4/4 心
シンデレラと瓜二つの顔立ちをした女と別れ、僕たちは城の奥へと進んだ。
城内は入り組んだ造りをしていて、レイナじゃなくても迷いそうなものだが、城内を照らす明かりに導かれるようにして進むと、大きな扉の前に出た。
「ここ……ね。いくわよ」
豪華な装飾の施された扉へとレイナが手をかける。王座の間には二人の何者かがいた。
「おぉ、我が愛しの娘よ、待っていましたよ」
「レイナ、あなたと再び会えるなんて、なんという幸せでしょう!」
娘とレイナを呼んだのは、青みを帯びた黒髪に青の外套を着込み、なぜだか顔の右半分に仮面をつけた男。レイナとの再会に心から嬉しそうな微笑みを見せているのは、褐色の肌に白い装束をまとい、白銀の髪に小さな髪飾りをつけた女。
「お…………お父様、お母様っ!」
レイナがわずかに上ずった声をあげ、二人の元へと駆け寄っていく。
「お母様だなんて、そんな堅苦しい呼び方をしなくてもよろしいのに。いつも親子水入らずの場所では、カーカーと呼んでくれていたではありませんか?」
「えぇ全くその通りです。あなたの父は王の中の王、ロイヤルキング。略してロキなのですよ。ロキパパと呼べばいいではないですか、マイエンジェルっ!」
「カーカー、ロキパパ……」
カーカーが背伸びをして伸ばした手でレイナは頭を撫でられ、笑い顔にも泣き顔にも見える微妙な表情をした。
「私、やっと……やっと帰ってこれた。帰ってこれたのね」
「えぇ、そうですよ。レイナ、私の愛しい子。よく頑張ってくれました。もう何も頑張らなくていいのです。ずっとこの場所に、私たちの傍にいてください」
「何も頑張らなくていい、ずっとこの場所に…………」
「どうかなさいましたか?」
黙り込んでしまったレイナにカーカーが尋ねた。
「うん、私もずっとこの場所にいたい……けど、えぇ、だけど……」
「だけど、どうしたのでしょう?」
「ずっとここにはいられない。私には役目があるの。カオステラーを倒さなくちゃいけない」
「どうして倒さねばならないのですか?」
「カオステラーに狂わされた運命を元に戻さないといけないの」
「元に戻す? ストーリーテラーの定めた理不尽な運命になんて、なぜ戻す必要があるのです? レイナ、あなたはあなたのしたいようにすれば良いでしょう?」
レイナの手を取り、カーカーが穏やかながらも力強い声で諭す。
「カーカーと一緒にここで暮らしたくないのですか?」
「そんなことは……でも、私はみんなと一緒にまた旅へ出ないと」
「みんな、ですか?」
女が僕たちの方へと視線を送ってきた。どこか冷たさを感じる瞳で見定めるように。
「えぇ、私の大切な……とっても大切な仲間なの」
「仲間……いいえ、家族でしょう? みんなレイナの家族。ここで一緒に暮らす家族です。彼らはレイナの兄と妹、そして――」
「待って! 私は旅に出ないといけないの。じゃないと、他の想区がカオステ――」
「クフ……クフフ……我々が幸せなら、他の想区がどうなろうとかまわないではありませんか」
レイナの言葉を遮り、ロキパパが笑い声をあげて告げた。
自分たちが幸せなら他の想区はどうでもいいだなんて、本当にあれがレイナの父親なのか。僕の中にロキパパへの疑念が生まれた瞬間、何かが記憶に蘇ってきた。
レイナに伝えようと、口を開き――指を鳴らす音が聴こえた。ロキの仕業だ。
あっ、と思った時には声が出せず、手足も動かせなくなった。僕だけではない。どうにか動く頭で周囲を見回すと、タオとシェインも僕と同じように頭だけ動かし、何か伝えようと口をパクパクさせていた。
しかし、やはり声は届かない。
「どうして、そんなこと……カオステラーを倒さないと想区が消えちゃうのよ?!」
レイナは僕たちの変化にも気付かず、ロキへと訴えかけていた。
「我が娘よ、あなたが心配なのです。危険の伴う旅へなど出ずとも、ここで何の不自由もない暮らしができるではないですか」
「そんなこと、私に許されるはずがない。想区が消えるのを見過ごすなんてできるはずない。どうして分かってくれないの? ロキパパのバカっ!」
