第6話 セシリー降臨 すずと愉快な仲間たち

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登場人物    柏木すず 22歳  

     渋谷防衛軍第78女子抜刀中隊中隊長。

     階級軍曹。

     15個小隊300人中隊本部要員20名を指揮する。


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 渋谷方面軍第78女子抜刀中隊臨時本部前。

 中隊所属小隊長と分隊長が整列していた。

「中隊長、各小隊長ならびに分隊長集合致しました」

 二十人弱の部下が整列する前に、柏木すずは歩み出た。

「中隊長殿に敬礼っ!」

 日本刀を手にした隊員たちが背筋を伸ばし敬礼した。

 全員の顔が泥やホコリで汚れていたが、彼女たちの瞳にはまだ陰りは見られなかった。

 昨日の大敗から一夜明け、まだ隊員たちの興奮状態は続いている様子だ。

 夜襲に備え、ほぼ全員が前線防衛ラインに取り付いていたのである。

 朝日が昇り、交代で休憩に入って四時間、最初に交代した小隊の小隊長と分隊長が整列していた。

「休めっ」

 副隊長の声に合わせて、柏木すずは話始めた。

 午前十一時少し前だった。

「ゆっくり休めなかった者が大半だと思う。だが、私の予想では、これからの数時間が正念場だと考えている」

 整列した小隊長たちだけでなく、副隊長や直属の部下たちまでもが顔を見合わせた。

「休憩を終えた諸君には、もう少し後方で待機してもらう」

「た、隊長。ゾンビの総攻撃が予想されているのですか?」

 部隊訓示の最中にもかかわらず、副隊長が質問してきた。

「そういう情報は、聞いてないわ」

「では、前線の部隊を休養させませんと、身体が持ちません」

「ああ、だが、彼女たちには、もうしばらく前線で頑張ってもらわなければならないわね」

 中隊長と副隊長の会話に、その場がザワつきはじめた。

「みんな静かにしろっ!」

 連絡下士官が小隊長たちに怒鳴って、それから柏木に視線を向けた。

 彼女も説明して欲しいようだ。

 話していいものかと少し悩んだが、一呼吸おいて柏木は部下たちに向かってゆっくりと話始めた。

「みんな、騒がずに聞いてちょうだい。私の勝手な推測が正しければ、あと、一・二時間のうちに反攻作戦が開始されるはずよ  

 柏木の言葉が一瞬途切れると、その場で黄色い歓声が沸き上がった。

 多くの部下が行方不明の状態であった。

 反攻作戦とは、すなわち救出作戦と考えてもいいだろう。

「ちょっ、ちょっとまて、みんな静かにっ!」

「うるさい。落ち着けっ!」

 前後左右の仲間と抱き合って喜ぶ彼女たちを、連絡下士官と副隊長が黙らせるために怒鳴り散らした。

「ちゅ、中隊長、どういうことですか? 渋谷方面軍臨時本部でも、他の抜刀中隊でもそんな話は微塵もしてませんでしたっ!」

 黙らせる為に捕まえた分隊長の胸元を掴んだまま、連絡下士官が大声で言った。

 その言葉に、騒ぎはじめた女子抜刀隊員たちの声が消えた。

「そんなのは当たり前よ。言ったでしょ、私の推測だって」

「な、何を根拠に、そんな推測をたてたのですか?」

 少し呆然とした表情で副隊長が尋ねた。

「根拠? 根拠は単純にビアンカ中隊の出撃を想像して言っているまでよ」

「ど、どういうことでしょう?」

 続けて質問してくる副隊長に、柏木は穏やかな口調で答えた。

「アキトの性格や、あの子の能力や手口に兵力を考えて総合的に判断したまでよ」

「性格って、アキトのこと知ってるっていうか、会ったことあるんですか?」

「ええ、何度か直接会ったことがあるわ。それも、何度か殺されかけたわよ」

「は、はぁ?」

 再び、全員がざわつき始めた。

 昨夜の天幕で、紫音と一緒にいた小隊長や分隊長が何人もその場にいた。

 驚いた部下たちを一通り見回して、柏木は再び話し始めた。

「詳しいことは話せないけど、まあ、アキトって子は・・・・ヘタレでビビりで泣き虫で身勝手で、それでいてお人好しなのよ。そのうえ、小賢しいというか計算高いというか・・・・」

 柏木の話を聞き、副隊長も小隊長たちも小首を傾げている。

「お人好しだから、生徒会長と自分の元予備兵の頼みを断れない。そして、小賢しい男の子は考えるわ。どうせ仕掛けるなら、ついでに渋谷方面軍本部奪還作戦もと。それに間違いなく軍上層部もアキトに泣きついているはずだし」

「す、すげぇ・・・・まじ、そんなこと、あるんでしょうか?」

 最前列の一番若い分隊長が尋ねた。

「あるわ。アキト君にしてみれば簡単な作戦だし」

「ど、どう簡単なんでしょう?」

 副隊長が真面目な顔で2.3歩迫ってきた。

「ん? 要は、前回渋谷迎撃戦の殲滅戦バージョンかしら」

「殲滅戦バージョン?」

「私が各方面から聞いたところでは、前回渋谷迎撃戦の作戦立案はアキト君で実行部隊はビアンカ中隊よ。この時は、包囲された本部救出のため、あまり派手にやれなかったらしいわ。でも、今回は既に本部は落ちているから、アキト中隊が本気で攻撃を仕掛ければ、簡単に元本部を吹っ飛ばせるっていう、とても簡単な作戦でしょ?」

「でしょっ?って・・・ふっ、吹っ飛ばすんですかぁ?!」

 副隊長の声がひっくり返っていた。

「ええ、その方が味方の被害が少なくて済むわ」

「・・・・・・・」

 柏木の推測に、その場の全員が顔を見合わせた。推測の内容がデタラメすぎて、どう受け取っていいのか消化不良なのだろう。

「おそらくアキト中隊が突出するタイミングに連動して、反攻作戦が開始されるはずよ。まあ、あの生徒会長とルナがちゃんとアキトを説得できていれば、という前提の話なんだけどね」

