紫電
私、レイア・ルビティアはとある心残りを胸に抱えながらセルバーンの街を駆け抜けている。
とある心残りとはもちろんルナ・シュヴァル。私の学園で初めて出来た友達。
ああ、悪い事しちゃったなー。折角ルナが誘ってくれたのにそれを断っちゃうなんて。
ルナは用事があるから大丈夫って言ってたけどもし私に合わせて言っただけだったら本当に申し訳ない。
けど今はそんな事考えても仕方がない。ルナに言った通り私にはやらなきゃいけない事がある。
実はルナがトイレに立ってすぐの事、私の頭の中には1人の男の人の声が響いていたーー
(聞こえてるかレイア?)
あまりにも突然過ぎて私は思わず体をビクリと跳ね上がらせて辺りを見渡す。
けどそれがすぐにテレパシーによるものだと判断し、視線をテーブルへと戻した。
「はい」
もちろんニーアや親父さんに聞こえたりしないように小声での返事。
まあ2人共料理を作るのに忙しいっぽいから聞こえたりする心配は皆無なんだけどね。
(実は今情報が入ってきたんだ)
私にテレパシーで声を送ってきている男の人は、ギルド神の雷のギルドマスターで紅蓮と呼ばれるXランカーの魔術師。本名はシオン・ルビティア。実は私の姓はこの人から貰ったものだったりもする。
結婚したからとかではなく、単純に私に親が居なくてそれを引き取ってくれたから。その時にルビティアという姓を与えてもらった。学園ではお父さんとお母さんが居るって事にしてあるけど本当は居ない。
そんなマスターは20代前半にしてXランカーになった凄腕で、私の兄の様な人。
と言ってもこの街のギルドの天空には16歳のXランカーが居て、更にマスターと同じように20代前半でXランカーのギルドマスターが居るんだけどね……。
1つのギルドに2人もXランカーが居るなんて本当に凄い事だと思う。多分ギルド本部以外で複数のXランカーが所属しているのは天空だけなんじゃないかな。
「情報って何ですか?」
(ギルド天空がアース家の当主であるマーク・アースの殺害をしようとしているらしい)
「理由は?」
アース家は確か上級貴族。そんな身分の高い人を殺害するにはそれなりの理由が必要だし、あるはず。
例え理由があっても簡単に人殺しなんてしちゃいけないんだけどね。けどそんなの綺麗事だって他のギルドの人には言われた事がある。
(それは分かっていないが、数多くの犯罪を犯している事だけは確かだ。だから天空直々に手を下すつもりだろうが、俺はそんなの許さない。どんな人間だろうと法の下に裁き、その結果に従うのがルールだ)
でもマスターはそんな綺麗事を貫き続けてきた人だ。だからこそ私はこの人の下で戦ってる。
「つまり、天空よりも先にマーク・アースを捕らえればいいんですか?」
マーク・アースがどんな人物なのかは知らない。もしかしたら人を殺してそれを見て笑い続けている様な人なのかもしれない。でも私はだからと言って殺したくはない、殺させたくはない。
所属するギルドは違っても、大きな
(そうだ。捕まえた後はアース家の屋敷の近くに潜ませている仲間が居るからそいつらに引き渡してくれればいい。
お前にだから頼める事だ、やってくれるか?)