そう告げ、下を向いてしまうレイナ。握ったこぶしが震えている。
「おぉ、なんたること。これが反抗期というものなのでしょうか? どうしたことでしょう、カーさん!」
「えぇ、ロキ。でも、落ち着いて。大丈夫、私に任せてください。私たちはもっと話し合う必要があるだけです。時間をかけて話せば、きっと分かり合えるはずです。私たちは親愛の情で結ばれているのですから」
うつむいたままのレイナをカーカーと名乗った白装束の女が抱きしめた。
「レイナ、あなたはなぜ許されるはずがない。こうしなければならないと自らをさらなる苦しみへと追い詰めるのですか?」
「私にはカオステラーに対抗する力がある。だから、カオステラーを倒さないといけないの。想区を消させるわけにはいかないの」
「カオステラーによって消えるのであれば、それもまた想区に暮らす人々の想いが導いた一つの結末なのではないですか? いいえ、そもそもなぜ想区が消えるとあなたは思うのです?」
「それは……私の想区が消えて…………」
「消えて?」
「あれ? 消えてない? どういうこと?」
レイナが戸惑いの声をあげ、白装束の女はレイナの手を取って語りかける。
「えぇ、消えてないのです。ここはあなたのお城、私たちはあなたの家族。レイナ、あなたの居場所はここにあります」
「そんなはず……でも、私には『調律の巫女』としての役目がっ! 想区をカオステラーから救わないと――」
「レイナ、あなたは誰のために想区を救うといっているのです?」
「みんなの……みんなの想いを守るために……」
「本当にみんなのためになっているのでしょうか? ストーリーテラーの定めた物語に戻すことで全ての者が救われるのですか? 悲劇の主役もいる。道化の脇役もいる。非道の悪役もいる。彼らを役目通りにストーリーテラーの操り人形へと戻すのが救いなのですか?」
「それは……分からない。でも――」
「あなたが果たさねばならない役目などないのです」
「そんなはず……」
女の追及に耐え切れなくなったのか、レイナは唐突に足からガクリとへたり込んでしまう。
僕たちは見ていることしかできなくて、それでも、どうにか言葉を届けようとあがく。
「カーカーたちと一緒にここで暮らし続けましょうよ。もう何も頑張らなくていい。苦しまなくていいのです」
「……私はみんなと一緒にいてもいいの?」
「もちろんです。私たちはみんなレイナの家族ですからね」
「家族……みんな私の家族……レイナ・ファミリー」
ふっと何かを思い出したようにレイナは僕たちの方を振り向いた。
僕は今を逃しちゃだめだと思い、精一杯に叫んだ。
「レイナ、そいつは君の母親じゃない。だまされるなっ!」
音にならない声だった。それでも届いてほしかった。
レイナは僕を見つめ、告げた。
「そう……よね。何を言ってるのかは分からないけれど、どんなことを伝えたいのかは分かるわ。えぇ、本当は最初から分かってたはずだった。やっぱり違うのよね」
「何が違うというのです?」
「全てよ」
首をかしげるカーカーから距離を取って、レイナは答えた。
「全てが違うの。私たちは家族じゃない。ここは私の想区じゃない。私の取り戻したかったものとは全てが違う」
「そうですね、全て違うでしょう。けれど全く違うわけではないはず」
「あなたもお母様じゃないのよね?」
レイナの問いにゆっくりと一度まばたきをした白装束の女は緩やかな足取りでロキの方へと向かっていった。
「ロキ、ご苦労様です。まどろみへと還りなさい」
「くふふ……えぇ、承知いたしました」
ロキは青い外套をひるがえし、姿を消した。闇へ溶けるように。
「あなたは一体誰なの?」
「私? 私はあなたですよ」
言葉とともに顔を手で覆った女は、瞬時に顔を変えた。いや、顔だけではなく声音も装束も変わった。
レイナの姿かたちとなったのだ。唯一違うところがあるとすれば、髪を束ねているかどうかだけだった。
「どういうこと?」
鏡に映したような相手の姿に驚いたのか、まばたきを何度も繰り返しながらレイナは尋ねた。