 希望を瞳に宿す小隊長もいれば、小首を傾げて信じられないといった表情の小隊長もいた。

 そんな部下たちに、柏木は待機命令を伝えた。

「そういうことだから、各小隊はこのまま待機してちょうだい。反攻作戦の命令が出たところで、諸君には前線突破という大仕事が待っているわ」

 副隊長が「解散」を命じても、小隊長たちはその場から動かなかった。厳密に言うと、柏木の元に近づいてくる。ゾロゾロと。

 そして、血相を変えて全力で迫ってきたのは、副隊長だった。

「た、隊長っ!」

「なっ、何よっ?」

「今の話、どこまで本当なんですか?!」

 上官の訓示を疑うなど失礼な部下だ。しかし、その失礼な部下の後ろには、もっと失礼そうな部下が迫ってきている。

「何よ、自分の上官の話も信じられないの?」

 目と鼻の先まで迫った副隊長は、珍しく真顔だった。普段の彼女は、部下たちには厳しく口うるさい上官を演じてくれているが、柏木に対しては優しい気の利くお姉さんキャラなのだ。

「いえ。学生救出作戦なら、アキト中隊には難しいことはないでしょうが、その後の本部強襲奪還作戦となると、作戦立案や打ち合わせだけでも、数日は必要じゃないですか?」

「あはははっ。そんなの、アキト君にすれば簡単なことよ。あの子は戦争のプロなんだから。やっぱり、話が怪しすぎて真実味がなかったかしら?」

 顎に手を当てて柏木は小首を傾げて見せた。

「い、いえ。しかし、アキトと何か因縁があったとは知りませんでしたし、アキトについてお詳しいというのも知りませんでした。昨夜も、そんなこと一言も言ってませんでしたし」

 そう言われ、柏木はフッと口元に笑みを浮かべた。

「わたしは、こう見えて、なかなかの牝狐なのよっ」

「は、はぁ?」

「私だって、死地に取り残された部下たちを助けたいわ。だから昨日、あの生徒会長が尋ねてきたとき、この女を利用できないかと考えたのよ」

「何か、言い方が少し悪い女になってますよ」

「はん。あなたも同じでしょ。抜刀隊の隊長なんてやってると、ゾンビから都市を護ることより、部下をゾンビに喰われないようにするかとか、そんなことばっかり考えるでしょ?」

「そ、そうですね。私は部下が喰われる前に、自分が先に死にたいとか、しょっちゅう考えてます・・・・」

 悲しげな顔で副隊長は言った。小隊長たちは驚いた顔をしていたが、柏木にはその気持ちは理解できた。

「それも危ないわね・・・・・」

 お互い顔を見合わせて笑った。

「それでね・・・・」

 話を続けようとした柏木を、副隊長がさえぎった。

「場所を変えませんか? 口の軽い奴らが聞いてますから」

 チラッと後ろを見ながら言った副隊長に、小隊長たちが抗議の声を一斉に上げた。

 ぶーぶーと文句を囀る部下たちを尻目にさらに言う。

「こいつらに話すと、ほぼ音速に近いスピードでウワサが広がります。こいつらの口の軽さは侮れません」

「そこまで、言うのね。あははっ・・・」

「笑い事じゃないでしょう!」

「そ、そうね」

 副隊長に叱られ、柏木は小隊長たちに視線を向けた。

「いまから話すことは大した情報じゃないわ。でも、安易に外で話さないでちょうだい。それは諸君の安全のためだから」

「外で話したら、副隊長に殺されますから大丈夫です」

 一番若い分隊長が笑顔で言った。しかし、彼女は事の重大さを全く理解していないと、宣言したようなものだった。

 釣られて何人かの分隊長も笑ったが、その声に副隊長が振り返って厳しい口調で言った。

「お前ら、マジ、分かってないなっ!」

 そう怒鳴った副隊長は、若い分隊長たちに説明した。

「いいか。話はアキトがらみだ! 中尉殿の情報を外でしゃべってみろ、それを聞きつけた憲兵軍や治安維持軍の諜報部が、情報を引き出そうと拉致られて拷問されるに決まってるんだよ!」

 その副隊長の話の内容を恐れたのか、彼女の怒りの形相にビビったのかはわからないが、若い分隊長たちの顔から笑みが消え怯えが浮かんでいた。

 そんな部下たちに、柏木はさらに釘を刺した。

「ついでに言っておくと、アキト君はバンパイアにも凄く嫌われてるのよ。あの中隊が抹殺したバンパイアの数は、ウワサされてる数よりかなり多いらしいわ。だから、下手するとバンパイアにもさらわれかねないのよ」

 この話には、小隊長たちも眉をひそめた。そして、小隊長たちは自分の部下である分隊長たち、特に笑っていた分隊長を捕まえて、お説教を始めた。一番若くチャラい分隊長は首を絞められながら叱られていた。

