第15話 告白
私達は防犯グッズだけを買い、電車に乗り、瑛にぃのアパートがある駅へと降りた。
そこからは瑛にぃの案で、タクシーを使い、瑛にぃのアパートへと戻る。ワンメーターで到着し、なんだか勿体無いような気もするが、安全には変えられない。
これも、アイツが捕まるまでの我慢だ。そもそも必要の無い我慢ではあるのだが……そういう兄を持ってしまったのだから、仕方がない。
瑛にぃはタクシーを降りて、複雑そうな表情でアパートを見つめた。下から上へ。そして、右から左へ。
時刻は既に夜と呼べる時間になっており、アパートの窓から、光が漏れ出している部屋もある。
「……いい場所、なんだけどな。夜は静かだし、日当たりも良いし、駅から近いし、家賃は安い」
何やら、物思いにふけっているようだ。目を細めて、また頭をボリボリと、掻いている。
「ただ……治安が悪くなった。なんとか、なんねぇかな……」
「あっ……! ごめん……ごめんね瑛にぃ……私があんな奴、連れてきたばっかりに……なんとかしよう。なんとかして、治安を良くしようね」
瑛にぃは私のその言葉を聞き、私の顔を見つめた。
その表情は先程とは違い、優しい微笑みを浮かべている。
「千香は悪く無い」
瑛にぃはそれだけを言い、自分の部屋の玄関へと近づき、鍵を開けた。
そしてゆっくりと、部屋の扉を開く。
その後姿は、なんだか少し、物悲しさが漂っていて、私の良心を、痛めつける。
部屋に入ると、瑛にぃはすかさず扉に鍵をかけて、しっかりとチェーンロックもかけた。これはもう、習慣にするしかない。
そして早速、買ってきた防犯グッズを袋から取り出して、説明書を読みだした。
私はその隣に立ち、一緒になって説明書の文字を目で追う。
「……張るだけか。これで本当に割れなくなるのか?」
瑛にぃが買ってきたフィルムは、窓ガラス全体を覆うタイプのもので、一番高く、一番大きなものであった。しかしどうにも、大きすぎるようにも、見える。
「んー説明読むと、割れるけど、破けないっていうか……侵入を防ぐって感じかな。泥棒なり暴漢なりが手間取っている間に、通報してねって感じだね」
私がそう言うと、瑛にぃは眉間にシワを寄せて「そうか……割れない訳じゃないんだな」と、肩を落とす。
「え? あっ! でも、それが大事なんだよ! 侵入を防ぐ! 通報する! 完璧な流れだよっ!」
私が全身を使い、窓をこじ開ける動作をし、次に電話をかけるような動作をする。
「ふっ……いや、すまん。そうだな、必要だ」
瑛にぃは再び笑顔を作り、台所へと向かってタオルを水で濡らし、窓を拭き始めた。
私もそれに習い、タオルを手に持ち、瑛にぃとは逆側の窓を拭く。
「なんだか、大掃除みたいだね。そういえば大掃除、してないね」
「別に、散らかしてないからな……それに、そんな事をする暇があるなら、勉強をしている」
「そうだね。早く終わらせて、お蕎麦食べて、ちょっと勉強しよっか。しないと、不安でしょ?」
私がそう言うと、瑛にぃは少し俯いて「ははっ」と笑う。
「……俺が不安がっているのが、分かるんだな」
「んー分かるっていうか、私がそうだったからね。どこ行くにも参考書持って歩いてたよ。落ちたらどうしよぉー不安だよぉーって、いつも思ってたよ」
「千香くらい頭が良くても、そう感じるのか……」
……どうやら瑛にぃは、私の事を勘違いしているようだ。
これは、言って置かなければいけないと、思う。
「瑛にぃ、私、頭は良くないと思う。確かに勉強は出来るけどね、それは勉強が好きなだけで、勉強の事ばっかり考えているからなんだ」
私は窓を拭きながら、呟くように、話しだした。
「頭の良さで言ったら……多分普通か、それ以下だよ。自分でも思うもん……感情的になりやすい所があるって。本当に頭が良ければ、兄の事も、なんとか出来ているって、凄く思う」
「……兄はともかく、感情的なのは、そうかもな」
「うん。頭の良さで言うと、彩子さんのほうが、ずっとずっと上だと、思うよ……教授や院生に気に入られるように、上手に立ちまわってるんだ。成績も悪い方じゃないみたいだし、いつも、凄いなぁって思いながら、見てたよ。シュークリーム持ってきてくれたり、気遣いも凄いし」
本当に、そうなのだ。彩子さんは、生き方が上手。
あの小さな体と、あの可愛い顔と、あの人懐っこい愛嬌で、教授や院生と仲良くし、過去問題を貰ったり、講義で分からない事を聞きに行ったりして、自分の株をあげていた。
ああいった生き方、私には出来ない。私は存在感が無いくせに、すぐ人からウザがられてしまう。人と上手に溶け込む事が、どうやら苦手なのだ。暗かった昔も、明るくなった今でも、ずっとそれは、変わらない。
「あぁ……アイツは頭良いと本気で思う」
「でしょ? だから私は、それを勉学でカバーするしか無いんだよ」
「……そうか。俺もどっちかって言うと……っていうか、確実に不器用で、頭の悪い方だからな……」
瑛にぃは私の顔を見て、苦笑を浮かべている。
「……勉強も、微妙だしな。取り柄が無い」
「ううん……今なら、得意って言ってもいいと思うよ」
「はは……そうか」
