第7話 地下にて

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    西村麻衣のターン


登場人物  西村麻衣 17歳 

  ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

  ゾンビとの遭遇戦で負傷したユリたちと地下に避難中




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 西村麻衣と同級生三人が逃げ込んだ廃ビル地下三階。


 地下に逃げ込んで丸一日が過ぎていた。

 麻衣は追い詰められていた。

 負傷したユリは出血多量ということもあって、ずっと意識が戻らない状態が続いている。

 また、ユリの傷口を洗うため手持ちの水をほとんど使ってしまったことで、喉の渇きに全員が苦しめられていた。

 麻衣は、再度救難ビーコンを打つべきかずっと悩んでいた。この悩みは、それほど大した意味は無かったが、その悩みを考えることで、他の恐ろしくも忌まわしい現実を頭から振り払おうとしていた。

「麻衣、決断しないと・・・・」

 麻衣の右横に座った響子が言った。

 重傷のユリを寝かせた状態で、三人は壁を背にして座っていた。

 華族重装殲滅騎士団の救援など来ないと、現実を直視した真夜中から、3人は脱出もしくは救援要請について話してきた。

 一番現実的な案は、ユリをこの場に残して3人で脱出を図るという案だった。

 それだけが、唯一生き残る可能性のある案であったが、誰もユリを見捨てて行くとは言い出せなかった。

 本来なら、麻衣がそれを決断し、命令として実行すべき立場であるのだが・・・・

 しかし、ユリを見捨てることなど、麻衣には出来なかった。そして、その気持ちを正当化する兵学校の校訓が、彼女の思考を狂わせていた。

『仲間を見捨てない。我ら仲間を助けるために、学ぶ』

 その校訓が、麻衣に免罪符を与えてくれていた。

 しかし、救援が望めないと考えると、何か手を打たなければならない。

 夜通し練った案は、誰かが脱出して生存者が潜んでいることを前線に伝え、救助部隊を連れて戻ってくるという案だった。

 そして、誰が助けを求めて脱出を図るかで、考えがまとまらなかった。

 響子は、自分がユリと残るから絵里香と麻衣の二人で脱出を試みるように言い。絵里香は自分の抜刀術ランクが序列下位グループであることから足手まといになりたくないと、自分がユリと残ると言って譲らない。