 そして、そこで小隊長の1人が進言してきた。

「やはり、若い連中には、ちょっと厳しいお話しですので、よろしければ大人の小隊長クラス以上で、隊長殿のお話しを詳しくお聞かせ頂ければと思うのですが」

 そう冷静な表情で言ったのは、小隊長の中でも一番若い抜刀兵だった。彼女の年はまだ17歳だった。

 結局、ブーブー文句を言う分隊長たちには各自抜刀隊員に待機命令を伝えに行かせ、小隊長と中隊本部要員数名が天幕に集まって柏木の話を聞くことになった。

 いれられたコーヒーに口を付け、柏木は話を再開した。いつも隣に座っている副隊長が、目の前に陣取って座っているのがちょっと怖かった。

「ん? どこまで話してたかな?」

 そう柏木が言うと、連絡下士官が速攻で答えた。

「中隊長が牝狐だというお話しです」

「お前、そこしか聞いてなかっただろう?」

 副隊長が突っ込むと連絡下士官は真顔で敬礼した。

「はっ。ちょっと違う意味でドキドキしました」

 天幕に笑いが響いた。

「生徒会長を利用して戦場に残された部下たちも一緒に助けてもらおう。というお話しでした」

 そう冷静に話したのは17歳の小隊長だった。

「あと、中尉殿とはお知り合いみたいな話もされてました」

 副隊長に補足され、柏木は話を再開した。

「で、私の場合、昨日も少し話したけど、ルナを門前払いした衛兵ってことで彼女のことをずっと気にしてたのよ。そして、ルナがアキト君の部隊に転がり込んだと聞いて、安心したけど凄く心配もしたわ」

「彼の部隊は毎日決戦みたいな戦闘の連続だってウワサは、よく聞きますよね」

「うん。だから私は、あっちこっちの彼氏と情報交換して、アキトのことを調べてたのよ」

「へーっ。ルナの為に、男たちと?」

「別に、ルナのためって訳でもないわ。ルナのことがなくても、情報収集は欠かせないし。まあ、バンパイアが怖くて一人で寝られないってこともあるんだけど」

 少し照れ笑いを見せたところで、突っ込みが入った。

「いや、ただの男好きかと思ってました」

 そう言って笑ったのは、真ん前に座った副隊長だ。

「ひどいわね、あんた・・・・」

「す、すみません」

 すみませんと言いながら、目が笑っている。後ろの連中も笑いをこらえていた。

「まあ、未確認な情報というかウワサがゾロゾロと出てくるのよ。アキト君は」

「確かに、私も何度もあの部隊には窮地を救われました。そのくせ、後で軍功を聞いてもアキトのアの字も出てないですしね・・・・まるで存在しない幽霊部隊ですよね」

 柏木の話に軍歴の長い副隊長が相づちを打つ、といった感じで話は続けられた。

「ええ、その辺は軍功を売っているというウワサなのよね」

「う、売ってるんですか?」

「まあ、信憑性の高いウワサだけど。考えてもみてよ、あの子ガキだからっていっても、まだ中尉なのよ。渋谷迎撃戦の戦功だけでも二階級特進間違いないでしょ!」

「そうですねぇ。それに、あいつ遠隔攻撃小隊指揮官だったって?」

「そう、何でもゲーム感覚の遠隔攻撃指揮っぷりが凄すぎて、7歳くらいから軍人やってるらしいわ」

「じゃあ、やっぱり騎士団に功績を譲ってる訳ですかね? ていうか、何でそんなことするんでしょう? 金でしょうか」

「いえ、どうも、その辺はハッキリしないのよ。だけど、そういった私の収集した情報を総合していくと」

「そ、そうか、渋谷方面軍本部を奪還すれば、その軍功を売れるという訳ですか?」

「学生の救出はお人好しで引き受けて、ついでだから渋谷方面軍本部を奪還してしまうと、私は妄想したわけなのよ」

「そう、うまくいきますかねぇ?」

「いってもらわないと、逃げ遅れて生きてるかもしれない部下たちは、遅かれ早かれ全滅しちゃうのよ」

「渋谷迎撃戦みたいに本部は残ってなくても、部下たちはまだ戦ってます。やっぱり、その意味では渋谷迎撃戦再びですね」

「そう願いたいわね」

 一通り話し終えたところで、再びコーヒーを口にした。一睡もしていないうえ、何も食べていない胃にはほどよい刺激だった。

 ぬるくなったコーヒーを味わい、柏木の気が少しゆるんだ。

 あまりネガティブな性格でもないが、嫌な記憶がよみがえってきた。

「そもそも、渋谷迎撃戦ってのも変な呼び方よね。あれって、1ヶ月も続いた惨めな敗走劇だったのに・・・」

 少しぼんやりとした表情で柏木は言った。多くの部下を死なせた戦いだった。

「そうですね。最初に敗走が始まった時には直属の部下が10人だったのに、一ヶ月後には部下が30人を超えていて、それなのに・・・・それなのに死なせた部下は58人もいて、名前も顔も思い出せない部下がいっぱい・・・・・」

 副隊長が当時のことをシンミリと話した。

 この場にいる抜刀隊員全員が同じ経験をしている。部下を死なせ、助けられた上官に後を託され、多くの部下を助けるために、負傷兵を置き去りにしてきた。あの戦いは、本当に地獄だった。

「私も同じよ・・・・だからな・・・だから私は待ってるのよ。ヘタレで泣き虫な坊やを・・・・」

 そう柏木が呟くと、天幕の隊員たちは、自分の辛い経験を思い出して目頭を押さえる者が続出した。このテント内の全員が、重傷の戦時PTSD心的外傷後ストレス障害患者の集まりだった。

