第3話 それなら俺は


 3...




 窓の外を見たらイケメンが千愛(ちあ)に迫って失敗していた。

 雪野千愛。特徴はふんわりした髪と大きな目。小柄だけど出るところが出たトランジスタグラマー。普段はだぼっとした服を着たりして隠しているけど。


 第一印象はゆるくてふんわりな彼女の本質は、本気で付き合ってみればわかる。

 尖りまくった剥き出しの強さと、危うさ。


 えっちをOKしちゃうあたり流されやすいようにしか思われないだろうけど。

 これは自惚れもあるけど、でも……あのイケメンが俺のように告白しても、千愛は絶対にOKしなかったはずだ。


 俺だから。

 そこに好意はあると思う。

 でも……それだけとは思えない。

 なんでだろう?


 男友達に聞けば「知るかリア充が」と唾を吐かれ、数少ない女友達に聞いたら「……千愛が苦戦するわけだわ」と言われる。

 どうやら俺には問題があるらしい。

 ……話がそれたな。えっと。そうそう、俺じゃなくて千愛の話だ。


 見た目に引かれて言いよろうもんなら、イケメンみたく失敗をする。

 あれで女友達も少ない。漫画描いてるノンちゃんって子と、あとは学年主席の秀才女子だけだ。

 そのあたりでも察してもらえるかと――ん?


「あれ……」


 家に引っ込む千愛の顔色が悪いように見えた気がした。

 すぐに行こうか、と悩みはしたけど……ご飯食べた感想言わないと機嫌悪くなるのが目に見えているから後にしよう……。


 いや、嘘です、冗談だ。

 千愛が何かを隠している。

 イケメンと何かあったとか、そういう類いの問題じゃない。


 もっと大事な何かだ。


 それを乗り越える方法が見つからなくて、先延ばしにしている。

 考えてみれば俺って、そんなことばかりだ。


 例えばさっきだってそう。


 部屋を出た後すぐに千愛の咳き込む声が聞こえた。

 いつだって大丈夫か聞くとすげえ不機嫌になるのでそっとしておくんだけど……。

 一度、その方向から挑戦の台詞をひねり出してみたこともあるんだけどなあ。


 なんか違うらしい。


 大丈夫か、とか。お前の問題ぜんぶなんとかしてみる、とか。一緒に抱えるーとか。そういう美辞麗句は一切通用しなかった。


 違うんだよな、そういうことじゃない。

 そういうことなら千愛は付き合ってくれていたはずだ。

 でも答えはNOで、だから違う。

 千愛が求めているのはそれじゃない。


 なんで失敗するかな?


 向き合って乗り越えるべきハードルは、ずっと目の前にあって。

 千愛とどんなに身体を重ねても、それは乗り越えられない高さにある。


 オムライスをあたためて、サラダも一緒に食べた。ケチャップライスの甘めの味付けで美味かったし、サラダのソースは最近千愛が気に入ってるごまソースをかけた。食べ残す選択肢がないくらい美味い。


「ああ……もう」


 スープを飲まないと身体あったかくならないって千愛に怒られるけど、湯を沸かすのが面倒なのがたまに傷だな。全部食べきってから思い出したよ。本能が拒否するレベルの面倒くささだ。


 今更インスタントのスープだけ飲むのもなあ、と思うけど。

 スープの数を千愛がしっかり覚えていて、飲まないと怒るのでスルーできない。しっかり者だけど、しっかりしすぎてて細かいんだよな。


 スープを飲んで一息ついて、


「ごちそうさま……さて」


 考えるのはなにか。当然、千愛の挑戦だ。

 乗り越えなきゃいけない。

 なのに、その方法がわからない。


 ごちゃごちゃ考えすぎなのかな?

