迅雷

レイアと別れ店を出たオレは急ピッチでギルドへと向かっていた。


昼という事もあり、普段以上に人の多い道で出来る限りの速さを出して駆け抜ける。


そして色々な人にぶつかりながらも着いたギルド天空。オレの正体を知っている受付嬢はオレの顔を見るや否や奥の階段を指差し、それに頷きで答えて階段を上る。


まずは3階建てのこの建物の最上階にあるオレの部屋に入り、学園の制服を脱ぎ捨てギルドの制服に着替える。鏡を見ながら髪をスプレーで黒へと変えて仮面を手に取り部屋を出る。


髪の色を変えたのは身バレを防ぐ為。銀髪なんてそう多くはないしどうしても目立つからな。流石に雨が降ってる時とかはローブを羽織るなり風魔法で雨が当たらないようにはする。色が落ちるからだ。


次にオレが向かったのはこの階の1番奥に位置するセシアの部屋。セシアの部屋ってよりかはギルドマスターとしての部屋。セシア個人としての部屋はまた別にある。


「お望み通り来たぞ」


「遅かったわね」


人がどれだけ急いで来たかも知らないくせによく言うぜ。汗もかいたから気持ちが悪い。


「そりゃ悪うございました」


「心のこもってない謝罪はいらないわよ。

それと、あまり時間は無いと思いなさい」


まさかマーク・アースに勘付かれたなんて事はないよな?いくら上級貴族でもそこまでの情報網は無いだろうし。


「何か問題でも起きたのか?」


「どうやらさっき言った私設軍が今日の夜には屋敷に帰ってくるみたいなの。今までどこに居たかまでは分からないけどね」


その私設軍とやらがどれだけの強さなのかは気になるところだが、下手に戦ってその隙に逃げられたなんて事になったら元も子もない。


これにしくじれば今後は警備が厳しくなるだろうから、おいそれと簡単には手を出せなくなる。そうならない為にもオレがわざわざ出向いてやるんだ、必ずやり遂げてやる。


「なら早いとこ行かせてもらうぜ」


「そうしてちょうだい。私も今から他の任務があるからそろそろ行くわ」


「他の任務?」


セシアが直々に動くなんて珍しい。ギルドマスターって立場な以上仕事は見ての通り山ほどあるし、何か不足な事態に対応する為にも基本的にはギルドに居るんだが。


「アンタが学園に通ってるから私も毎日任務をこなしてるのよ。あんたに全部任せる訳にもいかないでしょ?」


オレは口を閉じたままセシアの意外な発言に目を丸くする。


てっきりいつもここに居るものだと思ってたのに、まさかオレの任務を減らす為こっそり頑張ってくれてたとは。


「ありがとな」


ならオレも任務の1つでぐちぐち言ってられないな。


仮面を付けて再度セシアに確認をする。


「マーク・アースの殺害、これでいいんだな?」


「ええ、頼んだわ」


「行ってくる」


そしてオレはこの後例の紫電と遭遇するとは思いもせずに、人殺しをするべくギルド天空を後にした。







街を出たオレは離れたところにある丘の上のアース家の屋敷を目指している。ここからでも小さくだが見えるアース家の屋敷は、このセルバーンの街を見下ろせるところに位置している。


あの屋敷からマーク・アースはオレ達を見下していたんだろうか。そう思うとイラッとしてくる。


ここからは走れば30分程度。私設軍とやらが夜には帰ってくると言われた以上は急ぐに越した事はない。もし予定より早く来たら面倒だしな。


オレはアース家の屋敷を目指し地を駆ける。


風魔力で身体強化している事もあって、見る見るうちに屋敷は大きく見えてくる。この調子なら30分もかからない。


順調にその距離は減ってきている。あとは丘まで登れば屋敷はすぐそこだ。


行くぜ。


そう思い残り少しとなった道のりを走り抜けようとした時、屋敷の方から明らかにマーク・アースとは思えない魔力を2つオレは感じた。


思わず今まで止めていなかった足が止まり、丘の上に建つ屋敷を見上げる。


中々に強い魔力……片方は雷属性か。……もしかして私設軍の奴らがもう来たのか!?


いや、落ち着こう。私設軍が居ると言っても数は2人だ。強い魔力って言ってもオレの相手になる程の強さじゃない。交戦する事になってもオレの勝ちは目に見えてる。


急ごう。


止めていた足に脳からの指令を送り動かす。時間が経つにつれて雷属性の方の魔力の動きが激しくなっていくのが分かる。


まさかとは思うが、戦ってるのか?2人しか居ない時点でおかしいとは思ったが、ひょっとして私設軍じゃない?だとしたら一体誰だ……。


その時、その疑問を一瞬にして解決するものがオレの瞳に映り込む。


その正体は、塀の中から姿を出した紫色の電撃。そのまま天にまで登っていくんじゃないかと思わせたその電撃は、屋敷を囲う塀より数メートル上まで行ったところで収まりを見せ始める。