 落ち込んでいると、無理に明るく振る舞う者も出てくる。

「中隊長は、どこまでアキト君とお知り合いなんすか?」

「牝狐」しか覚えてなかった下士官が、やたら瞳を輝かせて聞いてきた。その場の雰囲気もあり、少し冗談っぽく言ってみる。

「ん? ヤッてないわよ・・・・」

「ほ、本当にぃ!?」

 エロい視線が胸元に向けられた。

「ば、バカっ! 変なとこ見るんじゃないっ!」

 突っ込んでくれたのは副隊長だった。

「しっ、失礼しました・・・・」

 首をすくめた下士官を見て、みんなの顔に笑顔が戻った。

「ま、まあ、2.3年ストーキングして、しょっちゅうビアンカやモデラーズたちに追い回されて、一回あいつの首しめたくらいのお知り合いかな?」

「はっ! はぁぁ?」

 目の前の副隊長が大声を上げて立ち上がった。

「あ、あんた、驚きすぎよっ・・・・」

「い、いや、よく生きてたなぁ・・・と思って。だってアキト君の首でしょう?」

「ん? まあ、何度か突撃銃で頭どつかれて、一回アンチマテリアルライフルでぶん殴られて気絶したかしら?」

 少し遠い目で柏木は話した。

「なんか楽しい想い出を語るみたいに話しますね」

 そう言われ、柏木はニコっと笑った。

「ああ、まだあの頃は、純粋で我武者羅に生きてたわよねぇ・・・・」

「い、いや、そんな大昔でもないでしょう?」

 副隊長に突っ込まれたが、遠い昔のような気がする。

「まあね」

 答えたところで、副隊長が椅子を前にずらして迫ってきた。

「ていうか、本当にアキト君の首を絞めたんですか?」

 副隊長の後ろの小隊長他全員が前のめりで聞いていた。

「ええ、そうよ。ルナがバンパイアにさらわれたって聞いてね。つい、我を忘れてキレてしまったのよ」

「そんな誤報で中尉殿を襲うなんて」

 彼女がそう断定するのも無理はない。

 そもそもバンパイアの存在自体が未知のモノなのだ。

 この天幕の中で、本物のバンパイアを見た者はいないだろう。柏木を除き・・・・・

「いや、それが本当にバンパイアにさらわれたらしいのよ・・・・私がアキト君を襲った時は、ビアンカ中隊がルナ奪還作戦で出撃してる真っ最中だったらしいわ」

「ま、マジ?」

「はぁ?」

「ありえないっしょ?」

「て、ていうか、バンパイアにさらわれた予備兵を奪還してきたってことですよね? あのビアンカ中隊は・・・・・」

「まあ、信じられない話だけど、確かにルナは帰ってきたわ」

「しかし、間が良いのか悪いのか・・・ですね」

「ええ、だってそんな事情知らなかったから。マジ本気で首締めちゃったのよね」

 少し照れるように笑って見せたが、なぜか部下たちの視線は険しかった。

「それ、完全に犯罪ですよ。何年前の話なんですか?」

 右斜め前に座った真面目系小隊長が問いただすように言った。

「ほ、ほんの3年くらい前の話よ・・・・」

「てことは、10歳位の子供を絞め殺そうとしたんですね」

 やたら突っかかる女だ。真面目系なのでストレスも溜まっているのかと感じていると、副隊長が助け船を出してくれた。

「さすがに殺さなかったってことですね?」

「いや、締め堕とす前にアキト君にぶん投げられちゃったのよ」

 助け船には乗れなかったが、話はそれた。

「えっ! 中隊長とやり合えるんですか、あの坊やは?」

 その場の全員が驚いていた。柏木の抜刀術の腕は隊内では圧倒的だった。自分たちでは歯が立たない柏木を投げ飛ばすなど、彼女たちには想像も出来なかったのだろう。

「ん、そうねぇ、あれはおそらく居合いか何かの達人の部類じゃないかしら?」

「へっ、ヘタレのアキト君がですか?」

「まあ、そんなに驚くこともないでしょ。こんなご時世なんだし、身を守るために誰だって護身術の一つや二つやってるわよ」

「でも、泣き虫アキトとかヘタレのアキトとか言われてるのと、ギャップがありますよね」

「見た目がまだ子供だし、それに結局のところ前線でアキトを目撃するパターンは決まってて、死なせたビアンカやモデラーズを抱きしめて泣いてる姿ばかりが目に付くから、何も知らない連中が泣き虫アキトとか言ってるのよ」

「とっても優しい、とってもいい子なんですね」

 わたし惚れましたと言わんばかりに、中隊本部付き下士官が瞳を輝かせながら言った。

 隣に座った小隊長が「またかよ」と呟きつつ、大きな声で言った。

「アキト狙いの女が、また1人現れましたぁ」

 その声に、天幕の中がドッと笑い声であふれかえった。

 この時代、男の数は圧倒的に少なかった。支配階級である華族の思惑もあり、中等部を卒業した男子は、9割以上が即日最前線に配属される運命だった。

 「幸せ」教育の名の元、危機感もなく自由気ままに育った少年たちが、前線で1年間生き残る確率は1割にも満たないと言われていた。

 そのため、前線もその後方も慢性的な男不足であった。

 また、中等部を卒業した女子も、一部が兵学校抜刀科に進学する以外、大半は前線配備となったが、女子に限って数ヶ月間の戦闘訓練期間がもうけられていたため、城塞外の現実を教えられることにより、生存率が男子の数倍はあったのだ。

