魔物退治

目の前に堂々と構えられた巨大な建物。白で染め上げられたそれは見たところ汚れもほとんどない。


ここが最近出来たギルド“聖風”。この街は元々小さなギルドがいくつかあったみたいだが効率良くこなす為に統合されたらしい。


一応Xランカーも所属していて氷帝ひょうていなんて呼ばれている。


氷と聞くとどうしてもあの鬼ギルドマスターを思い浮かべてしまうのがオレの悪い癖。


氷帝は目立った噂も聞かないしそんなめちゃくちゃ強いって訳でもないだろう。それでもXランカーではあるけど。


やっぱりXランカーの中でも強さに違いは出てくるもんだ。これはXランカーに限らずどのランカーにも言える。


「じゃあ今からグループごとに依頼書を配布するぞ」


え、中に入らないの?と言うより依頼書をハゲジジイがもう持ってんのかよ。


ここまで来た意味を問いただしたい。


「ルナ。お前らのところはそれなりに難しいものを用意したから頑張れよ」


そう言ってオレの胸板に押し付けてきた紙は恐らく依頼書。


内容は……トロール2体の討伐。ハッキリ言ってめちゃくちゃダルい。


トロール自体はCランクの魔物だがそれが2体って事でBランクになってるせいでそれなりに苦戦しつつ倒さないとならない。いつもみたいに1人で突っ走るんじゃなくて連携取りつつ倒す感じになると思う。


「それで俺達の依頼は何?」


「トロール2体をぶっ殺して来いとよ」


「トロールはBランクの魔物ですよね?私達で勝てるのでしょうか……」


不安そうなリディアを見てると抱き締めたくなってくるな。大丈夫、オレが守るから。


くぅ〜、カッコいい!


「大丈夫大丈夫!俺が守ってやるから安心しろって!」


お前に守りきれるかバーカ。引っ込んでろ。


「調子乗ってると真っ先にやられるぞライト」


「確かにライトはすぐやられそうだね」


「お、お前ら……」


オレとレイアの言葉責めを受けてショボくれるバカは放っておくとして、トロールはどこに居るんだ?


えーと…………あった。ミラール森の奥、洞窟の中らしい。


ミラール森。この街から少し離れた所にある割と大きめの森。そんなに高ランクの魔物は住んでないから任務で行った事はないが知識くらいは一応ある。


紙の裏側には簡単に洞窟の位置が書いてある。これくらいの距離なら森に入って30分くらい歩けば着けそうだな。


「なあハゲジジイもう行っていいのか?」


「本当はまだ説明があるんだが……まあお前は2度目だし大丈夫だろうから行ってこい」


2度目とか言うなよ恥ずかしい。心なしかクラスメイトの連中が笑っているように感じるのは気のせいか。


「っしゃあ!とっとと終わらせてやろうぜ」


「気を付けてねライト。俺はライトが1番心配だよ」


「え〜私じゃないの!?」


「あ、ごめんごめん。もちろんアリスが1番だよ」


勝手にやってろ!


「行くぞ!」







「どうしたライト、ビビってんのか?」


森に入ること約30分。オレの予想通りの時間をかけて目的地に到着。道中下位ランクの魔物も軽く蹴散らしながら来た訳だが、問題の洞窟を目の当たりにしてオレ達は足を止めている。


と言うより先頭を歩いてたライトが止まったせいでオレ達まで止まってるだけだが。


突然現れた城壁の様な壁が横に長く続いている。そこにポツリと空いた穴、これが洞窟への入り口という訳だ。


「ち、ちげぇよ!俺が蹴散らしてやらあ!」


と言うものの中々入ろうとしないライト。


この森自体も高い木々のせいで太陽の光があまり差し込まず、そこから更に闇に包まれた洞窟に行くんだから気持ちは分からなくもない。


けどーー


「女にカッコ悪いところ見せたくないんで先に行くぜ」


追い越しざまに小さくそう呟きオレは先陣を切って洞窟の中に足を踏み入れて行く。


オレの言葉に心動かされたのか、ライトが慌てて走ってオレの隣に陣取る。横目で確認した限り後ろはレイア、リディア、アリス、リオの順番だ。


まあ女を1番後ろにするのもかわいそうだからな、分かってやがるぜリオ。流石彼女持ちは違うな。


中はもちろん真っ暗なので手に小さな雷球を発現させて足元を照らしている。


にしても無駄に湿度が高いこと高いこと。ジメジメしてて気持ちが悪くなってくる。早く帰って風呂入りてぇ。


洞窟の中は案外広く、オレ達が歩いてるこの通路は高さは3メートル程で横幅も同じくらいはある。学園の廊下と同じくらいか。


「なあルナ、トロールってのはどんな魔物なんだ?」


「見た目はとにかくキモくて臭いも酷い。体長は個体にもよるが2メートルから3メートルってとこだな」


「マジかよ!そんなデカいのとやり合うにしちゃここ狭くねぇか!?」


確かにライトの言う通りだ。もしここで遭遇しようものなら上手く連携も取れないし派手に魔法を撃つわけにもいかない。もし壁に当てたら崩れる可能性があるからだ。


そう考えると全員で1度に来たのは得策じゃなかったかも知れないが、予想だとどこか広い場所に出るはずだ。トロールくらいの巨体の奴がこんな狭苦しいとこを寝床にしてるはずがないからな。


