第5話 Investigation right commission-捜査権委任- 1/3

 青空の下。

 乾いた空気の中で僕は中東の某国にある広場のベンチに腰掛けていた。


 広場には、僕以外にも若い男女の仲睦まじい姿や、幼い子供達がそれぞれ親の見守る中で仲良く遊んでいる姿があって、それだけを見れば未だに戦闘が起きている国の風景にはとても見えない。


 しかし、広場の隅や通りに紛れるようにAKを持った兵士たちの姿がちらほらと見え、それがこの国がいまだに緊張状態にあることを伝えていた。


 とは言っても、バラバラで統一性がない服装の兵士たちは、一般人と大差ないので銃を持っていること以外で判別することはできないし、近くの仲間と談笑までしている者もいる。

 まさに混沌から平和に抜け出そうとしてる途中の国の風景だ。


 そんな国で僕たちは輸送の遅れている取引品が届くまでの二週間を過ごすこととなった。

 ブツが届くまでの期間はスレイドと共に一般の観光客を装って国の各地を回ってみたりしていたが、すでに反政府勢力との取引は明日にまで迫っている。


 そんな中で僕はスレイドと別れて単独行動していた。理由はFBIの方からオーグを通して連絡があり、ここで待つように指示されたからだ。


「レッド・リチャードさんですね」


 そうして広場のギシギシと軋むベンチに座っていると、ふと潜入のための偽名で呼ばれ、顔を上げる。

 目の前にはキッチリとスーツを着こなした二十代後半くらいの女性がおり、そのまま隣に座った。

 彼女の横顔を一瞥してから僕は呟く。


「あんた、新米だろう。潜入捜査は初めてか?」


 そう切り出すと、彼女は無表情を装いながら、しかし辛うじて読み取れるくらいに不満げに眉を寄せた。


「お言葉ですが、これで三度目です。何か問題でも?」

「そんないかにも捜査官です、みたいなスーツを着てくる時点で大ありだ。どうせ他の潜入捜査はアメリカでの話だろう。言っとくが、ここはアメリカ本土じゃない。捜査官になら国の服装に合わせて周囲に溶け込め。それと余計なことをするな。せっかくスレイドの右腕にまで登りつめたのに、あんたたちは横槍を入れて台無しにするつもりか?」

「なんの話です?」


 彼女は本当になんのことか分からないとばかりに怪訝な表情をする。

 とぼけているのかそれとも本当に分かっていないのか、僕は遠回しな言い方はやめて単刀直入に言う。


「取引品のことだ。今回の税関で取引品を止めたのはあんたたちだろう」


 プライベートジェットの機内で反政府勢力との取引品がトラブルで止められたことを聞いた後で詳しく聞くと、なんでも税関で抜き打ちの検査が行われたらしい。


 だが通常抜き打ちの検査なんて、よほど管理の厳しいところでしかやっていないはずで、スレイドはそういった検査の比較的緩い場所を利用して物品の輸送をさせている。今回の輸送に使った場所もそういうところだ。

 なのに、抜き打ちの検査が行われたということは、誰かが裏から手を回している可能性が高かった。


 スレイドを一生刑務所にぶち込める取引なのに、僕たちはその抜き打ち検査によって二週間もこの国に足止めを喰らった。

 せっかくの逮捕のチャンスを邪魔されてはかなわなかった。

 そこまで言うと、彼女は得心がいったとばかりな顔をする。


「それをしたのは進まない捜査に痺れを切らして成果を出そうとしたFBIです。我々じゃありません」


 それを聞いて今度は僕が眉をひそめて怪訝な表情をする番だった。


「その口ぶりから察すると、あんたはFBIの人間じゃないようだが……」

海軍犯罪捜査局NCIS捜査官のケイトリーです。FBIから捜査権を委任されたことと今後あなたにはNCISの指揮下に入ってもらって捜査を継続してもらうことを報告するために呼び出されてもらいました」


 彼女は呟くと同時に、僕だけに見えるようにバッジを見せる。確かにそれは本物のNCISのバッジだ。

 だが、それを聞いて僕は一層訳がわからなくなる。


 NCIS――海軍犯罪捜査局Naval Criminal Investigative Serviceはアメリカ海軍やアメリカ海兵隊の将兵などが関わる事件を扱う組織であるはずだ。そのNCISがどうして無関係のはずの事件に首を突っ込んでくるのだろう。


「どうしてFBIに代わってNCISが出張ってくるんだ」

「奴が反政府勢力との取引のために持ち出したのが海軍が開発中の最新鋭のミサイルだからですよ」


 さらっと答えた彼女は指を横にスライドさせるような動作をすると、僕のオーグに一つのデータファイルが飛び込んできた。

 手でそれを展開してみると、中にはミサイルの設計図や飛距離や攻撃可能範囲の記された性能表があり、そのデータを見る限りではこれが現行の技術の粋を凝らして作られた最新鋭のミサイルであることが分かった。

 そのデータと言葉から僕はやっと納得がいく。


 そんなミサイルが持ち出されたとなれば、NCISがFBIに代わって捜査を引き継ぐのも理解できなくはない。


「ついでに、これはもう知っているかもしれませんが、スレイドは元NCIS捜査官です」


 そう言うと、彼女は無造作にもうひとつのデータを僕のオーグに送ってくる。


 こっちは人事ファイルのようで名前はラッセル・スレイドとなっていた。

 僕は驚きながらも渡された資料を食い入るように見つめる。これはFBIの資料にはなかったものだ。


「彼は犯罪コンダクターとして活動する直前に自ら、データベース上にある自分の情報をウイルスを送り込んで全て破壊しましたが、これは紙の資料として残っていたものです。元々彼はアメリカ海兵隊に六年所属していましたが、突如海兵隊を辞め、そこをNCISがスカウトしたんです。しかし彼はしばらくして行方をくらまし、二年後に犯罪コンダクターとして表舞台に」

「なるほどな。参考になった」


 そういって僕はデータファイルを閉じてから再び口を開く。


「とにかく、奴はどんな時も手を抜かない。外から横槍を入れたところでスレイドはそこまで織り込み済みで巧妙に取引品を隠して輸送してる。奴の尻尾を掴むには取引の現場を押さえるしかない」

「できるんですか? 奴の右腕になったこの三年、あなたから事後報告ばかりで犯罪を防ぐための有益な情報が回ってこなかったとFBIからは聞いていますが」

「信用を得るための三年だ。それだけの価値はあった。この捜査を任されているのは僕だ。余計なことをするなよ」


 僕がそう忠告すると彼女はスクッとベンチから立ち上がり、ちらりとこちらを一瞥した。


「とにかく、これで捕まえられなければ捜査から手を引くことをFBI長官は考えてましたし、NCISうちの局長も同じことを考えてます」

「分かってる、この取引で奴を捕まえるつもりだ。取引の現場がわかったら伝える。準備しておけよ」

「そっちこそ、失敗しないでくださいよ」


 そう言って彼女はスタスタと広場を後にしていく。


「言われなくても、この一件でケリつけてやるさ」


 彼女の後ろ姿を視界に捉えながら、ポツリと呟いて立ち上がった。

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