 そういう事情から、女たちの妊活は大変だったのである。

 一通り話し終え、小隊長たちが天幕を後にした。もっと話を聞きたいオーラを全員が出していたが、抜刀隊員たちの様子もチェックしておかなければならなかった。

 打ち合わせと称して居残ったのは、副隊長一人だけだった。

「この後、どうされるのですか?」

 机の上に置かれた古い紙の地図帳を片付けながら、副隊長が尋ねた。70年以上前の古地図だが、ここで戦う人間には大切な物だった。

「どうもしないわ。後は待つだけよ」

「来ますかね?」

「絶対に来るわ。もうすぐ」

「自信があるんですね」

「来るわよ。アキトストーカー歴4年の私が言うのよ。間違いないと思わない?」

 ニヤリと笑うと、副隊長は肩をすくめた。

「それって、ルナのストーカーの間違いじゃないんですか? でも、もうすぐって?」

 突っ込みつつも、さすがは副隊長だけあって的は外さない。

「ゆっくりしてたら、夕方までに作戦が終わらないでしょ」

「そ、それはそうですが、ルナたちは今朝出て行ったんですよ。それで、救援話を聞いていきなり決戦ですか?」

 うすい眉をひそめ副隊長は首をかしげた。

 たしかに、それは正論だった。だが、柏木には自信があった。要は能力も装備も何もかも違うのだ、坊やと彼女たちは。

「一年前の新宿強襲作戦、あれの実行部隊は分かる?」

 口元に笑みを浮かべ、自慢話でもするように言った。

「ま、まさか、アキト中隊ってことですか?」

 副隊長の目が驚きで大きく見開かれた。

「ええ。ゾンビ大戦後初めて、レベル3バンパイアを撃破したらしいわ」

「・・・・・・・」

 副隊長は開いた口がふさがらないといった感じで聞いている。

「一年前の新宿強襲作戦の時も、レベル3バンパイアの居所を突き止めたアキトは、その1時間後には新宿方面に突出していって、バンパイアを仕留めたそうよ」

「そんなことできるなら、今回の作戦も楽勝?ってことですね」

 柏木はうなずくと、チラリと古い腕時計を見た。11時を過ぎていた。

・・・もうあまり時間がないわ・・・

 仮にアキト中隊が方面軍本部を奪還したとしても、前線を押し上げられなければ意味が無い。

 少し焦りが出てきた柏木のことなどお構いなしに、副隊長は新宿強襲作戦の話を続けた。

「新宿強襲作戦って、後方では凄い宣伝してましたよね? 人類の勝利とか騎士団の輝かしい歴史の1つとか言って」

「ああ、騎士団なんていなかっただろうにね」

「新宿強襲作戦の後で、変なウワサが色々とありましたよね。確か、真祖のバンパイアを殺したとか」

「真祖ってのは完全な嘘らしいわよ。聞いた話だとバンパイアのレベルは5か6まであるそうだから」

「そ、そんなにいっぱいレベルあるんですか? 私らが顔も拝んだことがない奴らで、レベル1とか2ですよね?」

「ええ、我々はバンパイアのことなんて全く何も知らないのよ。敵のことも分からずに戦って勝てるわけないわよね」

「でも、新宿強襲作戦ってなんだったんですか?」

「さあ? 諸説バラバラだけど、単なるアキト君の単独攻撃って話だったわ。そして、レベル3を倒したら、シモベバンパイアたちの動きがおかしくなって、ゾンビや生体ゾンビがお互いに共食いを始めたらしいわ」

「すっげーっ!」

「そうね、話半分でも凄いわよね。統制を失った新宿方面のバンパイアとゾンビをアキト君は戦闘歩兵車輌とかいう大口径機関砲搭載の特殊車両まで繰り出して、一気に殲滅したらしいわ」

「さ、さすがアキトくん・・・・・」

「皆殺しの異名は伊達じゃないし、この時アンチマテリアルライフルでレベル3を含むバンパイア5体を片づけたのが、リナたんだらしいわよ」

「わぁーっ・・・・リナたん格好よすぎです。私もリナ派になろうかなぁ・・・・」

「なに? リナたんに会ったことあるの?」

「いえ、戦車に乗ってブッ飛んでいくピンクの頭を見たことがあるだけです。私が密かにファンなのは、赤毛のツンデレちゃんっす」

「ツンデレぇ? そんなのいた? つーか、ある意味みんなツンツンしてるわね」

「今度見かけたら教えてあげます。口は悪いんですけど、それなのに凄く可愛いんですよ」

「はぁ・・・」

 口が悪いビアンカが次々と浮かんでくる。ある意味、全員そろって口が悪かったはずだ。

「それにしても、中隊長って情報が凄いですよねぇ?」

「ま、まあ、牝狐だから?」

 感心しきりの副隊長に、柏木は自虐的に言った。

「はぁ? でも、新宿方面の情報とか、どうやって収集したんですか?」

 牝狐ギャグは通じなかったが、彼女も情報の信憑性を知りたいのだろう。

「ああ、これは方面軍の参謀とヤッた時に聞いた話だから、かなり確かな情報よ」

「中隊長、そればっか、ですね・・・・」

「しょ、しょうがないでしょ。普通に塹壕でこんなこと聞いたとしても、そんなの信じられないし」

「ま、まあ、そうですよね・・・・」

「そもそも、バンパイアって何なの?って話は今でも散々してるけど、うわさじゃアキト君は何か重要な情報を知っているんじゃないかって言われてるわ」

「ヤッた連中が、そう言ったんですか?」

「なんか、あんた、ほんっとに、トゲがあるわよね?」

「そんなこと、ないですよ。今度情報握ってそうな男が居たら紹介しますからぁ」

「あたしゃ、エロ担当なの?」

「はははっ。やっぱ中隊長が、一番いい女なんでぇ・・・・」

「なによ、そんなこと今頃気づいたの?」

「えへへっ・・・・」

 笑い方が完全に人を小馬鹿にしている。

「やっぱ、バカにしてんでしょ?」

 柏木が目をつり上げると、副隊長は普段の10倍近い愛想笑いで答えた。

「めっ、滅相もありません。尊敬してます。マジ」

 あはははは、という副隊長の愛想笑いが天幕に響いたその時。外から連絡兵の声が響き渡った。

「来ましたっ! 臨時本部からの通達ですっ!」

 その声に、柏木と副隊長は天幕から飛び出した。

 柏木が天幕から出ると、待機中の抜刀隊員たちも一斉に天幕前に集まってきた。

 連絡下士官が柏木の前に駆け寄り、息を切らし敬礼した。

「りっ、臨時本部から命令ですっ!」

 手にした端末を開き、命令を読み上げる。

「ほっ、本ひとふたいちはち、渋谷方面軍全軍をもって反攻作戦を開始。ひとふたまるまる開始の予備牽制攻撃に続き、全軍をもって渋谷方面軍本部奪還作戦を開始する。なお、第78抜刀中隊は特務作戦指示書に従い、全戦力をもってα1に集結されたし。以上っ!」

