実習授業
くんかくんか、くんかくんか。
「スースー」
「ど、どうかしましたか?」
素晴らしい匂い。この白金のロングヘアから漂う甘く滑らかな匂い……ずっと嗅いでいたい!
「いや、何でもない。少し鼻が詰まってただけだ」
「まだ風邪治ってないんですか?休んでた方がよかったんじゃ……」
「あんまり休むと怒り狂う人が居るんでね。まあ熱はもうないし大丈夫だろ」
当たり前だが学園を休んだ理由は風邪って事にしてある。剣で刺されて治してましたなんて口が裂けても言えない。
「ってかみんな遅くね?もうそろ授業始まるってのに」
9時まであと10分もない。なのに教室にはオレとリディア以外には誰も来ていない。来る気配すらない。
これってまさかーー
「あっ!そういえば今日から実習授業で隣街に行くから校門前に集合なんです!」
このパターンか……なんか去年も同じ事やらかしてた気がするなあ。
「んじゃ校門行くかあ」
校門ならそんな距離もないし急がなくても間に合う。
「そうですね、急ぎましょう」
急がなくてもいいのに……優等生だなあ。
ゆっくり歩き始めたオレと違って駆け足で教室を出て行くリディアのお尻にタッチしちゃいたい。
「あんまり急ぐと転けるぞー」
「きゃっ!」
転けた。
チッ!スカートがめくれてパンツが見えるイベントは無しかよ!神様も厳しい。
「おいおい大丈夫か?」
スケべな思いは心にそっと置いておいて優しく手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
「歩いても間に合うからそう焦んなって」
「せっかちでごめんなさい……」
恥ずかしそうにしてるその表情もいいよー。もっと色んな表情を見てみたいもんだな。
特に見たいのはヤキモチ妬いてる時の表情だな、うん。リディアでもヤキモチ妬くのか分からないけど。
流石にそれは失礼か?
「お!まさか2人揃って来るとはな。なになに、付き合ってんの?」
校門の前に着いて早々冷やかしに来たこのバカは何言ってんの?
「あ〜リディア赤くなってる」
続いて冷やかしに来たのはアリス。アリスの場合はキャラに合ってるというかなんと言うか。いかにもそういうのに興味津々って感じだもんな。
「赤くなんてなってません!」
うおおおお、たまんねぇなおい。可愛いぞ可愛いぞ!
「あんまり冷やかすなよアリス」
「おはようルナ、リディア」
大人な対応のリオともう1人の天使レイア。レイアの匂いも嗅ぎたいなあなんて思ってたりもする。
「おはよー」
「おはようございます」
みんなで居る状況で怪しまれずにくんかくんかするにはどうしたらいいか……これはかなりの難題。風さえ吹いてくれれば勝ちなんだが。
「もう風邪は大丈夫なの?」
「もちろん。完全復活だ」
正直あんまり激しく動くとまだ傷が痛むけど我慢出来る範囲。
けどこのタイミングで実習授業とはついてない。寝てればいいと思って来たのに。
「よーし時間だ!それでは今回の授業の説明をするぞ!」
腕時計を見るときっちり9時ジャスト。しっかりしてんなハゲジジイ。
「まず向かう場所は隣街のファーファルだ。そこにあるギルド“三日月”で簡単な魔物討伐の依頼を受けてもらう。死ぬ危険のあるような依頼じゃないから心配はいらん。各チームに合わせた物を用意してもらっている」
各チーム、つまりオレは少し前に作ったオレ、レイア、リディア、ライト、リオ、アリスの6人チームだ。多分このクラスで飛び抜けて実力の高いチーム。と言うより学年内でもかなり上位な気がする。
つまるところ他のチームより難しい依頼をこなす羽目になるかもしれないという事。
「それと今回の実習授業は3泊4日だからな。まあ隣街と言っても結構距離があるからそこは諦めてくれ。一応観光の時間も取ってあるから楽しむといい。それじゃあ行くぞ、着いて来い」
まーたあの長い時間馬車に乗るっていう苦行をやらないといけないのか……既にやる気を無くしそう。
「むにゃむにゃ」
「こいつ寝るの早いな。まあ時間かかるから寝るのがいいんだろうけど」
馬車に乗って30分も経ってないが気付けば目の前のライトがよだれを垂らしながらアホみたいに寝てる。あっ、正真正銘のアホだったなこいつは。
ちなみに去年の馬車と違って魔法で空間を広げている馬車だったおかげで多少は快適な時間を過ごしている。
とは言っても寮の部屋見たいなら広さはないからたかが知れてる。
「ライトだけじゃなくて他の3人ももう寝てますよ」
え、マジかよ!
