ショットガンクリスマス

武石こう

ショットガンクリスマス

ショットガンクリスマス


 積もるほどではない雪が降り続ける、クリスマス。みなさんが知っている世界から少しずれたところにあるここでもクリスマスは確かに存在していて、それは恋人たちの日のようになっているのも変わらない。


 一人の中年が暗くしいんとなった部屋で準備していた。若い頃に履いていたブーツや厚手の服が問題なく着られる。窓の外の雪は街灯できれいに光っている。けれど中年の男、マテリオはそんな風景など気にしていられる状態ではなかった。


「じゃあ、お父さん。行ってくるね」

「おう、気をつけてな」


 これは夕方での、彼の娘、リズとの会話だった。彼女はもうすぐ二十歳になる。母親似で美人なマテリオ自慢の娘。ちょっとだらしないところがあるマテリオを引っ張っていける強さも持っている。


 クリスマスに出かける。友達と遊ぶわけではない。彼女に恋人がいることをマテリオは知っている。実際に会ったこともある。リズが連れてきた青年はベルノー。どこか問題があるような振る舞いをせず、身体は大きく強く、周りからは非の打ちどころがないと言われているらしい。


 確かにそれを認めざるを得ないくらい、ベルノーは好青年だった。リズと付き合っていることを真剣に考えているというのが言葉の節々からわかる。二人が並んでいる姿はお似合いだろう。


 しかしマテリオは心の底でベルノーがリズの恋人であることを認めなかった。歳を取ることで覚えた上っ面で、気の良い父親を演じてみせた。ベルノーは最大の関門を乗り越えて気が楽になったのか、それから会う回数が増えていく度にフレンドリーになっていった。


「お父さん」


 と呼ばれたときは本当に全身に鳥肌が立った。あまりに立ちすぎて自分自身がターキーになってクリスマスの家庭の食卓に並ぶのではないかと思ったくらいだ。オーブンでこんがり焼けあがるべきなのは、この目の前にいる男だというのに。


 本来ならば最初の時にはっきりと敵対するべきだったのかもしれない。けれど言葉では優等生の語彙に負けるだろうし、喧嘩でも若くしっかりと鍛えられた身体に捻られてしまうだろう。


 弱小国の気持ちがわかるマテリオだったが、彼はそこで諦めない男だ。頭では絶対に勝てないが、身体ならばあの若い頃のもの、色々と暴れ周りから驚かれていた頃のものを取り戻せば、なんとかなると思った。


 クリスマスの日がピークになるように逆算し、マテリオはトレーニングを始めた。あの頃の自分を幻想ながらに存在させ、相手とした。走ってみてもかなり早く、戦ってみても簡単にやられてしまう。マテリオは自分の衰えを相当に感じたが、日に日に近づけている感覚を抱いていた。


 それはそうだ。はたから見ればありえないくらい激しいトレーニングだ。入院しなかったのが奇跡的だった。そこまでしなければならないほど期間は短かった。

 あんなにもだらしなかった身体が引き締まる。着ていた服のサイズが合わなくなっていく。自分の幼い頃の父親に戻っていくことをリズは喜んでいた。真の意図がわかればそんなことは思っていられないが、気づかないことは幸せだ。


 冒頭のシーンへと戻る。しっかりと支度ができ、マテリオは写真の中の妻に語りかける。


「どうだい? あの頃の俺のままだろう? ちょっと頑張ればこれくらいできるんだよ」


 リズにはすごく嫌われてしまうことになるだろう。それでもマテリオはベルノーを排除することを選ぶ。こんなばかなことへの追い風になった法もあった。この地域に存在するかなり古の法。彼が図書館で偶然見つけたものだ。


「二百年ほど前のものか。こんなもの、あるんだな」


 それは通称、「ショットガンクリスマス」と呼ばれているものだった。色々と面倒で堅苦しい文面だが、簡単に言えば、


「クリスマスの日に限って、子供の恋人を始末しても罪に問われない。さらにいまだに廃案になってないとは」


 この地域での昔話が元になって生み出されたものであるという。

 

 その昔、心優しき父親とそれはとても美しい彼の娘がいた。ある日、その娘が貴族の男に気に入られ無理やりに妻とされてしまった。そこでクリスマスの日、父親が屋敷に乗り込み男を討ち取って娘を取り返した。そのあと捕まった父親は大きな力には勝てず、処刑が決まってしまう。