 その場にいた抜刀兵たちが一斉に沸き立った。

 黄色い歓声が沸き上がり、みなが抱き合って喜びを爆発させていた。

 握り拳を造って喜びを現していた副隊長が、柏木に目配せした。

「出撃準備っ!」

 柏木の檄に、その場の全員が日本刀をかざして答えた。

 一気にアドレナリンが沸きだし、戦闘能力が増していくような錯覚を感じた。

「隊員を集合させろっ!」

 そう周囲に叫んだ副隊長が、柏木に尋ねた。

「自分はどうしましょうか? 中隊長がα1に行かれるなら、自分は残った方がいいでしょうか?」

「いいえ、それは指示書を読んでから決めるけど、基本、出し惜しみは無しよ。ここの全戦力をひきいてα1に行くわよ」

「こちらが、特務作戦指示書のデータです」

 連絡下士官からチップを受け取り、指揮官用端末に接続する。

 端末上部中空に大きなホログラフ画面が展開された。

「げぇっ! 何よコレっ!・・・・・」

 お年頃、22歳の柏木は変な声をあげて貌をゆがめた。

「どんな作戦ですか? ただ突撃しろとか書かれてたら、笑いますけど」

 副隊長が柏木の隣に来た。

「反対よ。見てよっ」

 横に並んで副隊長が二次元マルチモニターを覗き込む。

「ゲロゲロッ! 何ですか、この細かさと量は・・・・」

 画面いっぱいに書き込まれた作戦指示は、なんと380ページもあった。

「誰がこんな作戦考えたのよっ・・・・・まじ・・・・」

 まさかと思いつつ、柏木は最終ページを開いた。

「どうしました?」

「ここ見てよ。署名があったわ」

 最終ページの電子署名を指さす。

 そこには「国防軍首都圏特殊作戦攻撃軍特務第二中隊 古代アキト中尉」と記されていた。

「古代アキト中尉・・・・って、アキト君のことですか?」

「ええ、そうでしょうね。アキトの作戦指示書初めて見たわ」

 再び指揮書の先頭にページを戻す。

 作戦コード「渋谷2回目」

 渋谷方面軍における現状の最前線戦力配置図ならびに、ゾンビ侵攻地域における孤立した友軍配置図が、ビッシリと細かく記載されていた。

「何よ、この数字はっ? こんなの誰も把握してないでしょ?」

 驚いた柏木に対し、副隊長が叫ぶように言った。

「こ、この数字、かなり正確ですよ!」

「何で分かるのよっ?」

「このうちの前線と後方の戦力配備数とワンガン兵学校の数字と、私が確認した左翼中隊配備残存兵力数は、一人も間違っていません。また右翼の正規軍狙撃小隊の数字も聞いたわけではありませんが、偵察してきた限りで間違ってないと思います。こんなの、ありえなくないですか?・・・・」

「ま、まあ、侵攻作戦するから本部もデータ出したのかしら?」

「な、何言ってるんですか。中隊長、今の、ここの正確な人数とか把握してないでしょう?」

「そ、それは、そういうのは、副隊長の仕事だしぃ・・・」

「そ、その副隊長の私は、臨時本部に残存戦力の報告とかしてませんから・・・・」

「は、はぁっ?・・・・」

 驚いてみたものの、副隊長の言った意味はわかる。この場合、失った戦力の増援養成をすることはあっても、聞かれもしないのに自分たちから残存戦力を報告したりはしない。

「それで、この正確な数字を出してくるって、何なんですか?」

「ふっふっふっ、それが私がストーキングしてるアキト君のジツリキなのよっ」

「・・・・・・・」

 軽い冗談はスルーされてしまった。今度の査定で協調性に難ありと評価してやる、とか思いつつ指揮書のページを更新していく。

 柏木は作戦図をモニター左に固定し、話ながら指示書に目を通す。

「じゃあ。この孤立した友軍の数字も実数かしら? つーか、所属部隊も書かれてるわよっ!」

 展開した作戦図に対して、地図に浮き上がった孤立友軍の所在場所や部隊名に数字が密集しすぎて、かなり分かりにくかった。

「ちょっと見てください。ここの数字が、さっきから少しずつ減っていってます」

 副隊長の指さした場所は、渋谷方面軍本部から1キロ離れた喫茶「昭和」だった。半地下で軍が営業していた休息所であり、非常時はシェルターとして使われる場所だ。

「気づいた時は19でした。それがドンドン減っていって、今は9・7・6」

 カウントダウするように、副隊長が読み上げる。6になった後、その数字が少し点滅して、2になった。

「ちょ、ちょっと、動かなくなったわよっ?」

 気になった柏木は、2となった数字にタッチして拡大させた。

 そこに「司令部第7警護隊他」と部隊名が浮き上がり、ダウン21・生存2と表示された。

 見てはいけないモノを見てしまったと、顔を見合わせた。

 おそらく、ゾンビに襲われて戦死する数字がリアルタイムでカウントされたのだ。それが可能なのかとも思うが、この精密な作戦図は、方面軍参謀の作戦図の10倍は精密に造られているように感じられた。