 そして二人は、麻衣に脱出して救援を呼んでくるように言った。

 確かに、それは一番現実的な案にも思えた。しかし、仮に脱出できて前線にたどり着いても、救援を引き連れて戻れるとは思えなかった。

 救援部隊を出せるなら、夜が明けてからでもすぐに出せただろう。しかし、夜明けから6時間たっても、救援は来なかった。

 この状況で、一人脱出するなど出来なかった。

 最悪の状態で、思考がフリーズしていた。

 もう少し待てばと思った。そう思っただけで、吐きそうになる。

 心のどこかで思っていることが浮き上がってくると、身体が拒絶反応を起こしたように胃がムカムカしてくる。

 決断しないと。という響子の言葉を聞き流した麻衣の耳に、微かな振動と足音が聞こえたような気がした。

「何か来るわ・・・・」

 声を潜めて言うと、両脇の二人が顔を見合わせた。

「ゾンビ・・・・」

 精神を集中すると、外の音が微かだが聞き取れた。

 間違いなく、何者かがこちらに近づいていた。

 それも、複数だった。

 麻衣は日本刀を握りしめたまま、地下室のドアにゆっくりと近づいて身体をドアに押しつけた。

 ゾンビなら、このまま通り過ぎてくれるのを願うしかない。

 万一気づかれても、ゾンビなら部屋への侵入さえ阻止すれば何とかなる。

 人の足音だった。それも規則正しい歩調だ。大きな足音ではない。麻衣の心臓の音の方が大きくドキドキと耳に響いていた。

 ドアの前まで来て止まった。祈るような思いで暗い天井を見上げ、背中を強くドアに押しつけた。

 コンコン

 ドアが軽くノックされた。

「・・・・・・・」

 麻衣は暗闇の中で響子と絵里香を見た。二人とも、大きな瞳だけが暗闇の中に浮き上がっていた。

 ゾンビや生体ゾンビが、ドアをノックするなどあり得ないはずだ。

 しかし、ノックに返事をする勇気は無かった。

 ゾンビではないにしても、バンパイアである可能性もある。

「ワンガン兵学校の生徒さん。いるのでしょう?」

 落ち着いた柔らかい女性の声が聞こえてきた。

「・・・・・・・」

 日本刀を握りしめた麻衣の手が震えた。

 答えていいのか迷っていた。

 バンパイアなのか、バンパイアではなくてもバンパイア信奉者ということもあり得る。

 場所が場所なのだ。

 ここは城塞の外側、ゾンビの徘徊する世界なのだ。

「もうすぐ救助部隊が到着するから、それを伝えに来ました」

 落ち着いているが若い声だった。その若い女の声が、もうすぐ救助部隊が来ると言うのだ。疑わしいとしか言いようがなかったが、状況を考えると話すしか無いように思えた。

「・・・・・・」

 麻衣はすぐに外の声に応えず、同級生二人を見た。

 麻衣が小さくうなずくと、二人もそれに応えてうなずいた。

 日本刀に手をかけ、ドアの向こうに答えた。

「友軍なら、所属部隊と名前を言われたし」

「所属部隊と言われると、どう答えていいのか困ります。諜報部の立花ゆき?ということで、いいかしら?」

 なぜ疑問系なのかと突っ込みたいところだし、そもそも城塞外部で諜報活動が行われているなど初耳だ。

「あなたたちが、怯えるのも当然の状況ですものね。ビックリさせてごめんなさい」

 声が若い雰囲気のためか、声には緊張感が感じられない。

「なぜ、私たちの潜伏場所が分かったのですか?」

「救難ビーコンは、私もキャッチしてたのよ。ただ、助けたくても地上はゾンビで溢れていたから」

「救援部隊がくるなど・・・・信じられません」

 救援部隊を信じられないのだ。外にいる若い女が人であるかどうかも信じられなかった。

「そう、そうよねぇ。普通に考えればそうだけど、でも、世の中には色々な人間がいるわ。あなたたちを助けるために命を投げ出す勇気のある人もいるかもしれないわ」

 ドア越しだが、よく通る明るい声だった。

「そ、そんなのは自殺行為でしか・・・・」

 勇気だけで実行できるものではない。

「いいえ、そんなことはないわ。あと十五分後には救出作戦が開始されるから、それまでもう少し我慢してね」

 励まそうという気持ちが伝わる口調に変化した。何か情報が欲しかった。少しでも信じられる情報が。

「わざわざ、それを知らせに来ていただいたのですか?」

 ゆきと名乗った女性の真意が知りたかった。ただ、単にそれだけの情報を伝えに、こんな闇の世界に来てくれたとは、とても信じられなかった。

「ええ、本当は少しお願いしたいこともあったのだけど、あなたたちがおびえているみたいだから、それはあきらめるわ」

「あ、あのっ・・・・」

「なあに?」

「私たちにできることでしょうか?」

 声を振り絞りながら尋ねた。活路を見いだしたい一心だった。

「大したことではないわ。女の子を一人、連れ帰ってもらいたいだけなんだけど」

