寝たいけど任務

「寝たいっす」


「永眠でよければさせてあげるわよ?」


「……任務の内容をお願い致します」


「これよ」


セシアが仕事机に山の様に積まれている書類の中から出してきた1枚の紙と3枚の顔写真。


紙の方にはこの任務の内容、そして顔写真にはいかにもガラの悪そうな男が写っている。


任務の内容はこの3人を捕まえる事らしい。更に任務書を読み進めていくと、こいつらが脱獄囚である事も分かった。


何でも過去に殺人を犯した連中だとかで、今朝この街の牢から逃げ出したらしい。


「けどさ、この任務オレじゃなくてもよくね?」


いくら殺人犯だからと言ってXランカーのオレを駆り出す程じゃないだろ。


「ちゃんと最後まで読んだの?」


セシアにそう言われ、残りの数行にも目を通すと何故オレがお呼ばれしたか判明した。


どうやらこいつら3人のうち1人がWSランカー。他2人もAランカーという中々に実力のある犯罪者。何でここまでのランクがありながら殺人なんてするのかは分からないが、仕事でこいつらを捕まえるだけだから知る必要は無い。


「WSランカーねぇ。んでどこにいるかは分かってんのか?」


オレがいくらXランカーとは言え顔写真だけ渡されても探しようがない。セルバーンの様な大きな街なら尚更の事。


隠れる所といい人質といい犯罪者にはもってこいのスラム街も街の隅の方にはある。今朝逃げ出したんだとしたらそこに潜んでるか、街の外に何らかの方法で逃げ出してるか。


「西門から出て行ったって情報があるわ。彼らが脱獄した知らせがくる前に門を抜けたらしいの」


厳戒態勢が敷かれる前に出て行かれたか。


「目標の移動手段は?」


「徒歩よ。それと多分目標が居るのはあの廃墟だと思うわ」


徒歩か、ならそんなに遠くには行けないしあの廃墟くらいの距離が妥当だろう。


ちなみに廃墟とは街の外にある、昔小さな街があった場所の事。セルバーンが近くにあるし、何より森が近すぎるという理由から捨てられた街だ。


森が近くにあるって事は魔物が近くに居るって事になる。そんな危険な場所に住みたがるのは変わった趣味の持ち主か自殺願望者か。


そんな廃墟にはならず者がよく訪れたまっているという。身を隠せて外よりは安全、ここにいる可能性が高いとオレも思う。


それに、実際過去に犯罪を犯して追われる身となった奴らが廃墟に逃げ込んだ事は何度もある。


「りょーかい。とっとと終わらせてくるわ」


「ええ、気を付けて」


「おう」


素っ気ないながらもそんなやり取りをセシアとしたオレは眠気に襲われつつ街を出て、それから約1時間かけて廃墟へと向かった。


常人ならもっと時間がかかるだろうが、そこはXランカー。魔法を使って高速移動だ。


そして到着した廃墟。石造りの建物が建ち並んでいるが、それはどれも崩れかけており見捨てられてから相当な年月が経っている事がうかがえる。


それでも人が全く来ない訳でも無く、最近捨てられたであろうゴミが足元に落ちている。


「この中から犯人探しか……面倒くせえ」


思わずため息をつき建物に囲まれた道を歩く。少しでも人の気配を感じたら即行動開始だ。とっ捕まえて縛り上げておけばいい。


しばらくしたらギルドの隊員が到着するからな。もし捕まえるより先に到着したら待ってもらう事になるけど。


そして手入れされていないせいで、敷き詰められた石の隙間から草が生え放題な道を足音を殺して歩いていると、僅かに人の話し声が耳に入ってきた。


聞こえてきた方へと近付くとそれはハッキリと聞こえる様になり、それが目標の声だと認識をする。


即行動開始って言ったけど少し盗み聞きでもしよう。どうせバカみたいな話をしてるんだろうし、それでも聞いて気分転換だ。


「ふざけんなよ!」


声がする建物の裏に回り込むと唐突に怒っている様子の男の声が周辺に響く。オレがすぐ近くにいるのも知らないで。


「お前が外に手を貸してくれる奴がいるって言ったからここまで来たのに今更何言うんだよ!」


仲間割れか?もし仲間同士で殺し合いとかになりそうだったら早めに取り押さえないといけなくなる。もちろん勝手に死んでもらってもいいんだけど、一応任務は3人を生きたまま捕らえる事だからな、それを忘れちゃいけない。


殺せと言われたら殺すが、そうでないなら出来る限り生かす。もちろんオレがあまりにもムカついたらどうなるかは分からない。けどこの3人は死刑囚じゃないし、裁判で牢で罪を償い続けるという判決が下された以上はそれに従う気でいる。


