悪魔

「気のせいだったのか?」


確かに感じたはずの強い何か。


けどここには何も居ない。そしてその何かも既に面影を潜めている。


逃げた?この程度で?


そんなはずはない。そう心の中で結論付けて再度辺りを見渡す。


「やっぱり気の……せいじゃなかったか」


オレの瞳に映ったのは黒い羽。オレから少し離れた岩だった物の側に落ちているそれからはほんの僅かに魔力を放っている。


羽の落ちている場所まで行き、剣で軽く突くも反応は無し。危険な物ではない事を確認。


誰の羽なのか。黒い羽を持つトロールなんて聞いた事もないから少なくともトロールではない。


黒い羽、黒い翼で思い浮かぶのはやはり悪魔の類。羽や翼に限らず漆黒と言えば悪魔と言っても過言じゃない。


そんな漆黒の羽を手に取り顔を近づけて細部まで確認するが、やはり魔力を少し感じる他には何も異常は無い。


いや、魔力を感じる時点で結構な異常なんだけど。


「おーい!!」


「あ、来たのか」


声が聞こえて来たのはオレが通って来た道の方から。すぐにそこからライトとリディアが姿を現してここまで駆け寄って来る。


とっさに羽をポケットに突っ込みバレないようにする。


「大丈夫ですか?随分と荒れた場所に見えますけど……」


すぐさま心配した様子を見せてくれたリディアに笑顔で返して好感度を上げていく。


「何も居なかったから大丈夫だ。何でこんなになってるのかは分からない」


まあ流石にオレがこの場所の岩ぶっ壊しまくって荒らしたとは言えない。


「にしても広い場所だなあ。流石にここにはトロールちゃんは居ねぇよな」


何でちゃん付けなのかは知らないが勘付かれてはいないみたいでよかった。


「こっちに居ないとなるとレイア達の方だろうな」


「って事はやべぇじゃん!ボケーっとしてねぇで行こうぜ!」


「はい!」


「そんな焦んなくても大丈夫だと思うがな」


と焦り走り行く2人をゆっくりと追いかけ始めたその時、オレの視界に黒い何か写り込んだ。


本能的に危険を察したオレは足を止めるが、リディアとライトはそんなもの分かるはずもなく進んで行く。


クソッ!


逃げろと叫んだとしてもすぐに反応出来る奴なんてそうは居ない。


急に何言ってんだこいつ?ってなるのがオチだ。


と思って2人をどう逃すか策を考えていた最中、突如オレ達の通って来た道の天井が崩れ始め一瞬にして出口が閉ざされる。


「は!?ウソだろおい!」


なす術なしといった様子の2人。


どうやら逃す気はないらしい。さっき姿を見せなかったのはリディアとライトが来てから行動を開始する為だったのかもな。


「チッ」


舌打ちをしてしまうこの状況をどう打破するか。


「なんかおかしくねぇか?さっきまで崩れる気配なんて無かったのによ、俺らが出ようとしたら丁度崩れるなんて」


「トロールはそんなに知能が高い魔物ではないのでこんな罠を仕掛けたりはしないはずなんですけどね……」


「トロールじゃない。もっと強い奴がこの空間に居る、気を付けろ」


少し離れた所に居る2人にとりあえず注意勧告だけしておく。注意させて意味があるのかどうかは分からないが。


「…………ちょこまかと動きやがって」


小声で愚痴をこぼしつつも、目は閉じて魔力を辺りに集中させていく。


感じる、確かにすぐ側に感じる。


かなり近いな……そんなハッキリとした距離は分からないがオレの前方だ。そう、丁度あの2人が立って居る上の方から……っ!


