おめでとう


 大学の卒業式を間近に控えたある日、私はまたあることを思い出した。時雨君の誕生日だ。日ごろの業務を称え何かプレゼントをしようと思うも、女性に何かをあげたことのなかった私に、時雨君へのプレゼントはすぐには思いつかなかった。


「靑羽さん、女性が喜ぶプレゼントと聞いて、何かぱっと思いつきますか?」


「あら、急に何です? 

 もしかして好きな人でもようやくできたんですか?」


「いえ、私の助手の誕生日プレゼントを……

 去年貰ったので、お返しをしなければと思いまして」


「あぁ、あの子ですか。

 うーん、何かそのこの好きなものとか……」


「言語と雪と干しイモ」


「じゃあ、その子の行きたい場所とか……」


「南米奥地に住む新種の民族の集落」


「では…その子の趣味とか……」


 ここからしばらく一問一答が続いたが、靑羽さんの頭の中でヒットした言葉はなかったようだ。今まで助手として時雨君のことを見てきた私は率直にすべての質問に答えたが、全て答えてもなお靑羽さんは苦悶の表情であった。


「岩崎さん、その子本当にそう答えたんですか?」


「あぁいえ、直接質問したことはないので、すべて私の客観的な推理です」


「やっぱり! よかったぁ。

本気でそんな子ならどうしようかと思いましたよ」


安堵の表情を浮かべた後、靑羽さんは少し眉を寄せて私に言った。


「いいですか岩崎さん。

 客観的事実と、主観的事実は違うんですよ。

 あなたの見ている彼女は、助手としての彼女でしょ?

 プレゼントを考えるなら、助手としてではなく女の子としてみてあげなくちゃ!

 特に女の子は自分のこと話すタイプと話さないタイプがいますから、

 その子の場合ちゃんと岩崎さんの方から聞いてあげなきゃだめですよ」


 そういうと靑羽さんは手にしていたコーヒーを飲み、ほっと一息ついた。彼女と時雨君は会ったことがないはずなのに、靑羽さんの話す女性は見事に時雨君と一致していた。


 もともと彼女は人の話を聞くタイプの子なので、言われてみれば自分の話をしている彼女はあまり見かけたことがなかった。何かの話の延長で自分のことを話すときもあったが、それでも細かいところまで言うような子ではなかった。


 靑羽さんのアドバイスを聞いた私は、お礼に喫茶店の料金を払うと、すぐに冱露木に連絡を取った。いや、冱露木に連絡したというよりも、円花さんに相談をしたいとお願いした。


 というのも、本来は私から直接聞けばいいだけの話かもしれないが、私が聞くと彼女は教授である私の前では何か遠慮のようなものをしてしまうのではと考えたのだ。幸い円花さんは時雨君とそこそこ親しく、時雨君はよく円花さんに相談ごと聞いてもらっていたそうだ。円花さんは私のお願いをいつもの笑顔で了解してくれ、ある日時雨君を呼び出しどこかへ消えていった。


「おいおい、円花さん時雨っち連れてっちゃったぞ。なんかあったのか?」


「いや、特に何もない。俺が円花さんにお願いしたのだ」


「え? 何を?」


「あぁ、もうすぐ時雨君の誕生日なのだが、

 思えばプレゼントを渡したことがなくてな。

 もう長い間助手として働いてくれているので、

 そろそろ何かあげようかと思ってな」


「えぇ!? お前時雨っちに何にも渡したことないの?

 俺だってちゃんとプレゼントしてたのに?」


 当時、時雨君へのプレゼントは考えたことがなかったわけではないが、冱露木が何か渡しているだろうし、私が渡すまでもないだろうと考えていたのだ。陽気な彼女のことだから、誰に何をもらっても気にしないだろうとは思う反面、教授二人、下手をすれば理事長からも何かもらうと考えると、それが何か重みのようなものになるのではと考えなくもなかったのだ。


 誕生日についてあえて触れていなかったのも、もしかするとこのことが原因なのかもしれない。懇々と続く冱露木の説教を聞き流していると、いつもの腹の立つ笑みを浮かべて理事長がやってきた。その手には少し大きめの箱が乗っかっていた。


「やぁやぁお二人とも、何やらにぎやかですね」


「聞いてくださいよ理事長!

