リディア・ローティアス
「ほらほら終わらせてやったぞセシア様」
ギルド天空のギルドマスターであるセシアおばあ様は何故か本日不機嫌。大方書類の山が減らないからなんだろうが……。
「ご苦労様」
「…………」
任務くらいこなすのは何て事はない。ましてや今回の任務は難しい任務じゃなかった。
けどさぁ……
「普通XランカーにBランクの任務やらせる?おかしいよね!?」
なんと今日オレに押し付けられたのはBランクの任務3つ。街の周辺の魔物退治。
いやいやいやって感じ。言われた時は仕方なく黙って行ったけどやっぱりおかしいわ。
「うるさいわね。人手が足りてないから仕方ないでしょ。それに難しい任務じゃないんだからいいじゃない。男のくせにグチグチ言わないでちょうだい」
男だからって意見を物申す権利もないのかよ!
「まったくこれだから処女は」
その瞬間、セシアが走らせていたペンが静止。それを見たオレも見事に固まり、まるでこの部屋の時間そのものが凍りついた様な雰囲気に包み込まれる。
まーた余計な事を言ってしまった。
「処女は人気あるけど童貞は人気ないの知ってるかしら?」
「は、はい。よく存じ上げておりますです」
一見怒っていないように見えて実はすごく怒っているこの女。
気迫に負けて言葉遣いがおかしくなってしまったのは気にしないでほしい。
「ま、まぁいいと思うぜ!清純な感じで」
「そう、ならいいわ」
「そ、それじゃあおやすみー」
よし今だ!退散!
セシアの負のオーラが漂う部屋から一目散に出て行きそのまま一気に学園の近くにまで逃げ帰って来たXランカーのオレはひとまず息を整える。
「ハァハァ……ったく恐ろしいわあの女」
汗をかいてるがこれは冷や汗なのか、それとも走ったせいなのかはオレにもよく分からない。
にしても地雷を踏みまくるオレにも問題はあるけど、あそこまで露骨に反応する事ないだろうに。
やだやだもう。
でもいくらセシアでもここでの発言まで聞き取れる訳がないしもう気を緩めても大丈夫……あれは?
ふと目の前の噴水が備え付けられている広場の隅のベンチに見えた人影。僅かな街灯に照らされているその後ろ姿はリディアで間違いない。
どうやら1人みたいだけどこんな夜遅くに何やってんだ?変な輩に絡まれる前に帰らせた方がいいよな。
そう思い寮へ向かわせていた足を広場の方へと方向転換させて、オレに気付いていない様子のリディアに近付いていた途中、申し訳程度の街灯と月明かりを反射させながら落ちた雫。
それはリディアの瞳から流れ出た涙だと気付くのにはそう時間はかからなかった。
なんで泣いてるのかはいくらXランカーでも分からない。話しかけるべきなのかそうするべきでないか。
思ってもいなかった事態に魔法で凍り付いた様にオレの足は動かない。ただただ
そんなリディアの綺麗な横顔は悲しみに染まっている。
こんな時なんて声をかけるのがベスト?いくらオレでもふざける気にもならないし、空気を読まざるを得ない雰囲気。
とりあえず今来たのを装って話しかけてみるか。
「……リディアか?」
その声をあげてゆっくりと歩き出したオレは片手を上げながら軽く微笑む。
ちなみにゆっくり歩いたのはリディアが涙を拭く時間を与える為に決まってる。
案の定リディアはオレが来たのに気付くとハンカチを取り出して目を拭った。
「ど、どうしたんですか?こんな夜遅くに」
「それはこっちのセリフだって。オレは美容院で髪を切った帰りだけど、女がこんな時間にこんな薄暗い所に1人で居たら危ないぜ?」
美容院で髪を切ったのは事実。まあギルドに行く前に切ったんだけど。かなりバッサリと切ってもらったんだぜ?ウルフカットなるものに挑戦して大分スッキリだ。
「そうだったんですか。前よりも素敵になりましたね」
褒めてくれるのは嬉しいんだが質問には答えてくれないな。もう1度だけ聞いてみよう。
「ありがとよ。それでリディアは何してたんだ?」
「さ、散歩をしていて疲れたので少し休憩を」
言いたくないって事か。気付いてないふりをしてやるのが今は得策。
「そうか。オレ今から夕飯でも食いに行こうかと思ってたんだけど一緒に来るか?もう食い終わった後なら別にいいけど」
元気付けてやるにはどっか明るい雰囲気の飯屋でも行って楽しい話題で盛り上がるのが1番だろ。
けど無理には誘わない。一応逃げ道としてお腹いっぱいという道を自ら開いておいた。
「お食事ですか……そうですね、ご一緒させて頂きます」
「よし。んじゃ行こうぜ」
「はい」
「お粗末様でした」
「ごっちー」
リディアと寄ったのはこの街でもそれなりに有名なレストラン。何回か来た事もあるから味も保証済み。リディアも満足してくれたみたいでよかった。
何でフィリップスにしなかったかって?そりゃこの時間帯だとギルドの連中がわんさか居るだろうから流石にね?