「もちろんです」
(ありがとう、頼んだぞ……紫電)
紫電、それは文字通り紫の雷を操って戦う事から付けられた私の通り名。
最近じゃ王都で人気らしいけどあんまり実感は沸かない。紫電の活躍を嬉しそうに話す王都の人達を見かけても、まるで他の人の活躍の様に聞こえる。不思議なものだよね。
そして私は街の端にある古びた一軒家へと入り、誰も見ていない事を確認してからドアを閉めた。
ここは神の雷のセルバーン支部。もちろん非公式だけど。
この街以外にも支部は幾つかあって、そのどれもが同じ様な造りの地味な家らしい。
中には剣や槍などと言った武器を始め、ギルドの制服が何着か用意されている。そして私の素顔を隠すためのシンプルな仮面もきちんとここには置いてある。
私は急いで制服からそれに着替えて仮面を付けてローブを羽織り、正体を隠す為に髪をスプレーで黒に変えてから静かにここから立ち去る。
ちなみに支部には居ないけど、一応この街に神の雷の専属医師が居るからもし怪我をしてもここに来れば何処からともなく現れるらしい。これはマスターから聞いただけだからよく分からない。
さて、こうしちゃいられない。天空の人達よりも先にマーク・アースを捕まえて安全を確保しないと。
私は再びセルバーンの街を駆け抜けてそのままアース家の屋敷へと向かった。
走る事約30分。地図を頼りにようやく辿り着いたアース家の屋敷。流石上級貴族なだけあって屋敷の造りも豪華。けれども見張りらしき人の姿は見当たらない。
それどころか屋敷の中からも人の魔力はあまり感じられない。精々数人ってところ。
天空の人達がもうやり終えた後って訳でもなさそうだし……。
うん、考えても無駄だ。とにかくマーク・アースを捕まえる事だけを考えよう。
私は足に魔力を付与し、門を飛び越え敷地に入って行く。窓から誰かがこちらを見ているなんて事もなく、簡単に屋敷の前まで来た私は正面から中へと浸入する。
中は予想通り豪華な造りで、綺麗なカーペットまで敷いてある。そこに土足で入り込み魔力を感じる方へと歩いて行く。
そして何事も無くお目当ての部屋の前へ。途中幾つも部屋があったけど、そのどれからも魔力は感じられなかった。唯一この部屋の中からは4人分の魔力を感じる。
行くよ!
自分自身に喝を入れてドアを勢いよく開ける。するとそこにはこの屋敷の主人であろう小太りの中年の男と、メイド服姿の使用人が3人居るだけ。
無用心過ぎないかな?悪事に手を染めるならちょっとは警戒した方がいいと思うんだけど……。
「な、何だ貴様は!」
「私はギルド神の雷所属の紫電です。貴方の命を救う為に来ました」
私は間違った事は言ってない。現にこのまま私が来なければ天空の人達にこの人は殺されるんだから。
「何を言っている!」
「ギルド天空が貴方の命を狙っています。それから守る為に私は来ました。お願いです、抵抗せずに私に着いてきて下さい」
なるべく穏便に済ませよう……そう思っていた時。屋敷に近付く強い魔力を私は感じた。
マズい、もう天空の人が来たのかな?いくら何でも早すぎる。
こうなったら……!
「グッ……!」
たじろぐマーク・アースの目の前まで駆け寄り、その
流石に使用人は殺されないだろうからこの人達はここに置いたままで大丈夫なはず。
私はマーク・アースを担いで使用人達の驚いた様子の視線を背に受けながら窓から飛び降りる。
まだあの強い魔力とは距離がある。けどあっちも私には気付いてるはず、ノンビリしてはいられない。
すると塀の向こうから私を呼ぶ声が聞こえてくる。私と言うよりは紫電を呼ぶ声。
マスターが言ってた仲間かな。早いとこ渡して引き上げよう。
私は高い塀を軽く飛び越えて屋敷の裏側へと着地する。そこには予想通りギルドの制服の男の人が2人居て、馬車も用意してある。
「紫電様、後は我々が責任を持って王都に連れて行きます」
「うん、頼んだよ」
「はい!」
彼らにマーク・アースを預けてそれを馬車に乗せているのを見ていると、さっきの強い魔力が急激に私との距離を縮めているのを感じてすぐさま声を出す。
「早く行って!急いで!」
「は、はい!」
彼らは慌ただしく馬車にマーク・アースを乗せるとすぐに馬車を走らせる。
けどあの強い魔力もすぐそこにまで来てる。これは逃げ切れないかな。
仕方ない、馬車が遠ざかるまで戦ってしばらくしたら私も逃げよう。
塀の方に向き直り現れるであろう天空の人に備えて私は剣を抜く。
多分私と同じ様にあの塀を飛び越えて来るはず。ならそこを狙う!
相手がどれ程の実力かは分からないけど、私だってSランカー。それに空中という簡単には避けれない状況下で魔法を避けるのは至難の技。相手もギルドの人だから致命傷は与える訳にはいかないけど、骨の1本や2本目なら仕方ない。
…………来る!
