第11話 帰還


 柏木すずのターン


登場人物    柏木すず 22歳  

     第78女子抜刀中隊中隊長。軍曹。

   15個小隊300人と中隊本部要員20名を指揮する。

     セシリーに命じられα1に展開中。

     「牝狐」と呼ばれたりする。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 セシリーが前線を突破して20分後。第78女子抜刀中隊中隊長柏木軍曹を取り囲んだ若い小隊長たちが、一斉に悲鳴に近い叫びをあげた。

「おいっ! 加奈子っ! 応答しろっ!」

「どうしたっ! 滝川小隊っ! 聞こえてるのかっ?」

「ちょっとっ! 返事してっ!」

 全軍を鼓舞するセシリーの強制通信が送信され、渋谷方面軍残存戦力が全戦線で一斉に反攻作戦を開始したと同時に、それまで途絶えていた孤立部隊との通信が一斉に回復した。

 第78女子抜刀中隊で行方不明になっていた小隊や分隊とも、次々に通信が回復し生存者が次々と連絡を入れてきて、α1は歓喜の声に包まれたのだが。

 しかし、回復した通信が再び一斉に途切れたのだった。

 共に戦ってきた仲間からの通信に、一同が狂喜乱舞して喜んだ直後だけに、彼女たちの悲壮感は強烈だっただろう。

 みな泣きそうな顔で端末に向かってしゃべっていた。

「隊長・・・これって・・・・」

 副隊長が困惑の表情ですずに視線を向けてきた。

「おそらくジャミングでしょうね」

「やっぱり、そうですよね。つーか、通信回復自体が奇跡でしたしねぇ・・・」

 副隊長の顔に安堵の表情が浮かんだ。

「じゃ、ジャミングぅ?」

「ど、どういうことっすか? 隊長っ!」

 二人の会話に、周りの小隊長たちが一斉に食いついてくる。

 上官の会話を盗み聞きするは割り込んでくるは、なんて自由な部下たちだ。

 部下たちが半分キレた表情にうるんだ瞳で詰め寄ってくる。

 かなりウザい。

「・・・・・」

 喋るのが面倒なので、副隊長に目配せをする。

「えーっ、自分も、そんな詳しくないっていうか、本当の事とか知りませんよ」

 そう言いながら彼女は部下たちに言い聞かせてくれる。

「いいか、通信の回復はビアンカ部隊による一時的な処置だ。あの特殊部隊のステルス特性は半端ないから、再びジャミングによる通信障害がおきてる? んだと思う」

 副隊長が首をかしげると、小隊長たちも小首をかしげた。

 ステルスとかジャミングなんてのは死語に近いのだ。

 副隊長の説明を聞いていた一番若い分隊長が、お馬鹿な顔で大げさに驚いた。

「はうっ!」

「どうした? 何を驚いてる?」

 副隊長の問い掛けに彼女は端末を突きだした。

「あたいの端末が時々フリーズして2.3日固まるのもセシリーのジャミング?・・・でつか?」

「馬鹿言えっ! それは端末の使いすぎっ! ゲームばっかやってんじゃないっ!」

「ゲームなんてしてないっすよぉ。妊活メールっす!」

「フリーズするまでメールするなよ・・・」

「いっ、いや、するでしょう・・・・妊活命っす!」

 そう言ったのは別の分隊長だったが、まわりの小隊長たちも全員がウンウンとうなずいていた。

「お前ら・・・歳いくつだ・・・」

 副隊長があきれ顔でつぶやいた。

 そもそも仲間たちとの通信が途切れ心配していたはずなのに、少し安心するとすぐ男の話になるいうのも、我が部下ながらちょっと引いてしまう。

 話が脇にそれはじめたので、速攻で副隊長の救助に口を出す。このまま放置すると、男を紹介しろと騒ぎ出しそうだ。

「まあ、あれよ。通信が途絶えたってことは、裏返せばセシリーが孤立部隊に迫ったということよ」 

「ちょっと早すぎませんか?」

 振り向きながら副隊長が小首をかしげた。

 その背後の女たちも半分が彼女に同調するように小首をかしげたが、残りの女たちは何やら自分の端末をセッセと入力している。

・・・こいつら、男にメールしてるな・・・絶対・・・

 作戦終了後を見据え、早々と手を打ってくるとは、なかなかのやり手・・・その几帳面さをゾンビとの戦闘に生かせよ・・・と突っ込みたいところだったが、面倒なのでスルーする。