 おそらく、ゾンビに入り口を突破され、最後の二人が別の部屋に逃げ延びたといったことではないかと、柏木は推測した。

「これって、も、もしかしたら、うちの未帰還部隊もどこかに乗ってますよね・・・・」

 副隊長が泣きそうな顔で柏木を見た。

「ええ、でも、今、それを確認してる暇は無いわよ」

 冷たく言うしかない。一刻も早く作戦を理解し、部隊を率いてα1に向かわなければならない。

「そうですね。ていうか、これって、いつ作ったんでしょう? こんな量・・・・・」

「ん? 前の使い回しじゃない?」

 読むことが忙しく、柏木は生返事をするしかない。6ページ目を展開したところで、副隊長が腕を強く掴んできた。

「ちょっとヤバくないですか?」

 言っている意味はわかる。しかし・・・

「そうね、私が理解する前に作戦始まるわよね・・・」

「ど、どうするんですか?」

「・・・・・・・」

 そんなことを質問されても困る。最悪、理解しないままα1に行くしかない。

 眉をひそめた柏木に、副隊長は優しい口調で言った。時々見せるお姉さんモードだ。

「こんどアキト君にあったら教えてあげてください」

「何を・・・・?」

「私たちバカだから、もっと簡単な作戦にしてくださいって」

「そ、そうねっ・・・そうよね・・・・・」

 今、そんな冗談を言っている場合か。と言いたかったが、副隊長が真顔だったので言えなかった。

 そこに若い連絡兵が駆け込んできた。

「報告しますっ! 後方兵学校駐留場所に、アキト中隊と思われるビアンカ主力の攻撃部隊が集結しているそうです」

「きっ、来たのねっ!」

「マジで、反攻作戦ですっ!」

 柏木の周りに小隊長たちが集まってきた。全員の目が希望に輝き闘争心で燃えていた。

「さらに、後方から重戦車一両と随伴部隊接近中っ!」

 そう端末を握った連絡下士官が叫ぶと、部下たちの興奮はマックスに達した。

「リナたん、キターっ!」

「一気に突っ込むんすかぁ!?」

「自爆ゾンビは、どうすんだぁ!?」

 そんなハイテンションの部下とは違う、少しお姉さんな口調で副隊長が優しく言った。

「もう、マジ時間ありません。部下に作戦指示しないと」

「え、ええっ、今7ページ目読んでるとこなのよっ・・・」

 現実を告げた。

「・・・・・・」

 副隊長の目が死んだ魚のようになっている。もしくは、駄目な子に対するあきらめの視線だ。

 もはやタイムリミットだった。部下たちに移動を命令しようと考え始めたその時、真ん前に立って柏木たちを見ていた小隊長が、指を差しながら言った。

「なんか、中隊長の二次元モニター火を噴いてません?」

「ばか言うな。そんなわけ・・・・何か変なのがぁ!」

 副隊長が驚くのも無理はなかった。

 それまで中空に展開されていた作戦図と指示書が霧がかかるように真っ白になって膨張していく。

「ま、マジぃ・・・・?」

 初めての体験に、柏木すずもビビった。

・・・こんな機能聞いてないし・・・

 中隊長用端末を投げ捨てたい衝動をおさえ、グッと端末を握りしめた。

 すると、真っ白に広がった霧の中に、一瞬でブロンドのキュートなビアンカが現れた。

 中空にバッと現れたビアンカに、その場の全員がフリーズしたように思われたが、若い分隊長が黄色い声で叫んだ。

「びっ、ビアンカちゃん降臨っ!」

 本来、前面からしかモニターを見ることができないはずのシステムなどお構いなしに、鮮明な映像の彼女はそこに唐突に登場した。

・・・ひーっ! いきなり親玉ーっ!・・・

 見上げる柏木の顔は引きつっていた。

 直感で思った。また叱られるのだと。

 とりあえず愛想笑いと、敬礼をしてみた。

「ご無沙汰しています。セシリア指揮兵殿」

 三次元スクリーン?に登場したビアンカに、柏木は最上級の敬意を払って敬礼した。

 セシリアという名に、どよめきが起こった。

「せっ、殲滅のセシリーっ?!」

 そう口走った分隊長を、まわりにいた小隊長たちが一斉に手を伸ばして口を塞いだ。

 ウエーブのかかったキラキラとしたブロンドに、ヒラヒラのミニスカート。どこの軍隊ですかと尋ねたくなるピッチリとした軍服姿。生足が艶めかしいのか健康的なのかも不明な、万年12.3歳の美少女が、リアルに浮かんでいた。

 柏木すずの知るセシリーがそこにいた。

 視線が合ったセシリーは、可愛く微笑むと、いつもの調子で話し始めた。

「あら、あらあら、あなたは確か・・・・・牝狐?」

 その真っ白で綺麗な顎に右手の人差し指と親指を当て、セシリーは計算したように可愛く小首を傾げて見せた。

「な、なぜ疑問系なのですか?」

 セシリーとの直接対面は四年ほどで数十回はあった。いつも、彼女は柏木を上から見下ろす位置にいる。鬼月ルナの様子を見に近づき、100%の確率で警備のモデラーズ兵やビアンカに捕まっては、セシリーに叱られていた。

「あら、ちょっと大人になってたからよ」

 22歳になって成長するわけないじゃん。とか思いつつ、柏木は自分の端末を空いた方の手で指さした。

「こ、これは?」

「最近使ってる強制通信手段よ。時々、作戦を聞いてないと言い訳すおバカさんがいるから、こうやって作戦指示を出してあげているのよぉ」

「助かります。指示書多すぎて」

「ああ、あなた牝狐なのに、おバカさんだったわねぇ」

 うふふっ。と可愛く笑われた。

 相手がセシリー級の危ない存在で無ければ、端末をぶん投げて会話を終了したいところだ。

「いじめですか?」

 とりあえずヤンワリ抗議したつもりだったが、スルーされた。

「遊んであげるヒマ無いからぁ、作戦を簡単に説明するわねぇ」

 殲滅のセシリーは、いつものように人を小馬鹿にしたような可愛い声で話し始めた。

「はい。お願いします」

「牝狐さんたちは、ひとふたまるまるに兵学校生徒がα1の前線を突破して救出作戦を敢行するから、その作戦の撤退援護が主たる任務なのよぉ」

「ちょっ、ちょっと待ってください。そんなの無理でしょ。学生ですよ」

「あら大丈夫よっ! 実際には私が強襲部隊を率いて前線を突破するしぃ、その後からリナの重戦車が突出して目的地まで学生さんを先導するわ。フレンドリー救出後はモデラーズ二個小隊と共に学生さんはα1まで撤退するからぁ。あなたたちは逃げ帰ってくるのを待ってるだけでいいんじゃない」