「上だ!」


さっきは反応出来る奴なんて居ないからって言ってたくせして結局は叫ぶしかない。


2人は上じゃなく突然叫んだオレの方に顔を向けた事で無事叫んだ意味は消え失せた。


「お寝んねの時間だよ〜!」


男にしては少し高い声を発しながら颯爽さっそうと上から降って来た黒い塊は無防備な2人の首に手刀を打ち込み、2人共意識という支えを失いその場に倒れ込む。


「アッハハ。邪魔者は寝てて貰うよ〜」


何が楽しいのか笑いを絶やさずこの場に出て来たあの男。黒い軍服の様な服を身に纏った黒髪の奴の背中からは1メートルは超える真っ黒な翼が生えている。


さっきの羽の持ち主で間違いなさそうだ。


「オレの連れに何してんだてめぇ」


まるでおもちゃを買ってもらった子供みたいな無邪気な笑顔をこちらに見せてくるあの悪魔。見た感じの年齢はオレよりも下に見えるが、実際はどうなのか。


「あんまり姿を見られたくないからこの子達が入って来てからやろうと思ってたんだ〜。でも大丈夫、気を失ってるだけだからさ」


「大丈夫かどうかはてめぇの決める事じゃねぇだろうが」


「怖いな〜。僕はただ君に教えたい事があったから来ただけなのに。少なくとも僕の話は聞いて損をするものじゃないよ〜」


損をするものじゃなくても得をしないなら基本的にオレは聞く気はないが、やっぱり人間には好奇心って感情があるものだ。


「んじゃ斬り刻む前に話しだけ聞いてやるよ」


「ありがとう。それじゃあ早速なんだけど、君の中に住み込んでるそいつを狙ってる奴らが居てね、僕らとしてもそれを君から奴らに奪われると不都合なんだ〜」


「おいおいちょっと待てよ。早速意味分かんねぇんだが?」


オレの中に住み込んでる?それを狙ってる奴ら?訳分かんねぇっての。


「とりあえず君の中には悪魔が居る。悪魔本体と言うよりも悪魔のカケラって感じだけどね〜。それでそれを狙う連中が居る訳なんだ」


悪魔のカケラ……?


その言葉を聞いて自然と背中に悪寒が走る。


そんな薄気味悪いものがオレの中に住み込んでるなんて信じられないし信じたくもない。


「何言ってんだてめぇ……」


「簡単に言うと、君の命を狙ってる連中が居るから気を付けてねって事だよ。それじゃあね〜」


「待てよ!」


そう言って翼を広げて飛び立とうとした奴をオレは咄嗟に呼び止めた。


「ん?僕はもう伝えたい事は伝えたんだけど」


「オレはまだ聞きたい事を聞いてねぇんだよ鳥野郎。

まずオレにそれを伝えるのはてめぇ自身の為か?それとも他の奴の差し金か?」


さっきこいつは僕らと言った。つまりこいつの他にも誰か居るって事になる。


「僕自身の為にもなるけど、何より僕の主がそれを望んでるからかな。種の繁栄と存続、それを第一に考えるのが僕の主だよ」


主とやらの話をしている時のこいつはより一層嬉しそうな、楽しそうな笑みでそれを語った。


「んでオレの中にあるカケラとやらが他の奴らの手に渡ったらマズいと?」


「そう言う事〜。それに君の中の悪魔が取られるって事は君の死も意味するからね〜」


だから極力注意して全力で守り抜けと言いたいんだな。自分の命を守る事がこいつらの種を守る事にも繋がるとは気に入らねぇな。


「そもそもオレの中に悪魔が居るって証拠はあんのかよ」


「う〜ん。例えば途轍もない殺意に襲われたり、目が真っ黒に染まったりしない?」


目が真っ黒ってのはよく分からないが、途轍もない殺意と言われると心当たりはある。


ライカ・グラブリーとの一戦。あの夜はオレの人生の中で一番怒りに震えて力の全てを解き放った夜だ。


ん?待てよ、確かあの夜ライカに目がどうたらこうたらって言われた気がしないでもない。


「心当たりがない訳じゃない……かもな」


「それなら君の中に住み込んでるって事で間違いはないよ。だからあんまり力を使い過ぎないようにね〜。君の人格が飲み込まれる恐れもあるから」


人格が飲み込まれる!?なんか次から次へ驚愕の事実が耳に流れ込んでくるんだけど。


「何でそんな得体の知れないのがオレの中に居やがるんだよ!」


「僕はそこまでは知らないよ〜。まあとりあえずあんまり負の感情に任せて暴れないようにね〜。奴らに居場所がバレるかもだし、人格が飲み込まれるかもだし」


そう言って今度こそはとばかりに羽を羽ばたかせて宙に浮いた奴に再度声をぶつける。


「奴らってのは一体なんだ!?」


「ハハハハッ、天使だよ」


天……使?