「本当に気付いていなかったのかしら? 城も赤ずきんたちもあまりに都合よく現れたような気がしない? ここは確かにあなたの育った想区ではない。けれどね、ここは間違いなく
髪を結っていないこと以外は全てレイナと同じ姿の女が、レイナを問い詰めるように言葉を続ける。
「
「私の願いにつけこんで、だましたってこと?」
怒りの混じった視線を女へと向けるレイナ。ぴりぴりとした緊張感に包まれる。
「ふふふっ、誰が誰をだましたんでしょうね」
「お嬢もどき、何が言いたいんだ?」
タオが女に尋ねた。身体を動かせなくしていたロキの術は彼が消えた時点で動かせるようになった。
「そうね、カオステラーが想区の秩序を自らの想いで乱すものだとしたら、この世界には誰の想いが満ちているのかしら?」
「まさか……姉御がカオステラーだとでもいうつもりですか?」
落ち着いた、けれども低く響き渡るシェインの声だった。
レイナのお城や両親のこと、記憶の混濁。この想区に来てからのレイナの言動は、一貫して「奪われたものを取り戻す」で、自らの想いに振り回されているようだった。
しかし、シェインの問いに女は意味深な笑みを返しただけ。
「レイナ・ファミリー。仲間を越えて家族を思わせる言葉よね。
「……家族に、なることを?」
女の問いにレイナは答えようとせず、僕が思わず答えてしまった。
「えぇ、家族に焦がれていたのよ、タオやシェインのような兄と妹の絆、そして、ずっと傍にいてくれる自分だけの従者もしくは幼馴染、いいえ――――」
「やめてっ! 私の家族はいなくなってしまったの。お父様もお母様も、今はもうどこにもいない。だから、みんなは家族じゃないわ。仲間なの!」
「
「な、何を……」
「それでも、それ以上に怖いのは、仲間が仲間じゃなくなってしまうこと。みんなと一緒にいられなくなってしまうこと。また
見透かすようにじっとレイナの瞳を見つめながら女は語り続けた。
「
女の問いかけに答える者はいなかった。
「カオステラーがいるからよ」
女はレイナの瞳を真っすぐに見つめて冷たく断言した。
「そんなはずないっ!!」
「嘘ツキ。
レイナは何も言い返せずに肩を震わせ、うつむいてしまう。
僕は頭の方へ急速に熱がのぼってくるのを感じた。
「カオステラーを誰より必要としてるのは、
「お前に僕たちの何が分かる?」
「分かるわよ、レイナ自身なんだもの。憎む対象として、生きる口実として、自らが自らであるために、そして、あなたたちと一緒に旅するために、カオステラーが必要なの」
レイナは顔をゆがめ、口をきっと堅く結んでいた。
「そんな風に思ってるなら、レイナも分かってないんだ。僕たちがレイナと一緒にいるのはカオステラーと戦うためじゃない。レイナと一緒にいたいから、いろんな想区をみんなで一緒に旅したいからなんだ。カオステラーがいなくたって、僕はレイナとずっと一緒にいる」
レイナがハッとしたように僕の方を振り向いた。瞳がうるんでいる。
「ずっと一緒に……ね。良かったじゃないの、
「それだけが全てじゃねぇってことだろ?」
「タオの言う通りかもしれないわね。けれど、カオステラーがいなくても、あなたたちは本当に同じ道を進める? 運命の書は真っ白で何も記されていない。真っ黒な先の見えない未来しかない。また独りぼっちになってしまわない? 全て失ってしまわない? 本当にずっと傍にいてくれる? そんなこと、どこにも記されていない。どんな言葉も定めにならない。
女の言葉は事実だった。
僕たちにはどんな未来も与えられていない。全てが真っ白。
ずっと一緒にいるなんていう約束も現実の前では真っ黒に塗り潰されて消えてしまうかもしれない。僕たちに定められた運命はないのだから。
でも、と僕は思った。
「これからなんて確かに分からない。それでも、僕たちは“今”ここに一緒にいるっ! 僕たちがレイナと一緒にいたいから一緒にいるんだっ!!」
僕を見つめながらレイナはうなずくと、同じ顔をした女へと向き合った。
「あなたは一体誰なの?」
「
「えぇ、認めるしかなさそうね。あなたは私なのよね。でも、あなたはやっぱり私じゃないわ」
レイナの顔をした女が首をかしげた。