「お、女の子をですか?」

 少し声が裏返った。すぐに思ったのは昨日の戦いでちりぢりになった同級生たちのことだった。

「ええ。この近くで保護した子なのよ」

「その人と話をさせていただけますか?」

 迷わず言った。確認しなければならない。

「ええ、いいわ。みゆさん自分のことを中の人に話してあげて」

「あ、あのっ、私は北条・・・みゆといいます。第一戦略級予備兵育成所所属の中等部二年生です」

 同級生ではないことに驚き、少女の声の幼さに驚き、そしてなによりも第一戦略級予備兵育成所所属ということに驚かされた。

「第一戦略級予備兵育成所って、あの城塞都市高官専用予備兵の?」

「は、はい。そうです」

 中等部二年と聞いて、声の幼さに納得がいった。13歳なのだ。

 そして、そんな13歳の第一戦略級予備兵育成所所属の女の子がなぜ、こんなところにいるのかと、疑念もわいたがその答えはすぐに教えられた。

「あら、第一戦略級予備兵育成所の存在を知っているなら話は早いわね。事情を説明してあげて、みゆさん」

 立花ゆきにうながされ、北条みゆと名乗った少女が、事情を話し始めた。

「あ、あのっ、私たち第38期第一戦略級予備兵育成所訓練生は、先日の渋谷方面軍本部救援解放式典に、華族重装騎士団随行員として出席していました」

「そうか、それで逃げ遅れて・・・・」

「いえ、逃げ遅れたわけではありません。騎士様をお逃がしするため、私たちは渋谷の本部にとどまるように命じられました」

「そ、そうか、それで・・・・」

 それが彼女たちの役目とは言え、残酷すぎる話だった。

 ドアを開けなければと思う気持ちと、慎重をきすべきだとたしなめる気持ちが交差していた。

「あのっ、無理に開けて頂かなくても大丈夫です。わたしのことは気になさらないでください」

 そう、13歳と思われる女の子に言われ、麻衣は慌てた。

 ここでドアを開けなければ、華族重装殲滅騎士団と同じだった。開けなければ一生悔やむだろう。それなら、開けて後悔した方がましだと決意した。

 麻衣は、響子と絵里香にアイコンタクトを送った。二人はすぐにうなずいてくれた。

「い、いや。今、ドアを開けるから、少し下がって・・・」

「はい・・・・」

 麻衣が立ち上がると、響子と絵里香も立ち上がった。そして、二人は自分の日本刀を抜いて身構えた。

 ドアを開けると手で合図して、麻衣は外の二人に声をかけながらドアのノブに手をかけた。

「開けるわ」

 古いドアをゆっくりと外に向かって開けた。

 ドアを開けると、そこには小さな懐中電灯を持った少女が二人立っていた。

 下に向けられた懐中電灯のわずかな光の中に、真っ白な少女の顔が2つ浮かんでいた。

 二人の貌は人間離れした美しさと透明感があり、麻衣は手に持った日本刀をギュッと握りしめた。

 これがバンパイアだと教えられても、納得してしまいそうな、そんな存在感のある美少女二人だった。

 二人の美少女と目があった。一人は少し短めの日本刀を抱きしめるようにして、不安げな表情で軽く会釈した。もう1人の美少女は落ち着き払った貌で、柔らかく微笑んだ。

 その、ゾクッとするような美しさに、麻衣は慌てて敬礼し自己紹介をした。

「わ、私はワンガン兵学校抜刀戦術科3年西村麻衣であります」

 諜報部所属なら軍属のはずだが、ゆきは答礼ではなくニコリと微笑んで答えた。

「私は立花ゆきで、この子がみゆさんです」

 そう立花ゆきと名乗った女性は、どう見ても北条みゆと同じ年頃にしか見えなかった。

 地下室内に入ると、ゆきはすぐに本題を伝えてくれた。

「ひとふたまるまるを過ぎたら、そこら中に仕掛けた対自爆ゾンビ誘爆トラップが作動して、このあたりのゾンビの半数以上は吹っ飛びます。そうしたら、ここを出て地上に向かってね。上に救助隊が来るはずだから」

「じ、自爆ゾンビ誘爆トラップですか・・・」

 授業で教えられた事もない、前線で一度も聞いたことがないその名前には、何か真実みのようなものを感じた。

 救助作戦を信じたいという強い気持ちが、そうさせていたのかもしれない。

 簡単に説明すると、ゆきはみゆに視線を向けた。

「ちゃんと彼に渡してね」

「は、はい。ゆきさんっ・・・・」

 微笑むゆきに、みゆは真面目な緊張した面持ちで抱きしめた日本刀を抱えたままうなずいた。

「もうすぐ前線突破作戦が開始されます。みゆさんをお願いしますね」

 そうゆきが告げたので、麻衣はかなり慌てた。

「あ、あなたは・・・?」

「私は、まだやらなければいけないことがあるの・・・・」

 こんな死者とゾンビしか居ないような場所に、いったいどんな任務があるというのか? そもそもゾンビに遭遇しなくても、こんな場所で人間が生きていけるなど可能なのか?

