第4話 向かい合う問題、それは
4...
コウとのファーストキスであたし、雪野千愛(ゆきのちあ)は初めて……高まるものを感じた。
でも待って。ここはうち。
当然、一階には親がいる。コウとのことは両親ともに了解済みだけど、でもだからといって部屋でするわけにいかない。
そんなことしたら、丸聞こえである。
親にあの声丸聞こえなんて、そんなの拷問以外の何物でもない。
ならうちじゃなければいいってなるけど……ね。
玄関で介抱してもらったその日にコウの家にいきたいなんてわがまま、通るはずもないし。ホテルとか、ね。まだそういうところに行ける歳じゃないからハードル高すぎて無理。経験値ある子に聞いておこう、というのは明日への決意。今どうこうする手段じゃない。
ううん。こまった。
だって、その。流されたいな、と思ってしまう。
だめかも。
あたし、だらしないところがあるのかも。
コウはすっかりやる気であたしを押し倒して、鼻の穴を広げていっぱいキスしてくる。
たとえばこれがあのいけすかないイケメン相手なら怖気が走るどころじゃ済まないだろうけど、それが大好きなコウだと、なぜか、こう。
犬みたいだなあと思いつつ、いやじゃない。
でもだから、待って。
「こ、コウ。お母さんたちに聞こえちゃうよ」
「だまってればいい」
むりだってば。
今だって変な声がでちゃってる。自覚したくないので省いているだけで。っていうかそうじゃなくて。
「ご……ゴムもないし」
「部屋からとってくる」
「だ、だったらせめてコウの部屋で」
「待てない」
あ、あぶない! こんなにやる気まんまんなの初めてだ。
ゴムだって持ってくるか怪しい。
そしてあたしも拒めるかどうか正直危うい。
あわてて膝を振り上げた。それは的確のコウの急所を貫き、
「おおおお。おおおおお! おおおおおお! おおお……」
悲鳴を何度もあげながらベッドから転げ落ちた。
「今日はだめ! 帰って!」
「ええ!?」
そんな殺生な、と言わんばかりの泣き顔で見上げられた。
本当に情けないなあ。
でも自分でもなんでかわからないけど惚れた弱みがあって、だからため息を吐いた。
股間をおさえて身悶えしている彼氏なりたてのコウのほっぺにキスをして。
「……明日まで我慢して」
そう言って部屋から追い出した。
別れ際に「明日だからな!」とか言ってきたの、なにげにハードルで困る。何かすごいことを期待されてしまった気がしてしょうがない。
まいったな。
挑戦を乗り越えてくれたのはいいけどさ。
まだコウ自身、気づいてないことがたくさんある。
あたしが好きってことだって……ちゃんとわかっているのだろうか。
◆
翌日、喫茶店。
「あんたも悪い女だね」
クラスメイトの野々花(ののか)はメガネ越しにあたしを呆れた目で見た。
苺野々花(いちごののか)。16歳になりたての長身美少女だ。学年主席の秀才。
「そんなんであんたの思いに鷹野(たかの)くんが気づくはずないわよ」
鷹野くんっていうのはコウのことだ。
「16歳男子よ? 男の中で下半身と頭が最も直結しまくってる時期なんじゃないの?」
「それは……その」
コウを見ている限り否定できない。
むしろ否定できる要素が一つもない。
「なのに、その欲望を使って手玉にとってるあたりなんというか」
「な、なによ」
「もっと普通に恋愛したら? 恋愛下手にも程があるわよ」
ぐぬぬ……簡単に言ってくれるなあ。
「の、野々花は恋愛したことあるわけ?」
「ないけど、あんたが言って欲しいことを言ってあげてるの」
「う、そ、そんなの恋愛経験ない野々花にわかるわけ」
「なら帰る」
荷物に手を伸ばす野々花にあわててしがみつく。
「待って待って」
「なにかしら?」
「す……すみません、言い過ぎました。撤回します」
「よろしい」
ふふん、と鼻息を出す。野々花はこんなんだから、見た目のよさも相まって友達が少ない。かくいうあたしも友達は少ないので、人のことは言えないのであった……ぐぬぬ。
「鷹野くんくらい残念……というか、普通にいい人な男子と幼なじみ同士で付き合うとか、ぎりぎり羨ましい範囲よね。ひどいやつと幼なじみだったら恋とかごめんだもん」
そう言う野々花の顔は浮かない。なんだろう?
