第8話 The successor-後継者- 1/2

 その日の夜。

 僕はスレイドと共に新たな取引場所である埠頭の倉庫にいた。


 倉庫には大小さまざまな木箱が置かれて、AKを持った男たちがその中から金属ボディの一部や電子部品を取り出し、ミサイルが本物かどうかを確かめている。


 そして目の前には、今回の取引相手である反政府勢力のリーダーのアラブ系の男がしっかりとしたスーツを着て、従えたボディガード複数名を僕たちの周りを囲むようにして配置していた。


 スレイドはそんな中で端末を操作して銀行口座を閲覧しており、そこにはとんでもない額の金が現在進行形で振り込まれている。

 それらは全てスレイドが売ったミサイルの代金として反政府勢力側が彼の取引用の口座に振り込んでいるものだ。

 やがて、目まぐるしいスピードで変化していた数字が動きをぴたりと止め、金の振込が終了したことを確認するとスレイドは端末を閉じる。


「確認した。これで取引は成立だ」


 そう言って彼が口元に笑みを浮かべて手を差し出すと、リーダーの男は釣られるように笑ってその手を握り返す。


「いい取引だった。これからもよろしく」

「あぁ、君たちがこの戦線を維持するなり、拡大してくれれば検討しよう」

「助かる。これで革命に一歩――」


 そこまでリーダーの男が言いかけたところで、突然倉庫のガラスが割れる音と共に催涙弾と閃光弾が倉庫に投げ込まれて炸裂する。


 直後、倉庫に銃を持った部隊が突入してきて、反政府勢力の男たちがすぐさま乱入者たちを銃撃したが、閃光と催涙に目をやられてまともに狙いをつけられない彼らは次々と倒されていく。


 僕はその乱戦の中でスレイドを庇うように端のほうに寄せていた車に乗り込むと、そのまま倉庫から逃げ去った。


「大丈夫ですか?」

「……あぁ、少し時間を置けば問題ない」


 車を運転しながら僕はスレイドに問いかけると、スレイドはキツく目を閉じてそう答える。

 どうやら閃光弾に目をやられたらしい。


「沿岸のスラム街の方へ行ってくれ。セーフハウスがある」

「わかりました」


 彼の指示した通りに僕は車をスラム街の方へ向ける。

 一般道を怪しまれない程度の、周囲に同化するようなスピードで向かってみると、セーフハウスはそこから五分ほど走ったところにあった。


 車を止めてまだ視力の回復が不完全なスレイドに肩を貸しながら中に担ぎ込む。

 室内はごく一般的な家と変わりなく、僕はスレイドを椅子に座らせると、自分の銃を彼に向けた。

 ちょうど視力が回復してきたのか、僕が何をやっているかに気づく。


「……なんのつもりだ?」

「なんのつもりもありませんよ。ただあなたを逮捕するという自分の任務を果たしているだけです」


 これは昨日、僕とケイトリー捜査官が決めた作戦だった。


 あの倉庫に突入してきたのはこの国の政府軍の特殊部隊だ。

 彼女は日頃から反政府勢力を邪魔に思っていた政府軍に今回の情報をリークする代わりとしてスレイドの逮捕に関してはこちらに一任させたのだ。

 そして意図的に逃がされたスレイドは別の場所で逮捕することになっていた。


 その理由としては、彼の持つ同調言語が及ぼす影響を考慮したもので、今頃ケイトリー捜査官たちは僕に仕込まれた発信機タグを頼りにこのセーフハウスに向かっているはずだ。

 そんなことは知らず、スレイドは僕をじっと見て口を開く。


「私は間違ったことはしていないつもりだが」

「この三年、いや僕が右腕になる前からあなたは世界中で様々な犯罪に加担してきた。今日の取引だって、反政府勢力に差し出したのはよりにもよって海軍から盗んだ最新鋭のミサイル。これを悪と呼ばずしてなんと呼ぶんです?」

「善と悪など簡単に移り変わる。私は自分の信じる正義に従って行動しただけだ。それともあちこちの犯罪に関わって君たちが手に入れられないような情報を持っている私をそこらの殺人鬼たちと一緒に檻の中に入れるつもりか?」

「そのつもりですよ」


 そう言うと、スレイドは僕を小馬鹿にしたように彼は鼻で笑う。


「おいおい、全く笑えないぞ。自分で言うのもなんだが、私をそこらの殺人鬼たちと一緒にしてもらったら困る。様々な国で犯罪に関わってきた私がこんな形で捕まったなんて笑い者だ」

「僕の知ったことではありません」


 銃を突きつけられながら道化のような心の読み取れない笑みを浮かべるスレイドに対し、僕は無表情に答える。

 こんな状況で未だに落ち着いた調子で軽快な言葉を言えるスレイドは一瞬笑みを消して押し黙ったが、またすぐに口元に笑みを浮かべて笑い出した。


「何がおかしい?」

「いいや。健気に頑張るものだなと思っただけだ」


 薄気味悪い悪さを感じながら、僕は油断なく銃を握る手に力を込める。


「あんたの信用を得るために六年を費やしたんだ。長かったよ」

「それはご苦労様だったな。レッド・リチャード捜査官。それともこう呼んだほうがいいかな」


 そう言って、スレイドが口にした名に僕は戦慄した。

 彼の口にした名前――それはまぎれもない僕の本名だったからだ。

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