私と瑛にぃは、違う方向ではあるのだろうが、お互い不器用なんだな……だから私達はこうして、一緒に居られるのかな……。
「瑛にぃ」
私は瑛にぃの横顔を見つめながら、呼びかけた。
瑛にぃは私のほうを横目で見つめ「なんだ?」と言い、窓を拭いていた手を止める。
「仲良くしようね」
瑛にぃは凄くモテるが、きっと私を受け入れてくれる人は、そうは居ない。
異性ともなれば、尚更だろう。
だから大切に、大切にしていきたい。
そして、大切に、されたい。
心がそんな、我儘を言っている。
「……あぁ」
「……ずっとだよ」
「あぁ」
「ずっとって言ってっ!」
私が冗談混じりにそう言うと、瑛にぃは体ごと私のほうを向き、真剣な表情を作り、私の目を見つめた。
整ったその顔は、とてもとても、凛々しく見える。
「あぅっ……」
私はドキドキする心臓の鼓動に耐えられず、思わず声を上げた。
凄く凄く真っ直ぐな目に、私は射抜かれる。
「……ずっとだ……お前とずっと、一緒に居る」
「あっ……あぅ……で、でも私っ……あは……あの、結構、嫌われやすいんだよ……私自身、自分の悪い所、色々見えてきたし……だってほら、瑛にぃだって最初、迷惑そうな顔してたでしょ? わた」
「それは、すまん……無神経だった……お前の事を、考えていなかった。正直に言うと、迷惑だって、思っていた。なんでトイレにも行かせてくれねぇんだって、イライラしてた……すまん……許してくれ」
瑛にぃは、頭を深々と下げて、謝った。
「あっ……あっ……謝るのは、私のほうなのに……トイレ、行きたいよね……いくらテスト中はトイレ行けないとは言っても、本物のテストじゃなかったのに……」
「……千香は、俺の事を思って、そういう処置を取っていたのに……俺は、彩子に愚痴ったり、してしまったんだっ……本当に、すまないっ……」
……愚痴ってたんだ……そんなに嫌だったんだ……。
私も彩子さんに相談をしていたので、お互い様なのだろうが、面と向かってそう言われると、やっぱり、ショックだな……ショックだ。
自分の駄目さ加減に、涙が出てくる。私こそ、人の気持ちを考えれていない。こんな奴、嫌われて当然だ。
「……ごめんね、ごめんね……私もごめんね……愚痴るほど嫌だったんだよねぇっ……私、瑛にぃに酷い事、してきたんだねぇっ……」
「いいんだ……俺を思ってしてくれてたって事くらい、今は分かる……今はもう、千香の事ばっかり、考えている……千香の事を解ろう、知ろうって、無意識に思ってる……誰かをこんなに思った事なんて、初めてだ……」
「わっ……私も、瑛にぃの事ばっかり、考えてる……瑛にぃが喜ぶ事が、したいって、思うっ……」
私の目から、ボロボロと、涙が流れ落ちてくる。声が凄く、震える。申し訳なくて……だけど嬉しくて……心がどうにか、なってしまっている。
「……千香……俺……受験が終わったら……千香に」
「んぇ……?」
「……千香に、告白しようと、思ってた……」
心臓が、ドキンと跳ね上がった。
「でもっ……なんかもうっ……頭おかしくなりそうなくらい、千香が好き過ぎてっ……黙ってられないんだ……」
瑛にぃはそう言いながら、頭をボリボリ、ボリボリ、掻き乱す。
瑛にぃの目からも、涙がこぼれ落ちているのが、見える。
「はあぅっ……はぁあっ……あああぅぅううっ……」
「千香っ……好きだ……お前だけが、好きだ」
瑛にぃが私を好きだって事くらい、いくら鈍感な私でも、分かってた。好きでも無い人に、ずっと一緒に居たいとか、守りたいとか、言う筈が無い。
分かっていたのに、いざこうして好きだと言われたら……全身の毛穴が開くのを感じ、心臓が爆発しそうになり、心が歓喜の声を上げている。
こんなに、嬉しいだなんて……やっぱり、告白は、必要だった……。
「うぅぅぅっ……! うわぁぁんっ……!」
「……こんな駄目な俺だけど……俺と一緒に、ずっと一緒に……居てくれないか……」
「ううぁああっ! 瑛にぃっ! 瑛にぃいいっ!」
私は瑛にぃの体に抱きついた。
背中へと手を回して、思い切り、思い切り、抱きしめた。
私の涙が、瑛にぃの服を濡らす……。
「瑛にぃ好きだよぉっ! 私も瑛にぃの事大好きっ! 好き好き好きっ! あああああっやっと言えたっ! やっと言えたよぉっ!」
「俺も好きだ……大好きだ……」
瑛にぃは私の頭をギュッと抱き締め、優しく、優しく、頭を撫でてくれた。
「ずっと一緒だぞ……ずっとだぞっ……裏切るなよ……離れるなよっ……」
「うんっ……! 約束するぅっ! 誓うよっ! 私は瑛にぃを裏切りませんっ! 離れませんっ!」
瑛にぃは私の頭を両手で掴み、私の目を、真っ赤に充血した瞳で、キッと見つめた。
「俺も、千香を裏切らない……誓う」
そう言い瑛にぃは、私の唇に、自分の唇を、押し当てた。私は思わず、目を瞑る。
あぁ……私の、ファーストキスが、奪われた……。
奪ってくれた人が、瑛にぃで、本当に、本当に、心から、嬉しい……。
愛してる、瑛にぃ……。
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