 貴族の男は地域でも悪評目立つ、と言うかそれしかないような者であった。そういう感情も後押しされ、人々は父親に肩入れし、反乱へと繋がった。怯えた貴族たちはすぐにでも鎮めるため、父親の処刑を特例で赦した。


 これがショットガンクリスマスのお話。ショットガンであるのは、その父親が貴族の男を討ち取る際に使ったからだと言われている。これもあってか、「ショットガンクリスマス」にはさらに変わった条件も記載されていた。


「しかし武器はショットガン以外認めない」


 マテリオは本当に慌てて作った法なのだと気づき、心の中で高笑いする。要は処刑される父親だけに適応される法を作ったが、あまりに特殊すぎるために忘れ去られ、もはや一種のジョークのようになって廃案になっていないのだろう。確かに今の時代にこんなことをする父親などいないだろう。


 が、ここに一人いるのだ。マテリオだ。こういう法がなくても実行していたが、見事に火に油を注ぐ結果になった。

 気分は若い頃に戻っている。顔は中年でしわもあるが、妻を暴漢から助けたあの頃まで。あの後、正式に付き合うようになったこと、そして言葉を思い出す。


「いい? もうこういうことしちゃだめだからね」


 しまった。約束を破ることになる。写真の笑顔が怒っているようにも見え始めた。マテリオは「ひいっ」と情けない声を出したが、すぐに気を取り直す。古いがちゃんと手入れをしてあるかなり短い、ソードオフのショットガンを強く握る。


「父親には、やらねばならぬことがあるのだ。ロマネラ、許してくれ。リズにも一生口をきいてくれなくなるだろうが、俺はあの坊主が気に入らないんだ。君たちが言うところの生理的に無理というやつだ。今夜あいつはクリスマスだから調子に乗って色々するだろう。もうそれが我慢ならないんだ」


 妻が買ってくれた紺色のトレンチコート。もう何年も着ていなかったが、クリーニングに出してきれいになったそれに袖通す。ないはずなのに、彼女の香りがした。初めて心奪われた匂いだ。


 家から出、しっかりと戸締りをする。リズは鍵を持っている。幸運にもベルノーに愛想を尽かせ、帰ってきても大丈夫だ。ショットガン(愛称はグリント)は背中に隠してある。目標はベルノーただ一人だが、堂々と持ち歩けばみんなの恐怖心を煽ってしまうことになる。すれば仕留めるどころではない。


 ふわふわと落ちてくる雪を、トレンチコートがはじく。滑りやすくなっている石の地面も、ブーツのおかげでしっかりと踏み込める。吐く息は真っ白だが、寒さは気にならない。迷うことなく歩いていく。


 今夜、どういう場所に行くのかちゃんと把握してある。ベルノー本人から聞いたのだ。父親と息子という単語をちらつかせれば、彼はほいほいと話した。もしかすればクリスマスプレゼントも期待しているのかもしれないが、マテリオがくれてやるのは鉛玉だけだ。


 街中へと脚を踏み入れる。クリスマスムード一色で、街全体が飾り付けをされている。家族連れも多いが、恋人同士もかなり目立つ。両家公認の組もあるのだろうが、秘密にしていたり、反対されていたりする組もあるはずだ。そんな両親の気持ちを想像してしまい、大きくため息を吐く。


 ここでマテリオは一つ思いつく。そして時計を見る。まだまだ襲撃には早すぎた。気分が高揚していて、時間を気にしていなかった。だから近くのバーへと入った。昼間はカフェ、夜はバー。そういうところに入った理由は、


「えっと、フレジエとウイ……ホットコーヒーで」

「かしこまりましたー」


 美味しいケーキが食べられるだろうと考えたからだ。こんな日に働かなくてはならないことに苛立っているような様子のウエイトレスに注文をし、待つ。しかし中でもトレンチコートは脱げない。マナー違反にあたるので心の中で詫びを入れておく。


 彼の座るカウンター席の後ろはテーブル席の集まりになっていて、そこはいっぱいだった。一人だったがゆえに、すぐに案内されることになったのだ。しばらく待っていると、注文の品が来た。さっきの一人身(であろう)ウエイトレスにチップを渡す。イチゴいっぱいのフレジエと真っ黒なホットコーヒー。


