけの運命なら......傷付くだけの人生なら......」


そして今、サンタ《カオステラー》は壊れ《完成し》た。


「コンナ世界、壊レテシマエバイイッス!!」


一瞬。カオスサンタクロースが氷柱をレイナに向けて発射した。


「レイナ、危ない!」

「コネクト、ドロシー!」


エクスは咄嗟に変身した。オズの魔法使いの想区で出会った少女、『ドロシー』の姿を借りて、身軽な動きで氷柱を弾く。


「あ......、あぁ......」


あの少年とは別に、運命に抗う者がいた。それは、子供達の残酷な運命を否定しようとする意思、サンタクロースだったのだろう。それが結果的にカオステラーを生み出してしまった。


レイナは、膝から崩れ落ちた。サンタクロースがカオステラーになる瞬間。信じていた者が闇に飲み込まれる瞬間。そして、信じていた者に殺意を向けられる瞬間。そのどれもが恐怖で、どれもが絶望だった。


耳鳴り。目眩。溢れる涙。レイナの頭は真っ白だった。何も信じられない。そんな恐怖の中、ポン、と肩を叩かれる。ハッと顔を上げると、そこにはよく知っている顔。いつも信じてきた顔があった。


「姉御、しっかりしてください! ここでシェイン達が倒れたら、サンタさんを助ける事が出来ませんよ!」


「そうだぜお嬢! さっさと倒して、サンタのねーちゃん自身に1発かましてやれ! 「目を覚ましなさい!」ってな!」


「レイナ、これがきっと最後の戦いになる。僕らが救うんだ! この想区も、サンタの事も!」


そうか、信じられるものは、いつも隣にあったじゃないか。どんな時も見捨てずに居てくれるものが。


いつも小馬鹿にしてくる、生意気な少女。


口喧嘩ばかりで、意外と強がってばっかのヤツ。


そして、頼り甲斐のなさそうな新入り。


その3人の顔を見て、レイナは涙をぬぐった。


「そうね。最後の戦いよ! 絶望振りまくお馬鹿なサンタクロースを、みんなで止めましょう!」

「おうよ!」

「合点です」

「うん!」


向き合う。目の前の絶望カオスサンタクロースと。私達は止まれない。今止まったら、4人でしてきた旅を、全て無意味にしてしまうから。


「黙レ! 何モ救エナイザコ共!!」


カオスサンタクロースは叫ぶ。


負けないくらい強く意気込んで、4人はコネクトする。


(もう一度よろしく、ドロシー!)

「一人じゃないから......怖くないもん!」


(力を貸して、シンデレラ!)

「逆境に負けたりなんてしないわ! さあ、私と一緒に踊りましょう?」


(ぶっ飛ばして行きますよ、赤ずきんさん)

「悪い子はお仕置きの刑なんだから!」


(こい! ラ・ベット!)

「邪魔をするのはお前かあああ!!」


一際強い力を持つ英雄。彼らは、広く知られる物語の中で様々な困難に立ち向かった強き者達。


エクスが変身するその姿は、運命に巻き込まれながらも、仲間と共に帰るべき場所を求めた少女『ドロシー』


レイナが変身するその姿は、過酷な運命に翻弄されながら、それでも幸せな未来を掴もうとした『シンデレラ』


シェインが変身するその姿は、お婆さんの元へ行くお使いの最中、恐ろしい運命に巻き込まれた『赤ずきん』


タオが変身するその姿は、薔薇屋敷の主人にして、愛する者の笑顔を待ち続ける運命を持つ獣人『ラ・ベット』


コレが正真正銘ラストバトル。負担の大きい強力な英雄を惜しみなく使い、カオステラーを討つべく戦う―――


ゴーンゴーンゴーン......

12時を告げる鐘が街に響く。同時に無数の氷柱が放たれた。


「くっ!」


ラ・ベットが盾で防ぐ。他の3人の盾となるラ・ベットは、肩と足にかすり傷を負っている。


「アアアアアアアアアアアア!!」


雄叫びをあげ、更に氷柱を放つ。天井を狙った攻撃は、見事に天井を崩壊させ、瓦礫を積み重ねてゆく。


「危ない! みなさん逃げて!」


シンデレラが叫ぶ。同時に全員窓から飛び出すことで下敷きになることは免れた。


いつの間にか積もった雪に足を取られながら、カオステラーの動向を伺う。


「グアアアアアアアアアアアアア!」

「!?」


瓦礫の中から飛び出した腕に、エクスが変身したドロシーが捕まってしまう。


「その少女を離せ!」

「いい加減にしないと、お仕置きしちゃうんだからー!」


ラ・ベットと赤ずきんは攻撃しようと構えるが、ドロシーを盾にする為、身動きが取れない。


「キエロ! キエロ!! キエロ!!!」


少年と同じように「消えろ」と連呼しながらドロシーを叩きつける。1度。2度。3度。コネクトが解除され、エクスの姿に戻っても、叩きつけられボロボロになっていく。卑劣なカオスサンタクロースに見ているだけしか出来ない、そんな自分達がもどかしかった。