「もう少ししたら広い空間に出ると思うから安心しろ。そこにトロールも居るはずだ」


「なんかやけに慣れてるな」


「それ私も思った」


「留年してるからだよ!何度も言わせんなって」


レイアまで一緒になって言いやがって。やだやだ恥ずかしい。


「ったく……」


安定の留年に関する辱めを受けて少しばかり拗ねかけていたその時、オレは微かに漂う強い魔力を肌で感じた。


この魔力、トロールのじゃないな。そもそもトロールは魔法も使えないくらいの魔力量しか持っていない。そんなトロールが辺りに魔力を漂わせる事なんて出来るはずもない。


まだみんなは気付いていないみたいだな。どうするオレ、1人なら間違いなく殺せるレベルの相手だろうがみんなが居るとなれば本気は出さない。


なんとかして別行動が出来ないものか……。


その矢先、この前死にかけたせいなのかその時の運がこっちに回ってきたようで、突如現れた別れ道。


仕組まれてるんじゃないかってレベルのタイミングだがこれは正直助かる。


「おいおい別れ道じゃんか。どうするルナ?」


こいつが真っ先にオレにどうするか聞いてくる事は分かってる。有り難く利用させてもらうぜ。


「まあ二手に別れるしかないだろ。元々6人でこの狭い道で探し回るのも効率が良いとは言えないしな。右はオレとライトとリディア、左はレイアとアリスとリオで頼む」


この前の団体戦もこの別れ方だったし文句はないはず。戦力的にはこれがバランス取れてるだろうし。


ちなみに強い魔力を感じるのはオレ達が行く右側の道。恐らくトロールはレイア達の方に居るだろう。


「それじゃあ1時間後に洞窟の前に集合で大丈夫?」


「ああ、いいぜ。それじゃ気を付けろよ」


レイアと約束を交わしてオレとライトとリディアの3人は危険な方の道を進む。


巻き込む形になって悪いが、いざという時は守ってやるから五分五分だろ。


と、勝手に考えを押し付けて解決させる。


「あの、なんかさっきからおかしくないですか?」


「だよな、俺も変だと思ってたんだ。なんかこう、不気味な雰囲気っていうかなんつーか」


漂う魔力に対して、不気味な雰囲気という形で感じ取ったらしく不安そうな表情の2人。


「多分トロール以外にも何かいるな。こっち側に来てからずっとオレもおかしいとは思ってた」


嘘ですこっち側に来る前から気付いてました。気付いたうえでこっちに来ましたすいません。


ここにきて芽生えた罪悪感。心の中で謝ってそれを振り切る。


「そ、それってヤバくねぇか?」


「まあなんとかなるだろ。最悪腕か足が失くなるかもな」


「怖い事言わないで下さいよ……」


心なしかリディアとの距離が近くなった気がする。もちろん物理的な方の距離の話。肩と肩がぶつかり合いそうなぐらいには近くなってる。


なるほど……怖がらせれば怖がらせる程お近付きになれるって事か。


いやいや!流石にそれは止めよう、かわいそうだ。危うく最低のクズ男になるところだったぜ。


オレの横からいつの間にか姿を消してリディアと共に後ろからついて来るライト。


先頭を歩くオレは少し胸を躍らせながら足の動きを速めていく。


一体どんな魔物が居るのか。


進めば進むほど次第に強くなっていく魔力にそう思わざるを得ない。


「そろそろだな」


前方から微かに見える光。そんな強い光じゃないから外に出る訳ではなさそうだが、この通路も終わりを告げそうだ。


「マジで行くのかよ……やべぇ予感しかしないぞ!」


「私も少し不安です」


普通の学生を巻き込むのはよくないか。とりあえず2人はここで待機させておいてオレだけで行った方が都合もいいしな。


「なら少しここで待っててくれ。様子を見てくる」


「お、おい!」


慌てたように呼び止める声を無視して、オレは光の元へと走って行く。幸い付いて来てないみたいだから安心だ。


もし高ランクの魔物が居たら面倒だからな。


やがてこの長かった通路を抜けるとそこには広い広い空間が広がっており、遥か上には穴が見える。そこから太陽の光が差し込んでいる。


なるほど、さっきの光はこれか。


にしても変だ。さっきまでの強い魔力はオレがここに来てから一気に感じなくなった。


逃げたか、隠れたか。どちらにせよそれなりに知能があって尚且つオレの実力を感じ取るレベルだとしたら厄介かもな。


単純に警戒心から身を隠しただけならいいんだが。


「誰か居ますかー?」


声を張ってもこの広い空間で反響するのみ。返ってくるのはオレの声だけだ。


わざわざ出てくる相手じゃないとなると敵の可能性が高いか……どうしたもんかね。


ゴロゴロとその辺に散らばってるいくつかの大きな岩。それくらいしか隠れる場所はない、つまり適当に破壊しちまえばいい。


「出てこねえなら荒っぽいやり方になるが文句は受付けねぇぞ」


…………返事無し。


「ならノークレームでよろしく頼むぜ!」


そして右腕を胸の前から横に一振り。何かを切り裂く鋭い音が響き渡り耳を突く。


するとオレの右側にあった大きな岩達がゆっくりとその形を崩していく。


刃で細かく斬り刻まれたかのようにそれは崩れていき、最終的には小さな石ころの山となって消え失せた。


「いねぇか……ならこっちか?」


同じように今度は左側に斬り裂く烈風を送り込む。


岩に罪はないが消えてもらう。


数え切れない程の烈風が岩を斬り刻む。斬り刻まれた後の石ころは身を隠すには小さ過ぎる。


精々手の平サイズの小人くらいしか隠れる事は出来ないレベルの石ころ。


なのにそこには誰も居ない。


「気のせいだったのか?」

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