食事中はリディアと学園生活の事を話したり、オレの悲しい悲しい留年話なんかで盛り上がっていた。
「金は払っとくから先に外で待っててくれ」
「お金なら私も払います!そこまでしてもらうのは流石に」
「いいからいいから」
そう言ってリディアを強引に店の出口の方へ押していき、オレは会計を済ませるべくレジへと歩く。
「1万2000ギルになります」
中々お値段ははるがそれに見合った接客と料理が出てくるんだからオレは文句はない。それにギルドで働いてるから金には全く困らない。
高ランクの任務をこなす事が多いからむしろ余り過ぎてるくらいだ。
満足した気持ちで、この前新調したばかりの財布から金を取り出して会計を終わらす。
「お待たせー」
「何から何まですいません。今度埋め合わせしますね」
別にそんな事してもらわなくてもいいのに。
「まあ気にしなくていいよ。さて、帰りますか」
もう時間も10時を回ってる。あんまり寝るのが遅くなると朝寝坊するのがオチだからな……セシアの怒りのモーニングコールは聞きたくない。
リディアと引き続き色々な会話をしながら寮のエントランスに着いたが、もちろん人は誰も居ない。
この静かさが余計にオレの眠気を加速させてきている。
「今日はありがとうございます。楽しかったです」
突然横を歩いていたリディアが足を止め、わざわざ丁寧にお辞儀までしてお礼を言ってきたので、ついつい恥ずかしくなってしまう。
頬を人差し指で掻きながらとりあえず笑顔で一言。
「あんまり抱え込むなよ」
「あっ……やっぱり気付いてたんですね」
「ま、まぁな」
この話題になった途端リディアの表情には再び悲しさが混じり始めた。
やっぱり言わない方がよかったのかなあ。
悲しさなんてその人にしか分からないし他人が理解出来るもんじゃない。少なくともオレは人の悲しみを自分のものの様に心から悲しむ事が出来る人間ではないと思ってる。
「……実はお祖父様が亡くなったんです。というよりも殺されたと言った方が正しいかもしれませんね」
オレが追求する気のなかった泣いていた理由。それを自ら口にしたリディア。
にしても5大名家の人間を殺すなんて誰がやったんだ。ローティアス家は特に悪さをしている情報もないし、そもそも既に地位があるんだからする必要もない。ギルドが秘密裏に手を下すなんて事もあり得ない。
考え得るとしたらどこかの犯罪組織、金目のものを狙った連中、ローティアス家が気に入らないどこかの貴族か。
可能性としては3番目が高いだろうな。
「そうだったのか。犯人の目星は付いてるのか?」
「いえ、まだ何も」
「何はともあれリディアも気を付けた方がいいぜ?もしかしたらリディアが狙われる可能性だってあるんだからよ。あんまり夜は1人で出歩くなよ?」
悪事を働く奴らが嫌いなだけで別にオレは貴族が嫌いな訳じゃない。ましてや美少女のクラスメートの身を案じない程鬼でもない。
「そうですね……ごめんなさい」
何故か恥ずかしそうに笑うのでオレの方まで顔が少し赤くなってるのを感じる。我ながら情けない。
いくらXランカーっていっても精神はそこらへんの学生と大差はないのかもしれない。強いて言うなら覚悟を決める面では抜けているかもだが。
「ふぁぁ。んじゃ眠いからこの辺で解散にするか。リディアはまだ部屋に戻らないのか?」
「もう少しここでゆっくりしてから行きます」
まあここにはソファもあるし騒がしい訳でもない。広いこの空間の方が部屋より落ち着くのかもしれないならそれもいいと思う。
それに学園なら流石に安全だしな。
「そっか。んじゃ先に行くぜ、おやすみ」
眠気と恥ずかしさが相まったせいでこの場に居づらくなり、逃げるようにエレベーターの方へと足を進める。
「はい、おやすみなさい」
色々あるのが人生。正直嫌な事の方が多い気がするけど、それでも死ぬ気にはなれない。例え痛み無く死ねるのだとしてもオレは生きたい。やれる事、やりたい事、目指す場所があるから。
リディアにそれがあるのかは分からない。けど生きる意味は案外すぐに見つかるもんだ。
頑張れよ。
そう心の中でエールを送ったオレは欠伸をしながらエレベーターに乗り込んだ。
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