「仕方ねぇだろ、来ないもんは来ないんだよ」


話を聞く限り協力者が居たみたいだが、それに裏切られたってオチか。


「このままじゃ俺達また牢屋に逆戻りだぞ!?」


協力者が誰なのか、そいつとどういう方法で連絡を取り合ってたのか気になるところだがわざわざそれを尋問する権利は無い。任務外だ。それを聞き出すのは他の奴の仕事。


けどあいつらが勝手に話してそれを聞く分には何の問題も無いって訳だ。


ほらほら、早く喋ってくれよ。オレだってさっさと帰って寝たいんだから。


「分かってる!けど助けが来ない以上下手に動けねぇだろ!」


「けどよ!ギルドや軍の連中にここが見つかるのも時間の問題だぞ!?」


もう見つかってますけどねー。残念でした。


脳内で彼らにそう突っ込みを入れている最中、オレはある異変に気付く。


確かセシアから渡された任務書には目標が3人と書かれていた。それに見せてもらった顔写真も3人分。けどこの中からは2人の言い争っている声しか聞こえないし、魔力の気配も2人分しか感じない。


1人だけめっちゃ物静かな性格って事も考えられるが、その線は低いと見ていい。普通に考えると1人は見回りか、どこか別の場所に行ったか。


となるとこんな所で盗み聞きなんてしてる場合じゃない。


オレは腰の剣を抜き建物の入り口に近付く。建物は1階建、見た感じそんな大きくないから1部屋か2部屋くらいだろう。入った瞬間に敵と交戦開始って事もありうる。


よし、行くぜ!


壊れてドアの無い入り口を通るとそこには予想通り男2人が壁にもたれかかる形で座っており、オレの存在に気付きすぐさま剣を構える。


「ギルドの者だ、抵抗すると痛い目にあうぞ?」


顔写真のに写ってた奴らで間違いはない。けどWSランカーと言われた大柄で金髪の男はここには居なかった。


「チッ、ギルドの追っ手か!」


「大人しく牢に戻れ。どうせすぐに捕まる、抵抗するだけ無駄だ」


「うるせぇ!ここで引けるかってんだ!」


馬鹿な野郎だ。仕方ない、ちょっと痛い目にあってもらおう。


「そうか、なら実力行使だ。オレの睡眠時間を奪った代償はデカいぜ?」


「この野郎がぁ!」


片方の男が声を荒げて剣を振るう。上から下へ斬り、それをオレが体を僅かに逸らして避ける。すると今度は下から上へと斬り上げるという単調な攻撃をオレに仕掛ける。


Aランカーとは思えない。体の軸もぶれてるし狙いもめちゃくちゃだ。かなり焦ってるのが見え見え。そしてもう1人は後ろで魔法を唱えている。


ちなみに肝心の魔法とは、この世界で最も有名で強力な武器となるもの。人をはじめとした生き物全てに宿る魔力というものを、詠唱という形で唱えて撃ち出すそれは、生身の状態で直撃すればXランカーのオレでもタダでは済まない。


撃ち出された魔法の形は様々で、火の玉、土の壁、風の刃など数え切れない程ある。


初級、中級、上級、最上級と分類されていて、最上級に行くにつれて難易度は上がる。禁忌魔法何てのも存在してるが、その名の通り禁じられた魔法で使う事は許されていないし、最上級魔法の比にならない程の難易度だ。


上級ともなれば家を丸ごと吹き飛ばす事も可能。もちろんきちんと使いこなせればの話だが。使いこなせもしないのに無理に撃とうとすれば魔力が暴発して自身に返ってくるか、何も起こらない。


何も起こらない分には構わないが暴発した魔力が返ってきた場合、下手したら死ぬ事もある。だからこそみんな学園に通って魔法とは何たるものか、そしてそれを使いこなす為に日々励んでいる。


ただそんな魔法にも対抗手段はある。それは魔力を使って自分の身体能力を高めるという事。身体強化と呼ばれるそれは、攻撃力、防御力、速さを極限にまで上げれる。そうすれば魔法を食らってもある程度までは耐える事が出来るって訳だ。


