第2話
城が焼けるという一大事の起こった首都であるが、その張本人である彰人はマイペースに宿屋を探していた。
因みに目下の大問題であった金銭に関してはある程度解決している。先程の騒ぎに乗じて火事場泥棒を行った奴等から搾り取って来たからだ。念のために言っておくと、別に泥棒が許せなかったなどという正義感溢れた理由などではない。ただ一番効率が良かったから、それだけの話だ。
金貨で膨れたポケットを鳴らしながら、人気の消えた通りを歩く彰人。本来ならそんな金持ちを狙って不良の一人や二人が絡んでいく所だが、誰一人として出てこない所を見るに全員出払っているようだ。
辺りを見回しながら彰人が歩いていると、視界に『INN』の文字が。異世界でも英語は通じているのかという謎の感想を頭に浮かべながら、彰人は宿屋のドアを無遠慮に開けた。
カランコロン、と軽快なベルの音が鳴り響く。目に入ったのはガラガラの食堂と、手持ち無沙汰にカウンターへ座りこんでいる少女。この騒ぎで粗方の人間は避難しているのか、はたまた普段から閑古鳥が鳴いているのか。今日来たばかりの彰人にはわからないが、そんなことには毛ほども興味のない彰人は直ぐに思考を止めた。
ベルの音に気づいた少女が、こちらに喜色の籠った表情を向ける。ピョンと座っていたカウンターから飛び降りると、くるりと振り返り大声を上げた。
「ママー!! お客さんだよ!!」
それだけ言うと彰人の元へ小走りに近付いてくる少女。奥の扉からも足音がしたかと思うと、静かにドアが開き、妙齢の女性が顔を出した。
「こらサーラ。あんまり大声を上げては……あら、お客様ですか?」
長い黒髪を後ろで一括りにした彼女は、顔のパーツこそ整っているもののあまり顔に精気がない。それだけで生活の苦しさが見てとれるが、彰人は一瞥しただけで何の関心も示さなかった。
「こんにちはおにーさん! お食事ですか? ご宿泊ですか?」
前の世界やこの世界に来てからの彼の悪行を知っている者が見れば、大慌てで少女を止めにはいるような状況。しかし無知とは恐ろしい物で、そんな大量殺人犯とも呼べる彰人にサーラと呼ばれた少女は無警戒で近づいていった。
「宿泊。あるだけ」
彰人はポケットに入っていた金貨を無造作にひっつかみ、テーブルに広げる。親子は始めて見た金貨に目を大きく開き、その後親の方が恐縮そうに彰人へと話しかける。
「あ、あの……ウチの宿泊費からすると恐らく一年分はあるのではないかと……」
「それでいい。飯は付くのか?」
「えっと……そこは計算してみなければわかりません」
「なら待つ。頼んだ」
聞きたいことだけ聞くと彰人は手近な椅子を引摺り、傲岸不遜に座り込む。
突如起こった嵐のような出来事にあたふたとしながらも、しっかり自身の勤めを果たすため部屋の奥へと戻っていく女性。その背中を見送ったサーラは扉が閉まるのを見届けた後、彰人へと無邪気に話しかける。
「ねえねえ! おにーさんってどこから来たの? こんなにお金があるってことはやっぱり偉い人なの? それなのにうちを選んだってことは、やっぱり何か事情持ってる?」
少女のまくしたてるかのような勢いにやや戸惑いつつも、やはり彼の根本は変わらないのか、サーラを軽く一瞥した後何事もなかったかのように目を閉じる。
が、無視されたサーラはというと、気付いてないのかそのまま話を続けて始めた。
「あ、でも大丈夫! 無理しては聞かないから! ただなんていうの? こうしきん? って奴だから!」
そりゃ好奇心だろ、と心の中で呟く彰人。この時点で彼女の残念な頭の度合いがやや露呈している。こんなのが跡継ぎでは先程の母親もさぞ将来が心配であろう。もっとも、考えるだけでこんなことはおくびにも出さないが。
「いやー、でも助かったよ! おにーさんのお陰でなんとかウチも立て直す事が出来そうだし! 本当にありがとね!」
満面の笑顔を彰人に向けるサーラ。邪険にしても迫ってくる彼女に若干の苛立ちを覚え、閉じていた片目を開く。
――――いっそこのまま燃やしてしまおうか。
そんな思考が頭を過るも、流石にトラブルになってしまえばやっと見つけた自分の安息の場所が消えてしまう。一時の感情に任せるのは得策ではないと判断し、その考えを打ち消した。
と、そんな状況の彼を救うかのように奥の扉が開き、先程の母親が戻ってくる。サーラも気付いたのか、質問攻めを止めて慌てたように隣の椅子へ行儀よく座る。
「お待たせしました。うちのサーラが迷惑をかけませんでしたか?」
「ああ。質問攻めを迷惑と言わないなら、な」
「ちょ、おにーさん!?」
せっかくの取り繕いも彰人の告げ口で無駄になってしまったサーラ。母親は溜め息を付くと、サーラを半眼で見つめる。
「……サーラ。後でお話があります」
「ひ~ん! だってぇ~」
半泣きのサーラだが、そんな彼女を無視して母親は彰人へと説明を始める。
「数えたところ、金貨は四十五枚ほどありました。食事も含めると、滞在できるのは十一ヶ月程となります」
「そうか。ならそれでいい。俺は部屋に行かせてもらう」
説明は終わったとばかりに奥のドアへ歩き始める彰人。母親は慌てて彼を引き止める。
「ま、待ってください。部屋の案内がまだですので、サーラを付けます。サーラ、今度は迷惑をかけないように」
「はいはーい! わかってるって!」
そんな会話を尻目に、彰人は大きな欠伸を一つかました。
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