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七色最中
1
天窓から差し込む夕日が、カウンターまで届きそうだった。図書館はその赤を飲み込みながら、机や椅子、書棚を染めていった。
図書館は下校時刻を過ぎてもしばらく開いている。この時間までここにいるのは、私と、彼ぐらいだ。
本の貸し出しは図書委員の三年生がすることになっていて、私は率先して受付業務表に丸印を書き込んだ。彼に会えることも願いながら――
*
学期の初めに図書委員を選んだのは、たまたま人数に空きがあったから。
その頃の私は特別本が好きではなかった。小説は読んでいても途中で飽きてしまうし、実用書も参考書も、あの堅苦しい内容が頭に入ってこなかった。読めても星占いの本とか、イラストが大きく載っている動物図鑑とギネスブックぐらいだった。
いろいろなことをなりゆきに任せてしまう性格で、周りからは「無気力」と言われることも多い。でも、自分の意見が無い訳ではなく、どちらかといえば静観に徹して、流るる状況に対応することの方が得意なだけだ。
だから自分自身が下す評価では、己を「無気力」だなんて思っていない。
例えば好きなミステリー映画は学校に遅刻してでも録画予約はするし、休みの日には河原へ散歩をすることだってある。
私の中には、ぱちぱちと燻る何かがあるのだ、とほとんど根拠もなく思っていた。
だけど、その「燻る何か」はほんのわずかなきっかけで熱を持った。それはつい半年前。図書館にて。
その日の図書委員業務は、事前に割り振られている日だった。
カウンターで、やっぱりギネスブックを読んでいた私に、遠慮がちに声をかけてきたのが彼だった。
「あのう」
“猛毒を持つ動物たち”のページを食い入るように読んでいた私は、突然耳にしたか細い声に驚いて肩を揺らした。
「は、はい! ごめんなさい、貸し出しですか?」私が慌てて閉じたギネスブックに目をやった彼は、それもまた遠慮がちに指をさして言った。
「ギネスブック、読んでるんですか?」
「え、あ、そうです。私こんなのしか読めないから」
「僕も好きですよ」
そう言った彼は、目を細めて微笑んでいた。無邪気な子どものようにも見えて、知識豊富な大人にも見えた。
いきなりの笑顔に不意を突かれた私だったが、何故だかすでに、彼への興味をかき立てられていた。その微笑み、虚弱そうな細長いシルエット、穏やかな所作、それらから目に見えることはない「知性」を感じた。それは私には無縁とも呼べるモノだった。
「じゃあこれ知ってます? サザエさんは、最も長く放映されているテレビアニメ番組で記録されてるんですよ?」彼は私の手元からギネスブックを取り、そのページを開いて見せた。
「本当だ。私、動物とか人間のページばっかり読むから分からなかった。じゃあ世界一大きな花って分かる?」
「ん、なんだろう。有名なラフレシアってやつ?」
「種類は同じだけど違うの。正解はこれ」彼から本を受け取って、慣れた手つきでその写真が載っているページを開く。
「うわあ」と彼は声を伸ばし、「面白いね」とまたあの微笑みを私に向けた。
「うん、面白いの」と作業そっちのけで、私たちは話し続けていた。
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