その単語に驚いた瞬間奴はもうそこから消えて、意識を失った2人とオレだけがこの空間に取り残された。


悪魔が居るならば天使が居てもおかしくはない。色々なおとぎ話ではセットで出てくるこの種族だからな。


一般的には天使は心優しく容姿の整った正義の味方、悪魔は残酷で醜い悪の化身、そういう認識をされてると思うがオレに注意を促してくれたのは悪魔の方。


しかも羽が生えている以外には人となんら変わりのない見た目をしてた。むしろ今の悪魔に関しては容姿は良い方だった。


色々常識を覆してきやがって……。


「ん……」


オレが頭を悩ましていると倒れているリディアの意識が戻ったらしく僅かに身体を動かしている。


「大丈夫か?」


急いで駆け寄りリディアの背中に手を回して上半身を起こすのを手伝う。


「私どうして寝てたんですか?」


「えーと、さっきそこが崩れて巻き添いになりそうだったからオレが無理矢理魔力で2人を吹き飛ばして避けさせたんだ。そしたら意識が飛んだみたいで、ごめん」


どうやら悪魔に殴られた事は覚えてないらしい。もしかしたらオレ達人間の知らない魔法でその時の記憶だけを奪ったのかもしれないな。


いくらなんでも丁度そこだけ忘れてるなんて都合が良過ぎる。


ライトはまだ寝てるからとりあえずはいいか。


「そうだったんですか。ありがとうございます、また助けられちゃいましたね」


感謝されるのは嬉しいんだけど嘘ついてる訳だからなんだか申し訳ない気持ちになってくるな。


それを言ったら正体を隠してる時点でアウトだろって話にもなるけど。


まあいいか。


「別にいいさ。にしてもリディアが目を覚ましたってのにこの野郎はまだ伸びてるのか、情けねぇな」


少し強引に話題を逸らすのに使ったのは隣で倒れてる、と言うより気持ち良さそうに寝てるライト。


なんでそんなにぐっすりしてんだっての。


「打ち所が悪かったんですかね?」


「全く貧弱な奴め」


本当ネタ提供には事欠かないよなこいつ。


「あ!そういえばレイア達の方は大丈夫でしょうか。こちらにトロールが居ないとなるときっと向こうに……」


「レイア達なら大丈夫だろ。トロールって動き鈍いただの脳筋野郎だから」


棍棒とか持ってる個体もたまに見かけるが、基本は太くて大きな腕を振り回して攻撃してくるだけの雑魚。


魔法も使えない、知能も低い、見た目もキモい、まるでいい所が見つからない救いようのない魔物だ。


「ルナはトロールと戦った事があるんですか?」


「春休みに暇つぶしがてらギルドに行ったんだけど、その時トロール討伐の依頼があったからボコった事はあるぜ」


「流石は先輩ですね」


と少し意地の悪い笑顔でそう言い放つリディアもまた可愛い。決してドMではない。


どういう人達が結婚したらリディアみたいな容姿の整った子が産まれるんだ。


そしてそのリディアを取り巻く環境はどういったものだったのかも気になる。


父親を殺されても誰かを恨んだりする様子もなく、そしてその事を他の誰かに見せる事もない。オレもあの日会ってなかったらきっと気付かなかったと思う。


「留年したくてした訳じゃねぇよ」


心の中ではそんな事を思いつつも、会話に不貞腐れたように返事をする。


「フフッ、ルナって結構可愛いですよね。顔も女の子みたいですし」


なっ……!顔が女みたいなのはオレの数少ない欠点、それを突いてくるとは!


オレだってこんな中性的な顔よりも男前な顔に生まれたかったよ?女の子が見てるだけで照れちゃうみたいな容姿でこの世に生を受けたかったよ?


でも後の祭りなんだよなぁ。


「リディアの方が100倍は可愛いぞ」


「え、いやあのその……私は別に可愛くなんか……」


誰が見ても真っ赤に染まった小さなその顔。視線は下を向き両手は前でモジモジとさせている。


ささやかな仕返しだぜ。リディアなら絶対こうなると思ったからな!


「いやいやリディアはめちゃくちゃ可愛いよ。とくに恥ずかしがってるところが」


めちゃくちゃ可愛いリディアにめちゃくちゃキモい事を言ってるのは承知の上です。でも可愛い女の子ってちょっと意地悪したくなるじゃん?


