第13話 デートけろけろ

 取り調べは数時間にも渡り、続けられた。私はコイツらが大嫌いなので、終始ムスッとした態度で応対していたが、瑛にぃはずっと真剣な表情をしながら、質問に丁寧に答えていた。同じ質問に対して、何度も同じ説明をしていて、偉いなぁと関心する。

 ちなみにテチヲの遺体は、誰が飼っていたという訳でも無いので、警察が証拠品として預かり、腐る前に火葬にするとの事。恐らく証拠というのは嘘だと思う。そのまま保健所に持って行き、処分されるのだろうな……と、察する。

 ようやく調書を取り終え、瑛にぃが被害届を書き終わり、開放されたが、警察署に来てから五時間以上が経過していた事にも、私は不機嫌になる。今日は大晦日だぞ……結構大事な時期だぞ……と、内心怒っていた。

 私達……と言うより私は、パトカーで家まで届けてくれるという警察の厚意を断り、歩いて駅へと向かっていた。

 兄はまだ捕まっていないらしいが、この近辺には居ないだろうし、もし居たとしても、人通りの多い駅前では、どうにも出来ないだろう。私達は堂々と、道の真ん中を歩いている。

 瑛にぃは警察署を出て早速、スマホを取り出して、何かを調べだす。その表情は、真剣そのもの。

「何調べてるの?」

「あぁ、奨学金についてな……犯罪者の妹は、本当に奨学金が打ち切られるのかって」

 私の方をチラッと見て、再び画面へと視線を移す。

 そんなに一生懸命、私の事を思ってくれているんだ……自由になって、いの一番で調べてくれるんだ……と思い、心がホンワカと暖かくなった。

「……千香、確かに厳しくなったみたいだが、犯罪うんぬんはどこにも書かれていない……犯罪者本人だったとしても、成績が優秀であれば、貸し付けが止まる事はねぇんじゃねぇか?」

「えっ! じゃあ高校の同級生の娘が嘘言ったって事?」

 そうなのか……知らなかった。三親等内に犯罪者が居ると公務員になれないと聞いた事があるし、奨学金についてもそうなのかと思っていた……。

「……まぁ、そうなるんかな……審査が厳しくなったのは事実らしいが、それは成績による所が多い。そういう面で千香は心配ねぇし……」

 確かに、私に嘘を付いた人は、私を嫌っている節があった。私の声を聞くと、鬱陶しそうにしかめっ面をしていた事を、思い出す。

 兄の話なんて、するんじゃなかった……家庭の話は、やはりそう安々と人にするものでは無い。

「俺も奨学金については詳しくは無いが……そんな馬鹿な話、ある訳ねぇとは思っていた」

「うぅ……そうなんだ、無知ってやっぱり恥ずかしい……勉強だけじゃなく、色々な事知らないとね。新聞は毎日読んでるんだけど、それでも世間知らずなままだよ……そういう常識って、どこで知れるんだろぉ」

「どこだろうな……やっぱこうして調べるしか無いんじゃないか?」

 それはそうだろう。皆調べているに決っている。私が怠惰だっただけの話……。

 大学に合格してからも毎日勉強ばかりをしており、奨学金の手続きなんかは、ほとんど親に任せっきりであった。しかも実の父親では無く、義理の母親のほう。

「はぅ……でも安心したよ。調べてくれてありがとう、瑛にぃっ」

 瑛にぃは私の顔を見て、頭をボリボリと掻きながら、視線をキョロキョロと動かしている。どうやら、外で瑛にぃと呼ばれる事が、照れくさいらしい。少し頬を赤くしていて、アヒル口になり、凄く可愛い顔をしている。