「いいえ、リナたん戦車の進撃速度からすれば、まあ妥当なところよ。このあたりから本部に伝令を走らせても15分くらいで着くはずでしょ」

「そ、そうですね・・・」

「リナたん、かっけーっ!」

 現状を再認識し、みなの顔に安堵の表情が浮かぶ。

 ほんわかと微笑む少女たち、大半が16歳から18歳のまだほんの子供なのだ。

 しかし、そんな純真さを少しも残してない女という生物も、また彼女たちの中にはいたりする。

「よっしゃーぁっ!」

 安堵の空気を吹き飛ばす声を古参小隊長があげた。

 古参と言っても、まだ18歳の抜刀隊小隊長は、満面の笑みで端末を見詰めながら握り拳を大きく振っている。

「どうした? 誰かと連絡が取れたのか?」

 副隊長が聞いた。

 話の流れからするとそうなるが・・・・

「一コ上の先輩男子とデートの約束ゲットしましたぁぁぁっ!」

「はぁ?・・・・・」

「・・・・・・」

 全員が一斉に冷たい視線を向けた。

 すずも、ついイラっとなって眉間にシワを寄せてしまった。

「す、すみません。隊長・・・・だって、先輩っ・・・渋谷方面軍本部守備隊だったから・・・心配でっ・・・やっとっ、やっと連絡取れたんですっ・・・・」

 今にも泣きだしそうに瞳に涙が浮かんでいる。

「そ、そうか・・・つーことは、メールは生きてるんだな?」

「は、はい。先輩っ、赤毛ビアンカちゃん部隊に合流して、方面軍本部奪還に向かうって・・・帰ったら逢おうって・・・そう言ってくれたから・・・・」

 そう言って、彼女は端末を胸に抱いた。

 少し泣ける光景だったが、すずは思う。

・・・そのメール、絶対一斉送信してるよな・・・

「よし、みんなも各部隊にメールで連絡を試みてちょうだい。つながったら、リナたん戦車の到着を待てと指示するのよ」

「えっ? 私の赤毛ちゃんじゃなくてですか?」

・・・誰が、お前の赤毛ちゃんだよ?・・・

・・・そもそも、先頭で突っ込んでるのマリーじゃないし・・・

「ええ。そんな先頭部隊に合流なんてしたら、うちの抜刀隊なんて単なる足手まといだわ」

「そ、そりゃ、そうですね。じゃあ、各隊はリナたんに続けってことで・・・・」

 そう喋る副隊長の視線が、前線に向けられた。

 防衛ライン臨時検問に偵察に出した部隊の連絡兵が飛び込んできたところだった。

 偵察に出していた小隊の分隊長女子が、息を切らし髪を振り乱して全力で駆けてくる。

 たった、100メートル先へ偵察に出しただけだが、くたびれ具合が半端ない。

 それだけ全兵士の疲労はピークに達しつつあるのだ。

「たっ、隊長っ! 報告しますっ!」

「帰ってきたのね?」

「はい。学生抜刀隊を引き連れたモデラーズ兵がこちらに向かっています。数は200弱」

「そう・・・成功したのね・・・」

「ただ、問題があります・・・」

 元々真面目な性格の分隊長が、強ばった表情で口ごもった。

「なに?」

「モデラーズ兵に負傷者がいます・・・・」

「負傷者って・・・?」

 だから何?と言いたいところだが、そうもいかない。

・・・このタコ娘は何を言ってるんだ?・・・

・・・つーか、何考えてる・・・お前・・・

 と思っていると、まわりの女子たちも騒ぎはじめた。

「それって、ヤバくない?」

「ちょー、やばいっしょ?」

「負傷の度合いにもよるんじゃないかな?」

 脳天気な部下たちだと思っていたが、若い分隊長たちは特にまだまだ真面目だということなのだろう。

 ルールを厳守し、正義を貫いてゾンビとの戦いに挑む。

 自由に育てられた「幸せ教育」とは少し矛盾するが、幼年学校入校からずっと、そう教えられて育ったのだ。

