第29話 片付けてしまおう、男の部屋

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 仕事が一区切りつくまで待って、と言うのでテイを待つ。

 出てきた味噌カツはやばウマで、けれど大した表現力のない俺は「カツ! 衣! なにこのサクサク感、反則!」「お肉やわらかぁ……どうやってやるのかな」「っていうか味噌ダレ! なにこの……なに……」千愛(ちあ)の歓喜の声に喝采あげる担当を任せることにする。


 それにしても、お店を切り盛りしているおばさんがテイのおふくろさんだなんて初めて知った。

 ていうかテイのやつ、実家こっちなのかよ。

 どうしてなんだろーと考えていたら、千愛に味噌カツを取られました。


「ちょ、ま、俺の最後の一口!」

「冷めたらもったいないもんねー! はむっ」


 至福でするーとほっぺたをおさえて身悶えする千愛には敵わない。

 食いしん坊さんだもん。しょうがない。


 食べ終わってだらだらしてたら、テイが先に会計済ませて二階で待ってて、というので大人しく従うことにした。


「外出て裏口からあがってな。鍵あいてっから」

「おう」


 注文を受けて配膳して。てきぱきと働くテイの姿もまた初めて知るものだ。

 なんだか意外。ひたすら意外。あだ名が童貞なのに……関係ないけども。


 テイに言われたとおりに一度外に出て裏口から二階へ移動する。

 古い木の板の廊下は踏むとぎしぎし鳴るが、綺麗に掃除されてぴかぴかだった。

 それにしても居心地悪い、よその家だし。

 すぐに部屋が見つからなかったらどうしよう、と思ったけど……すぐにわかった。


 部屋の前にエレキギターだの漫画だのが無造作に置かれている。

 襖を開けると、まあその……なんだ。


「うわ」


 千愛が引くくらい男子の部屋だった。

 漫画だの雑誌だのがあちこちに散らばっている。

 顔を引きつらせている千愛の視線の先には、まあその……うん。紙がね。ちらちらとね。


「ここで待つの? 掃除したいんだけど」

「……まあまあ」

「ティッシュはコウが片付けて」

「……ううん」


 マジで気が進まない。

 テイよ……。


 顔を見合わせて「はあ」同時にため息を吐いた俺と千愛の間に、


「ああもう、やっぱり困らしとる」


 にゅっと出てきた顔は見知らぬ女子のものだった。


「うお」「ひゃ!?」


 あわてて離れてふり返ると、女の子は俺たちににこっと笑いかけてくる。


「ども、テイのお母さんに派遣されてきました幼馴染みです。ユウちゃん。あんたらは?」

「えっと……鷹野、コウと」

「雪野千愛ですけど」


 ふんふん、と頷いてからよろしくーと笑う。

 気さくな笑顔に頭を下げて返しつつ、ユウちゃんとやらを見る。


 千愛ばりに小柄で、だけど千愛と違って胸がない。

 ふわっとした髪の千愛と違って、ユウちゃんはつむじの高さでポニーテールにしている。大きな猫目が印象的の可愛い子だ。

 ブラウスとサスペンダー、ミニのスカート。なんとなく活発的な印象です。


「ちょっと待ってね」


 俺たちにそう言うと、ユウちゃんは背中に回していた手を部屋に伸ばした。

 片手には大きなゴミ袋が握られている。

 そして部屋に入るなりゴミだなんだをてきぱきとまとめて袋につっこんでいくのだ。ティッシュも一切の躊躇なし。

 それが一通り終わると、今度はスカートのポケットから紐を取り出して漫画をまとめて縛り上げていく。


「こ、コウ」

「おう」


 千愛に肘で突かれて慌てて頷いた。


「手伝ってもよければ」

「何したらいいですか?」


 恐る恐る尋ねる俺たちを見て、ユウちゃんは涼しげな顔で言うのだ。


「いいです、何をほかっていいかちょっと難しいので」


 そう言いながらもあなた、結構大胆にまとめてますよね。ビニール紐で。


「ああでもどうせなら、廊下に出してもらえます? そこに積み上げてもらえれば」


 もちろん断る理由なんてない。

 ユウちゃんは初対面の俺らにも遠慮無く指示を出してくるので、俺と千愛が手伝っている内に……昼なんてとっくに過ぎ去っていた。

 まあ、でも。


「ふう! 久々にやっちゃった」


 気持ちよさそうに額を拭うユウちゃん。実にいい笑顔です。

 でもいいのかなあ。漫画、結構あったけど。テイは怒らないんだろうか。

 そう思った時だった。


「あーっ!」


 廊下からテイの声がしてすぐ、部屋に顔を覗かせてくる。


「ちょ、おま――あーっ!」


 ユウちゃんを指して青ざめる。

 終いには指した手すらも震えてしまう始末。

 テイの様子が明らかにおかしい。


「前の取り決め通り、シリーズ別にまとめて出したから。いい加減どれか見切らなきゃだめだよ、テイ」

「お、おおおお、おおお!」


 腰に両手を当ててぷっくり頬を膨らませる幼なじみに顔を真っ赤にしたかと思うと、すぐに俯いて頭を振り始める。「落ち着け、まだ焦る段階じゃない」

 なんだろう。病気かな。


「こ、コウ! ちょっと話がある! こっちこい!」

「なんだよ……」


 俯いたまま手招きをされて、わけもわからず言うとおりにすると――


「逃げるぞ!」


 そう言って俺の手を掴み、テイは走りだした。

 もう見事なまでの逃げっぷりだった。

 だから、


「三回もしておさかんですねえ」


 ユウちゃんのえげつない指摘はテイを圧倒するもので。


「ティッシュ、三個。いやねえ。ほんといやねえ」


 あばばば、とてんぱる千愛の反応こそ正しいと思うし、


「ぐっ」


 ぴたりと止まって、振り返ることすら出来ないテイは哀れ。


「お母さんになんて報告しよ」

「……う、く」


 マジで……可哀想だ。

 千愛も言わないだけで、俺のゴミ箱とか見てたりするんだろうか。

 やだ……どうすればいいの。


「昨日来てからこんなに散らかして。そんなに……わたしのこと嫌い?」

「……ううう」


 汗が。汗が滲んでますよ。

 テイ……お前。


「要求は、なんだ」


 絞り出すように聞くのそれ?


「昔から言ってるよ。お嫁さんにしてって」


 それに対する返答がそれ!?


 思わず千愛と目配せしてうなずき合う。


 どうやら……名古屋も穏やかにはいきそうにないぞ?




 つづく。

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