私に勇気をくれた人 ⑤

新譜を書いていた私はいつの間にか眠ってしまっていた。


そして、小さい頃の夢を見た。


それは、とても鮮明な夢だった。



ーーーーー やーい、ロシア人!


「うぁあぁああん」


私はロシアからの転校生だった。

だからなのか…幼い私は意地悪な男の子とその仲間に虐められていた。


「ケルシー、だいじょうぶ?」


男の子が手を差し伸べてくれた。

私はただ、その手をぎゅっと握り締めていた。


「っ、ひっく、っ、ぐす…」


男の子は泣きじゃくる私の手を引いて、優しく笑っていてくれた。


「なかないで、ケルシー」


「ぼくね、ケルシーのわらってるとこ、すき!」


男の子はそう言ってニコニコ笑って私を見つめていて。


私は言われるがままに、笑っていた。


男の子は私が笑ったのを見て、とても嬉しそうにしていた。


それが1年続き、小学2年にあがったある日、男の子に事件が起きた。


その日の帰り道、男の子はえらくもじもじしたり、股間に手をやったり、下半身を気にしているようだった。


流石の私でさえ、トイレだってわかるぐらいだった。


近くですれば良いのに、男の子は無理矢理我慢していて。


そして、信号待ちしている時。


男の子は泣きそうな顔でズボンの前をぎゅっと抑えていたが、みるみるうちに濡れ、あっと言う間に下に大きな水溜りが出来た。


そう、男の子はお漏らしをした。


更に不運な事に、いじめっ子達が後ろにいた。


いじめっ子達は嬉しそうに男の子をからかい、罵倒し、蹴ったりしていた。


男の子は言うでもなく、やり返すでもなく、ただただいじめっ子を見つめていた。


あの時、男の子がいじめっ子を憐れみの目で見ていたのが今なら良くわかる。


次の日から、私に変わるように男の子は虐められていた。


でも、やっぱり何もしなかった。


そして、私達の関係も変わらなかった。


今になってなら、はっきりとわかる。


男の子が無理矢理我慢してまでお漏らしした理由。


それは、虐めのターゲットを私から…自分に変える為だったんだ、って。


…何故にそんな事をしたのか、その理由だけは…未だにわからないけれど。


3年生に上がる前のこと。


男の子の親が我が家に来ていた。

もちろん、男の子も共に。


男の子は私に気づくとすぐに駆け寄ってきて、笑ってくれた。


私は男の子を私の部屋に入れた。


二人でベッドに腰掛けて、色々お話をした。


楽しく笑って話していたら、男の子が凄く悲しい表情をしていた。


そして、静かにこう言った。


「僕ね、おひっこしするんだ」


「ちょっとだけ、遠くのとこにいくんだ」


その言葉を理解するまで、少しかかった。

今となっては、理解したくなくて時間をかけたとわかる。


「う、うそだよ!」


私はただ、嘘であって欲しかった。

ずっと一緒にいてくれると、思っていたから。


「…ごめんね、ケルシー」


「僕も…うそだよ、って言いたかった」


そう呟くと、男の子は泣きだした。

ボロボロ大粒の涙を零して、大きな声を上げて。


初めてみる、男の子の涙だった。


男の子の最初で最後の本気泣きだった。


私は悲しくて、辛くて、苦しくなって、つられるように大声で泣いた。


しばらく2人で泣き続けて、男の子が泣き止みながら、笑って言った。


「いつか、いつか必ず」


「ケルシーのとこに戻ってくるよ」


「ぜったいだよ、やくそくする!」


そう言った後、親に連れられて男の子は帰って行った。


1週間後、男の子は転校していった。


見送りで「いっちゃやだよぉ」なんて泣きじゃくって。


男の子は泣くのを堪えて笑っていた。


「ほんのいっとき、おわかれだね」


「また会えるときまで、バイバイ…ケルシー」


そう言って私を抱き締めてくれた。



そこで夢は途切れ、目が覚めた。


「…ん…あ、私寝ちゃってた?」


散乱する譜面を片付けて、その日はベッドに潜って再度寝た。


夢は見なかったけど、何故かジェイソンの言葉が頭を過ぎった。




ーーー僕は、似たお話を知ってるよ

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