 だが、それは、城塞都市支配者によるルールであり正義でしかない。

 そして、古代アキトという少年は、そんなルールや正義とは別の世界で行動しているのだ。

「どうします?」

「どうするんすか?」

 真面目顔の分隊長たちが迫ってくる。

「え?・・・・どうするって?」

「い、いえ、負傷したモデラーズ兵って言っても、そこらのモデラーズ兵とは違いますよ」

「当たり前でしょ」

 お前らは「馬鹿か?」と言いたいところだが、それを言うとパワハラだイジメだとうるさいので、事実を軽く告げる。

「どうもしないわよ」

「は、はぁ?」

「はぁって? おんたらこそ何考えてんのよ?」

「いっ、いえっ、負傷兵を通す訳には・・・・」

「はぁ? 通しなさいよ」

「えっ! それでいいんですか?」

「えっ! あんたら、セシリーの部隊通さないつもりなの?」

「・・・・・」

 真面目女子たちも、セシリーの名にフリーズした。

 固まった分隊長たちを前に、副隊長が脳天気な笑顔をすずに向けた。

「私は常に隊長の味方です」

 二十歳まで生き残った強者だけあって、最前線での意思疎通はこの副隊長が一番だ。

 馬が合うというか、やたらと気が合う。

 この女となら、結婚できそうな気もする。

 一瞬、アホな思考が脳内を駆け抜けていったが、フリーズしたままの部下たちを早急に言いくるめる必要があった。

「あんたら、なぜ私がココα1を任されたと思ってるのよ」

「できる女だから!」

「な訳ないわよっ!」

 本心では、その通りと言いたいところだが、そう言うと話が続かない。

「いいこと、ハッキリ言っておくわ。私はね、セシリーに全く頭が上がらないのよっ!」

「は、はぁ?・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・」

 空気が読めないというか、行間が読めないアホの子たちとの会話は疲れる。

「私はセシリーに決して逆らわないわ。言わば忠犬よっ!」

 少し興奮して適切な表現が浮かばず変なことを口走ったと反省した瞬間、気が合う副隊長が口元に笑みを浮かべて言った。

「まあ、ハチ公というかポチ?」

・・・お、お前、やっぱ馬鹿にしてるだろう・・・

 睨んだ視線の先で副隊長の口元がさらにゆるむ。

「えっ! 牝狐じゃなくて、ポチっすかぁ・・・・」

「そうよっ! とても従順なワンコよっ。だから絶対セシリーには逆らわないのっ。いいわねっ。わかったわねっ!」

「でも、セシリーでもビアンカでもなく、モデラーズ兵ですよ」

「あっ、アホなのぉっ! だから、なおさら悪いんでしょ! 部下思いのセシリーが切れたらどうなると思うのよ?」

「ど、どうなるんでしょう? やっぱり皆殺し?」

「ええ、そうなるわね。ていうか、もっと基本的な問題として、アキト中隊のモデラーズ小隊を、私らで阻止できるわけないでしょ」

「モデラーズ兵の発砲禁止ルールは?」

「んなの、解除されてるに決まってるでしょ。私らが日本刀で阻止しようとしたって、あの子たちが本気で通ると決めたら、私らを皆殺しにしてでも通っていくのよ」

「そうですね。私は逆らいませんからぁ」

 副隊長が楽しげな表情でうなずくと、前線での生活が長い小隊長たちが真面目な顔で一斉にうなずいた。

 分隊長以下の若い兵士達は、中等部を卒業してから2年以内という若い少女ばかりだ。

 幼年学校入学時点で母親から引き離され、その後は全寮制の学園で城塞都市のルールを叩き込まれ洗脳されて育ってきたのだ。

 そして、前線配備後は、軍規という厳しくも不条理なルールを徹底的に押しつけられてきた。そんな少女たちにとって、ルールを守るということは、この世界で生きていく上で一番大切なものでもある。

