第3話
「はいはーい! お部屋はこちら、スイートルームになりまーす」
自分を案内してくれた少女の言葉に彰人は一瞬視線を巡らせ、その後頭を掻き、溜め息を付く。
「……これがスイートルームか?」
埃の被った家具に、歩くと軋む音が響く床。大きく目立つように配置された、この部屋には似つかわしくないほど豪奢なベッドが哀愁を誘う。
おまけか何かのようにポツンとベッド際に置いてある燭台の他には明かりは見当たらない。これでは夜に苦労する、と彰人はこれからの生活を思って再び深い溜め息をついた。
「い、一応一番豪華な部屋だし……広いし……」
「俺にはベッドでなんとか補ってるようにしか見えねぇがなぁ……」
とはいえ、この宿を出て新たな宿を探すのも面倒くさい。それに彼にとって一番大事なのは睡眠だ。それさえしっかりとしているならば他に多くは望まない。もう限界とばかりに彰人はベッドへと体を投げ込んだ。
「え? お客さん?」
「寝る。起こすな」
「ちょ、ちょっと!? まだお名前とか聞いて――――」
少女の騒がしい声が響く中でも眠りに落ちることが出来るのは最早才能なのか、それとも長年培ってきた経験か。この問題の真相は、彼の意識と共に闇へと沈むこととなった。
◆◇◆
「……んあ?」
彰人が起きてみると、自分の上着は剥がされ、靴も脱がされ。おまけに掛けていなかった布団が掛けられており、明らかにに自分が寝たときとは違う格好になっていた。
未だ眠気で半開きの眼を擦りながら、備え付けのチェストを見ると自分の着ていたコートと共に一枚のメモ紙が置かれている。若干質の悪いそれを手に取り、なんとか書かれた文字を解読しようとする彰人。
「……読めねぇな」
自分の知らない文字で書かれていたメモを投げ捨てる彰人。コートを手に持ってみると、相変わらずジャラジャラという重々しい音とずっしりとした重量感が伝わってくる。どうやら金貨は盗まれていないようだ。
少なくともそこらの宿屋よりは信頼できるようだ、と彰人は自らの予想が外れたことを拍子抜けに思う。目の前で客が寝たのだから、少し位は持っていかれると当たりをつけていたのだが。
「ったく、これじゃトラップが無駄になったな」
さらりと彰人がコートのポケットを撫でると、一瞬炎が燃え上がる。なんと彼は自分以外の人間がポケットの中身を触ろうとすると途端に炎がその下手人を焼き尽くすというトラップを仕掛けていたのだ。
そんな即死トラップが発動しなかったということは、彼女が純粋に気遣いで彼のコートを脱がせたという事に他ならない。異世界でもこういう人種は存在するんだなと彰人は無感動にそう考える。
ややくすんだ磨りガラスを覗くと、窓の外には赤い夕焼けが広がっている。これ以上寝てしまえば夜に寝られなくなると考え、渋々ベッドから起き出す彰人。起きた直後では食欲などあるはずもなく、かといって暇潰しの道具など持ってきてはいない。せめて本の一冊でもあればなんとかなるのだが。
「……本、か」
そういえば、と彼は呟く。この訳のわからない世界に引きずり込まれたはいいが、自分には情報が全くと言っていいほど無い。試しにポケットの金貨を引っ張り出して眺めてみても、元の世界では見たことの無いデザインだ。裏側には自分の理解できない言語が彫られており、嫌でもここが元の世界とは違う場所だと理解させられた。
「チッ……」
軽く舌打ちした彰人は、その苛立ちを炎へと変換し手元の金貨を蒸発させる。このストレスをぶつけようにも、肝心のぶつける相手は既に燃やし尽くしてしまった。自らの銀髪を掻き上げ、苛立ちを抑えようと試みる。
「……はぁ……イライラしてても始まんねぇな」
掻き上げた手を降ろし、コートのポケットへと突っ込む。あるかはわからないが、取りあえず図書館へ行ってみよう。参考になる資料があればいいが、と心の中でそう呟いた。
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