「そ、それだけですか?」

「ええ・・・・ご不満なのかしらぁ?」

 セシリーは大きく首をかしげた。傾げすぎだろう? と突っ込みたかったが、突っ込む度胸はない。

「我々が援護する意味がわかりませんが?」

「ああ。そうねぇ・・・・。たぶん最悪の場合を想定してのことだと思うわよぉ?」

 作戦の起点でボロが出ては、後の渋谷方面軍本部奪還作戦に差し障りが出てしまうということだろう。

 要は後詰めということだが、その最悪の場合が気になる。

「最悪の場合とは? そちらの精鋭モデラーズ2個小隊で苦戦するような敵って?」

 教えてくれそうにもない質問をダメ元でしてみたが、アッサリとセシリーは教えてくれた。

「色々なパターンが考えられるけど、一番ありそうなパターンは、レベル2バンパイアがシモベのレベル1バンパイアを複数引き連れて襲ってくる時とか・・・・かな?」

「・・・・・・・・・」

・・・何を言ってるのかな?このブロンド小娘は?・・・

「は、はぁ?」

 バンパイアと戦った人間など、ほとんどいない。この中隊の中でも、バンパイアと遭遇したことがある人間は柏木ぐらいだろう。そして柏木自身もバンパイアと戦ったことはない。

 レベル1のバンパイアでも、生体ゾンビの5倍の生命力と攻撃力があるとされていた。そして、レベル2はレベル1のさらに5倍程度強力な力を持っているとされている。

 バンパイアの正体がほとんど知られていない最大の原因は、バンパイアと接触した人間が、ほぼ確実に抹殺される為だと考えられていた。そしてそれは、単独の人間に限らず中隊規模の部隊でさえ、簡単に皆殺しにされてしまうらしい。

 事実、ゾンビや生体ゾンビ以外の何者かに襲撃された部隊が、猟奇的で凄惨な斬殺死体の山で発見されることが度々起こっており、それらが高レベルバンパイアの仕業ではないかと推測されていた。

「そんな戦闘が起こりうるのですか?」

「ええ、時々というか、しょっちゅうあるわよ」

「へーっ・・・・・」

 ちょっと馬鹿っぽく感心してみると、周りの小隊長たちが変な顔で睨んでいた。

「その場合、私たちにどうしろ? と」

「あらぁ。その時は、どこかから出撃要請があるはずだから、出撃するだけでしょう? だって軍人さんなんだからっ」

 軍人としての心得を言われても困る。こっちは現実重視で生きてきた女子抜刀隊なのだ。

「そんなの相手に勝てますかね?」

「それは、相手の数次第かしら。それに勝たなくても、少し時間を稼いでくれたら、こちらで手は打つから大丈夫よ。最悪でも学生さんは助けられるわ」

 セシリーはニコッと楽しそうに笑った。その半透明の身体の向こう側では、小隊長たちがあきれ顔で半笑いしていた。

「了解しました。α1での後詰めはお任せください」

「あらっ。あなた、仕事はちゃんとするのね。ちょっと感心しちゃったわぁ」

 不思議といった顔でセシリーが見ている。

 そして、また一転して超可愛くニコッと笑って言った。

「ねえ、牝狐さん」

「は、はい」

「殺してあげましょうか?」

 セリフはいただけないが、小首をかしげる仕草は今日一番で可愛いかった。

「な、なぜ、疑問系なのですか?」

 とりあえず突っ込む。

「ん? なんとなくよ」

・・・まだ、笑ってやがる・・・

「何となく殺さないでください」

 とりあえず少しだけ不満そうに抗議してみる。

「ん? まあ、そのうちねっ」

 屈託ない笑顔でウインクしたセシリーが、一瞬で消滅した。

「か、帰ったんですかね・・・・」

「生セシリー見たーっ!」

「生じゃねぇぞ・・・」

「写真撮ってねーっ!」

「撮るな。殺されるから・・・・」

「セシリー超可愛スギー!」

「それでも、あたしはリナたん派を貫くっ!」

 セシリーが消えた途端、全員が堰を切ったようにしゃべり始めた。

 そして、女共は喋り散らかしながら柏木の周りに、ウザイほど寄ってきた。

「ちゅっ、中隊長は、どうしてあんなにセシリーに嫌われているのですか?」

「そのうちって、そのうち殺されるんですか? 中隊長」

 面倒臭い質問は、最後のやり取りに集中していた。

「さ、さぁ?」

 面倒臭いので、適当に答える。

「なんか、脳天気ですね?」

「ん・・・まあ、ちょっと慣れてきてるのかな?」

「ど、どういうことですか?」

「ま、まあ、長く生きてると色々とあるのよ。いろいろ」

 実際、セシリーとは色々あった。そして、殺されてもしかたない理由が柏木自身にはある。誰にも言えない理由が。

「たかだか二十年ちょっとでしょ?」

 男の平均寿命が「18歳」とか言われているご時世だ。20歳ちょっととか言われると、ちょっとイラっとする。

「そ、そんなことより、作戦会議よっ!」

 柏木の檄に、部下全員が首や手を横に振った。

「いえ、作戦は頭に入りました。要は、前線で見てるだけ?」

「そうならいいが・・・・」

 副隊長は少し不安げだった。

「最悪、バンパイアと決戦ですね。腕が鳴ります」

 なぜか、何人かの小隊長の目がヤル気に満ちている。

 バンパイア信奉者とは正反対の、バンパイアをぶっ殺したいオーラがあふれているように見えた。

「全小隊、いつでも行けます!」

 目の前に迫った副隊長が気合いの入った声で告げた。

 近くてウザイと言いたかったが、空気が読めない隊長と言われたくないので、日本刀を握り直して天に突き上げながら叫んだ。

「出撃よっ!」



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