第30話 ゆるめの四角形

 30...




 どうしてこうなったんだろう。


 前を歩くユウちゃんとコウ。

 ユウちゃんはあたしの隣にいるテイくんを煽るべく、コウの腕を抱いて歩いている。

 コウもコウだ。ちょっと鼻の下伸ばして、楽しそうに話しちゃって。


「なんかごめんな」

「ほんとだよ」


 テイくんが謝ってくるけどマジで今更です。

 あの後、家で揉めた二人がケンカの末に、どっちがいい男か女か決めて、勝った相手の言うことを聞く、みたいになって。

 その判定薬にあたしとコウが付き合うことになってしまった。


「ちあちゃんにこうしてもらえんあんたは大した男じゃないね」


 ふり返って口元に手を当ててにんまり笑顔のユウちゃんに「なにおう」と息巻くテイくんだけど。


「な、なあ、雪野さん? 俺の腕に抱きついて――」

「いやです」

「そ、そう言わずに」

「いやです」

「……ですよね」


 お断りです。

 コウも断るべき。

 なのに、ユウちゃんが可愛いからってどうかと思う。

 あとでおぼえてろ……。


「雪野さん、顔が怖い」

「呪いを送ってるの、邪魔しないで」

「お、おう……なんか、学校ん時と印象違うな」


 困った様子のテイくんに構わずコウの背中に念を送る。

 つまずいてからふり返ってあたしの顔を見てぎょっとして、ユウちゃんに照れながら何かを言って……やっと離れた。よしよし。

 あとでおぼえてろ……。


「だから雪野さん、顔」

「頭の中の恨み帳に書いてるの、邪魔しないで」

「な、なんか……大変だな、コウのやつ」


 ふう……よし。


「テイくん、地元にあんな可愛い幼なじみいるんだね」

「急に振ってきたなぁ、おい! まあ……見ての通りです」

「押しが強くて引いちゃう感じ?」

「……いやあ」


 我ながら核心をついたと思ったんだけど、テイくんは困ったように笑うだけで。


「コウと雪野さんって幼なじみなんだろ?」

「まあね。産まれた時から、みたいな勢い」

「……もう家族みたいな距離感になって、恋愛としての好き嫌いかわかんない、みたいなのない? ってか、なかった?」


 コウと楽しそうに話すユウちゃんの横顔を、置いて行かれたような子供みたいな……心細い顔で見ているテイくん。


「あいつに黙ってわざと東京とか神奈川の高校受けたのだって、一旦距離を取りたかったからで」

「高校デビューもしたかったし?」

「まあ」


 困ったように笑って、髪の毛を撫でる。

 学校で見た時は金色で、先生にたしなめられていたのに……今は真っ黒。


「親父に殴られて黒く染めちまうくらいの覚悟なんだよなあ。ハンパもハンパ」


 両手をポケットに突っ込んで、肩を落としちゃって。


「向こうで彼女出来りゃあ、昔仲いい幼なじみがいてさ? みたいなノリになるかと思ってたけど……出来ねえ出来ねえ」


 苦笑いで語る愚痴。

 それをあたしが聞くのもなんだか不思議な状況だ。


「雪野さんはさ。なんでコウと付き合ったん? 幼なじみと付き合わなきゃだめなのかーみたいなの、なかったの?」

「んー……」


 コウにもまともに確かめられたことがない。

 野々花あたりは気になってそうだけど、踏み込んでこないことで。

 だから、初めて話す相手がテイくんって、なんだかちょっとおかしい。

 ……まあいいか。悩んでるみたいだし。


「あたしはコウがずっと好きだったから、それ以外考えられなかった。幼なじみだからってのはあったけど……その関係を越える何かが欲しいってずっと思ってたし」


 だからコウの告白に頷いたわけで。

 病気のこと。えっちのこと。

 コウの告白……はじめてして、それだけじゃだめで。

 今は旅をしている真っ最中。


「テイくんにとって、ユウちゃんじゃなきゃだめな理由はないの?」

「むつかしいこと言うなあ……とりあえず」


 深呼吸してから、あたしの顔に顔を寄せてきて。


「ユウにくっつかれてるコウはむかつく」

「あたしもだ」


 二人で目を合わせて笑っていると、視線を感じた。

 コウとユウちゃんが揃って不機嫌そうに、あたしたちを見ていた。


「ちょ、なに」

「なにしてるの。なにくっついて」


 二人の不機嫌に、あたしたちは笑いながら言い返す。


「さっきの仕返しかな」

「そんなとこだな」


 二人の背を押して、みんなで繁華街へ向かう。

 またコウとユウちゃんと距離が離れた時に、テイくんがあたしだけにそっと言った。


「実は俺、家に押しかけてくる系幼なじみがすげえ好きなんだ」


 まだ誰にも言うなよ、と。

 照れ笑いをしたテイくんは……病気を隠して面倒な挑戦をコウに押しつけていたあたし同様、面倒くさい男子なんだろうなあって。


 ちょっと失礼なことを考えちゃった。




 つづく。

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