 そう思わずにはいられなかったが、それを口に出すことは出来なかった。

「ゆ、ゆきさんっ・・・わ、わたしっ・・・・・」

 みゆは不安で押しつぶされそうな貌で、ゆきを見詰めた。

「大丈夫。あなたのことは、彼にちゃんと伝えておくから。もう何も心配しなくていいのよ」

 みゆの華奢な肩を抱き、ゆきは優しく彼女を抱き寄せ、最後の別れでも惜しむように抱擁して背中を優しくさすってやる。見た目は完全に同年代だが、精神年齢は全く違うようだ。

「はっ、はいっ・・・ありがとうございますっ。ゆきさんっ・・・」

 身体が離れ、真っ白な貌の美少女が見つめ合う。今にもこぼれ落ちそうな、みゆの涙をゆきの真っ白な指がすくい取った。

 ニコッとみゆに微笑みかけ、ゆきは麻衣に美貌を向けた。

「すぐに作戦が始まります。最後の爆発振動から30秒たって何も無ければ上に向かってください」

 そう言うと、立花ゆきと名乗った女性は、部屋から出て行った。

「あ、ありがとうございます・・・」

 闇の中に立花ゆきは吸い込まれるように消えていった。恐ろしいゾンビやバンパイアの巣窟に、1人で帰って行くようなそんな妖しい雰囲気だけが残った。

 ゆきを見送ったみゆがくるりと振り返った。

 小さく息を吐いて、真面目な表情で麻衣に尋ねた。

「わたしは、帰ってもいいのでしょうか?」

 とても不安そうな表情で尋ねられ、麻衣は返事に窮した。

「・・・・・・・・・」

 彼女の言いたいことは、何となく想像がついた。華族重装殲滅騎士団を逃がす囮となって、渋谷方面本部に残されたのだ。それなのに、今、ここにいる。

「みゆちゃん、彼女はやっぱり同級生じゃないのね?」

 麻衣の疑問の1つを、響子が代わりに聞いてくれた。

「ち、違います。たぶん、同級生は、みんなっ、死にましたっ! 本部地下室で、じゅっ、15人っ、ゾンビに襲われてっ・・・・引き裂かれてっ・・・・泣き叫びながら、死にましたっ・・・・」

 北条みゆの告白に、3人は顔を見合わせ、麻衣は慌てて少女の両肩を抱きながら言った。

「ご、ごめんっ。話さなくていいのよっ。思い出さないでっ!」

「忘れませんっ。みんなのことを忘れたりしませんっ」

 キュッと口元を引き締め、みゆはボロボロと涙をこぼしながらも、美しくも高貴な立ち姿を崩さなかった。

 流石は第一戦略級予備兵育成所所属の予備兵候補生とも思ったが、予備兵という存在の哀れさが、いつにも増して切なく感じられた。

「で、でも、渋谷方面軍本部地下壕でゾンビに襲われたって、それでは本部は陥落してしまったの?」

 絵里香が驚愕の表情で尋ねた。一ヶ月前の渋谷迎撃戦では難攻不落を誇った渋谷方面軍本部が、わずか一日で陥落したというのか?

「そうだと思います。ゾンビの大群が押し寄せた時、騎士団の皆様が我先に本部のドアを開け放って逃げ出されました」

 自分たちの前に現れた。あの騎士団だと、3人は思って顔を見合わせた。

「本部死守を命令する司令官の言葉をかき消すように、騎士様たちが叫びながら外に逃げ出したので、本部の内も外も収集がつかなくなりました」

 みゆは事の次第をつぶさに話した。まるで、地獄の真実を伝えるように話し続けた。

「私たち予備兵候補生や、騎士様直属の予備兵のお姉様たちは、従騎士長の命令で、本部司令官室待機を命じられました。でも、全員で司令官室に向かう途中で、従騎士長はどこかに行かれてしまって・・・あ、あの人は・・・・・」

 みゆは言葉に詰まった。従騎士長も逃げ出したのだろう。

「お姉様たちと私たち候補生は、何とか司令室にたどり着きました。そこでは方面軍司令官が指揮を執っていらっしゃいました。私たちを見た皆様の驚いた表情が、私たちの運命を物語っているように思えました」

 その後、みゆたちは全員方面軍司令部最下層の地下シェルターに避難させられ、誰が来ても、決して中からシェルターのドアを開けてはならないと、言い聞かされた。

「シェルターに避難して・・・・1時間ほどして、シェルターのホーンが鳴りました。ら、来訪者を映すモニターには・・・あ、あの、居なくなった従騎士長が映っていました」

 少女の幼い美貌が震えていた。

「従騎士長にドアを開けるように命じられては、私たちには拒むことは出来ませんでした。予備兵ランク最上位のお姉様が開けるように命じられました。お姉様は、皆に言いました。これが私たちの定めなのだと」