「それに世界は広いから、まあ高一ってことに目を瞑ればね? 身体から始まった恋愛だって珍しいわけじゃないだろうけど。でも」
「でも?」
「初恋なら、病気だなんだと変な重荷を背負わず普通に恋愛しなさいよ。不治の病で死ぬとかならともかく」
それは痛すぎるところです……。
「ま、まあそうなんだけど……それが出来たら苦労はないっていいますか」
「ま、それが出来たらえっちなんて許してないよね。変なやつ」
笑いながらほっぺを人差し指でぐいっと押してくる野々花もそうとう変だと思う。っていうか、
「痛い! 押しすぎ! そもそも押すな!」
「千愛をからかうのはこのへんにして」
「ひどい」
「下手にえっちしちゃった分、あんたの好意を鷹野くんに信じてもらうのは普通にするよりハードル高いわよ? だってえっちで信じられない男子が相手なんでしょ?」
「……まあ、たぶん?」
怖くて確かめてないから、本当のところはわからないけど。
「それでなくても高卒前にしちゃったらリア充だびっちだなんだとばかにされるってのに……ちゃんと自覚してる? あんたは大事なところでボタンを掛け違えたの」
ほんと痛いところをついてくるなあ、もう。
「……わかってます」
「えっち方面でどれだけのことをしても、もし鷹野くんが信じられないなら千愛の好意と結びつくとは思えない」
「どうしたらいいかなあ」
「わかるわけないでしょー。千愛の言う通り、恋愛経験ゼロなんだから」
さっきの失言を使われてしまった。
「ごめんて! 謝るから、そこをなんとか」
「いやよ。自分で考えなさい。それも恋愛の醍醐味なんじゃないの? ……これはからかいとかじゃなく、本気でそう思うわけ。悩みは聞くけど、答えは自分で出さなきゃ。あんたの恋なんだから」
じゃ、塾いくからと笑顔で言って野々花は立ち去ってしまった。
くそう。問題が具体化されただけだ。
それを嫌って言うほど思い知ることになる。
迎えに来てもらったコウは見るからにやる気まんまんという顔で、家につくなり「料理とかそういうの後回しで」と言ってきた。
ああ、確かに……野々花の言うとおり、頭とか半身が直結している。
昨日「明日だ」と約束した手前、断り切れそうにないし。
それはあたしの次の目的であるところの……「コウがあたしの気持ちを信じる」ハードルを乗り越えることには繋がりそうにない。
いや、目的うんぬんでそういうことするしないって、そういう話じゃないけど。
それにさ。
そりゃあ……その。期待してなかったわけじゃないんだけど。
このままでもいられないよなあ……と思うのです。
結局押し切られてコウのベッドに押し倒された時、あたしはコウの顔をじっと見つめた。その視線に気づいてくれたコウが、鼻の穴は広がったままだけど「どうかした?」って聞いてくれた。
だから……思い切って尋ねてみることにした。
「ねえ、コウ。あたしがコウのことをどう思っているか、わかる?」
「……え」
言葉に詰まったコウは眉間に皺を寄せて、すごくすごく悩んで。それから首を捻って言うのだ。
「……大事な幼なじみ、とか?」
的外れにも程がある。
一気に心が沈んだような……そんな途方もない脱力感に苛まれた。あたしの反応を見たコウはあわてて、
「いや、恋人だし! 恋人になってくれた、くらいは……好きで」
最初に言って欲しかった言葉を口にするけど、長い付き合いだからわかる。コウの声に実感なんてまるでこもっていなかった。
遠回りだったけど、ぜんぶぜんぶ……
コウのこの問題をなんとかしたかったから。そのため。
だけど意味なかった。
これじゃだめなんだ。野々花の言うとおりだった。
たぶんそれは、コウのお母さんがコウとコウのお父さんを裏切ったからで。関係から感情を想像できても、それは絶対じゃないから……信じられないだけで。
そんなことを考えちゃうくらいに冷めたあたしは、コウが求めるようなことをする気にはとてもなれなくて。
それじゃ困るんだ。
あたしはコウが好きなんだから。
「今日はだめ。おあずけ」
「ええっ」
「そのかわり、あたしがいいって言うまで……ずっとぎゅってして」
「あ、ああ……わかった」
しょんぼりしてる。いつものコウだ。いつものコウだから……あたしは憂鬱で仕方ないのだった。
つづく。
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