第四章 進んで出会うかつての「ふたり」
第27話 語るより素直なお腹
27...
名古屋について、そこから大阪へ向かいたい……わけなんだけども。
「なごや……どて煮……ひつまぶし……」
荷物を置いてひと息つくべく入ったチェーンの喫茶店で、向かい側に座る千愛(ちあ)の目が。目がね。俺をじーっと見つめてくるんです。
「天むす……みそかつ……きしめん……」
食べたいのね。
食べたくて食べたくて仕方ないのね。
俺がなんともいえない笑顔になった途端、千愛があわてて俺の腕に手を置いた。
「待って。待って。グルメ旅行じゃないのは、ね? わかってるの。わかってるから待って。その食いしん坊だなあ、みたいな微笑ましい顔はやめて」
「千愛は食いしん坊だなあ」
「うっ」
胸を押さえて苦しむ千愛を見ながら思う。
静岡の宿で千愛が寝ている間、酒宴に出された料理について一つ一つ詳細を語ったらこいつはどんなリアクションをするのだろう。
……よそう。彼女の悲しむ顔は見たくない。(いじめたら百倍返しされるから怖いともいう)
「し、静岡でゆっくりしたなら、一日、一日だけ泊まれない?」
お、意外や意外。食い下がってきた。
「本音を言えば大阪にも寄りたいし、海沿いで魚も食べたいし?」
「尾道でラーメン食べたりもした――はっ!?」
いや、今更はかったな!? みたいな顔をされても。
「ちが、別にちが、そういうんじゃないから」
そんなに慌てて、よっぽどいいことでもあったのかな。
「……コウも食べたくない?」
滅多にこれないかもしれないんだよ? とアピールをはじめる彼女を見ながら、暢気に考える。(平和だ……)
「そりゃあ東京とかにいけば、それか居酒屋さんとかに連れて行ってもらえれば? 食べれるのかもしれないけど。でも、ほら。やっぱり、その土地で食べることに意義が(ぐうううう)あっ」
お腹をあわてておさえて顔真っ赤になる千愛に俺は笑顔で頷いた。
「よし泊まろう」
「ちょ、まって。お願い待って。そんな、必死の説得よりもお腹の音で決められるとか、それはそれで納得が」
「まあまあいいから」
慌てはじめる彼女をなだめながらスマホでホテルを探す。
豪勢に使えるほど稼げたわけもなく、けれど一泊背伸びするくらいの寄り道は出来る。
高級ホテルや旅館の類いは無理だ。高いし、最初から除外する。
じゃあ安いところ? ってなるんだけど……下を見るとまあ、驚くね。
予想の半値よりやや高いくらい。カップル応援プランのダブルってのがよさそう。
「ダブルでもいい?」
「……同じベッド?」
今更そんな、恥ずかしいんですけど、なんて言いたげに眉間に皺を寄せられましても。どうした。余裕が出てきたら照れてきちゃいましたか? 可愛いぞ!
「いや?」
「……やじゃ、ないけど」
もそもそ椅子の上でお尻をあげさげしてから、俯いて「たまには普通に寝たいなあ、とか」なんて言い始めた。
「普通って? ん? ん? 普通って?」
「……コウ、絶対寝かせてくれない」
それで察しろ、とばかりに横目で睨まれました。
そういうことするから、こっちは余計燃え上がっちゃうんですけども。
「千愛がいやならしないよ」
「その言い方、ずるい」
唇を突きだして不満たらたらです。
でもその不満、決して行為に対する後ろ向きなものではないとみた。みたね。
「予約……すれば?」
「千愛は可愛いなあ」
「そ、そういうこと外で言わないでよ」
テーブルの下で容赦なく足が踏まれる。
はは。ガチで角を振り下ろすなよ。痛いだろ、まじで。
「うっし。チェックインまで時間あるし、昼飯求めて旅立つか」
「じゃあロッカーつかお。荷物もって歩き回るの疲れるし」
照れ隠しとかごまかしとか、そういうの全部ほっぽって希望していたご飯に邁進。
しかも荷物を置くとか、現実的なところが本気だ。
実にいいと思います。
いっぱい食べる千愛が好きですよ、俺は。
つづく。
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