 くそみたいな告白だったけど、男として最低なお願いだったけど、それでも千愛は受け入れてくれた。


 もっと……それこそあの日の俺みたく、千愛に全力でぶつかってみた方がいいのかもしれない。

 そう考えるともう我慢出来なかった。


 二階にあがって窓を開ける。

 少しの距離をおいて千愛の家のベランダがある。

 千愛の部屋だ。

 カーテンが閉まっているけど、構わない。屋根伝いに移動して、窓をノックした。

 少しの時間を置いて、カーテンが開いた。


「あ……なに?」


 部屋の照明を背に受けて、青ざめた顔の千愛が寝巻き姿で俺を見つめてくる。

 窓を開けて、きらきらした目を向けてくる。

 これまでした時はいっつも服を脱がなかった千愛の寝巻き姿は、ほんと冗談みたいだけどえっちしている時よりよっぽど無防備に見える。


 たとえばその、首元とか。襟から覗く胸元とか。いろいろだ。


「もしもし?」

「わ、わるい。えっと、本日二度目の挑戦にきまして」

「……ふうん」


 半目で俺を睨んでから、ベッドに戻ってしまう。腰掛けると足を組んで腕も組み、小首を傾げて。


「それで?」


 はようせい、と言わんばかりだ。

 足裏をはたいてから家にあがる。強い視線で睨んでくる千愛の無言の圧力に負けて、なぜか気がついたら正座していた。


「なに」

「……いや、だから二度目の挑戦に」

「どんな言葉をくれるの?」

「そ、それより千愛、顔色悪くないか?」

「いいから。はやく」


 あれ。なんか怒られている空気になっていますけど。

 違うよね。

 交際のきっかけになる言葉をかけるための時間ですよね。


「さんにいいちぜーー」

「君が好きだと叫びたい」

「却下」


 ですよね。


「お、俺は千愛がいい、千愛しか気にならない」

「……ふうん。他には?」


 お? ちょっと顔がにやけた。ここ最近で一番の反応だ。


「だから、いつかの告白も千愛以外には考えられなかったし、する気もないといいますか」

「……」


 あ、顔が曇ってきた。やばい!


「今後、ずっと、そういうつもりといいますか!」

「どんなに可愛い子にあっても?」

「ど、どんなにえろい迫られ方をしても。千愛だけです」

「……見向きもされないと思うけど、でも、そっか……ふうん」


 唇の端がめちゃめちゃひくひくしている。すげえ嬉しそうだ。ひどいこと言われている気もするけど、まあいい。


「だから、順序が違っちゃったけど、千愛とちゃんと付き合いたい。髪撫でたら逃げられるし、デートに誘ったら拒否しますよね」

「恋人同士じゃないもん」

「そういうの、もういやだといいますか。楽しいこともっとたくさんしたいです」

「……同情なし?」

「なして? 同情なして?」


 急になに、って顔をしてみせた。本当は咳のことかな、と思ったけど。今それを言うべきじゃないと思って。

 それは正解だった。


「……病気なの」


 自分から言ってくれたからだ。

 千愛はすぐに俺を強い視線で睨んだ。


「でも同情はして欲しくないし、それで甘える気はない」

「俺のこと甘やかしてくれるくせに、自分が甘えるのはだめなの? ……そんなに怖い顔すんなって。当然の疑問だろ」

「はあ……とにかく。普通に、楽しく過ごしたいだけかどうかが大事。なにより……コウにとって、あたしがどんなか知るのが大事」

「どんなかって? 大事で、大好きで、幼なじみで。すげえよくしてくれるし、えっちしてからもっと親密になって。それ以外に何があるんだよ」


 思ったことを素直に口にしただけなのに彼女は俯いてしまった。何度も深呼吸をしてから上げた目は潤んでいた。


「身体だけじゃないって……えっちだって、好きな気持ちの伝え方を間違っただけだと思ってなきゃOKしてない。何かが変わるきっかけになったのは確かだし、必要だと思ったから付き合ってきた」


 けどね、と呟く千愛の目は。


「あたしめんどくさいからさ、それ以外に……挑戦してもらう以外に、どうやったらコウが信じてくれるかわからなかった。病気のことを使うのは卑怯だと思うし、やりたくない」


 泣いていた。

 言ってることは支離滅裂。

 正直、よく理解できない。だからそんなのどうだっていい。


「コウ……あたしだけ?」


 要するに千愛はずっと不安だったんだ。


「ああ」


 何せ好きだって告白する代わりにえっちさせて、なんていうような男相手だから。


「あたしで……いい?」


 それをずっと言わずにきたのも不安で、でも教えてくれたからには……少しは俺の言葉が届いたのかもしれなくて。


「構うもんか。千愛がいいんだ」


 そう言うだけなら簡単だから、彼女の隣に腰掛けて手を握る。

 俺の嘘は必ず見抜くのが千愛だから間違いなく伝わったのだろう。


「うん」


 肩に頭を預けてきた。そんなの……初めてだった。

 恐る恐る頭を撫でてみる。少し身体が強ばったけど、でも……今度は逃げなかった。


「……ちなみに病気はなんなの?」

「言ってもコウじゃ理解できないよ」


 うぐう。


「……な、治らなかったりするの?」

「まさか、安いホームドラマじゃあるまいし。でも薬は飲んでるし、食事も気を遣ったりしてる。ほんとは……激しい運動もだめ。興奮するのもよくない」


 それじゃあ、と言おうとする俺の口を千愛がぎゅっと摘まんだ。


「最低限にするよう気をつけているし、その最低限の中にコウとのことが入ってるだけ」


 だからそれ以上言うな、と目で脅してくる。こわいこわい。


「でもデートとかは無理。あんまり出歩くとね、身体がつらくなっちゃうから」

「……そっか」

「がっかりした?」


 不安いっぱいに質問されて、少し考えてから笑ってみせた。


「キスしたら帳消しで」


 半目でたっぷり睨んだ後で、千愛は初めてのキスを許してくれたのだった。




 つづく。

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