第14話 一緒に寝たい

 私と瑛にぃはシュークリームを一つずつ買い、近くのベンチに横並びに座りながら、多くの人が行き交うショッピングモール内を、ただ見つめた。

 私達はもう既に買い物を済ませているので、完全に部外者の気分である。

「凄い人だねぇ。他に行く所ないのかな」

「基本的に、買い物するならここしか無いからな……狭い町だ、仕方ない」

 瑛にぃは薄っすらとだけ微笑みを浮かべて、チマチマとシュークリームをかじっていた。

 ここのシュークリームはクリームたっぷりなのが良い所で、ガブッと噛むと、モコモコっとクリームが出て来て、口の中がとてもハッピーな気分になれるのに……。

「瑛にぃ、ガブッと噛んで。そうしないと、このシュークリームの良さが分からないよ」

 私の言葉を聞いて、瑛にぃは私の顔をチラッと見て「ふっ」と、笑った。

「……誰も知らないけどな、実は俺、甘いモノが、あまり好きじゃないんだ」

 瑛にぃはそう言って、少しだけ噛んだシュークリームを、私のほうへと差し出した。

「食べれるなら、食べてくれ」

 瑛にぃは笑顔を崩す事無く、私に向かってそう言う。

 ……でもそれって、間接キスに、なるんじゃなかろうか……。

「……あああぅ……ああああ」

 私は手を少しだけ差し伸ばし、シュークリームを受け取ろうかどうか、凄く戸惑う……だってそれは本当に、間接キスで……汚い話、多少なりとも瑛にぃの唾液がついていて……それを私の体内に取り入れる事になって……それって体液交換であって、キスするのと、変わらない……。

「ううぅ……」

「要らないのか? そうか……要らないのか」

 瑛にぃはそう言って、再びシュークリームを小さくかじる。

 そして再び「ふっ」と笑って、横目で私の顔を見た。

 ……どうやら私の反応を見て、楽しんでいるようだ……畜生、松本の、くせに……ドキドキ、させやがって。

 私だって、ドキドキさせたい……ドキドキ、して欲しい……。

「え……瑛にぃ、ほら、あーん」

 私は自分の持っていたシュークリームを瑛にぃの口元へと持って行く。

 すると瑛にぃは私の顔をチラッと見て、少しだけ固まっていたのだが、小さく小さく、口を開いた。

 ……もしかして、食べるのだろうか……と、期待をしていたのだが、どうやら瑛にぃは躊躇してしまっているようで、唇を少し震わせて、動きを止めてしまった。

「えいに……た……食べていいよ……食べて」

 私がそう言うと、瑛にぃは一秒ほど目を瞑り、意を決したように目を開き、私が持っていたシュークリームを、一口、かじる。

 あああああああ……かじった……かじった……本当にかじったっ……!

 私なんかが口を付けた所を、瑛にぃは戸惑いながらも、噛じって、くれた……。

 なんかもう、嬉しいとか、嬉しくないとか、そんなんじゃない。この感情はなんだ? どう表現すればいいんだ?

 思い当たる言葉は、ひとつ思いつくが、もうそれを、使って良いのか?

「……うまい……な……うまい……」

 瑛にぃは頬を真っ赤に染めて、私の居る方向とは逆を向き、顎を上下に、動かし続けた。

 味わっている……私が噛んだシュークリームを噛んで、味わっている。

 あぁ……愛しい。愛しい。

「……俺のも、うまい……ぞ」

 瑛にぃはそう言って、再び私のほうへと、自分のシュークリームを、差し出した。

 ……もう私に、迷いは無い。一切無い。

 元々私は、瑛にぃが好きなんだ。その瑛にぃが、差し出してくれているんだ。こんなの本来、願ったり叶ったりじゃないか。

 私は口を開き、瑛にぃが差し出しているシュークリームを、一口、ガブッと噛む。

 すると中から、モコモコとしたクリームが、私の口の中に入り込んできて、口いっぱいを、幸せな気分にしてくれた。

 そして私の心の中も、幸せな気分で、いっぱいになる。

「美味いだろ……」

「美味しい……」

 もう私は、メロメロだ……瑛にぃしか、見えない……。

 今この時の時間を、永遠のものにしたい。この幸せで、幸せで、幸せでたまらないひとときを、ずっとずっと、感じていたい。

 一緒に、暮らしたい……とか、飛躍した事まで、考えて、しまう。

「……千香、今日……」

 瑛にぃが視線を地面に向けたまま、小さな小さな声で、呟いた。

「んぇ……? 瑛にぃなぁにぃ?」

「今日さ、一緒に新年、迎えような……」

 瑛にぃはそう言いながら、私の頭に、手を乗せた。依然、私の顔を見てはくれないが、瑛にぃの目は、本気だ。

 元々私は、そのつもりだった……兄が居るかも知れない実家に帰るなんて、出来る筈が無かった。彩子さんの家に泊まるという選択も、無い訳では無いが、大晦日に実家へ押しかけるなんて非常識な事、出来やしない。そもそも兄が私の事を、あの駅周辺で待ち伏せしている危険性だってあるのだ。彩子さんの家は、駄目。

