第19話 千香にゃん

 私が再び鍋を洗おうと台所に向かうと、また私のスマホが着信音を鳴らす。

 流石にちょっとイラッとしてしまったが、今瑛にぃは警察に電話をかけている最中。それを邪魔する事も出来ずに、私は仕方なくスマホを手に取り、画面を覗き込んだ。

 やはり、先程と同じ番号からの着信である。しつこい奴。

 私はスマホの赤いボタンを押し、着信拒否をした。また掛かって来たらどうしよう……電源でも切ろうか? とも思ったが、他の連絡が入ってこなくなる事は、避けたい。

 やった事はないが、着信拒否の設定をしてみようと思い、スマホの画面をポチポチと押す。

「……電話が掛かって来まして……えぇ……今、彼女の家に居るみたいですよ」

 瑛にぃは低く、不愛想だと思える口調で、事情を説明している。

 私はその姿を横目に、ポチポチとスマホの画面を押していると、すぐさま着信拒否が出来る画面へとたどり着いた。

 よし、着信拒否しよう。と思ったその刹那、再び私のスマホが着信音を鳴らす。

 私はイライライライラとし、再び赤いボタンを押して、すかさず着信拒否設定を終わらせた。

「……よし」

 私はようやく安心し、スマホをコートの上へと置き、意気揚々と台所へと向かって歩いて行く。


 鍋を洗っている最中、またまた、私のスマホがやかましく着信音を鳴らす。

 畜生。なんだと言うのだ……。

「千香……画面に、兄って出てるぞ」

 私が後ろを向くと、瑛にぃが私のスマホを手に持ち、私のほうへと歩きながらそう言った。

「イライラするね……何なんだろうね」

「まぁな……それで、どうする?」

 瑛にぃが画面を私に見せながら、答えが分かっている質問を投げかけてくる。

 そんなもの、決っているじゃないか。

「消して消して。今はそんな事に構ってられないよ。瑛にぃの勉強もそうだけど、私の勉強もちょっとしたいから」

「……そうだな」

 瑛にぃはそう言いながら、スマホの画面に映し出された赤いボタンを、ポンとタップした。

「……アイツ逃げたかな。千香、通報するって宣言したからな」

「……え? せんげ……あっ! そっか!」

 今更ながらに私は、自分の失言に気がついた。

 確かに私は、ジュンコに今すぐ通報すると、言ってしまっていた。

 今すぐに通報した所で、今すぐに逃げ出せば、逃げられるでは無いか……。

「あぁーっ……しまった……捕まえる最大のチャンスだったのに」

「……そうだな」

 瑛にぃは少しだけ微笑んで、私のポケットにスマホをそっと入れ、ちゃぶ台へと戻った。

 ……なんだか元気が無いように見える。無表情では無いのだが、肩を落とし、俯いている。

「瑛にぃ何かあった……? 私また、何かしちゃった?」

 私が瑛にぃに向かってそう言うと、瑛にぃは私のほうを向き、ニコッと笑って「なんもねーよ」と、言う。

 ……これは微妙だな。なんも無いようにも見えるし、なんかあったようにも見える。追求して、本当に何も無くて、いつもの口論になるのも、嫌だ……。

「そっか……元気出してね。あっ! 明日初詣行く? 彩子さんとか礼奈ちゃんとか誘ってさ」

「いや、勉強したいな……ちょっと没頭したい」

 そう言ってくれるのは、大変嬉しい事なのだが、やはりなんだか、元気が無い。

 私は鍋の水切りをし、流し台の横に置き、瑛にぃの隣へと駆け足で向かい、腰を下ろした。

「瑛にぃ瑛にぃ」

 私は瑛にぃの顔に自分の顔を近づけて、上目遣いで瑛にぃの目を見つめた。

 瑛にぃもそんな私の目を見て、優しく微笑むような表情を作る。

「どうした?」

「千香にゃんだにゃ」

 私は瑛にぃの肩に手を乗せ、そのままカリカリと何度もひっかく。

 そんな私を見て、瑛にぃは「ははっ」と笑ってくれた。

「テチヲの変わりに来たのにゃ。大事にしてにゃ」

「あぁ。大事にする」

「じゃあ元気を出すのにゃっ! もっといっぱい笑うのにゃんっ!」

 私は体を移動させ、瑛にぃの後ろに回り、今度は瑛にぃの背中をカリカリとひっかく。

「にゃにゃにゃにゃにゃー!」

「ははっ。千香、勉強の邪魔はするなよ」

「にゃにゃ! しまった……つい楽しくなってしまって」

 私は瑛にぃから手を離し、瑛にぃの隣に座り、瑛にぃが見ている参考書を一緒に見る。

 瑛にぃはどうやら五教科の中では英語が好きらしく、今回も英語のページを開いていた。好きらしいのだが、点数は正直、一番微妙である。配点も多いので猛勉強する必要があるのだが……。