 みゆは言葉を詰まらせた。光景を思い出したのだろう。

「シェルターのドアが開き、そして少し間があって・・・・従騎士長の血だらけの頭を持った男がゾンビを引き連れて、シェルターに入ってきました」

 放心したような表情で、中等部2年生の女の子は話し続けた。

「シェルターに次々とゾンビが入ってきました。そして、一斉に襲いかかってきたの・・・。正規予備兵のお姉様たちは、私たち候補生を少しでも助けようと、私たちを取り囲むようにかばってくださいました。でもっ・・・・みなさんの悲鳴がシェルターに響き渡って、あの地獄が始まりましたっ・・・」

 みゆは何かに取り憑かれたかのように、話し続けた。話せば話すほど、少女の表情から感情が失われていった。

「そして、そのあと、友達の悲鳴が聞こえました。15人の同級生がゾンビに引き裂かれて死にました。お姉様や友達の死体を、ゾンビが食べていました・・・・・」

 みゆは放心したように、恐ろしい光景を機械的に話した。最初に襲ってきたゾンビが本当は生体ゾンビという存在だったのではないかということを話、そして、怯えた瞳を振るわせて振り絞るようにして続けた。

「そ、そして、そこに、ゾンビとは全然違う目の赤い奴らが・・・たぶん、あいつらがバンパイアなんだっ!」

 バンパイアの生贄として育てられた少女にとって、本物のバンパイアはどんなに恐ろしい存在に見えたのだろうと、思わずにはいられなかった。

「そのあと、残った何人かと、どこかに連れて行かれて・・・・そこで、残ってたみんなはバンパイアに食い殺されたっ・・・・殺されたのっ・・・・殺されたのよっ!」

 少女の怒りに満ちた声が、暗い地下室に響いた。

「なのに、私は生きてます。奴らがいなくなって、そこに、あの、ゆきさんが来ました。あの柔らかな微笑みを浮かべて、私をバンパイアの巣窟から連れ出してくれて。そんなこと、人にできると思いますか? ねえっ! できますかっ!?」

 叫ぶように、みゆは言った。

「で、でも、あなたは生き残ったのよ。大丈夫、もう大丈夫だから」

 みゆの興奮を抑えるため、麻衣は心にも無いことを口にした。

「わ、わたしっ、よ、予備兵候補生です・・・一人だけ生き残って、帰れると思いますか?」

「何の問題もないわ。運良く生き残った。それだけよ」

 麻衣は、短絡的にしゃべる自分に驚いていた。

 華族重装殲滅騎士団を逃がすため残されたバンパイアへの貢ぎ物、その生き残りを憲兵軍も治安維持軍も見逃しはしないだろう。

 騎士様が、年端もいかない少女たちを見捨てて逃げた、その生き証人なのだ。

 もし、前線に無事帰り着いても、彼女が一人生き残ったことが知れれば、憲兵軍に治安維持軍が功を競うように、彼女を逮捕しに来るに違いない。

 全然大丈夫ではない状況ではあったが、大丈夫よと慰めるしか何も思い至らなかった。

 麻衣が、みゆの肩を抱いて引き寄せようとしたその時だった。

 凄まじい爆音が上から響き、地下三階の部屋全体が群発地震のように揺れ動いた。

「きゃっ!」

「だ、大丈夫? みんなっ」

 大音響が振動として伝わると、天井の一部が崩れ落ちてきた。

 麻衣は北条みゆを胸に抱きしめ、響子と絵里香は横たわったユリに覆い被さるようにして細かな瓦礫から守った。

「これって、さっき彼女が言っていた誘爆トラップってヤツ?」

「大地震とかじゃないわよね・・・・」

 響子と絵里香が顔を見合わせた。この地下に逃げ込んで、初めて本当の希望が灯されたのだ。

「爆発がやんだら脱出するわ。二人でユリを連れ出せそう?」

「ええ・・・・・そうね」

「やるわ。ここまで生き延びたんですもの最後まで一緒よ」

「でも、規律違反にならない?」

 響子が最後の最後になって、一番現実的な問題を尋ねた。

「大丈夫よ。抜刀隊の誓いを忘れたの?」

「仲間は見捨てない・・・ね」

「了解。ユリを見捨ててなんかいけないわ」

 響子と絵里香は、大きくうなずいた。

「私が先頭を行くから、みゆちゃんは私の後から付いてきて、その後ろを二人でユリをお願いね」

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