殺陣

たて。

「さつじん」ではない。「たて」である。


高校で演劇部に所属していたとき、演劇の講習会に参加した。コースは演劇の基礎から舞台装置まで色々あった。


その中から私は殺陣を選んだ。木刀を振り回してみたいと思ったという、まるで小学生男子のような理由からだった。


私は、中学生までは優等生路線でやってきていて、傘を振り回したり箒を振り回したりする男子に注意しながらも、内心では羨ましく思っていたのである。

あんなふうに振り回したい。暴れてみたい。学校にやってきた敵をなぎ倒したい。

いやまあ敵なんか来ないに越したことはないし実際来ないのだけれど。言ってしまえば中二病だったのだ。


ただし現実と虚構の区別くらいはついていて、それなりに恥じらいを持って生きていたので、包帯を巻いて来たり右目が疼きだしたりすることはなかった。せいぜい毎年冬にできていたヘルペスが疼く程度。しかも口元、上唇の上である。哀しいかな、能力はそんなところに埋まっていないだろう。


中学では吹奏楽部だった中二病は、殺陣に飛びついた。興味や憧れと言えば聞こえはいいが、興味の前に「棒状のものを振り回すことに対する」という文言が入る。小学生男子の頭を持った、女子高生の中二病。非常に残念な響きである。


殺陣の講習は募集人数を上回るほどの人気で、体育館はみっちりと、木刀がぶつかり合わない距離をぎりぎり保てる程度に埋まった。そうか、みんな中二病か。仲間か。


講師はその道では有名な人らしいと後で知った。一緒に受講した部員が調べていた。ド田舎県の演劇連合会っぽいとこのどこにそんな金があったんだ。謎である。


謎の講習会は筋トレから始まった。弱小吹奏楽部からやってきた私からすると「ギリギリついていけるかどうか」というスピードで腹筋や腕立てをカウントしていくので、もう必死。殺人的なメニューであった。殺陣だけに。


地獄の筋トレを脱すると、やっと木刀が渡された。

念願の木刀はずしりと重く、片手で振るうには腕力が足らなかった。


しかし講習の最後にはステージ発表が待っており、適当に済ませることはできなかった。


講師とその弟子の動きを、見よう見まねでなぞる。安定するように腰は落とし、重心の移動に注意を払う。

力がないならその他でカバーすればいいじゃない。そんな思いで、どう斬りこむのか、どう受け止めるのか、どう流すのか。想像力で食らいついた。


ただの中二病、いや小二病が、こんなことになろうとは。

人生どう転ぶかわからないものである。

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