剣を構えて魔法を放つ準備をしていた私。けれども敵は私の予想を遥かに超えた登場の仕方をしてきた。
「オラァ!!俺の主人に手を出したのは誰だぁ!!」
突然塀が崩れその破片が辺りに飛び散る。そしてその崩れた場所から現れたのは体長2メートルはあるんじゃないかというスキンヘッドの大男。その片手には大きな斧が握られている。
それにこの人は天空の人じゃなさそうだ。着ているのもギルドの制服じゃなくて銀色の重々しい鎧。さっきの言葉的にもこの人はマーク・アースに雇われている傭兵か何かだと思う。
思わずその迫力に負けて、撃つ準備をしていた魔法すら忘れていた事に今気付く。
「てめぇか、俺の主人をかっさらったのは!まだ報酬貰ってねぇんだぞ!」
「私は任務でマーク・アースを保護したまでです」
「ったく、あの男に頼まれた通りにこいつを持って来たってのによぉ!」
そう言って持っていた袋から大男が何かを取り出しそれをこちらに投げて来た。
……っ!これは……!
私はそれを見た瞬間後ろに一歩下がり大男を睨み付ける。仮面を付けてるからそれが大男に伝わってるかどうかは分からない。
そしてそれとは……人の頭。首から上を斧で切り落とされたんだと思う……。酷すぎる。
私の中で湧き上がる怒り。けれどもそれを何とか収めて口を開く。
「私は貴方が敵対する気が無いならどうするつもりもありません。もし自分の命が大事なら早く逃げた方がいいですよ?
セルバーンのギルド天空は、私みたいに甘くはないみたいだから」
こんな所で呑気に戦っていたら天空の人達が来るはず。この人は大分血の気が多い人みたいだから間違いなく襲いかかる。相手にもよるけどきっと天空からの刺客はかなりの実力者だと思うから殺されても不思議じゃない。
「あぁん?てめぇは天空の奴じゃねぇのかよ」
その問いに頷き大男の返答を待つ。
「へっ、ならついでだ!てめぇの首も頂くぜ!」
「!!」
大男がそう言って一気に斧を横に
速い!
見かけによらずかなりの速さで斧を軽々と扱う大男の攻撃を紙一重で
「俺はこう見えてもWSランカーなんだ、簡単にはやられねぇぞ!?」
WSランカー。それはつまり私よりも1つ上のランクという事になる。けど私のランクは半年前のものだし、それから私は色々な任務をこなして強くなってる。だから決して劣るなんて事はないはず!
「ライトニング!」
大男の振りが甘くなったところで私は横に転がり魔法を撃つ。
地を
これは私がよく使う上級魔法。威力、速さ共に申し分のない魔法で使い勝手もいい。けれども私のそれは他の人が使うのとは少し違う。
それはこの電撃の色。金色に輝く電撃が放たれるはずなのに、私が使うと紫色の電撃が生まれる。これはこの魔法に限らず他の魔法でも同じ様になる。じゃなきゃ紫電なんて通り名は付かない。
もちろん普通の電撃も撃てるには撃てるんだけど、それは手加減してる時だけ。本気で放つとどうしても紫になる。
「効かねぇなぁ!!」
大男は声を荒げて斧を振るいその電撃を斬り裂いた。
流石WSランカー……強い!