 その軍規を無視しろという命令に、拒絶反応を示すというのは至極当然な反応でもある。

「学生の姿を確認しました。モデラーズ小隊に護衛されて・・・数は2個小隊、重機関銃を装備した兵も数名・・・かなりの重装備のモデラーズ兵部隊です」

 本部偵察要員が望遠機能付き端末をかざして、向かってくる集団の詳細を報告した。

「右手を欠損したモデラーズ兵を確認・・・おそらく、あの小隊の指揮兵ではないかと思います・・・」

「まじ?・・・」

「は、はい。ハンドガンを腰に装着してます。間違いなくアキト中隊モデラーズ指揮兵です」

「最悪ね・・・・」

「そうですね。遠回しでも言えないですよね・・・」

「そうね、冗談でも言わない方が無難だわ・・・」

「じゃあ、通過チェックは私がやります」

「ええ、そうしてちょうだい」

 副隊長はその場にいた古参の小隊長数名と本部要員を指名して、臨時ゲートに駆けだした。

 臨時ゲート守備兵を集め、副隊長が大声で指示を出していく。

 副隊長の指示は的確だった。仕事ができて空気を読める部下を持つと、上官は楽だ。

 すずも若い分隊長たちに、クドクドと言い聞かせなければならなかった。

 セシリーやリナたん戦車にはビビッてる部下たちが、モデラーズ兵を軽く見ていたことに驚かされた。

「いいこと、あちらさんは最終ゲートさえフリーパスなのよ。ていうか、最終ゲート襲うような皆さんだし」

 最前線の兵士なら、最終ゲートの理不尽な態度や扱いを誰でも知っている。

 城塞内部を守るためと称し、城壁外部からの帰還者は徹底的に調べられる。

 装備も前線で戦う国防軍より数段上の武装だが、そんな最終ゲート守備隊でさえ、ビアンカ関係の部隊や人員を止めたりはしない。

「あの子たちが通るってことは、そう命令されてるから通るのよ。それを阻止すれば、彼女たちと戦争するってことよ」

 副隊長の指示で臨時設置のゲートが大きく開かれた。

 重機関銃装備のブロンドモデラーズ兵数名を先頭に、学生たちが次々とゲートを通過していく。

 解放ゲート左右に分かれたモデラーズ兵たちの視線は、すずの部下たちに向けられている。

 彼女たちの銃口は水平を保っている。どう見ても臨戦態勢が解かれたようには感じられない。

・・・まじ・・・かよ・・・

 ゲート手前で立ち止まり、指示を出すモデラーズ指揮兵を確認すると、すずの気持ちは一気に沈んでしまった。

 右手を欠損したモデラーズ指揮兵に見覚えがあった。

 セシリーやルナとよく一緒にいる指揮兵だ。すずの勘が正しければ、セシリー直衛かアキト中隊モデラーズ兵全体の統合指揮兵のはずだ。

・・・よりによって、こいつか・・・マジ最低だ・・・

 美山紫音や学生たちには申し訳ないが、心の底で割に合ってないという思いがわき出してきた。

 クローン兵とも呼ばれるモデラーズ兵にはランクがある。前線配備通常型Bクラスが戦場では一般的で、司令部警護や特殊作戦部隊に配属されているAクラスが最強ランクのモデラーズ兵と、一般的には言われている。

 しかし、アキト中隊モデラーズ兵たちは、最強Aクラスのさらに上を行く存在であり、そのモデラーズ兵たちを束ねる彼女は、それこそスペシャルなはずだ。

 セシリーとルナの顔が思い浮かび、すずは憂鬱になった。

 ゲートを通過した学生たちの隊列が一気に乱れていく。

 その場に崩れ落ちる者、抱き合って互いの無事を喜ぶ者。ゾンビの大群に突っ込んでいったのだ。短い人生の中で最悪な一日だったのは確かだろう。

 そんな学生たちの中から、見覚えのある顔がすずの元に駆け寄ってきた。

 ワンガン兵学校生徒会長美山紫音だった。


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