もちろん身体強化で上げれる限界値は自分の魔力の量や質に関係してくる。ハッキリ言えば努力をすればすると程強くなれ、努力をしない奴程弱い。


さて、話を戻そう。オレの目の前でヤケクソになっているこの男、剣をこの狭い部屋で振り回し家具を破壊しているが一向にオレに当たる気配は無い。


それに呆れを感じたオレは反撃に転じる。まずそのデタラメに振るう剣を態勢を低くして交わし男の懐に潜り込む。


「なっ!」


魔法を唱えられている以上この男に時間を掛けてはいられない。


オレは男の右腕に剣を突き刺し、痛みで地に伏した所に蹴りを鳩尾みぞおちに入れて気絶させる。


「て、てめぇ!」


残りの男は、仲間がやられて魔法の詠唱を止めたらしく、ナイフを片手にオレを睨んでいる。


「今ので分かっただろ、お前らじゃオレに勝てない。諦めろ、じゃねぇと腕を斬り落とす」


圧倒的な魔力をオレの体の周りに漂わせ男を威圧。それをすぐに感じたであろう男は体をすくませる。


「クッ……!」


しばらくお互いに睨み合った後、男は唇を噛み締めながらゆっくりとナイフを足元に置いた。


「手を頭の後ろに回して外に出ろ」


生憎あいにくオレはこいつらを縛り上げれる様な物は持って来るのを忘れた為、隊員が来るまでは見張ってないといけない。


外に出た男には変わらず両手を頭の後ろに回したまま立たせており、もう1人は気絶してるからてきとうな場所に置いてある。


かわいそうだって?殺人で捕まった犯罪者だから気にしない気にしない。


「さて、もう1人仲間が居たはずだ。そいつはどこ行った?」


男の前に立ち、仮面姿で詰め寄る。もしどこかに隠れてて不意打ち何てされたら面倒だ。


「あいつなら森に行ったきりだ。大分前に行ったんだが帰って来ねぇんだ」


森か……。また面倒な場所に逃げ込まれたな。


「多分もう死んでるんじゃないか?」


「死んでる?森に行った奴はWSランカーだろ?」


確かに森は魔物の住処だし高ランクの魔物も潜んでる可能性は否定出来ない。けどWSランカーの人間がそうやすやすとやられる訳がない。


「いや、その情報はデマだ。あいつも俺達と同じAランカーだ」


「は……?」


んじゃ何?そのデマ情報のせいでわざわざこのオレが駆り出されたって事?


この野郎……オレの貴重な睡眠時間を何だと思ってやがる!


「俺達の脱獄を手助けしてくれてる奴が居たんだけどよ、そいつが1人だけWSランカーだって偽の情報を回したらしいんだ」


「それはオレじゃなく他のギルドの隊員にでも話せ」


どうせそんな事するのは貴族かなんかだろう。権力に物を言わせて何でもやってのけるのが貴族って奴だ。ったく、気に入らねぇ。


まあ確かにAランカーが1人であの森に行くのはちょっと危険かもな、後で捜索させよう。


それからは男との会話は無く、しばらくするとオレと同じ赤色の制服を身にまとったギルドの奴らが10人近くやって来た。


「こいつらは街に運べ。あと森の中に1人逃げ込んだらしいからそいつも探しといてくれ」


「はっ!」


さっきの男はウソをついてるようには見えなかったからこいつらに任せても大丈夫だろ。


そしてオレは後始末を全て彼らに任せて街へと帰還、無事に今はセシアの部屋に居る。


「任務終わったぞー」


「ご苦労様。3人共ちゃんと生きたまま捕まえた?」


「いや、1人は知らん」


「それはどういう意味?」


オレがそう言うとセシアが書類仕事をぴたりと止め、顔を上げる。


おや、セシアの雰囲気がおかしい。ちょっと黒いオーラが見えるような。


「えーとですね……」


オレが話したのはあの廃墟に着いてからの一連の出来事。セシアはそれを黙って食い入るように聞き、話が終わると同時にため息をついてきた。


「それであんたは他の人に任せて帰って来たって事?」


「当たりー!」


「当たりー!じゃないわよ!全く、ちゃんともう1人も見つけてから帰って来なさいよ!」


オレが笑顔で返すとまるで鬼の様な形相で怒ってきたセシア。シワが増えるぞ何て言ったらまた不機嫌になるんだろうか。


もちろんそんな度胸は持ち合わせていないから安心して欲しい。心の中に永遠に閉まっておく。


「だって眠いし。それに結局犯人はAランカーなんだしあいつらでも充分だろ」


「ハァ……本当無責任ね。まあいいわ、今回だけは勘弁してあげる。けど今度からはきちんと任務は達成する事、いいわね?」


「はぁい」


「それじゃあもう帰りなさい。明日も遅刻しないように」


「へいへい、おやすみ」


こうして何とも忙しい1日は終わり、オレはようやく悲願のベッドに飛び込むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る