痛い―――


もう意識が途切れそうだ―――


きっとドロシーも痛かっただろう。ごめんねドロシー......。僕は、もうダメだ。ここで死ぬ。ただのモブキャラが、ここまでやってこれただけでも、幸せな運命だったはずだ。




「何を弱気になっているのです!」


声。少し前に聴いた、声。忘れることのない、声。


ジャンヌ......ダルク......?


「あなたは、私を必死に運命から救おうとしたではありませんか! それなのに、あなた自身はどうなっても良いのですか!?」


どうなってもだなんて、思わないよ。だけど、もう僕は助からない。


「なら、あなたは私との約束を守らないと言うのですか?」


約束......。


「想いは誰かに受け継がれ、世界を動かす力になる。この想いを、あなたはこの先の未来に連れて行ってくれると、言ったではありませんか!」


うん......。今でも覚えてるよ。できることならそうしたい、けど......。


「ならばそうなさってください! 私があなたと出会えたあの運命は、決して無駄では無かったと、想いが受け継がれたと、証明してください!」


ジャンヌ......。


「ふっ......。やっと、あの時のあなたらしい目になりましたね。この想い、たとえ命朽ち果てても、あなたと共にあります!」


そうだ......。そうだよ! 僕は、


「僕はッ!!」




強い光がエクスから放たれる。カオスサンタクロースは光から目を覆うと、その隙にエクスはカオスサンタクロースから離れる。


「エクス!」


光は、どんどんエクスの栞に集まる。エクスの持つ、「ワイルドの栞」に。


「いこう! これからも一緒に!」


ええ。


「コネクト、ジャンヌダルク!!!」


光がエクスを包む。その光は、エクスの姿を変身させる。盾と槍を持ち、鎧を身に待とうその姿、オルレアン包囲戦にて神の声を聞いた、聖少女『ジャンヌダルク』


彼女はゆっくりとカオスサンタクロースに近づく。まるで、処刑人のように。カオスサンタクロースはあまりの気迫に後ずさりながらも、氷柱を放ち続ける。が、ジャンヌの盾は全てを弾いた。