並大抵の魔術師なら今ので勝負はついてた。けれどこの人はそれを見事に斬り裂いて見せた。
「ん……待てよ?まさかてめぇ噂に聞く紫電か?」
あんな紫色の雷を操る魔術師は多分私だけ。紫電の噂を聞いた事がある人なら今のを見ただけで分かるだろうね。
「ハハハッ、こりゃ驚きだ!こんな所で紫電様に出会えるとはなぁ!!!!」
大男は気合を入れた様に語尾を今まで以上に強くすると、私との距離を一気に縮めてきた。
さっきよりも遥かに速いその動きに私の反応は間に合わずに、辛うじて剣の腹で斧の攻撃を防ぐが体は後ろへと弾き飛ばされていた。
塀よりも高く簡単に舞ってしまった私の体。魔法での追撃に気を付けるが、意外にも何も攻撃はしてこずに、私は何とか着地をして態勢を立て直す。
ふと構えた剣を見てみると、それは既にヒビが入ってるせいで使い物にならない事に気付く。
そもそもあんな斧での攻撃を剣で防げるはずがなかったんだ。速さ、力で私は完全に負けている。なら魔法を使って戦っていくしかない。
でも大男はいまだに魔法を1度も使ってない。私程度魔法を使わないでも勝てるからか、魔力が元々そこまでないからか。
もし理由が後者だとするならまだ勝機はある。
「スパークアロー」
仮面越しに見えるその斧に狙いを定めて魔法を放つ。
幾つもの雷の矢が私の周りの空間に現れては、大男へと向かっていく。
「チマチマしやがって」
大男はそれを軽くいなして叩き落とし、ゆっくりと私の方へと歩いてくる。
武器を狙ったんだけどやっぱりそう簡単にはいかないか。
けど少しでも電撃を与える事が出来れば、痺れから大男の動きは鈍るはず。思い通りに体が動かない状態じゃあの斧は振り回せない。
「ライトニング!」
もう1度ライトニングを放ち私は大男に背を向けて走り出す。
「待ちやがれ!」
よし、ついてきた。
私は走りながら地面の至る所に雷の地雷をばら撒いていく。これは私の魔力を凝縮させた物で、薄い膜で包んでいるだけだから、当然外部から刺激が与えられれば弾けて辺りに電撃を撒き散らす。
設置した地雷の数は数十個。これだけあれば巨体のあの人なら踏んでしまうはず。その痺れた時が絶好のチャンスになる。
後ろを横目で確認すると、ライトニングを食らった様子のない大男がもの凄い勢いで私に迫って来ている。
あと少し……。
大男が地雷原に入りそうになったところで、私は足を止め後ろに振り返る。
そして大男は地雷原へと足を踏み入れ、数秒後には見事に地雷を踏んだ。
「ぐぁぁぁあ!」
今度は私が攻める番。身動きの取れなくなっている大男に手を向けて詠唱を開始。
「天に
確実に仕留める為に詠唱もきちんと入れてから魔法を放つ。
私の魔法によって辺り一面が紫に染め上げられ、それがどんどんと大男へと集まっていき、まるで大嵐の如く大男に襲いかかる。
流石にこれでもう追っては来ないはず。私はいまだに吹き溢れる魔法と、その中でもがき苦しんでるだろう大男に背を向けて屋敷の門に歩き始める。
けどその油断がいけなかった……。次の瞬間には私の背中に激痛が走り、そのまま私は地に伏せていた。
「クッ……ぅ!」
何が起きたのかも分からない。ただ痛みに対してその場で抵抗しているだけの私。立つ事さえままならない状態で、必死に体の力を振り絞る。
それでも私はうつ伏せの体を仰向けにするのが精一杯で、空を仰いでいる。
気付けば既に太陽は真上には無く、もうそろそろ夕方に変わろうとしている。
「やってくれるじゃねぇか……」
向こうの方から斧を引きずりながらフラフラと歩いてくる大男。
最上級魔法を当てたのにまだ立てるなんて……。どうやら見た目通りタフみたい。
何て言ってる場合じゃない、このままじゃ私は殺される。あの斧で首と胴体を引き離されて人生を終える事になる。
そんなのはごめんだ。
でも体は言う事を聞いてくれない。命が危ないっていうのに……。
そしてそんな事をしているうちに私の横にまで来てしまった大男。
「言い残す事はあるか?紫電様よぉ」
ダメだ、必死に魔法を撃とうとしても痛みのせいで上手く発動してくれない。それに残りの魔力も僅か、あれだけの魔法を使えば流石にこうもなる。
それなのに敵が倒れたのを確認もしないで……バカだな私。
最後に私の視界に映る事になったのは青い空と銀色に輝く斧の刃。覚悟を決めて瞳を閉じ訪れる死を待つ。
……………………まだかな?早く死にたい訳じゃないけどあまり焦らされると余計に怖くなってくる。もしそうやって恐怖心を煽る事が目的だとしたら随分と趣味が悪い。
少し気になった私は目を少しだけ開けて確認をする。もし目を開けた瞬間に振り下ろされたらどうしよう、何て思ったけど私の目にはさっきまでとは違い、大男の持つ斧は見えない。ただひたすらに青い空が私を見下ろしているだけ。
不思議に思った私は目を完全に開けて首を動かして、正確な情報を集める。
…………!?