 媛遥のやつ時雨っちに誕生日プレゼント渡したことないらしいんっすよ!」


「おやおや、それは知ってましたが聞き捨てなりませんねぇ。

 私は、まぁ彼女はここにきて確かそろそろ4年になるかならないかですが、

 ちゃんと毎年プレゼントあげてますよ?」


 二つの自慢げな顔が私に向けられていたが、私がこの事実を知らなかった理由が一つだけある。それは今雨井がもっている箱が説明してくれている。


この二人、実は時雨君の誕生日を知らないことを私は知っていたのだ。


「ほう、その割には毎年違った季節にプレゼントしているように思えるのは

 私の気のせいというのだな?

 では聞かせてもらおう、時雨君の誕生日は一体全体いつだというのだ?」


「それは、その……冱露木君も知ってますとも、ねぇ冱露木君?」


「え!? そんな、もちろん知ってるに決まってるじゃないですかー」


 この後二人して答えの押し合いへし合いが続いたが、結局二人とも知らないことを白状した。となると、この二人にプレゼントの参考となる意見を聞くのも、甚だ馬鹿馬鹿しくなってくる。


 私はいよいよ、彼女に何をプレゼントすればいいのかわからなくなってしまった。結局私は、悩みに悩んで自分で作ることにした。


そして誕生日の朝、出勤してきた時雨君に、私はプレゼントを渡した。


「時雨君、今日はその……誕生日だろう?

 一応ケーキを買ってきたのだが、よければ食べてはくれないか?」


「あぁ! 教授私の誕生日覚えてくださってたんですね!

 ありがとうございます。いただきます!」


 そう言うと彼女は勢いよく箱を開け、中に入っていたシフォンケーキに目を輝かせた。私に何度もお礼を言うと、彼女は私が用意していたセイロンティーとともに、目を輝かせながら食べ始めた。何度も何度も「おいしい」といつもの笑顔で言う彼女を見ながら、私はもう一つのプレゼントを渡せずにいた。


 それは、あまりに簡単な作りでありながら、あまりに粗末なものだと思えてしまったからだ。時雨君は1ホールのほとんどを食べて「ごちそうさまでした」と言うと、いつもの仕事に取り掛かろうとした。


「あぁ、あと、あの、ついでにこれを……」


「これは?」


私の手には、少し歪な形の箱があった。


「君に合いそうな石で作った根付なのだが、

 もし気に入らなければ捨ててくれてかまわない。

 メインのプレゼントはもう渡したから……」


 箱の中に入れてあったのはアクアマリンという石をカットして作った根付だ。


 彼女にこの石のようにいつまでも透き通った考え方を持ってほしいと願ったのも一つの理由だ。箱からその石の塊を取り出した彼女は、しばらく見た後それを箱に戻して私に返してきた。


「すまない、やはり不格好であったか」


カバンにしまおうとしたその時、時雨君は私に言った。


「教授、順番が違います順番が。

 そのプレゼントがメイン、ケーキをサブにしてください。

 折角の手作りの素晴らしい根付を、サブなんて扱いしたら、

 この子可哀想です。

 ちゃんと順番通りに下さい」


 思わぬ言葉に私はびっくりしたが、

その言葉にどこか嬉しさを感じた私は、改めてプレゼントを渡した。


「誕生日、おめでとう」


「はい、ありがとうございます!」


 彼女は木箱に自分の名前を書き、大切そうに鞄にしまってくれた。そしてもうほとんど空になったオマケを手渡す私の姿に、二人して笑ってしまった。


 その時、私は不思議な充実感に包まれていた。渡した時間は一瞬ではあるものの、今二人で笑っているこの時間が、どこかもう少し続いてほしいと、なぜか願っている私がいた。 

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