「ここが私の想いから生まれた世界なのだとしたら、あなたは紛れもなく私。『何もかも取り戻したい』と『もう何も失いたくない』と願った私。『カオステラーを倒すのが私の役目』と『私が生き残ったのは想区の秩序を取り戻すため』と考えた私。でも、あなただけが私の全てじゃないのっ! あなたは私の一部でしかないわっ!」
女は目を見開き、それから笑い始めた。
「ふふっ、はははっ、
「カオスな
「『調律の巫女』として振る舞えばこそ、あなたは意識せずとも『秩序』に失望して『混沌』に希望した。調律が世界のためか自分のためか分からなくなった。何を守って、何を壊してしまうのか怖くなった」
「えぇ……そうね。私は怖かった。私のしてきたこと、してゆくことがね」
「あなたは『調律の巫女』に疑いを抱きつつ、それでも巫女であり続けようとした。ゆえに葛藤は深まり、カオスな
女の足元から青く綺麗な蝶がひらひらと怪しい光を放ちながら何匹も舞い始める。
「全てはあなたの夢。私は『箱庭の王国』を飛び交う
レイナの顔をした女の目が青白く光り始め、服は蒼く黒く染まってゆく。髪も心なしか青みを帯び、リボンでちょうちょ結びのツインテールが作られる。
「私が幸福な夢に溺れさせてあげるわ」
「私は
僕たちはヒーローとコネクトし、戦い始めた――はずだった。
しかし、視界に蝶が舞って、女の姿を見失った。
「ふふっ、あなたが目覚めなければ夢は
胡蝶の声がしたのはレイナの背後――なぜかレイナが僕たちに向けて弱体魔法をかけてきた。
「私が倒さなきゃ」
うわごとのようにつぶやくレイナの瞳はどこか遠くをぼんやり見つめていた。直感的に操られているのだと分かった。
「倒して、私の夢を消し去らないと……」
僕たちを敵だと認識しているらしいレイナの攻撃を避け、駆け寄る。目配せで合図をすると、タオが胡蝶の相手をしてくれた。
「レイナ、しっかりするんだ。僕だよ、敵じゃない。君の味方だ」
「あなたは、あなたは、私の味方? でも、そんなことどこにも書いてなかった。私の『空白の書』は真っ白なの……だから、私が
攻撃してこようとしたレイナの腕をつかみ、それでも暴れようとするため、強く抱きしめた。
「僕たちを信じるんだ。僕たちのこれまでを信じるんだ。運命が真っ白でも僕たちはこれまで僕たちの物語を自らの意志で歩んできたじゃないか。これからだって僕たちの物語は紡いでいけるんだよ、レイナ」
「おうよ、さっさと目を覚ませ、お嬢。お前は俺たちのリーダーなんだろ?」
タオが胡蝶をレイナから遠ざけていく。
「『調律の巫女』である前に、姉御は筋金入りの方向音痴なポンコツなんです。自分を見失うこともあってこその姉御なんです。ダメダメな部分をなくしてしまったら、姉御は姉御じゃないですよ」
シェインも胡蝶へと矢を次々に放つ。
「ふふふっ、どんな望みだって夢なら叶えられるのに。夢でしか叶えられないのに」
何匹もの蝶が青い光となって舞う。
その光の中に僕はシンデレラの姿を見る。シンデレラと僕が手を取り合う姿。なぜか僕は王子の恰好をしていて――――僕は青い光ごと蝶を切り捨てた。
タオもシェインも次々と蝶を散らせていく。
「なぜ夢じゃいけないの?」
胡蝶が尋ねてきた。心底分からないとでもいうように。
「夢でなければできないこともあるだろうけど、夢だけでは叶えられないこと感じられないこともあるんだよ。苦しいとか悲しいとかを越えて、きらきらした嬉しくて愛しいことに支えられて僕たちは自らの意思でここまでやってきった。これからだって未来が真っ白であろうと真っ黒であろうと僕たちは進んでいくんだっ!!」
「えぇ、そうよね。そうだったわ。ありがとう…………」
レイナが僕の耳元でささやいた。最後の方はよく聞き取れなかったけれど、いや、なぜだか理解できた。僕の名前を呼んだのだ。
勝負はすぐに着いた。僕たちの揺るがぬ決心が胡蝶の夢を打ち破ったのだ。
「私の中にあるカオスなテラーが生み出した夢――胡蝶、
レイナは懐から『箱庭の王国』を取り出した。
「
「失ってしまったものとは夢見ることでしか出会えないのよ?」