「最近、英語ばっかりだね」

「あぁ……英語やっとかないとな」

「そうだけど、気分転換に違う教科やるっていうのも、いいと思うよ」

「分かってる……が、今日は英語がやりたいんだ」

 瑛にぃは、少し迷惑そうな表情を作って、私の顔をチラッと見つめた。

 あぁ……邪魔してるんだな……と、私は察して「そっか、ごめんね」と言い、自分のテスト勉強のための準備を進めた。

 私も、今回の試験で総合一位を目指しているのだから、頑張らなければならない。

 私は黙って、教科書とノートとプリントへと目を向けて、勉強を始める。


 二人共黙りこんで、じぃっと参考書やノートとにらめっこをし続け、かなりの時間が経過した。

 私はすっかり大人しくなったスマホを取り出して時間を確認すると、もうすっかり夜中になっており、あと数分で日付が変わろうとしている。

「あ……もうちょっとで年変わるよ」

 私が瑛にぃにそう話しかけるも、瑛にぃはチラッとだけ私を見つめ「そうか」とだけ声を出し、再び参考書へと視線を向けた。

「ねぇねぇ……カウントダウンだけしよ? それだけしたら黙るから」

「あ……すまん、寂しかった……か?」

 瑛にぃが私の顔を見て、申し訳無さそうな表情を作り、私の頭に手を乗せた。

「あ……あぅ……寂しかったというか、なんか怒ってるのかなって思ってた」

 私がそう言うと、瑛にぃは「……すまん。怒ってない」と言い、私の頭をゆっくりと撫でる。

「あ……それなら良かった。えへへ……考えすぎた」

「何、考えてたんだ?」

 瑛にぃは柔らかな表情で私の顔を見て、質問をする。

 これには、正直に答えたほうがいいのだろうな……。

「あの……私がジュンコと話してる時さ、私の雰囲気の違いに、引いてるんじゃないかなーって、思ってた」

「……あぁ、少しな……俺の知らない千香の一面を見て、驚いた」

「えええぇぇっ! そ……そんな……だったらその時言ってよぉもぉっ!」

 私は瑛にぃの体を猫パンチでポカポカと叩き「にゃーにゃーにゃー!」と鳴く。

「……いや、引いたけどな、そんな事はどうでも良いんだ」

「ど……どうでもよくないよ! 死活問題だよ!」

「はは……これからそういう所も、受け入れていかなきゃって思ってる。そうじゃなくてな……さっき警察に電話した時に確認したんだが、メールがすげぇ数来ててさ……俺と千香について、メチャクチャ質問されてな……正直、うぜぇって、思ってる」

 確かに、瑛にぃは人の好き嫌いが激しそうだ。

 うるさいのは嫌いらしく、私に対しても、最初は凄く冷たい……というより、表情を作ってくれなかった。

 こうして打ち解けて、好きになってくれて、付き合うまでになれたのは、本当に奇跡的な事なんじゃないかと、思う。

 私のどこを、好きになったのだろうな……気になる。

「大学行くとよ、林が居るんだよな……彩子の手前、あんまり無下にする訳にもいかねぇって思うと、嫌な気分になってよ……千香の兄貴の事もあるし……とりあえず何も考えずに、勉強に没頭したかったんだ」

「そっか……やっぱりうるさいのが嫌?」

 私がそう聞くと、瑛にぃは腕を回し、肩に手を当てて、首をゴキッと鳴らした。

「そうだな……嫌だ。それで彩子と喧嘩した事もあるし……」

「わっ……私って結構、うるさくない……?」

「千香はうるさいし、一緒に歩いててもチョロチョロするし、会話が咬み合わない時もあって、正直困る」

 瑛にぃは私の後頭部へと手を回して、私を抱き寄せた。

 私の頭は瑛にぃの右肩に当たり、そのままギュッと抱き締められる。

「でもな、お前の心は、今まで出会ってきた人間の中で、一番綺麗なんだ……汚したくない、守ってやりたいって、本気で思う」

「あっ……ああああっ……き……綺麗じゃないよ……兄に対して、殺してやろうって思ってるもん……」

「それは純粋だからだろ。純粋に俺の事が……好きで……俺を守るために、思ってくれてるんだ……ありがとう」

 瑛にぃは、私の背中へと手を回し、私の体ごと、自分のほうへと引き寄せる。

 私は瑛にぃの膝の上に体を乗せ、お互い向かい合った状態で、密着した。

 私の直ぐ目の前に、瑛にぃの顔があり、少し動いただけで、唇同士が触れ合ってしまいそうなくらいに近い。

 ドキドキが、凄い……ドキドキが、本当に、凄い……。

 瑛にぃは、私の心を理解してくれた。瑛にぃが好きで好きでたまらないから、次に兄が危害を加えて来たら殺そうと決意した事を、分かってくれた。

 私の全てが満たされていくのを感じる……。

「……下品な事、言ってもいいか?」

「え……なぁに? いいよ」

「……やっぱり胸、すげぇな……」

「あはっ……凄い? 嫌じゃない?」

「あぁ……嫌じゃない」

 私はより、瑛にぃに私のオチチを感じて貰おうと、ギュッと瑛にぃの体を抱きしめた。

 グニぃっと押し付けられるオチチは、瑛にぃの顔を、笑顔にしてくれる。今まで必要の無いものだと思っていたオチチは、私の大好きな人を、笑顔にする力を持っていた。それだけで、大きくて良かったと、思える。

「……照れるな……なんか」

「ん……? えへ……」

 先程からお尻に感じている突起物が、私のお尻の間を割り込んできて、それが意外に心地がいい。

 あぁ……瑛にぃは、私に興奮してくれてる……嬉しい……。

 私は瑛にぃの顔を見つめ、胸をギュッと押し付けながら、ゆっくりと、腰を動かした。

「千香っ……」

 瑛にぃは体をピクンと動かし、目をしかめる。

 どうやら、気持ちいいようだ……嬉しい、嬉しい……。

 私は瑛にぃのためなら、なんでもする。なんでも出来る。

 今日、今、この時に、処女を失おうが、妊娠させられようが、構わない。

 瑛にぃと一緒に居られるのなら……人殺しだって。

「……千香、好きだ」

「私も、好き」

 私は瑛にぃの口に、自らキスをする。

 そしてそのまま、瑛にぃの体を押し倒した。

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