うわ本当に寝てる。レイアもリオもアリスもみんな夢の中にサヨナラ状態だ。起きてるのはオレとリディアだけ。
「昨日は夜まで授業があったんですよ。実習授業に備える為に色々教わりました。それでみんな疲れてるんだと思います」
そういえば去年もそんな感じのがあったな。やっぱり念には念をって事で戦いの基本を教えるんだろうな。
よかった昨日学園行かなくて。ギルドのベッドでぐーたら出来て幸せだったぜ。
「リディアは寝ないのか?」
「私はまだ眠くないんで大丈夫です。ルナは今日は寝ないんですか?」
今日はって何だよ。まるでいつも寝てるかのような言い草だ。
え?寝てるだろって?失礼だな仮眠と言ってくれ。
「昨日たっぷりと寝たからな」
「あ、そうでしたね。だから昨日部屋のインターホンを押しても反応が無かったんですね」
「あー悪い全然気付かなかった。何か用でもあったのか?」
「いえいえ。ただこの前のお礼をと思いまして」
この前と言えばあの夜の事か。そういえばすっかり忘れてた。先週末の出来事が壮絶過ぎたせいだな。
「気にするなって。もう大丈夫なのか?」
自分で聞いといてなんだが大丈夫なはずがない気がする。
だって親が殺されたんだぜ?オレでも復讐に縛り付けられたりしてるのに。人格が変わるレベルの出来事だろ。
「もう大分心の整理も出来ましたし大丈夫です。だから手料理で良ければご馳走しようかと思ったんですけどーー」
「是非お願いします」
手料理、その一言でオレの意見は一転した。
いくらなんでもこのチャンスを逃すのは惜しすぎるからな。
「では今度時間が空いている時にお伺いしますね」
ご馳走してくれる側なのにもの凄く嬉しそうな表情のリディアを見ているとなんだか恥ずかしくなってくる。
「ああ、よろしく」
「ルナ!ルナってば!」
「……うぅ、なんだ?」
「寝過ぎだよ。もうみんな降りてるよ?」
レイアにそう言われて馬車内を確認すると確かにオレとレイア以外には誰も居ない。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。でもおかげで暇な時間なあっという間に過ぎ去ってこうして目的地に到着出来た訳だ。
昨日たっぷりと寝たはずなのによくもまあこんなに寝れるもんだよ。我ながらあっぱれ。
「悪い悪い。行くか」
馬車から降りると既にお日様は顔を隠し、代わってお月様が天に輝こうとしている。
移動に半日近くかかるとか最早隣街とは言えないんじゃないか?