 フォークを取り、ケーキを一口。程よい甘さに舌触り。すぐにここを選んで良かったと思えた。イチゴも新鮮なものを使っていて、瑞々しかった。早くになくなっていってしまうので、気をつけてペースを落とさざるを得なかった。コーヒーで延ばすような。


「こんばんは。お一人でクリスマスですか? お忙しいのですね」


 からんと入店のベルが鳴り、注文を終えて一人の男がマテリオの隣に座った。コートを脱ぎ、ぴしりとしたスーツにポーラータイの、マテリオと変わらない年代の男だった。


「いやあ、やはりケーキくらいは食べておきたくて。あなたも?」

「そういうことになりますね。それに、好きなのですよここのケーキが」

「納得の美味しさです」

「でしょう?」


 二人は握手を交わした。


「僕はテオドル。いきなり話しかけてしまい、申し訳ない」

「マテリオです。いや、気にしないでください。おじさんがこんなオシャレなところで一人ケーキを食べていれば、気になるのが普通です」


 それもフレジエという可愛いケーキを頬張っているのだから。

 クリスマスにちなんだ名曲が、ジャズアレンジされて店内に流れている。テオドルは音楽が好きなのだろう、軽くリズムを指で取っていた。


「失礼ですが、ご結婚は?」


 机に置かれたチーズケーキをフォークで一口分にし、それを飲み込んでから、マテリオは訊いた。


「ええ。娘も一人います」

「あなたの娘さんです。さぞお綺麗なのでしょうね」

「いやいや、そんな。美人なのは否定しませんけどね。あいつは妻によく似てますよ」

「それは父親からして複雑な気持ちでしょう。男が寄ってくるでしょうし」

「そうなんですよね。今日は恋人と一緒なんですよ」


 だから一人でクリスマスをしているのだと気づいたようだ。それから彼は寂しそうに笑った。


「実は、僕もなんですよ。娘が一人、恋人と過ごしているのです」


 こうも偶然があるものか。マテリオは驚いた。


「娘は小さい頃に母親、つまり僕の妻が亡くなって、それから一人で育ててきたのですよ。だからか今年も僕と一緒にクリスマスを過ごしてくれるって言っていたんですけどね、恋人と過ごしてあげろって言ってやったのです」

「どうしてそんなことを?」


 素直な疑問はすぐに口から出た。テオドルはコーヒーをすすり、答えた。


「やはり恋人と過ごしたいではないですか。若い頃を思い出すのです。妻のお父さんがなかなか怖い人でしてね、色々大変だったのですよ。だから僕は娘に同じ思いをしてほしくなくてですね。ああ、もちろん相手の子がしっかりしていたことが一番ですけど」


 本当に気に入った相手なのだとマテリオは感じる。ベルノーとは色々と違うのだろう。


「三人で過ごせば良かったのでは?」

「いやいや、それもよくない。僕はこうして一人で好物のケーキを楽しむのが良いのです。なに、元々こういう性格でしてね、よく一人で動いては妻を怒らせていたものですよ」


 寂しい気持ちはあるだろうが、それでもうそをついているふうではなかった。ケーキとコーヒー、そして楽しんでいるであろう娘のことを思って心を温めていた。マテリオは変わった人だと思う。


「あ、ご存知ですか? ショットガンクリスマスのお話を」


 いきなりに現れた単語のおかげで、ケーキが気管に入りかけて軽くむせてしまう。テオドルはしわを動かし、心配な表情になった。すぐに落ち着いたので、大丈夫とジェスチャーをしておく。


「ご存知のようですね。あれね、色々と変わっているのですよ。研究で変わるというのはよくある話ですけれど」


 法そのものの話ではなく、元になった話についてのことだった。探られるわけではなさそうだから、まずは安心し、続きに耳を傾ける。


「色々と違うのですよ。娘と貴族の男は、相思相愛だったのです。ああ、娘の名はリッテ。貴族の男の名はベルトリオ。話の筋ばかりで、あまり知られていません。戻しまして。もちろん無理やりということもなく、むしろ彼女と一緒になるために貴族の地位も捨てようと考えていたくらいで。けれどベルトリオはかなり優秀でしてね、周りもこのままいて欲しいがために渋々結婚を認めたのです」


