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それからの私たちの親交は、図書館のカウンターを通してひっそり続いた。
彼は私の隣の、もうひとつ隣のクラスだった。中学校も同じで顔もそれとなく知っていたから、仲良くなるのに時間はかからなかった。
彼は海外の小説が好きで、一番よく読むのは『ティファニーで朝食を』みたいで、月に一回は借りていて、その度に「よく飽きずに読めるなあ」と不思議に思う。
「またこれ借りるの?」
何度目かの受付で、ふとその疑問を聞いてみた。
「うん。元気が出るんだよ」
「これ読むと?」
「そう。君も読んでみなよ」
「へえ……じゃあ、読んでみようかな」
「でも僕の次ね」
「えー、いつも借りているからいいじゃん!」
そうやって、「ふふ」と彼は最初に会ったときの微笑みをするのだった。そして『ティファニーで朝食を』を借りるときの彼は、なにかの理由で落ち込んでいて、そこから立ち上がろうとこの本を読んでいるのだと気付いた。
元気を出す理由が私ではないことに、ほんの少しだけ、さびしく思う。
彼と話すようになってから、私は頻繁に図書委員の仕事をするようになっていた。受付業務も、本の排架作業も、補修・分類も一か月そこらで覚えてしまった。
先生からも褒められることも嬉しかったが、この原動力は彼に会うためなのだと知ったら先生はどう思うだろうか? 我ながら不純かもしれないと思い、褒められる度に「先生ごめんなさい」と心で手を合わせる。
そんな私の変化に気付いたのは先生だけではなかった。友人の咲子は目ざとい。
「ねえ、あんたまた図書館?」教室で帰り支度をしていたところに話しかけられた。
「そう。委員会の仕事だよ。偉いでしょう?」
「違う。彼に会うためでしょ」
「うぇえ!?」
予想だにしない問いに、慌てて変な声が出る。
咲子は指を鉄砲の形にしていて、そのまっすぐ伸びる人差し指を教室から見える廊下に向けていた。その先には、本を片手に歩く彼の姿があった。
「図星だね」
わっはっは、と咲子は豪快に笑う。
咲子は私の親友だ。
中学生の頃に同じクラスで、何の共通性も無かったけど、お互いに無い物を補うようにして仲良くなった。彼女は人懐こい笑顔で何事も解決してしまうような人間だった。しかし、ただ明るいだけの性格にありがちな能天気さはなく、彼女は感情を機敏に察知することにも長けていた。その証拠に、いつも人の輪をつくっていた彼女だが、私を無理に誘うようなことをしなかった。
そんな彼女にいつの間にか心を許していて、そして咲子自身も私に心を許しているのか、お互いなりのコミュニケーションを交わし、高校生になった現在も交友関係は良好だ。
「あんた、分かりやすすぎる」
「またしても……」彼女には私の考えなど、いつもお見通しなのだ。
「じゃあ、アイスが10本連続で当たる奇跡と、彼に告白される奇跡が選べるなら、どっちにする?」
「私の恋心を、そんな奇跡みたいに言わないでよ!」唐突でまったく意味不明な選択肢に私は小腹を立て、そんな連続で当たるなんて相当な奇跡じゃない! と暗算をしてみる自分に気づいて馬鹿馬鹿しくなる。
「彼のどこがいいの? 私、小学校から同じだけど、よく分からんな」
「え、そうなの?」
「そうだよ。家も近いから、昔は遊んだりしたけどね」
咲子と彼が幼馴染だとは知らなかった。もちろん知る由もなかったけれど、私は少し嫉妬にかられ不貞腐れた調子で言う。
「いいなあ。幼馴染ってやつじゃん。いいなあ、私も家、隣が良かったなあ」
「別に隣じゃないって! まったく、そんなふざけてないで早く追いかけな? 彼が待ってると思うよ」
そう言うと咲子は、机の荷物を勢いよく鞄に詰め込み、私を教室の出入り口まで移動させたかと思えば、「早く行きな!」と背中を優しく押した。
彼女は私の考えをいつも見通し、そして、必ず一枚上手なのだ。私がいま一番望んでいることを、何気なくしてくれる。その度に、彼女が私の友人でいてくれることを心の底から感謝する。
「ありがと、咲子」
私は彼女を教室に残し、図書館へ続く廊下を駆ける。
遠く、遠くから、吹奏楽部が練習している音が聞こえた。あの、ばらばらな楽器の音が、まとまったり散ったり、止まったかと思ったらすぐ聞こえたりした。
もっと遠くから「がんばれー」と聞こえた気もした。それは運動部の応援だったかもしれないけど、私は都合よく自分への言葉にして、暮れる夕日を追うように足を速めた。
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