「瑛にぃー」

 私は瑛にぃの可愛い顔が更に見たくなり、口をイーと開き、満面の笑みで瑛にぃの顔へと、自分の顔を近づけた。

 するとやはり、瑛にぃは更に顔を赤くさせ、首を私の反対方向へと向ける。

「……近いぞ」

「にゃははっ。楽しいにゃー」

 この感じ、凄く凄く、心が和む。瑛にぃは照れては居るが、決して私を拒絶したりしない。私のやる事を決して、怒ったりはしない。全て受け入れてくれる。それに甘えるように、私は遠慮無く瑛にぃへとちょっかいをかける。

 なんだかとても、カップルっぽい。凄く凄く、付き合ってる二人っぽい。

 瑛にぃも、付き合ってる二人のように感じて、幸せな気持ちになれているなら、嬉しいなと、思う……。

 まだ全然、何一つ問題は片付いていないというのに、私は凄く、有頂天だ。凄く凄く、機嫌がいい。


 私は折角、ここまで来たのだからという理由で、シュークリーム屋さんでシュークリームを買うために、ショッピングモールへと足を運んだ。ショッピングモールもアパートの近くにあるスーパー同様、凄い人混みではあるのだが、それはスーパーの方に限る。シュークリーム屋さんはなんと、一人として人が並んでいない。

「凄い凄い! 誰も並んでないよっ! すぐに買えるよ瑛にぃっ!」

 私は嬉しくなり、シュークリーム屋さんに向かって走りだそうとする。

 しかし瑛にぃは「走るな」と言い、私の手を握りしめて、私の行動を制した。

「人にぶつかったら大変だろ?」

 私は瑛にぃにそう言われると同時に、クリスマスイブの事を、思い出す。

 あの日も瑛にぃは「人にぶつかる」と言いながら、私の肩をグッと抱き寄せて、一緒に歩いてくれた。優しく、優しく、私の歩幅に合わせて、私の体を気遣い、行動してくれた。

 また、あの日のように、抱き寄せて欲しいと、私の心が我儘を言い出す。

「えっ……えええ瑛にぃっ」

 私がそう言い出すと同時に、遠くの方から「松本君っ?」という大きな声が、聞こえてきた。その声にビックリしたのか、松本君は私の手を離してしまい、声の主を探すように、キョロキョロと辺りを見回した。

 しかし、私もどこかで聞いた事のある声である……私が知ってる瑛にぃの知り合いとは、誰だろう……と思い、私もキョロキョロと見回してみると、大学の、彩子さんの友人である林ミカさんが、大きな体を左右に振りながら、近づいて来ていた。

 擬音を当てるとしたら、ドエン、ドエン、と言った感じだろうか……とにかく、横にデカイ……私も人の事は言えないが、林ミカさんよりは、軽い自信がある。林ミカさんは、お腹なのか胸なのか、区別のつかない体をしていた。それなのにワンピースなんて、とんでも無いものを着ているもんだから……なんか、凄いなって、思う。彼女の勇気は、どこから湧いて来るのだろう。そもそも、勇気を出して着ている訳では無いのかも知れない。

 彩子さんと並んで歩いている姿を見ていると、冗談抜きに、彩子さん三人分の太さに見えていた。

「あーやっぱり松本君だぁっ! 大きいから直ぐに分かった! 偶然だねぇー久しぶりぃ! 元気にしてた? メールの返事、全然くれないんだもん、心配しちゃったぁっ!」

「あぁ……悪かったな」

 ……瑛にぃの顔が、明らかに不機嫌なものに変わっていった。

 いや、不機嫌というより、無表情だろうか……初めて私と会った時のような、無機質な顔である。最近では、こんな血の通って無いような表情、見る事が無くなっていたので、なんだか懐かしいというか……不思議な感覚がする。

