第3話 希望と絶望のクリスマスイヴ


「ん......ここは......?」


レイナは目を覚ました。まだ頭がクラクラする。寝ぼけ眼で周りを見渡すと、


「姉御、気がつきましたね」


シェインがいた。手を握ってくれている。そうか、シェインを心配させてしまったのか。


「シェイン......。私は......?」

「急に倒れたんでビックリしましたよ」

「そう......」


なにが起こったのかはわからない。しかし、とても深く、悲しい叫び声を聞いたような気がする。


「サンタさんと新入りさんはもう起きてますよ。姉御はねぼすけさんです」


ふふっと笑うシェイン。シェインは心配な気持ちと安心した気持ちを隠すかのように茶化す。彼女はそういう娘なのだ。


「ごめんね、心配かけて」

「いえいえ、いつものことですから」


レイナはムッとした表情を浮かべた。本当に怒った訳ではない。旅の中で出来た、よくある2人の一面だ。


「朝ご飯、サンタさんが作ってくれました。食べながら状況確認といきましょう!」


良い香りがする。こんな風に朝起こされて、みんなのいる食卓でご飯を食べる。家族と過ごす日常はこんな感じなのだろうか、とレイナは思った。

欠伸のせいか、溢れる涙を拭うとレイナは起き上がり、みんなの元へ向かった。


「おはよう、みんな!」




「それじゃあ、あの叫び声は純粋な願いだったってこと?」


朝食を食べながら、昨日の出来事を話し合った。昨日の叫び声は、「消えろ」という純粋な願いが雪に乗って届いたのではないか、というのが現状1番可能性のある話だ。


「おそらくはそうっス。サンタの能力は純粋な願いだけを聞くって話はしたっスね」

「ええ」

「だから本来は、暗い願いや、純粋さを失った大人の声も聞こえないんスよ」

「でも今回は聞こえた......」


本来はどんな人間も、後ろ暗い思いに対して、罪悪感や引け目を感じる筈である。故にサンタの能力ではそのような声は聞こえない筈、であった。


「この街で、誰かが純粋に願ったんですね。《消えろ》と」


今エクスが言った事が真実である。混じり気のない純粋な嘆きが、雪に乗ってサンタに届いてしまった、ということだ。


「願いを聴くのがサンタの能力っス。この能力が《消えろ》という嘆きを叶えようとしてアタシ達が傷ついたんスね......」


悲しげに俯くサンタは続ける。


「そして、その願いがアタシを伝ってみなさんも傷つけてしまったんス.....。面目無い」

「気にしないで。あなたが悪いんじゃないわ」


レイナは落ち込むサンタを励ますように言った。

シェインはあの時の状況を思い出しながらさらなる謎を解いていく。


「シェインとタオ兄だけが無事だったのは、サンタさんの手を偶然繋いでなかったからなんですね」

「おそらくはそうっス」

「なるほどな」


あの時、手を離していなかったら。あの時、タオが来ていなかったら。様々な偶然によって今がある。これが運命と呼ぶのなら運命というのは皮肉なものだ。


その後、タオファミリー(仮)の目的をサンタに伝えた。恐らくは、襲われた状況からも察するに、サンタはこの想区の主要人物に違いない。


「その何とかテラーっていうのを倒して、ここをチョーリツ? するのがあなたたちの目的なんスね」

「カオステラーね。そうよ、そのために私たちは旅をしてるの」


流石に情報量の多い話に、サンタも若干混乱しているようだ。しかしなんとか理解しているようで、レイナは安心した。

続けてエクスも説明をする。


「この想区にヴィラン、ええと、僕達と出会った時に見た怪物が現れたということは、この想区も何かが歪んでしまったんだと思います」


そう、ここまではいつもの事だ。そしてここからが問題なのだ。


「問題は、カオステラーが誰なのか......」


ポツリとエクスが呟く。


「それだけ全てを憎んでる奴......。しかも子供とくれば何となく予想はついてくるな」


タオが答える。特にタオには馴染みのある存在だろう。


「タオとぶつかったあの子供のこと?」

「確証はないけど、確かめる必要がありそうね」


エクス自身もわかっているが、確認の為、みんなに問うと、みんなが頷いた。

はじめにこの街に来た時にタオとぶつかった子供。サンタの話した暗い過去も合わせると、合点がいく。

しかしそこでサンタが声を荒げた。


「待ってほしいっス! あの子がいくら過去に辛いことがあったからって、それで疑うのは......」


サンタはとても優しい性格だ。そして子供達を愛している。だから子供達を疑いたくないというのも無理はない。しかし......