「かなり違いますね」


「ええ。まあ普通ならばこれで一件落着。というところなのですが、リッテの父親、メメギだけは思い込んでいたのです。娘は無理やり手籠めにされたと。ちゃんとベルトリオは会って彼と話をしたのですが、それでもその疑惑は拭えなかったのですね。凝り固まってしまって。そのあとは同じですよ。クリスマスの日にショットガンでベルトリオを撃ち殺す。父親の力と言うのかわかりませんが、戦神が乗り移ったかのような暴れようだったそうです。元々、戦士であったのもあるでしょうけれどね。それほどに相手からは恐ろしい戦いぶりだったということでしょう」


 一つの話でも色々と変わるものだ。この筋だと、悲しいものに感じられた。フレジエはなくなってしまっていた。コーヒーも残り少ない。途中の味をあまり思い出せなかったのは、話のせいだ。


「幸いに娘の恋人はベルトリオでした。だから僕はメメギにならないよう、気をつけるだけです」

「メメギは愚かだと思いますか?」


 しばらく考えながらケーキを食べ、テオドルは言った。


「そういうことになるでしょうけれど、否定はできないですね。父親ですから、撃ち殺したくなることもあるのではないですかね。独占欲と言われれば反論は難しいですが、きっとメメギは間違っていたにせよリッテのことを思っていたのでしょう。でなければ処刑覚悟で乗り込みやしません」


 マテリオは顧みる。自分はショットガンクリスマスをどうして思い立ったのかを。ベルノーは気に入らない。リズの恋人にしておきたくはない。それらはすべて自分の感情だ。どこにもリズを入れていない。彼と話してまぶしい笑顔の娘を知っているのに。


「ごちそうさま」


 代金をテーブルに置き、マテリオは席を立った。そんな彼にテオドルはアドバイスする。


「いくらショットガンクリスマスでも、素手での殴り合いが一番ですよ。それならば何もお咎めはありません。ショットガンはある意味、儀式のためのもので撃つためのものじゃあありませんから」


 見抜かれていた。ぽりぽりと毛量が多い頭をかき、恥ずかしそうにもしている。


「僕が保証しますよ」


 なるほど、先輩だった。ショットガンクリスマスの話に詳しかったのも合点がいく。どうだったのだろうか、彼は見事に殴り倒すことができたのだろうか。細身の身体だ。スーツに隠れているだけで、中はとても筋肉の鎧のようになっているのかもしれない。


「父親の本気を見せてあげてください。逃げるようなら、そこまでの相手だったということですよ。そしてあとから娘にすごく叱られますけれどね」

「ありがとう。まったく、父親は野蛮なものです」

「時代錯誤も甚だしい、進歩のない生き物ですよ。幸運を」


 がちゃりと扉を開ける。ちらりと後ろを見やると、あのウエイトレスが別れの挨拶をし、それから期待にあふれた顔で時計の針をちらりと見た。マテリオは失礼な想像をしてしまったことを心の中で詫びながら、店を出た。

 雪はまだ止んでいない。まばゆい街の中を歩いていき、色々な店を覗いた。仲良く歩く親子連れ。それを見つける度にリズがまだ小さかった頃を思い出す。妻もいる。迷惑を掛けることになろうとも、マテリオはクリスマスには早く家に帰った。


 今は彼女の隣にベルノーがいる。ちゃんと楽しませてやれているのだろうか。そういうことを考える。考え続けていると、携帯端末が着信を伝えた。リズからだった。これから家に帰るとのこと。


 予定が変わってしまったようだ。けれど雰囲気からして喧嘩して一人で帰るわけではなさそうだ。ベルノーがついてくるはずだ。ということは、決戦の場所は我が家ということになる。聞いていた話では、ベルノーの家に行くということだったが(ベルノーは独り暮らし)。だからこの街を抜けて向かう予定だった。


 とにかく先回りするため、マテリオは走って帰る。トレーニングのおかげで、まったく苦にならなかった。息の入りもかなり良い。そうして到着し、玄関の前で待つ。背中のグリントが出番を待っている。


 足音がしてきた。二人のものだ。そして女性と男性の組。音から体格などを判断するに、リズとベルノーだ。間違いない、マテリオは自分の感覚を信じる。昔はこれで外したことがない。男のほうはなんとも幸せかみしめている。