「今日は年末のお買い物? わざわざこういう所に来るんだね。松本君って世間からズレてるから、大晦日もお正月も関係無いって思ってた」

 林ミカさんが大きな声で世間話をしている最中、林ミカさんの後ろに友人二人がワラワラと集まってきていた。見たことの無い顔ばかりなので、大学の友人では無い事が分かる。

「あーっ本当に松本君だっ! すごぉい本物ー?」

「卒業以来だねえいちゃんっ! 元気にしてたの?」

 女三人寄れば姦しい……とは良く言ったもので、私の存在を完全に無視し、女性達は次々と瑛にぃへ質問を投げかけている。

 ……私も色々な人から無神経だと言われた事があるが、この人達のように思われていたのだろうか。嫌だな……これからは少し、慎もう。

「いや……」

「元気じゃなかったの? どうしたの何かあった? 話きこうか?」

「高校のクラスのグループSNSに松本君入ってないから、寂しいんだよ。登録してよー」

「あっそうだよ! そこで色々話しようよー。もうスマホは持ってるんだよね? 登録してー」

「……気が向いたらな」

 瑛にぃは無機質な表情のままそう答える。

 明らかに嫌がっているというのに、何故気付かないのだろうか……と、思うが、私も今まで、そんな事お構いなしに話をしてきた……つまり、こんな恥を晒して生きてきたという事……自分に引く。

 しかし、瑛にぃの人気は凄まじい。本当に、大層おモテになられるようだ……今まで彩子さんという、誰にも崩せない牙城の上に瑛にぃは居たのだが、今はフリーの状態。遠慮をしなくなった女は、こうも積極的になるものか。

「えーいいじゃんいいじゃん! 今登録してよっ! 松本君が登録したら皆メッチャ喜ぶよ!」

「そうだよ! 減るもんじゃないしねっ!」

 瑛にぃは頭をボリボリ、ボリボリと掻きむしり「チッ」と舌打ちをして、私の肩を、グッと抱き寄せた。

「……今デート中だから、遠慮してくれるか?」

 瑛にぃは、少し怒ったような声を出し、返答も聞かずに、シュークリーム屋さんに向かって、私の肩を抱き寄せたまま、歩き出した。

 で……デート……デート中……今、私と瑛にぃは、デート中である。

 おおおぉぉぉ……そうだよ、これはどう考えたって、デートじゃないか……! 男と女が二人で肩を並べて、スキンシップを取りながら、歩いている。これがデートじゃなくて、なんだと言うのだ!

「うはぁっ……」

 私は変な声が口から漏れだしていた。

 嬉しさが体の中だけでは収まりきらず、まるで口から飛び出してきたかのよう。

「千香、どうした……?」

「う……ううん……ううんっていうか……ああああ……」

 やばい……また、頭がクラクラとしてきた……顔が熱い……とてもとても、熱い。

「デートって言われて……嬉し、かったか……?」

 私はそう言った瑛にぃの顔を見逃す事なく、視界に入れた。

 瑛にぃは、私の目を見つめていて、とても照れくさそうにしている。

 そりゃ、そうか……普段、あれだけネガティブ思考な瑛にぃが、私に対してあんな事を聞くなんて、考えられない事。ちょっとでも自信が無いと、言えない事。

 瑛にぃが、変わりつつ、ある。

「う、うん。嬉しい……嬉しいに決まってる」

「決まっているのか……そうか……そう言ってくれて、俺も……嬉しいぞ……」

 私達、もうこれ、付き合ってるんじゃね? もう恋人なんじゃね? 恋人って名乗っていいんじゃね? 恋人って紹介していいんじゃね?

 なんて、普段使わない言葉が、頭の中を支配してくる。

 告白、しようかな……今夜……絶対、成功すると、思う……。

 今夜私、どうせ、家に帰れないんだから……今夜、瑛にぃの部屋で、二人っきりで、一緒に、過ごす事に、なるんだから……。

 告白して……一緒に、ねむり……たい……な……。

「ぶふぁああっ……!」

 私の口から、緊張が飛び出してきた。こんなに緊張するのは、生まれて初めて……。

 センターでも入試でも、こんなにドキドキはしなかった……人生で最大級の、緊張感を今、味わっている。

「どっ……! どうした千香! お前またすげぇ顔あけぇぞ!」

「なんでもないけろ……」

 私はまた、意味不明な語尾をつけていた。

 けろって、なんだろう。

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