「えぇ、分かってる。それでも夢の中で失ったものと出会えるってことは、私の中にお父様もお母様も生きているってことでしょ? っていうか、本物のお父様とお母様に会わせてくれなかったじゃないの」
抗議のまなざしを向けるレイナに、しかし、動じる様子は見られない。
「私は
「意地悪なのね、
「むしろ意地っ張りよ、
レイナの顔をした胡蝶は柔らかな微笑みを浮かべた。
――――混沌の渦に呑まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし
レイナの本から青い蝶とともに白い光が溢れだし、僕たちもろとも全てを包み込んでいく。
* * *
僕たちが帰ってきたのは、色も匂いもなく、音も風もない沈黙の霧。いや、ある意味で白色だけはあるといえるのかもしれない。不明確で不安定でつかみどころのない。
まるで僕たちの『空白の書』みたいだ。
なんとなく感傷的な気持ちに浸っていると、ふと青い蝶が一匹どこからか現れ、そして霧の中にレイナ、いや、胡蝶の姿を映し出した。
「えっ、君は胡蝶?」
「マジかよ、俺たちまだお嬢の夢の中なのか?」
「姉御のことですからね……」
僕たちの三者三様の反応も影響したのか、レイナは胡蝶をきっとにらみつけた。
「私、調律したわよね?」
「えぇ、だけど、私そもそもカオステラーじゃないのよね。あなたの『箱庭の王国』に棲みついた真っ白で真っ黒な蝶。赤くも青くも染まって、ひらひらとあなたの心が生み出した夢の世界をたゆたう蝶だから」
胡蝶の返事らしき言葉を僕はよく理解できなかった。
「お嬢、通訳してくれないか?」
「む、無理言わないでよ。シェインは分かる?」
「いえ、さっぱりです。けれど、もしかしたらこれも『箱庭の王国』の力なのかもしれないですね」
気のせいなのかキラキラした瞳でシェインは胡蝶を見つめている。
「混沌を調律すればするほど、同じではあり続けられず、秩序にもゆがみが生じる。私は本の中に生じたゆがみが飛び出たような存在。あなたの夢に巣くう蝶が本から現れたとでも思えば良いんじゃないかしら」
「全然良くないわよ。調律したら、消えるんじゃなかったの?」
「それは無理ね。あなたが『箱庭の王国』と一緒に『調律の巫女』として世界の歪みを元に戻そうとする使命感なんてもの、捨てられるなら別だけど。捨てられないなら、あなたの中から私を生み出す
「なんてことなの……」
ひどく落胆したのか額に自らの手を当て、レイナは深く息を吐きだした。
「仲良くしましょうよ。レイナ、私あなたのこと気に入ったの。あなたの夢がどこへ行き着くのか、あなたの真っ白な物語は真っ黒でとってもおいしそうだもの。私も力になるわ」
「力にって何?」
「ほら、あれよ……えっと、コネクトだっけ? 私は『調律』の度、あなたの『箱庭の王国』に蓄積された歪んだ運命が形を成した存在なのよ? あなたの身体を拠り所にすれば、胡蝶は夢も
「力を貸してくれるのね」
「えぇ、そうよ。それじゃ、呼んでくれるの待ってるからね」
胡蝶は再び青い蝶の姿へ戻ると、レイナの懐――『箱庭の王国』へと消えてしまった。
「喜んでいいのかしら?」
「いいんじゃねぇか? 助けは多い方がいいだろ」
「『箱庭の王国』、奥深いです」
タオやシェインの言葉にも納得はいかない様子でレイナは僕の方を見てくる。
「少なくともレイナに懐いているみたいだし、仲良くすればいいんじゃないかな」
「えぇ……そう、なのよね。きっと考えても仕方ないわね、うんうん」
レイナは大げさに何度も繰り返し、うなずいた。
僕たちが物語に憧れている。
空白しかない運命に心もとなさを感じている。
それは事実だろう。
けれど、空白だからこそ、というものもあるのかもしれない。
それがなんなのか、はっきりとは分からないけれど。
いずれにしても僕たちは僕たちの物語を探しているのだろう。
あるいは今ここに僕たちだけの物語を記し続けているのだろう。
夢見るレイナとカオスなテラー 蛍 @shirok
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