すると私のすぐ左横には、さっきまで立っていた大男が血を口から垂れ流して倒れていた。大男の目は開いたまま瞬きすらしない。
死んでる……?けど私は魔法を死ぬ程の威力にした覚えはないし、第一、魔法に耐え切った様子だった。
やがて手に伝わってきた温かい液体。視線をそちらに向けると、それが大男の血である事に気付く。
私は体を何とか起こして、大男の様子を伺う。大男のには直径20センチ程の大きな風穴が開けられており、間違いなく即死。
一体誰が…………?
その疑問は私が反対側へと視線を移した事で解決した。
屋敷の門の所に立って、黒髪をなびかせギルドの制服を着ている人物。不気味な仮面を付けていて、腕の周りを雷がバチバチと音を鳴らしながら渦巻いている。それに加えて仮面の人を中心に、吹き荒れている突風
「紫電」
そう声を発した謎の男は、一歩、また一歩とこちらに歩み寄ってくる。
私をどうするつもりだろう?一応助けてはくれたけど、色々と聞き出した後殺すつもりかもしれない。
でも逃げる事も出来ないし、例え万全の状態でもこの人からは多分逃げ切れない。だって私を追い詰めた人を一撃の元に
荒れ狂う風、大気に触れているだけの私ですら皮膚に痺れを感じる。全部あの人の影響、とてつもない力だ。
まさかあの人は…………。天空が誇るXランカー、迅雷……?
それなら風と雷を操っているのにも納得がいく。人類で2番目に強いと言われ、王国では間違いなく最強の存在。
紅蓮であるマスターよりも強いって言われるんだから、魔術師としての腕は私なんかとは比べ物にならない。比べる事すら失礼なんじゃないかって思えてくる。
「何故お前がここに居る」
仮面のせいで顔は見えないけど、その声からは怒りが感じ取れる。それもそうだ、勝手に介入したんだから。
「答えろ、紫電」
「……任務です」
「任務だと?」
「はい。私は神の雷のギルドマスター紅蓮に言われた任務である、マーク・アースの保護を果たしただけです。
彼は法の下に裁きます」
痛みも引き、声がハッキリと出せるようになってきた。
もう馬車は大分遠ざかったはず。迅雷と言えどどっちに行ったかも分からないのを追いかけるのは厳しいと思う、そう思いたい。
「その結果がこれか。随分と無様にやられたもんだな」
「…………」
情けない。WSランカーとSランカー、負けても仕方なかったとは言えやはりその感情は抑えきれない。
「……マーク・アースの魔力反応は無し、か。やってくれるじゃねぇか」
「私は任務を遂行しただけです」
「こっちは本部の許可も取ってる。そっちはどうだ?」
「取ってません」
本当のところを言うと、分からない。マスターから本部の許可については何も聞かされてないから。
でも……
「例えマーク・アースが最低の人間でも殺すなんて間違ってる。マスターも私もそう思ってる」
「てめぇも紅蓮も甘い人間だな。
オレ達ギルドは弱き者を守るのが仕事だ、その為には人を殺す必要もある。
マーク・アースがどこにまで手を回してるか分からないんだぞ?もし裁判を逃げ逃れてまた奴が悪事に手を染めたらどうする?
その被害者の遺族に面と向かって、私がマーク・アースを逃がしましたなんて言えるのか?」
「だからって悪人は全員根絶やしにするつもりなの?そんな事をしても全ての悪を取り除くなんて事は出来ないんじゃないの?」
「ならてめぇのやり方なら全ての悪を消し去れるのか?」
「それは……」
NOだ。迅雷のやり方でも無理でも、私のやり方でも無理。むしろ迅雷のやり方の方が早く闇は消えていく。
それは私にだって分かるし、迅雷も承知の上で言ったんだろうね。
「だったら手出すんじゃねぇ。綺麗事ばっかりほざいてねぇで、もっとマシなやり方を考えてから来るんだな」
そう言い残して去って行く迅雷。辺りを支配していた圧倒的な魔力も静まっていき、迅雷の姿も段々と小さくなっていく。
私は弱い。今日のこの出来事でよく分かった。魔術師としても、人としても。もっと強くならないと、じゃなきゃこんな事を言っても綺麗事と切り捨てられてしまう。
私はその決意を胸に力の抜けた体を奮い立たせて街に向かって歩き出す。
今度迅雷に会った時には見返せるくらいの人間になってやる。
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