「もう!からかわないで下さい!」


「からかってないって!本気で可愛いと思ってるぜ?」


「本気……ですか。で、でも私世間知らずですしお料理も出来ませんよ?」


なんで料理が出来るか出来ないかの話になったのかは知らない。


「オレも料理出来ないから大丈夫」


「えーと、2人共お料理出来ないと生活に支障が出ると思うんですけど」


「は?」


「え?」


リディアは何が言いたいんだ?ちょっとよく分からない方向に進んでいってる気がしないでもない。


リディアは可愛い→リディアが照れる→リディアは料理出来ない→2人の生活に支障が出る。


???


悪いがまったく理解出来ん!


「何で生活に支障出るんだ?」


「だって一緒に暮らし始めたらどちらかがお料理作らないといけなくないですか?」


「はい?」


何で一緒に暮らすの?何がどうなったら同棲に結び付くんだ……。


まあオレとしてはリディアと同棲とかマジ最高なんだけど。願ったり叶ったりってやつ。


「はい」


「う、うん……何で一緒に暮らすの?」


「え……夫婦って一緒に暮らすものですよね?世間知らずの私でも多分これは合ってると思うんですけど間違ってましたか?」


「合ってるけど、何で急に?」


「だって私の事さっき……」


また何故か照れ始めたリディア。


オレが意地悪し始めたのにオレが付いていけてないだと?


「さっき?」


「……か、可愛いって言ったじゃないですか」


「…………」


ごめん無理。今回ばかりは付いていけない……。


可愛いって言ったのは確かだけど求婚をした覚えはないぞ。


「言ったけどそれがどうかした?」


「つつつ、つまり結婚して下さいって事ですよね!?」


「違います」


即答してやったぜ。なるほど世間知らずとはこの事か。


いや世間知らずにしてもヤバい。そのうち変な男に騙されそう。ちなみにオレは変な男じゃないからな。


変な男って言ってオレを思い浮かべた奴が居るとしたら雷で消し炭にしてやる。


「ち、違うんですか!?」


「あのなリディア、可愛いって事は別に結婚してくれって事じゃないからな?結婚して欲しい時はちゃんと結婚して下さいって言うし、付き合って欲しい時もちゃんとそう言うもんだ」


「そうだったんですか……」


親の顔が見たいぜ全く。天国に居る親父さんよ、この子に常識を教えに戻って来てくれ。


「可愛いって言う事は結婚して欲しい時に使う言葉かと思ってました……なんだか恥ずかしいです」


「まだオレが相手でよかったな」


まあ他の野郎がリディアを口説いてたらぶっ殺すけど。


「そ、そうですね」


「そもそもさ、リディアってオレと結婚してもいいの?」


「え!?あ、あのそれはそのえーと、あの……」


やったぜ。照れてるって事はそういう事だろ?


わーいわーい!


それじゃあ改めて、


「リディア、オレとけっーー」


「あれは違いますから!もしもの話ですから!ルナと結婚したいなんて思ってませんから!ほ、本当です!」


「はぁい」


舞い上がったオレが恥ずかしいよもう。思ってなかったのかよ!勘違いさせないでくれ!オレの純情が……。


「その返事信じてませんよね?」


「いや信じてますよー。オレとは結婚したくないんでしょー分かってますよー」


「それならいいんですけど」


ひええええ、辛い……。やっぱり女みたいなのはこの顔がダメなのか?


いや!きっとこれは照れ隠しだ!そうに違いない!好きだと勘付かれたくないからこう言ってるのだ、そうだよな?


そういう事にしておこうじゃないか。オレの心を保つ為にもな。


「う、うぅ」


「あ、ライト大丈夫ですか?」


「やっと起きたのかよ寝坊助」


会話が終わったタイミングで目を覚ますとはな。実は起きてたんじゃないのかこの野郎。もしそうだとしたら締め上げてやる。


「よく寝たぜ。さあ帰ろう」


「何でここで寝てた事疑問に思わないんだよ。お前どこでも寝るマンかよ」


「言われてみればそうだな!何で俺こんなとこで寝てんだ!?」


言われなきゃ気付かないあたり救いようの無いバカ。天然とか世間知らずとかを遥かに凌ぐバカ。


という事で、


「ひ、み、つ」


ちょっとエロティックな若妻を意識したこのセリフ。オレと同様女に飢えてそうなこいつには丁度いいスパイスだろ。


「ほらレイア達のとこ行くぞ」


「ですね」


「何で俺ここで寝てたの……?」


悪魔との遭遇、悪魔のカケラの存在、リディアの世間知らず、バカのバカ具合、とても中身の濃い洞窟探検だった気がする。

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