目の前の門の手前には各チームごとの馬車が並びこの街の警備兵と思わしき人達が移動をさせようとしている。
街には馬車では入れない。これも去年と一緒だな。
「全員居るな。ここからホテルまでは徒歩で向かう事になる。とは言っても10分もかからない距離にあるから頑張れ。行くぞ」
ハゲジジイの後に続いてゾロゾロと眠そうな目を擦りながら歩いて行く我ら。
高さ10mは有ろうかという石造りの巨大な街を囲う壁に設けられた門を潜るとそこには人々の活気で賑わう街が広がっている。
セルバーンもそれなりに大きな街だが貿易の拠点や観光地といった街ではない為基本的に地元民しか居ない。
けどこの街ファーファルは違う。ハルディアス王国でも人気ランキング上位に食い込む程の観光地。春夏秋冬旅行者で埋め尽くされる街として有名だ。
油断したら迷子になってしまいそうなこの街を列になって進んで行く。
「すげぇ人だなおい。セルバーンがショボく感じるぜ」
ついさっきまでマヌケ面で寝ていたであろうライトが後頭部に両手を回した状態でこの街の感想を言う。
「まあ観光と言えばこの辺じゃファーファルが1番人気だからな。見所とかは全く知らないけど」
「へぇ〜そうなのか。俺も授業なんかより観光したいぜ観光!なっ、ルナ!」
「それに関しては同意だな。授業なんてどうでもいいから好きなようにさせて欲しいもんだ」
ましてや去年も来たし!そもそもXランカーだし!
これから3泊4日みっちり実習授業だと思うとハゲそうになってくるよ。
「ハハハッ、相変わらずだね2人共」
「何だよリオ。お前は観光したくないのかよ?」
「そりゃ俺だってしたいけど授業として来てるからね」
「お前は真面目過ぎるんだよ。もっとこうサボるって事も覚えた方がいい。これ、先輩からのアドバイス」
「流石ルナ!伊達に留年してねぇ!」
ぶち殺すぞこの野郎!大声で留年とか言うなよ恥ずかしい!隣街まで来たのは醜態を晒す為じゃないぞ!
「うるせぇよ!」
とまあこんな感じで野郎3人が列の最後尾で騒ぎ、その前では女子3人組がなにやら会話をしている。
あれか、女子トークってやつか。
好きな人居るの?
い、居ないよ?
あ〜、顔赤い!
キャッキャッ!
とか言ってんだろ。全くもう、後ろにオレという神の申し子レベルのイケメンが居るというのに。
「全員止まれ。ここが今回お世話になるホテルだ」
そうハゲジジイが言ったホテルは去年のホテルとは大分違う。
去年のホテルは言っちゃ悪いが見た目からして安っぽいホテルだった。けど今オレの目の前にそびえ立つのは豪華な装飾があちこちに施された10階建ての大きなホテル。
このお金はどっから出てるんだ。
まあ考えるまでもなく生徒側が払った金なんだろうけど正直ここまでホテル代に使わなくてもいい気がする。
「これは凄いね。俺はホテルとかあんまり泊まらないから楽しみだよ」
「ひゃ〜、これぞ金の無駄遣いだな」
「全くだ」
あんまりボロいのも困るがここまで豪華なのも困る。
「それじゃあ列を乱さないようにして入るぞー」
「ここだここだ」
張り切るライトが立ち止まったのはオレ達がお世話になるホテルの一室。
905号室か、忘れないようにしないとな。
「失礼しまーす!」
興奮が抑えきれない様子のライトがドアを勢いよく開けて中へと消えて行く。
「相変わらず元気だねライト」
「だな。よくまああそこまではしゃげるもんだ」
明日からの日々を想像しただけでテンションが下がるってのに。
教室の授業じゃないから寝れないし。それに片手で終わらせれるような依頼を時間をかけて手を抜きながらやるってのも気が乗らない。
「ハァ」
「どうしたの?ため息なんてらしくない」
「らしくないって……リオの中ではオレはどういう奴なんだよ」
「うーん、ライトを少しマシにした感じかな?」
おいおいそれって悪口じゃねぇか。あんなのと一緒にされるとは遺憾だぞ。
「ハァ。オレ達も入ろうぜ」
「そうだね」
聞くんじゃなかったよもう。
まあいいさ。明日からのオレの華麗な戦いっぷりを見せて評価を改めさせてやろうじゃねぇか。
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