第4話 The tuning language-同調言語- 2/2

「そういえば、私も君に質問したいんだが、今回の向かう国についてはどれくらい知っている? 足を踏み入れたことはあるか?」

「いいえ。僕はあなたと出会うまではアメリカの土しか知りませんでしたし、ましてや中東なんて、ニュースで得られる情報程度のことしか知りませんよ」


 スレイドと同じように肩をすくめながら僕はそう答えたが、もちろんこれは嘘だ。


 僕はSEALsシールズとしてあちこちの国を訪れたし、これから行く中東の戦争事情にも銃を持って介入したこともある。

 だからアメリカのニュースが伝えること以上の惨状を僕はその足で踏みしめたこともあるし、知ってもいた。


 その中東のある国では二〇一〇年代以降、抑圧的な政府軍とそれに反対する反政府勢力が内戦をしており、それは今でも続いている。


 この内戦は長らく、政府側をロシアに中国、そしてイランが裏で支援し、一方の反対勢力側をアメリカやイスラエルが支援する代理戦争として泥沼の様相を呈してきた。

 内戦は世間から忘れられつつあるが、いまでも現地では政府側と反政府勢力との戦闘は続いている。


 しかし近年、その支援国たちが裏からの援助を緩めたことで代理戦争としての意味合いは薄れ、支援がなくなった分、戦闘の規模は次第に少しずつだが小さくなっており、ヨーロッパなどに流れていた難民が国に戻ってきていた。


 だが、スレイドはそんな落ち着きを取り戻し始めた国に武器を流すことで新たな火種を蒔こうとしている。

 僕はひとつ問いかけてみた。


「なぜそんな落ち着き始めた国で取引を? 今でも苛烈な紛争を行っている激戦地は他にもたくさんあるでしょう?」


 この数十年で発展途上国と呼ばれていた国々は徐々に発展し、今では先進国と肩を並べるまでに成長した国もある。

 だがしかし、それによってそれらの国を利用していた先進国との軋轢が生まれているのもまた事実で、今はまだ理性的に法廷で争っているところもあるが、言葉とこそこそとした駆け引きを捨てて、すでに武力紛争に陥っている場所もあった。


 そういった国で武器や資金の支援をしてやれば、金や弾薬は湯水の如く消費され、スレイドのような闇で生きる商人たちの懐には多額の金が勝手に舞い込む。


 しかし、今回のような情勢が落ち着きつつある国で武器をばら撒いても、先ほどのような国々に比べると絶対的に成果は上がらないし、儲からないのだ。

 それなのに、スレイドがターゲットとして入りこむ国はどれも戦闘状態が徐々に下火になり始めた国や地域ばかりである。


 そのことを思い返しながらの僕の問いかけに、スレイドは薄笑いを浮かべた。


「おいおい、もう三年も私の元で働いてきたんだろう。私をそこいらの戦争で銭を得る小汚い奴らと一緒にしてもらっては困る」

「では、あなたは何を目的にそんな場所へ?」

「私がしたいのは金儲けじゃない。私が欲しいのは争いそのものだ。そこで生まれる金銭は二の次でしかない」

「分かりません。あなたにメリットがないでしょう? 争いの先にあなたは何を見てるんです?」


 僕は本当に彼が何を求めているのか分からずにそう訊ねる。


 この三年。彼に付き従ってきたが、いままで目の前のラッセル・スレイドという人間の意図を本当の意味で理解できたと思える瞬間が僕にはまったくない。

 彼の目に世界がどう映っているのかすら謎のままだ。


「いずれ君にもわかる日が来るさ。いずれな」


 そんな僕をあしらうようにスレイドはそう言い、口元になんとも言えない笑みが浮かべて質問をはぐらかした。

 僕は顔には出さずに情報が引き出せなかったことに少しばかり苛立ったが、ここはただ黙って引く。


 これまでにも似たような質問をするたびにそんな笑みで誤魔化されてきたが、そのたびに僕は自分の心の内の全てを見透かされているような気になる。

 そんな僕の心情も知らず、外の景色を見ながらスレイドは呟く。


「まぁ、私が援助しなくても彼らは自らの力で戦い続けたはずだ。脂肪から爆弾を作る方法だって、あのタイラー・ダーデンも語っているくらいだ。戦地にいる人間には容易いよ」


 口元から人を見透かすようないやらしい笑みを消した彼が口にした人物が誰か分からず、僕が怪訝な顔をすると、スレイドは外にやっていた視線を再び僕に向ける。


「まさか、知らないのか?」

「誰ですか、それ」

「映画だよ、ファイトクラブさ。観たことないのか?」


 そう問いかけられて僕が首を横に振ると、スレイドは呆れるように大げさに振る舞う。


「これだから最近のユーモアのわからない奴は……君たちは総合芸術を鑑賞する暇もないほど忙しいのか?」

「僕はもう四十目前なんですよ。そんなに若いなんていうものじゃないでしょう」

「若いじゃないか、少なくとも」


 そんな屁理屈をさらっと口にする彼に苦笑すると、スレイドも口元に笑みを浮かべる。

 彼とのこういう距離感は間違えることなくできているのに、確信を突く話ができない。


 部下として三年、接触までの下準備を合わせれば六年。

 そろそろ成果を上げて彼を捕えなければと心が焦ったが、それを考えても仕方がない。今は築き上げたこの信用を失わないかが大事である。


 ちょうどその時、彼の端末が軽やかな電子音で着信を知らせ、スレイドは表示された着信相手を一瞥してから端末を耳に当てた。


「やぁ、私だ。君の方から電話をかけて来るということは悪い知らせだな」


 そう単刀直入に切り出して、スレイドは相槌を打ちながら電話口の相手の説明に耳を傾ける。


 彼は、僕や他の人間のようにオーグなどの拡張機器端末を好まず、今でも旧式の携帯型端末を使っていたが、反対にスレイドの仲間は世界各地に点在しており、彼は仕事に応じて普段は一般的な生活をしている彼らに接触し、即席のチームを作って仕事をこなす。


 例外は常に彼にボディガードとして付き従う人物――つまり僕だけだ。

 彼が話しているのはそういった仲間の一人であり、今回は取引の品を運ぶ役回りを担っている人物だろう。

 確か以前教えてもらった時に聞いた名前はハロルドといったか。


 やがて電話を終えたスレイドの表情から、何か問題が起きたことを察しながら僕は訊ねる。


「問題ですか?」

「海路で輸送させていた取引の品の到着が遅れるそうだ。なんでもアメリカこっちの税関で少しトラブルがあったらしい」

「どれくらい遅れてるんです?」

「二週間だ。取引品がないと取引を始められない。これは向こうで品物が届くのを待つしかないな」


 僕の問いにスレイドは渋い顔をしてそう答えた。

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