一歩。また、一歩。氷柱を弾きながら近づく。カオスサンタクロースがもう一度氷柱を放とうと袋に手をかけた時、既にジャンヌは目の前にいた。


「ヒッ!?」


そして一言。


「悔い改めなさい!!」


ジャンヌの槍が、彼女を元の運命へと導いていった。


「アアアアアアアアアアアア!? 馬鹿な......。アタシは......」


カオス化が解け、サンタクロースの姿へと戻ったサンタは嘆く。そんなサンタにレイナは問いかけた。


「ねぇ、サンタクロース。あなたのやりたかった事はなに?」

「あ、アタシは......」

「アタシは、子供達に、笑顔になって欲しかった......」


レイナはサンタと目線をあわせてしっかりと目を見つめて話す。


「今のあなたは、子供達に笑顔をあげられるかしら?」

「うぁ、アタシは......ヒグッ......アタシは......」


救われない子供達の為に、醜い姿になってまでも救おうとしたサンタは、最後まで子供達の事を想って涙を流した。レイナはそんなサンタをそっと抱きしめた。


「辛かったわよね......。救えない想いは、私達もわかってたのに、ゴメンね」


2人は抱き合いながら、声を出して泣いていた。どれくらい経っただろうか、相当長い間、泣き続けていた。


しばらくして泣き止んだサンタは、辺りを見渡し、一緒に倒れていた少年の元へ行く。そして頭を撫でながら言った。


「ごめんね、アタシ、君のためなんて言っておきながら、結局独りよがりだったっス」

「ん......」


そして、レイナ達の顔をしっかりと見つめると、頭を下げる。


「すみませんでした! アタシ、みなさんにもご迷惑をかけてしまって......」


エクスが答える。


「いいんですよ。僕達はそういう旅をしてるんですから」


自嘲気味にエクスが笑う。これからも、同じくらい苦しい旅がある筈だ。


だけど、ここにいる仲間も、ここに来るまでに出会った人々も、サンタクロースも、想いは繋がっている。それを、「あの少女」が教えてくれたから......。

だから、きっともう諦めたりしない。繋がった人々の想いを胸に、これからも戦い続ける。





しばらくして、意を決したように、サンタは言った。


「レイナさん、この世界を、調律して欲しいっス」

「サンタ......」


せっかくサンタが元に戻っても、想区はまだ戻っていない。このままでは、ヴィランがまた発生し続ける。


しかしそれは、サンタが何もかも忘れ、レイナ達旅の御一行が、この世界の異物として認識されるようになってしまうという事だ。


だから、サンタは少し、悲しげな表情をしながら、それでもレイナ達に言った。


「きっと、アタシが何もかも忘れても、みなさんが憶えていてくれるなら。それなら、きっとこの出逢いは、無意味なんかじゃないんスよね」


旅の終わりは必ず別れ。調律が済めば、なんでもなかったかのように世界は回り始める。でも、エクス達は憶えている。この繋がりを。


「うん、そうだね」

「私達は忘れないわ!」

「しっかり憶えていますよ」

「サンタのねーちゃんも元気でな!」


「ありがとうございまス!」



「それじゃあ、調律するわ」


一呼吸。


レイナは調律を始めた。


「混沌の渦に呑まれし語り部よ。今我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし......」


レイナの身体から白い光が溢れた。それは混沌を秩序に戻す、調律の光。


「みなさん......。さよならっス......」




何もかもが終わり、今は夜の街。忙しなく過ぎる大人達に、空を見上げる子供達。


「元どおりですかね?」

「多分ね」


エクスは、近くを通る男に尋ねた。


「すみません、今日は何月何日ですか?」

「えっ? 今日は12月23日だよ。どうしたんだい? 頭でも打ったのか?」


12月23日。


「元の時間に戻ったんだな」

「そうみたいね」


んじゃ、ここを出ようぜ、とタオが歩き出した時に、再びトラブルが起こった。


「うおっ!」

「痛っ!」


再び子供とぶつかったのだ。しかも......


「おいおい小僧、大丈夫......ってお前!?」

「......?」

「あの少年ですね」


メガヴィランになってしまった少年だった。タオがどうしようか迷っていると、


「......ナサイ」

「えっ?」


少年が小声で何かを言っている。そして、


「......ゴメンナサイ」

「!!」


謝ったのだ。あの時とは違う、ちゃんと謝る事が出来たのだ。

何も憶えていない世界で、それでも少年は少しだけ変わったのだ。


目を丸くしているレイナ達3人をよそに、タオはどうでもいいと言ったように、少年の頭を撫でながら豪快に笑った。


「ハッハッハッ! 坊主、お前はちゃんとゴメンナサイが言えるんだな。偉いぞ!」


少年は恥ずかしそうにうつむきながら、少しだけ頷いた。


エクスがこの状況を見て、レイナに語りかける。きっとエクスは、レイナだけでなく、自分にも語りかけたのだろう。


「少しだけだけど、何か変わったのなら、きっと僕らのしている事は無駄じゃない。だよね、レイナ?」


その言葉を聞いて、レイナは久しぶりに、満面の笑みを浮かべながら頷いた。


「うん......うん!」





ふと、遠くから声が聞こえた。その声は、何故だか聞き覚えのある、そんな声だった。その声の方を見てみると、



「おーいみんな〜!」

「あ、おねーちゃんだ!」

「おねーちゃーん!」

「よしよし! みんなイイ子にしてたっスかー?」

「してたー!」

「ぼくもー」

「あたしもしてたよー!」



「あれって......」

「サンタクロース......だよな?」


サンタクロースだった。格好はまるで違うが、彼女は間違いなくサンタクロースだった。子供達に慕われている所を見ると、街の優しいお姉さん、という感じだ。


「元のサンタさんは、ただのお姉さんだったって事ですかね」

「ううん、きっとそれだけじゃないわ」


レイナは優しい笑顔で彼女を見つめる。


「よーしじゃあ、イイ子にしてたみんなには、プレゼントがあるっスよー!」

「やったー!」


「きっと彼女は、いつもどんな時も、子供たちの希望なのよ」


名残惜しいが、このままでは自分達が騒動を起こしかねない。だから、


「さよなら、立派なサンタクロース......」


ゴーンゴーンゴーン......

鳴り響く鐘の音。12月24日を知らせる鐘と同時に、雪が降ってきた。きっと本物のサンタクロースが降らせる、子供たちの純粋な願いを乗せた雪だろう。


シェインは、寂しそうなレイナのさよならを聞いて、いたずらっぽく語りかけた。


「姉御、折角ですからさようならよりもいい挨拶がありますよ」

「あははっ、そうだね」

「おう! 確かにピッタリな言葉があるな」


少しでも、元気なレイナが見たい。そんなみんなの想いが繋がって、レイナも自然と笑みがこぼれた。


「ふふっ、そうね。それじゃあみんな!」




「メリークリスマス!!」


〜おしまい〜

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グリムノーツ〜クリスマスの想区〜 ハル @tachi69

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