第5話
「おかーさん!! 掃除終わったよ!!」
サーラは大きな声で終了を宣言しながら、厨房にいた彼女の母、フェリスの元へ駆け込んでいく。フェリスは相変わらずの元気の良さに苦笑しながらも、彼女への次の頼み事を考えた。
「あら、ありがとう。それなら少し手伝ってくれない? お客様へのお料理を作らなきゃいけないのよ」
「うん、わかった!!」
そう言って元気に食材の元へと駆けていくサーラ。慌ててフェリスは彼女を呼び止める。
「サーラ!! ちゃんと最初に手を洗わないと!!」
「ぶー……」
「ぶーたれたって許しませんよ。ほら、手を出して」
渋々といった様子で自らの手を差し出すサーラ。フェリスは軽く手を振ると、なにやら呪文を唱えだした。
『ブルーム・デ・アクエリアス』
すると空中に水の球が浮かび上がり、サーラの目の前へと移動する。彼女は何のためらいもなくそれに手を突っ込むと、そのままジャブジャブと洗い出した。
そう、これがこの世界においての最大の特徴、魔法である。自らの中にある魔力を消費して、望んだ現象を出現させるという能力。世の知識人達は皆魔法の研究をして、より便利な、より強力な魔法を発動させるための魔法式を作り出す。そして一般の人々はその魔法式を買い、より便利な生活を送る。
まあ仕組みこそ違うが、本質的には科学とあまり変わりはない。結局世に流通しているのが科学か魔法かという違いだけである。
「よし、綺麗になったわね。さ、準備しちゃいましょ」
「うん!!」
改めて調理に取りかかる親子二人。その最中、フェリスはなんだかサーラの機嫌がいつもより上機嫌なことに気付く。いつもは鼻歌を歌いながら手伝う程度だったのが、今はなんと軽いダンスまで挟んでいるではないか。いつもと違ったことなんて今日は一つしかない。
「サーラ。お客さんとなにかあった?」
「ふぇっ!? なんでわかったの!? おかーさん、もしかして魔法使い!?」
そりゃあ魔法は使えるから魔法使いだけれども、とフェリスは苦笑する。
「誰だって見てればわかるわよ。いつもより上機嫌だって」
「うー……なんだか恥ずかしい……」
顔を真っ赤にするサーラ。その様子をフェリスはなんとも微笑ましいものを見るような目で見つめる。
なんとも言えない、優しい空気が彼女らを包んでいた。
◆◇◆
「……ここか」
路地裏を抜け、サーラの案内通りに道を歩いていると、やけに豪奢な建物が見えてくる。どうやら国の権威として一役買っていたらしい。その証拠と言うわけではないが、近くには城の跡地もある。最も、彰人が燃やしてしまった為に見てくれはたいそう見窄らしいものとなってしまったが。
図書館を見渡してみると、多くの衛兵が周囲を警戒している。まあ、中枢である城が燃やされてしまったのだから当然と言えば当然か。城を燃やしたところで兵士全員が死ぬ訳でもない。あのとき彰人が燃やしたのは城の一室からだ。死亡をはっきり確認できたのはあの部屋にいた人物だけであり、もしかしたらこの国の国王が生きている可能性だってある。
もっとも、あの業火を生き延びていればの話であるが。
「さて、問題は俺の顔が割れているかどうかだが……」
ものは試しだ、と彰人は物陰に隠れながら手に炎を出現させる。
すると不思議なことに、物陰にいるはずの彰人の姿が表の通りに現れたではないか。もちろん瞬間移動した訳ではなく、これはただの虚像である。蜃気楼と言えばなんとなくわかるだろうか。それの応用だ。
もちろん巡回している兵士達がそれに気付かない筈がない。目聡い兵士は彰人の虚像に気付くと、すぐさま警笛を鳴らした。
「いたぞ!! 手配書の奴だ!!」
チッ、と舌を鳴らした彰人は炎を消し、すぐさまその場から立ち去る。唐突に消えた彰人の虚像に兵士たちは戸惑っているようだが、これで確実に警戒レベルは跳ね上がってしまった。これでは図書館に行くのは無理そうだ。
それにしても思ったよりも情報が出回るのが早い。手配書まで作られているとはさすがの彰人も予想外であった。彼を目にした人間は全員焼けた筈であるのに……。
人気のない路地まで戻った彰人は、誰かにつけられていないかと後ろを確認する。とにかく、今日の探索はこれ以上は難しい。おとなしく宿へ戻って寝るとしよう。今日はよく働いたとばかりに大きいあくびを一つ。
そうして何気なく向けた視線の先には水たまりが。そこに映る自分の姿を見て、彰人は気付いた。
「……そりゃバレるわ」
この世界にはそぐわないコートを着た自分の姿。これに気付くなと言う方が無理があるだろう。バツが悪そうにボリボリと頭を掻く彰人だった
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