あんな色の電撃をオレは見た事がない。あれが噂に聞く紫電なのか……。


何で奴だけ紫なのかは知らないが、予想を立てるならば、奴の魔力が異質だから。感じる魔力は他と変わらなくても何かが他と違う、だからああなる。


真偽は紫電や魔力や魔法についての専門家が調べないと分からないだろうから何とも言えないが。


そんな常人離れしたものをオレは今から見れる。そう思うと自然と足が速くなっていく。


けれどオレは屋敷の前に着いた瞬間拍子抜けをした。


何故ならそこには紫電と思わしきギルドの制服の奴が倒れていたから。その紫電の横に立つのはガタイのいいハゲ頭の男。


察するにあのハゲ頭と戦って負けたのだろう。よくよく考えてみれば紫電はSランカー。そこまでズバ抜けた存在じゃない。ちょっと強い奴と当たれば負ける可能性は大いにある。


何て言うか……期待外れだな。けどあのままハゲ頭に殺させる訳にもいかない。一応助けてやるか。


「エアリアルシュート」


手をハゲ頭の方にかざして風の玉を放つ。渦巻きながら進むその魔法は触れたもの全てを削り消し飛ばしてしまう。


そしてそれは人間の体とて例外じゃない。


その風の塊が目の前にきてようやく気付いた様子のハゲ頭は目を見開いたが、その時には既にポッカリと胸に穴が開いていた。


風穴からは後ろの屋敷が見える。それほどまでに綺麗に空いた穴。鎧なんて物は役に立たずに破られている。


ハゲ頭の横で倒れている紫電はいまだに動きを見せない。魔力は感じるから死んでるという訳でもない。オレを油断させる気か?


と思ったのも束の間、紫電は体をゆっくりと動かし始める。けどオレの方には体を向けずに死んだハゲ頭の様子を伺っている。


ひとまずオレは腕に雷を纏わせ、周りに疾風を撒き散らす。オレが居るという事と、オレが迅雷である事を奴に知らしめる為に。


流石に魔力に気付いたのかようやく紫電はこちらを見てくれた。


「紫電」


特に意味がある訳でもないがその名前を呼び奴へとゆっくりと近付く。


にしてもオレの任務に勝手に介入してくるとはいい度胸だ。本当、迷惑な事この上ない。


紫電は何を思っているのか、上半身を起こしたまま何も行動を起こそうとはしない。焦っているのか、恐怖しているのか。


「何故お前がここに居る」


介入されてムカついていた事もあり声には少しながら怒りの感情を混ぜてしまう。


「答えろ、紫電」


数秒経っても返事をしてこない紫電に再度問う。それでも答えないのなら力づくで吐かせるまで。


「……任務です」


発した声は何とも無機質。男か女かも分からない様な気味の悪い声だ。多分魔法で声をかえてるんだろう。


「任務だと?」


「はい。私は神の雷のギルドマスター紅蓮に言われた任務である、マーク・アースの保護を果たしただけです。

彼は法の下に裁きます」


何……?つまりこいつはマーク・アースをオレに代わって始末したのではなく、オレから守ったのか?


何でそこまでするんだ。紅蓮は一体何を考えてやがる!


「その結果がこれか。随分と無様にやられたもんだな」


「…………」


オレのせめてもの嫌味。守ろうとしたらそいつの部下にボコボコにされるとは、情けない奴。


力も大して無いくせに出しゃばるからそうなるんだ。


「……マーク・アースの反応は無し、か。やってくれるじゃねぇか」


多分オレやハゲ頭が来るよりも早くマーク・アースは連れて行かれたんだろう。ここの周辺にはもう居る気配は無い。


余計な事すんじゃねぇよ。


「私は任務を遂行しただけです」


「こっちは本部の許可も取ってる。そっちはどうだ?」


「取ってません」


なら正義はこちらに合ったはず。なのに邪魔するとは頭がイカれてるとしか思えない。


そう思った矢先に今度は紫電の方から口を開いてきた。


「例えマーク・アースが最低の人間でも殺すなんて間違ってる。マスターも私もそう思ってる」


「てめぇも紅蓮も甘い人間だな。

オレ達ギルドは弱き者を守るのが仕事だ、その為には人を殺す必要もある。

マーク・アースがどこにまで手を回してるか分からないんだぞ?もし裁判を逃げ逃れてまた奴が悪事に手を染めたらどうする?

その被害者の遺族に面と向かって、私がマーク・アースを逃がしましたなんて言えるのか?」


「だからって悪人は全員根絶やしにするつもりなの?そんな事をしても全ての悪を取り除くなんて事は出来ないんじゃないの?」


確かに全てを滅ぼすなんてオレには出来ない。だが数を減らして被害者を1人でも多く救う事は出来る。確実にな。


「ならてめぇのやり方なら全ての悪を消し去れるのか?」


「それは……」


くだらねぇ理想論もここまでみたいだな。そんなんで世界が平和になるならとっくになってる。悪に手を染めても捕まるだけで、金でどうとでもなっちまうから貴族どもが図にのるんだ。


悪の道に入ったら最後、命を奪われるという事を植え付ければきっとその数は減る。そうすれば人を殺すのは何とも思わないけど、自分が死ぬのはイヤだなんて奴はまともに生きてくはずだ。


「だったら手出すんじゃねぇ。綺麗事ばっかりほざいてねぇで、もっとマシなやり方を考えてから来るんだな」


もうこれ以上こいつと話す気も無い。マーク・アースも居ないし帰るしかないだろう。


威圧的に出していた魔力を収めると、腕の電撃も周りの風も無くなり元通りになった。


後ろの紫電がどう思うかは分からないが、次会う時には悪人には情けをかけない奴になっている事を願い、オレはギルドへと帰還した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る