第28話 そのクラスメイト、童貞につき
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旅と言ったらグルメだと思うの。
まあ、その、大きな目的とかは忘れてないけど……それはそれ。
美味しいモノをたくさん食べたいわけです。あたしとしてはね。
静岡でお世話になった人たちの料理はどれも美味しかったし、また食べたいものばかり。
でもそれは静岡での話。
名古屋に来たなら名古屋のグルメを味わわずにどうするの?
そう思うわけです。
口に出したら「食いしん坊さんめ」と言いたげに、コウが優しげな顔になる。
心の中で考えていてもお腹が減るだけなので主張はこのくらいにしておこう。
いいとこないかなーとスマホを眺めようとしたら、駅すぐそばの交番に入ってコウが警察の人と和やかに話し始めた。
い、いいのかな? はらはら見守っていたら「あざーっす」と頭を下げてコウが出てきた。
「地図書いてもらった。行こうぜ」
あたしの手を引いて「最初は味噌カツでもいい?」と聞いてくる。
手元にあるメモ用紙の地図にはどて焼きのお店らしき書き込みも。
どうせどっちも食べるし、ならコウが言い出してきた方でいいや。
「んっ」
頷くと楽しそうに笑って、コウが歩いて行く。
早歩きにならずに並べる速度で、前へ。前へ。
こんなに行動力ある人だったかな。
たとえばこれまで、班長とか……委員長とか。
そういう役割をコウが担っているところなんて見たことない。
しっかりする動機にもし今回の旅の経験があるのなら……
それはすごくいいこと。
間違いなく……いいこと。
だって今日、繋いだ手に感じる頼もしさは、あたしにとって新鮮なもの。
だからすごくすごくいいこと。
甘えたい、と思う気持ちと……隣にただ並ぶだけでいいのかという不安。
二つの気持ちの間で、あたしの心はどっちつかずのまま揺れていく。
◆
近所でも評判の味噌カツ屋さんは、老舗の味が店構えにも出ていた。
「いらっしゃい!」
扉を開けて聞こえてきた声は威勢よく。
若々しくて、元気な道長くんのものだった。
「テイ?」
「コウ!? おま、名古屋まできてなにしてんだよ!」
ぽかんとしたコウに慌てる道長くん。
あたしたちのクラスメイトで、そのうえコウの友達だったはず。
高校デビューだと張り切って染められた金髪は真っ黒になっていた。
「油を売る暇があるのかい」
お店のおばさんにお盆で頭を叩かれて、道長くんが「てえな、母ちゃん」と文句を言いつつも居住まいを正す。
「お二人さんね。どうぞ」
あたしに「ひさびさ、雪野さん」と笑顔で手を振ってきて、またしてもおばさんに叩かれて。
なんだか笑っちゃいながらも、あたしたちはまさかの再会に笑みを交わし合うのだった。
つづく。
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