「やあ、おかえり」

「お父さん。こんばんは」


 やっぱりだめだ。現れたベルノーにそう呼ばれると、全身が鳥肌まみれになる。一方リズだと、


「ただいま、お父さん」


 実に素晴らしい響き。あんなに引きそうもなかった鳥肌が一気に鶏舎へと帰っていった。大人しく卵でも産んでおけばいいのだ。もしくは食卓に並ぶといい。二回目の話だ。けれどそういうことは何も大切ではない。マテリオは背中からグリントを取り出し、ベルノーへと向けた。

 街灯はあるものの、周りは暗いので、突き付けられた本人はどうしたものかと目を凝らす。するとすぐにそれはショットガンであることがわかり、ひどく驚いた。


「お父さん、それはどういうものです?」

「こいつはグリント。俺の長年の相棒だ」

「山でシカとか、イノシシを狙うためのものじゃないですか」

「サルも狙ったりする」


 冗談ではなさそうな雰囲気を感じ、ベルノーはじいっとマテリオの目を見た。まずは第一関門突破。彼は逃げることを選ばなかった。そしてすぐに第二関門も突破してくるに違いない。マテリオは少しばかり見直す。


「ショットガンクリスマスだ。お前がリズに本当にふさわしいのか、俺が試してやる。もちろんグリントは使わない。これは挨拶なだけだ。ステゴロでこい。勝てればなんでも認めてやる。だがな、お前が負ければリズと別れろ! 俺はお前が気に入らんっ!」


 良い具合に家の前は軽い庭が広がっている。ここでやれば問題はない。騒音的に問題はあるが、周りの家はクリスマスで出かけているらしい。窓から明かりが漏れていない。グリントを地面に置き、手首のストレッチをしながらベルノーのすぐ前で止まる。


「お父さんっ、何ばかなこと思いついてるの」

「ばかなことだろうが、俺はこいつを知らん」

「色々話してきたんじゃないの?」

「腹を割って話すなんて、こっ恥ずかしい。だから俺はショットガンクリスマスすることに決めた」

「意味わかんない……」


 止めさせようとするリズを落ち着かせたのは、ベルノーだった。首に巻いていたマフラー(リズが編んでいたもの)を外し、彼女に預けた。そしてくっとマテリオを強い視線でとらえた。でもその瞳に負の思いはない。


「聞いたことあります。ショットガンクリスマス。わかりました、やりましょう。確かに、僕はお父さんの息子になる予定ですから、倒さなくちゃならない相手だってことですね」


 マテリオも低いわけではないが、ベルノーは彼より高い。圧力がある。思っていたよりも慣れていることがわかる。もしかすればリズを守るために戦ったことがあるのかもしれない。


「お父さんは止めろっ!」


 その一言が始まりの合図になった。マテリオとベルノーはなりふり構わずにお互いの拳と脚を振るった。若い頃に戻りつつあるマテリオと、まさにピークを迎えているベルノー。リズは最初はらはらしていたが、次第に呆れていった。


「リズは貰いますからね!」

「そんな猫パンチでかぁ!?」


 腹部に入ったベルノーの拳は、久しぶりの感覚を味わわせた。思ったよりも強烈な一撃に、ひざを折りかけてしまうが耐える。先に倒れるわけにはいかないのだ。ベルノーは手加減をしていない。それだけリズへの思いは本物だということだ。


 時間が経つにつれ、マテリオは身体が重くなっていくのを感じる。ベルノーの顔も殴られたあとが目立つ。そのダメージのせいか、彼も動きが悪くなっていった。双方ふらふらになる。けれど戦いは止めない。


 二人は必要以上に喋らなかった。ただ目の前の男を倒すためだけに精神を集中させている。明日はきっとひどいことになる。マテリオは休むことになると覚悟した。


 殴り合いは続く。ベルノーはタフだ。若さは良いものだと改めて思う。もう少しでも気を抜けば倒れてしまう状況の中、マテリオは気力を振り絞って立っている。娘の恋人は強い。けれど若い頃のマテリオほどではない。やはり自分は古い人間だと実感し、こんなばかなことに付き合ってくれているベルノーを、少しばかり認める。


「またやるか?」

「次やったらリズにめちゃくちゃ怒られますよ」

「違いない」


 クリスマス、雪は一晩中振り続けたという。やはりというかなんというか、二人は次の日寝込むことになり、リズの冷たい看病を受けることになったのだった。彼女の機嫌は買っておいたプレゼントを渡しても、変わりはしなかった。

 マテリオはベルノーと一緒に、どうするべきか話し込んだ。

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