「サンタクロース、あなたの気持ちもわかるわ。でも、カオステラーを放っておくわけにはいかないの」

「それは......そうっスけど......」


理解してはいる。しかし、彼女にはどうしても許せない事があった。


「でも、全てが元どおりになったら、あの子はまた寂しさを《我慢》しなくちゃいけないんスよね......」

「それは......」


そう、カオステラーになるという事は、自分の運命に抗いたいと想った、所謂我慢の限界という事だ。調律し運命を正すということは、両親を失った孤独を、1人我慢する運命に戻すという事になる。サンタはそれがたまらなく悔しいのだ。


「あの子は辛い思いを沢山我慢してきた......。そんな子供に、また我慢しろなんて言うんスか!? みなさんは、それでもやるんスか!?」


涙声で叫んだ。あの子の事を思うと心が張り裂けそうになる。しかしレイナはハッキリとこう答えた。


「やるわ。それが今、私達にできることだから」


オズの魔法使いの想区で、彼女は心が揺らいだことがあった。本当にこの旅に意味があるのか。本当に自分達のしてきた事が正しいのか。だけど────


一緒に考えることはできると思うんだ。


少なくともレイナに助けてもらった人間はここに1人いるよ。


こんな事を、言ってくれた人がいた。その一言が嬉しかった。それだけで、自分のやってきた事に少しでも意味を持たせられた。だからレイナはハッキリと答える事が出来る。


その答えを聞いたサンタは、決断をした。それは、とても重く、苦しいものだったと思う。


「......なら、アタシも行くっス」

「えっ?」


自分も少年の元へ行く。それが彼女の下した決断だった。


「アタシはあの子を見捨てたくないっス。だけど、どうしてもこの世界を正すというなら、せめてあの子は守りたいっス! まだ、間に合うのなら......。アタシは、あの子を救いたいっス!」


カオステラーから少年を救えるかもしれない。とても可能性の低い話だが、サンタはどうしても行くという。

レイナは今一度、サンタの意思を確認する。


「......きっと、辛いものを見るかもしれないわよ?」

「それでも、アタシはきっと、行かなきゃいけないっス」


レイナは諦めたように笑うと、


「わかったわ。一緒に彼を救いましょう」


そう、答えた。


「それに、彼がカオステラーと決まったわけじゃありませんしね」


希望的観測ではあるが、その可能性もある。まあ、そうなると振り出しに戻る事になるが。とにもかくにも行ってみなければわからない。


「そうと決まったら行くぜ! おまえら!」


初日と違って元気になったタオの一言で、みんなは一斉に立ち上がった。




キャー!


助けてくれええええええ!


「おいおい、どうなってんだこりゃ!?」


街に出ると、そこは地獄絵図だった。


「道を塞ぐように、大量のヴィランが......」


カオステラーの可能性のある少年の家に向かう途中の道、そこには大量のヴィランが発生していた。


「いよいよ本格的に怪しいですね」


シェインが呟く。かなりの量に加え、メガ・ヴィランもいるようだ。


「みんな、気を引き締めて行くわよ!」


「コネクト!」


(よろしくね、アラジン!)

「報酬は弾んで欲しいっすよ!」


(お願い、エイプリル!)

「私、結構つよいわよ?」


(行くぜ!ドン・キホーテ!)

「ライオンの騎士、ドン・キホーテ! いざ参る!」


(行きましょうジムさん)

「船乗りの度胸を、舐めるな!」



それぞれ変身する、これまでとはまた違った姿。4人が新たな英雄の力を借りたという事だ。


エクスが変身するその姿、あらゆる富も名声も手に入れたが故に苦悩した青年『アラジン』


レイナが変身するその姿、時を超える力を持った貪欲な知識欲の持ち主『エイプリル』


タオが変身するその姿、本に憧れ自らを騎士と思い込む陽気な老騎士『ドン・キホーテ』


シェインが変身するその姿、船乗りに憧れ、やがて本物の海の男へと成長する英雄『ジム』


新たな英雄の力は先の戦いでコネクトした英雄とはまた違う力を持つ。ヴィランの群れやメガ・ヴィランを倒すためには今までの英雄では相性が悪い。だから新たな英雄に力を借りるのだ。

その力は凄まじく、強大なメガ・ハーピィの猛攻はドン・キホーテの盾が防ぐ。


硬いメガ・ゴーレムの体を貫くためにエイプリルは強化の魔法を使う。


強力なメガ・ドラゴンの炎は俊敏なアラジンには当たらない。


闇の魔法攻撃を避け、ジムの矢がメガ・ファントムを撃ち抜く。



どれ程のヴィランが現れようとも、4人は屈しない。苦しみながら、傷つきながら、それでも彼らは止まらずにここまで来たのだ。


だが、


「数が多過ぎるわね......。これは、楽に勝てないかも」


レイナが変身したエイプリルがそう呟く。メガ・ヴィランとの戦闘で疲弊した4人を取り囲むようにヴィランが襲ってくる。


その時だった。


「アッ、アタシも手伝うっス! 氷漬けになれーっ!!」


声を震わせながらも勇敢にヴィランに攻撃を仕掛けるサンタクロース。彼女の「雪を降らせる冷気」をヴィランに当てることで、ヴィランを凍らせる事に成功したのだ。


「よくやったぞ! この誇り高き騎士ドン・キホーテが、そなたを褒めてやる!」

「ど、どうもっス〜」


ドン・キホーテからの賞賛を素直に受け取ると同時に、英雄達とサンタクロースは動きの鈍ったヴィランに猛攻撃を仕掛ける。


「こっちは全部済んだっスよ! タオさん、急ぐっス」

「おうよ!」


こうしてサンタの活躍によって、なんとか全てのヴィランを倒し終えた一同は、少年の家へと向かうのだった。

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