入学

 一か月後、いよいよ大学入試を迎えた。初日の筆記試験だが、私は名前は書いたものの白紙のまま提出した。数日後、案の定面接試験の案内が来た。面接当日、一人の面接官に、受験者は四人。全員が全員、面接官の問いに必死になって答えていた。自分こそが天才である。自分こそが天才にふさわしい人間であることを、一生懸命にアピールしていた。しかし、私は普通に答えた。いたって普通に、まるで雨井と会話をするように。すると試験官は私に尋ねた。


「君、何かアピールしたいことはないのかい?」


「いえ、特にはありません。」


「ふむ、君は、この大学に入る気はないのかね?」


「ありますよ。

 まぁ他の三人程とまではいきませんが、入りたいのは入りたいです」


「あぁ、おそらく君だろうな。あの、白紙のまま提出した生徒は」


「はい、何か話題になってましたか?」


「そりゃもちろん話題にもなるさ、だって君、白紙だよ?」


「えぇ、しかし、問題ないでしょう」


「どういうことだね」


「だって、もう入学は決定しているんでしょう?」


私がそう言ったとたん、全員が笑い出した。面接官を除いて。


「ほう、なんでそう思ったのかね?」


「ここの大学、亜心大学は、赤本がないですよね?

 ネットで探しても、手あたり次第に本屋で探しても、どこにもなかった。」


「ふむ、確かにここの赤本はどこにも存在しない。

 だがそれが入学決定とどう関わっているのだね?」


「理由はまだ他にもあります。

この大学の年間入学者数は、約五百人だそうですね」


「あぁ、細かい数字までは分からないが、ざっと五百人位だろうな」


「私は最初、難関大学だけに倍率が高く、

 定員も少ないのかと思いましたが、それは違う。

 この大学、別にどの科にどれだけの人数が入っても、

 おそらく構わないのでしょう」


「というと?」


「超難関で、天才ばかりが集まる大学という評判、

 それに加えこの大学として割と地味な立地と迷いやすいアクセス、

 加えて入学者数の情報はあるものの倍率がどこにも載っていない。

 つまり……」


「なんだね」


「この大学、受験者全員が合格ですね。

 願書を出し、当日試験会場に来て、形式だけでも試験を受けた人間なら、

 誰でも合格、つまり入学できる。

 

 この大学が資料に倍率を載せていないのも、

 そもそも倍率なんか無いからでしょう。

 

 赤本がないのも、

 そもそも傾向と対策を練ってもらう必要がないからなのでしょう。

 

 そして極めつけに、筆記試験で解答欄が白紙だった私が

 こうして面接試験を受けることができているのが、何よりの証拠です。

 冒頭で私を笑ったこの三人も、

 単なる勉強バカのナルシスト集団かもしれんが、

 きっともうすでに入学は決まっているのでしょう。

 

 以上が私が考えた、白紙の解答欄でも入学できる理由です。

 これが間違いだというのなら、私は潔く今年度の入学を辞退します」


私が全てを述べると、面接会場は静寂に包まれた。面接官は眉をしかめて下を向き、隣の三人はポカンとした顔で私を見ていた。今になって考えてみれば、甚だ生意気な学生この上ない。


「さて、他に私に質問が無ければ、私はそろそろ帰りたいのですが」


そう席を立とうとした瞬間、面接官が遮った。


「待ちたまえ。面接試験は以上だ。みんなご苦労様。君だけ、少し残ってくれ」


そういうと面接官は私以外の三人を返し、一人私を部屋に残し、どこかへ行ってしまった。しかし、大方理由は分かっていた。


「君、ちょっとこっちへ」


そういうと私は面接官の指示の下、別の部屋へと案内された。


「ちょっとここで待っててくれ。君に会いたいという人がいる」


「わかりました」


大方察しはついている。


「お待たせしました。私、創設者の麻鬼太郎(まき たろう)と申します」


「どうも、岩崎媛遥です」


「中野さん、少しこの生徒と話したいので、席を外していただけますか?」


「はい、ではお任せします」


そういうと先ほどの面接官は部屋を後にした。創設者、麻鬼がにやりとする。


「いやぁ、よくわかりましたね。この大学の秘密」


「この大学の創設者がお前だと勘付いた時点で、すべて納得していたさ。

 全く、お前らしい考えだよ」


「おやおや、これはこれは、何とも強気な生徒が入りましたねぇ」


「はぁ……お前、その立場無理があるぞ」


「おや、誰と勘違いしているかは分かりませんが、私はあなたとは初対面ですよ?」





「迷子のおよび……」


「はい、はい、すみません。私です。調子に乗ってすみません」


「雨井、お前本当にこの大学の創設者なのか?」


「えぇ、いい立地でしょう?

 ここなら、何の騒音もなく、あなたのサポートを行いながらお昼寝もできる」


「しかし、いったいどうやったらそんなことできるんだ。

 この大学はなかなか歴史ある大学なのだろう?

 私がお前と出会ったのはつい半年ほど前の話ではないか」


「そこはほら、企業秘密ってことで。悪魔ですしね、私。

 で、大学を提供するからには私からも条件があります」


「なんだ、言ってみろ」


「まず、この大学でのトップは私です。

 あなたには生徒としてふさわしい態度でいていただかないと困ります。

 私は実質この大学で特に何もしてはいませんが、

 大学には各役所にそれ相応の仕事があり、

 当然生徒の風紀を取り締まる所もあります。

 それほど厳しいというわけでもありませんが、

 あなたが大学生活を人間らしく普通に過ごしたいのなら、

 私を創設者、麻鬼太郎として見ていただかないとなりません」


「ふむ、お前だけでなく私にも関わることか、わかった」


「じゃ、おそらく一週間後ぐらいに入学書類が郵送されると思うので、

 あとはその書類に従って、良いキャンパスライフを送ってください」


「あぁ、分かった」



「入学おめでとう、媛遥君」



 入学後、私は人類学と人文学、民俗学を集中的に履修した。もともと人間として生きていくために更なる知識を得たいがために学び始めたが、いつしか私は、その三分野の虜になっていた。なぜ人類は生まれたのか、人類はどう進化したのか、進化した結果どうなって、文化・環境にどのような変化があったのか、そこには私の知らない世界が、野原のように広がっていて、新しい知識を得るたび、新鮮なそよ風が頭を駆け抜ける感覚を得た。


昼飯時には同じクラスの人間との会話を通し、今の人類についてを学んだ。そして私は日本だけではなく、留学や個人旅行を通して様々な国の人間と、文化と環境と触れ合った。触れ合うたびに興味は増し、私は大学卒業後大学院にも行った。


大学院でも三分野を集中的に勉強、研究し、作成した論文は本棚四つでも収まりきれなかった。


そんなふうに人類への興味を持ち続けて、十八歳から私は二四歳になり、

私は、人類学・人文学・民俗学教授、岩崎媛遥として、亜心大学で教鞭をふるうようになった。



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