 つまり残るは、瑛にぃの家、という事になる。

「……うん……その、つもりだよ……」

「……ふっ……! 布団、買って帰ろう! しょぼくても、いいよな? セットで何千円ってやつ! ……これからも、必要になるだろうし」

「……私、瑛にぃがいいなら、一緒で、いいよ」

 何を、言っているんだ、私は……なんて事を、無意識のうちに、言っているんだ……。

 信じられない……男にあれほど興味が無かったと言うのに、今では、こんな、無防備に、なっているなんて……身を任せようと、しているなんて……。

 処女を失う覚悟を、こんな大変な時に、するなんて……っ。

「いっ……いやっ……お……俺は俺……我慢…‥…いや、違う……必要なんだよっ……絶対にっ」

「……私っ一緒がいいよっ……一緒に寝たいよっ」

 私は瑛にぃの顔を、真剣な表情で見つめる。

 瑛にぃの顔は、とても困惑したようなものに、なっていた。こんな瑛にぃの顔は、初めて見る……。

 耳までを真っ赤にして、口をパクパクと動かし、目を大きく見開いて、言葉にならない声を、発していた。

 瑛にぃも、意識してくれているんだな……と思うと、女性として見られている実感が、凄く凄く、湧いてくる……私は、瑛にぃにとって、女性、なんだ……嬉しい……。

「う……ぁ……う……俺も……でも狭い、だろ……二つ並べてよ……それで、広く、眠ろう……か、買いに行く……」

 瑛にぃはその場に立ち上がり、目をキョロキョロと動かしながら、どちらに行こうか迷っているようだった。

「窓ガラス……割られないようにするやつも……買っていく……そうだ、丁度いい……そうする……防犯グッズも、見て行こう……そうしような」

 瑛にぃはそう言って、恐らく全然宛もなく、歩き始めた。

「瑛にぃ、そっち逆……布団とかは、こっち」

 私は立ち上がり、瑛にぃの手をギュッと掴んで、歩き出す。

 瑛にぃは「あ……あぁ」とだけ発して、黙って私の手に、引かれている。


 瑛にぃは防犯グッズとして、ベランダの窓に取り付ける第二の鍵と、刃物を握れるグローブ。強い振動を受けるとアラームが鳴るやつ、そしてガラスを割られないようにするシートを購入した。しめて一万円に近い金額になってしまい、申し訳ない気持ちになる。私の全身の服、合計した金額より高い。

「あの……お年玉が入ったら、ちゃんと返すからね」

 私がそう言うと、瑛にぃはニコッと笑って「気にするな。お前と俺を守るためだからな」と言い、私の頭へ手を乗せて、優しく撫でてくれた。

 なんかもう、告白なんて必要無いんじゃないかと思うくらい、二人の絆が深まっているのを感じる。

 頭撫でられて、凄く嬉しい。凄く気持ちがいい。

「……今までは」

 瑛にぃは私の顔から目をそらし、沢山積まれている掛敷布団のセットを見つめた。

「防犯なんて、考えた事も無かった……それに、俺一人の事だろ? 別に、気にしてなかった」

「ん……まぁ確かにね。北海道は空き巣とか少ないらしいよ。それに一人だとね、どうしても、疎かになっちゃうのかも」

「……今は、一人じゃないからな。絶対に守らなきゃいけない……奴が……居るっ」

 瑛にぃはそう言って、私の頭から手をどけて、私の肩に手を当て、また、引き寄せた。

 抱き寄せるというより、これはもう、抱き締められている……瑛にぃの腕に、力が篭っているのが、分かった。

「お前に傷ひとつ、つけられたくない……お前を、失いたくない……お前が、大事になりすぎている……凄く、凄く、怖い……」

 頭が、真っ白になる……。

 こんな、人が沢山居る中で、抱き締められて、恥ずかしい筈なのだが、何も、考えられない……。

 あぁ……心が、魂が、全てが、満たされていくのを、感じる……。

「怖い……怖いっ……お前が、兄貴に犯されて、穢されて……堕ちていく事を考えると……怖くて、たまらないっ……」

 瑛にぃは、震える手で、私をより強く、強く、抱きしめてくれた。

 今まで、その恐怖を、隠していたのだろうな……テチヲを殺されて、玄関を開けられて、ガンガンと扉を蹴るアイツの姿を見て、本当は怖くて、怖くて、仕方がなかったのだろうな……。

「じゃあもし、逃げられない状況になったとしたら、私は犯される前に、舌を噛み切って、死ぬね……」

「何言ってんだっ……死ぬなよ……そうさせないために、こうして……色々、準備してるんだろっ……」

「うん、そうだね……そうだよね」

 瑛にぃは、私の頬と瑛にぃの頬がくっつくような抱き締め方をしていて、実際、くっついている。

 瑛にぃが本当に怖がっている時に、申し訳ないが、瑛にぃの頬が暖かくて、心地良くて……ずっとこのまま。このままで、居たい。

 私の全てが満たされていて、本当に舌を噛み切って死んでもいいと、思ってしまう。

「……お布団、やっぱりいらない……瑛にぃの布団で、一緒に寝る」

「……わかった……そうしよう」

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